学位論文要旨



No 127211
著者(漢字) 松永,拓郎
著者(英字)
著者(カナ) マツナガ,タクロウ
標題(和) 高性能高分子ゲルの精密構造解析
標題(洋) Precise Analyses of High Performance Polymer Gels
報告番号 127211
報告番号 甲27211
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第658号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 物質系専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴山,充弘
 東京大学 教授 雨宮,慶幸
 東京大学 教授 伊藤,耕三
 東京大学 教授 前田,瑞夫
 東京大学 講師 松浦,宏行
内容要旨 要旨を表示する

概要

ゲルは、三次元網目構造を持つ高分子が溶媒を内包した物質である。ゲル網目は自重の数千から数万倍もの溶媒を内包することが可能であり、生体組織類似の性質を活かした機能性材料としての応用が期待されている。しかし、一般的なゲルは網目を作成する際、空間的・トポロジー的に不均一性が導入されるため、外力に対して構造を保つことができず容易に破断がおこる。この脆弱性がゲルの生体構造材料としての応用開発妨げる一因となっている。解決方法の一つとしては、各網目が協同的に振る舞うような構造を作ることである。そのためには、架橋点間分子量が等しく、空間的な濃度粗密が存在しない、いわゆる均一な網目である必要がある。

高分子網目のもつ不均一性には、(1) 結合不均一性(ダングリング鎖やループ鎖、網目サイズ)、(2) トポロジー不均一性 (鎖の絡み合い)、(3) 空間(濃度疎密)不均一性がある。これらの不均一性を解消するために、これまで多くの理想網目の試作が行われてきた。一つの試みは、均一な高分子溶液中において架橋点を形成させることにより、その瞬間の高分子構造をそのまま凍結する方法である(ガンマ線照射、物理的相互作用)。この方法は空間不均一性を低いレベルに抑えることを可能にしたが、残りの不均一性については解決することができなかった。もう一つの試みは、先に網目モジュールを作製しておいて、モジュールから網目構造を作製する方法である。この方法はダングリング鎖や網目サイズの不均一性を低いレベルに抑えることを可能にしたが、分子鎖の絡み合い、ループ鎖、濃度疎密については改善することができなかった。

そこで我々は、四分岐poly(ethylene glycol)(Tetra-PEG)を出発原料とする、均一網目をコンセプトにした新奇なゲルを作成した(Tetra-PEGゲル)。Tetra-PEGゲルは、末端にそれぞれアミン基とN-ヒドロキシスクシンイミジル基を持つ分子量の揃った四分岐PEG鎖からなる反応性モジュール(Tetra-PEGスターポリマー)を末端交差結合することにより得られる。このデザインは上述した すべての不均一性を抑制することを可能とする。精密合成された星形高分子は高い網目サイズの均一性に寄与し、星形高分子としての嵩高さはprecursor 同士の相互侵入を抑制する。また、二種高分子の交互結合はself-bitingを許さず、ループ鎖の形成を抑制する。さらにprecursorのもつ電荷は溶液状態での均一分散を促進し、反応が局所的に起こることを抑制されることによりダングリング鎖の形成が抑えられる。本研究では、Tetra-PEG ゲルの優れた力学物性と構造の相関を「網目の均一性」という観点から調べることを目的として、小角中性子散乱を用いた精密構造解析を行った。

以下本論文の内容を各章ごとに要約する。

第一章では、イントロダクションとして一般的なネットワーク材料における微視的構造と巨視的な物性の相関について不均一性の観点から記述した。

第二章では、小角中性子散乱(SANS)法における新規な非干渉性散乱強度の見積もり法(Transmission-method: T-method)の提案を行った。ソフトマター材料の多くは、構造中に水素原子を多く含んでおり重水素化合物を用いることで、中性子に対して容易に散乱コントラストをつけることができる。そのため中性子散乱を用いた構造解析が盛んに行われている。しかし水素原子は、非干渉性散乱断面積が大きく、結果として構造情報とは無関係な散乱がバックグラウンドとして検出される。精密な構造解析を行うためには、この非干渉性散乱を正確に取り除くことが必須である。我々の提唱するT-methodは、試料厚みと中性子の透過率のみを用いるため非常に簡便である。本章では、(i) 標準的な試料として重水-軽水混合液、(ii) 散乱強度が弱い試料として高分子ゲル、(iii) 散乱強度が強い試料としてミセルと様々な試料を用いて、T-methodの有用性について検討を行った。本論文におけるSANS実験の非干渉性散乱強度の減算には、すべてT-methodを用いておりTetra-PEGゲルの精密構造解析を行うための基礎を担っている。

第三章では、Tetra-PEGゲルの物性評価を行った。出発原料である星形高分子の粘度測定やゲル破断強度の高分子濃度依存性など、基礎的な物性評価を行った。Tetra-PEGゲルは、一般的な物理架橋・化学架橋ゲルと比較しても破断ひずみの値が大きく、破断時の応力も非常に高いことがわかった。その強度は、人体の軟骨(圧縮破断応力:6~10 MPa)に匹敵し、軟骨の代替材料としての応用が期待される材料であることが示された。

第四章では、出発原料である星形高分子(macromer)溶液、およびTetra-PEGゲルのSANSによる構造解析を行った。濃度変化に伴うmacromerの回転半径およびゲル網目のゆらぎのサイズ変化を正確に求めることで、Tetra-PEGゲルが均一網目を形成するメカニズムを解明した。水溶液中でTetra-PEGは重なり合い濃度以上でも収縮することで分子間の絡み合いが抑制され、均一網目構造を作っていることがわかった。通常のゲルはランダムに架橋が行われることにより、網目内に濃度疎密が空間不均一性として存在するため、網目サイズより大きな空間スケールにおいて過剰散乱が観測される。しかしTetra-PEGゲルは、高分子の熱揺らぎからの散乱しか検出されないことがわかり非常に均一な網目構造を作っていることを明らかにした。また、二種macromerの混合比率を変えて作成したTetra-PEGゲルの力学およびSANS測定を行った。混合比率を変えて作成したゲルは極端に力学物性が落ち、SANSからもダングリング鎖の存在が検出された。これらの結果からTetra-PEGゲルの特徴の一つである末端交差結合の重要性を明らかにした。

第五章では、SANSを用いて分子量を変えて作成したTetra-PEGゲルの調製時および平衡膨潤時の構造解析を行った。本章では、より小角側を観察するために静的光散乱(SLS)実験を行い、幅広い空間スケールを対象に構造解析を行った。通常ゲルやゴムなど不均一性をもつ網目構造は、溶媒で膨潤させることにより不均一が増大することが知られている。しかしTetra-PEGゲルは、平衡膨潤状態においても濃度疎密は観測されない。また分子量40k g/molのTetra-PEGゲルにおいては、調製濃度によらず平衡膨潤時の散乱像が同一であり、ゲルの網目サイズは出発モジュールにより決められていることを明らかにした。

第六章では、一軸延伸下のTetra-PEGゲルのSANSによる構造解析を行った。分子量は20, 40 kg/molを用いた。Tetra-PEGゲル20kでは、小角側にアブノーマルバタフライパターン、広角側にノーマルバタフライパターンが観測された。小角側のアブノーマルバタフライパターンは、網目中の濃度疎密の存在を示しており、広角側の異方性は延伸による高分子網目の変形を表している。第五章で最も均一な網目構造を作っていることが示唆されたTetra-PEGゲル40kでは、小角側の異方性は観測されず、広角側のノーマルバタフライパターンのみが観測された。40kのゲルは膨潤によっても変形によっても不均一性は観測されず、ゲル化過程においてほとんど不均一性が導入されないことが明らかとなった。またTetra-PEGゲルをモデルネットワークとして、これまで不均一性の存在のために、モデルと実在系の比較が困難であった高分子ゲルの変形モデルの検証を行った。均一な高分子網目ゲルは、提唱されているどのモデルよりも変形量が小さく、高分子としての柔軟性のために微視的な変形は巨視的な変形に対応しないことがわかった。

第七章では、第二章から第六章までの議論を踏まえ、Tetra-PEGゲルの巨視的物性と微視的構造の相関を調べた。圧縮、延伸による変形を分子論的に理解することが可能となり、Tetra-PEGゲルがこれまでのゲルと比べて理想網目に最も近いことを明らかにした。

本論文の遂行により、生体代替材料としての応用が期待されるTetra-PEGゲルの巨視的物性と微視的構造の相関が明らかとなり、高強度高分子ネットワーク材料開発の指針を与えることに成功した。また、Tetra-PEGゲルのモデルネットワークとしての有用性を示すことで、実験-理論の両面から当該分野の発展に大きな貢献をもたらした。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「Precise Analyses of High Performance Polymer Gels(高性能高分子ゲルの精密構造解析)」と題し7章より成る。ゲル網目は自重の数千から数万倍もの溶媒を内包することが可能であり、生体組織類似の性質を活かした機能性材料としての応用が期待されている。しかし、一般的なゲルは網目を作成する際、空間的・トポロジー的に不均一性が導入されるため、外力に対して構造を保つことができず容易に破断がおこる。この脆弱性がゲルの生体構造材料としての応用開発妨げる一因となっている。解決方法の一つとしては、各網目が協同的に振る舞うような構造を作ることである。そのためには、架橋点間分子量が等しく、空間的な濃度粗密が存在しない、いわゆる均一な網目である必要がある。本論文では、新奇に創成された高強度ゲル(Tetra-PEGゲル)の精密な構造解析を行うことで、優れた力学物性とネットワーク構造の相関について研究を行っている。

第1章では、序章として一般的なネットワーク材料における微視的構造と巨視的な物性の相関について不均一性の観点から記述している。

第2章では、小角中性子散乱(SANS)法における新規な非干渉性散乱強度の見積もり法(Transmission-method: T-method)の提案を行っている。ソフトマター材料の多くは、構造中に水素原子を多く含んでおり重水素化化合物を用いることで、中性子に対して容易に散乱コントラストをつけることができる。しかし水素原子は、非干渉性散乱断面積が大きく、結果として構造情報とは無関係な散乱がバックグラウンドとして検出される。本章では、種々の試料に対して提案するT-methodの有効性を証明している。

第3章では、Tetra-PEGゲルの物性評価を行っている。出発原料である星形高分子の粘度測定やゲル破断強度の高分子濃度依存性など、基礎的な物性評価を行っている。また、Tetra-PEGゲルは、一般的な物理架橋・化学架橋ゲルと比較しても破断ひずみの値が大きく、破断時の応力も非常に高いことを明らかにしており、その強度は、人体の軟骨(圧縮破断応力:6~10 MPa)に匹敵し、軟骨の代替材料としての応用が期待される材料であることが示された。

第4章では、出発原料である星形高分子(macromer)溶液、およびTetra-PEGゲルのSANSによる構造解析を行っている。濃度変化に伴うmacromerの回転半径およびゲル網目のゆらぎのサイズ変化を正確に求めることで、Tetra-PEGゲルが均一網目を形成するメカニズムを解明している。

第5章では、SANSを用いて分子量を変えて作成したTetra-PEGゲルの調製時および平衡膨潤時の構造解析を行っている。本章では、より小角側を観察するために静的光散乱(SLS)実験を行い、幅広い空間スケールを対象に構造解析を行っている。(i) Tetra-PEGゲルは、平衡膨潤状態においても濃度疎密は観測されない、(ii) 分子量40k g/molのTetra-PEGゲルにおいては、調製濃度によらず平衡膨潤時の散乱像が同一であり、ゲルの網目サイズは出発モジュールにより決められていることが示された。

第6章では、一軸延伸下のTetra-PEGゲルのSANSによる構造解析を行っている。分子量40kのゲルは膨潤によっても変形によっても不均一性は観測されず、ゲル化過程においてほとんど不均一性が導入されないことを明らかにした。またTetra-PEGゲルをモデルネットワークとして、これまで不均一性の存在のために、モデルと実在系の比較が困難であった高分子ゲルの変形モデルの検証を行っている。

第7章では、第2章から第6章までの議論を踏まえ、Tetra-PEGゲルの巨視的物性と微視的構造の相関を調べている。圧縮、延伸による変形を分子論的に理解することが可能となり、Tetra-PEGゲルがこれまでのゲルと比べて理想網目に最も近いことが示された。

なお、本論文第2~7章は、下記の方々との共同研究であるが、すべて論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

第2章:長尾道弘、柴山充弘

第3章:酒井崇匡、鈴木茂樹、佐々木伸雄、伊藤智佳、山本裕二、吉田亮、鄭雄一

第4章:酒井崇匡、赤木友紀、鄭雄一、柴山充弘

第5章:酒井崇匡、赤木友紀、鄭雄一、柴山充弘

第6章:浅井華子、赤木友紀、酒井崇匡、鄭雄一、柴山充弘

第7章:酒井崇匡、赤木友紀、倉員真奈美、鄭雄一、柴山充弘

したがって、博士(科学)の学位を授与できるものと認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50462