学位論文要旨



No 127218
著者(漢字) 赤塚,明宣
著者(英字)
著者(カナ) アカツカ,アキノブ
標題(和) Natural killer gene complexにコードされるオーファンレセプターのリガンドについての研究
標題(洋)
報告番号 127218
報告番号 甲27218
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第665号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 松本,直樹
 東京大学 教授 片岡,宏誌
 東京大学 教授 落合,淳志
 東京大学 准教授 久恒,辰博
 東京大学 准教授 尾田,正二
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

免疫系は、細菌やウイルスといった病原体や、がん細胞のように異常な自己細胞を認識し、排除することで、我々の体の恒常性を維持する。免疫系を担当する白血球は、種々のレセプターからのシグナルによって標的を認識する。

ヒト12番染色体には、Natural killer gene complex (NKC)と呼ばれるゲノム領域が存在し、多数のC型レクチン、および、C型レクチン様レセプターがコードされている (図1)。NKCにコードされるレセプター群は、主にNK細胞やマクロファージ、樹状細胞 (DC)といった自然免疫系の細胞に発現し、その標的認識に関わると考えられる。しかしながら、それらの中には、リガンドが未知のもの(オーファンレセプター)も多く、そのため、生理的な機能が明らかでないものが残されている。本論文では、NKCにコードされるオーファンレセプターの中から Killer cell lectin-like receptor F1 (KLRF1) および、Blood dendritic cell antigen-2 (BDCA-2)に着目し、リガンドを同定した。本文では両方について記述するが、要旨では、BDCA-2について取り上げる。

BDCA-2は、Plasmacytoid DC (pDC) 特異的なマーカーとして同定された分子である。樹状細胞の一種であるpDCは、Toll様レセプターのTLR7やTLR9といったパターン認識レセプターを介して、ウイルスなどの分子パターンを認識し、I型インターフェロンを多量に放出する。pDC表面のBDCA-2をモノクローナル抗体で架橋すると、インフルエンザウイルス抗原で刺激した際に生じるI型インターフェロンの産生が抑制される。しかし、BDCA-2はリガンドが不明であるため、この抑制メカニズムが生体内のいかなる状況下で働くか、また、どのような意味を持つかについては明らかでない。そこで本研究では、BDCA-2リガンドを同定し、その生理的機能を解明することを目的とした。

【結果】

1. BDCA-2リガンドはCHOレクチン耐性変異株に発現する

BDCA-2リガンドを同定するため、まず、BDCA-2レポーター細胞を用いて、BDCA-2リガンドを発現する細胞株を探索した。BDCA-2レポーター細胞は、BDCA-2細胞外領域とCD3ζ細胞内領域を融合したキメラレセプターを発現し、ターゲット細胞表面のBDCA-2リガンドを認識すると、β-ガラクトシダーゼを産生する (図2)。24種類のヒト培養細胞株、Chinese hamster ovary (CHO) 細胞、および、CHOレクチン耐性変異株のLec細胞を、BDCA-2レポーター細胞と共培養し、レポーター細胞によるβ-ガラクトシダーゼの産生を測定した。その結果、CHOレクチン耐性変異株の一つ、Lec2細胞が、BDCA-2レポーター細胞の反応を誘導した (図3)。Lec2細胞は、CHO細胞に由来するシアル酸トランスポーターの欠損株であり、細胞表面の糖タンパク質に付加するN型糖鎖として、非還元末端にガラクトースを持つアシアロ糖鎖を発現する。主にシアル酸が付加したN型糖鎖を発現するCHO細胞や、高マンノース型糖鎖のLec1細胞、非還元末端にN-アセチルグルコサミンを持つアガラクト糖鎖のLec8細胞に対して、BDCA-2レポーター細胞が反応しなったことから、BDCA-2は、細胞表面に発現するアシアロ糖鎖を認識する可能性が示された。

2. BDCA-2の結合はCa++依存的である

BDCA-2はC型レクチンドメインを持つ。既知のC型レクチンは、カルシウムイオン (Ca++) 依存的に結合性を示すことから、BDCA-2でも同様の性質を示す可能性を考えた。しかし、レポーターアッセイは生細胞を用いる系なので、キレート剤などを用いた実験ができない。そこで、大腸菌発現系で可溶型BDCA-2組替えタンパク質を作製して用いた。作製した可溶型BDCA-2組替えタンパク質を酵素的にビオチン化し、フィコエリスリン標識ストレプトアビジン (SA-PE)と結合させて四量体とした後に、Lec2細胞に対する結合をフローサイトメトリーで解析したところ、BDCA-2四量体はCa++存在下でLec2細胞に強く結合し、Ca++キレート剤のEGTA存在下ではその結合が完全に消失した (図4)。これにより、BDCA-2とリガンドの結合が、既知のC型レクチンと同様、Ca++依存的であることが示された。

3. BDCA-2の結合は単糖によって阻害され、EPNモチーフが関与する

一般的に、糖鎖に対するレクチンの結合は、単糖の共存によって阻害される。そこで、BDCA-2の結合が、単糖によって阻害されるかどうか調べた。BDCA-2四量体を種々の単糖の存在下でLec2細胞に対して結合させ、フローサイトメトリーで解析した結果、BDCA-2の結合は、マンノースとフコースの存在下で強く阻害された (図5)。一方、ガラクトースやN-アセチルガラクトサミンでは、ほとんど阻害されなかった (図5)。BDCA-2は、C型レクチンドメイン内に、マンノースやフコース結合性レクチンに保存されるGlu-Pro-Asn (EPN) モチーフを持つ。このことから、BDCA-2のリガンドに対する結合も、EPNモチーフを介する可能性が考えられた。

そこで、BDCA-2のEPNモチーフをEPN類似のGlu-Pro-Ser (EPS)、もしくはガラクトース結合性レクチンに保存されるGln-Pro-Asp (QPD)に変異させた変異体タンパク質を作製し、Lec2細胞に対する結合をフローサイトメトリーにより解析した。その結果、EPS変異体では結合活性が1/10程度に低下し、QPD変異体では結合活性が完全に消失した (図6)。以上の結果から、BDCA-2のリガンドに対する結合にはEPNモチーフが関与することが示された。

4. BDCA-2リガンドはアシアロ構造を持つN型糖鎖である

BDCA-2の糖結合特異性を明らかにするため、作製した可溶型BDCA-2組替えタンパク質を用い、産業技術総合研究所 平林博士らの協力のもと、Frontal affinity chromatography (FAC) 解析を行った。FAC解析は、固相化したレクチンカラム内にリガンド候補となる糖鎖を通し、リガンド流出の遅延から、糖鎖とレクチンの結合を測定する方法である。132種類の糖鎖構造をスクリーニングした結果、25種類のアシアロ糖鎖、および、3種類のアガラクト糖鎖に対する結合が検出された (図7)。この結果から、BDCA-2はアシアロ糖鎖およびアガラクト糖鎖に直接結合することが明らかとなった。そこで、アシアロ糖鎖を持つ糖タンパク質であるAsialofetuinをコートしたプレートを用いてBDCA-2レポーター細胞を刺激したところ、コントロールと比較してβガラクトシダーゼ産生の増加が見られた (図8)。この結果から、BDCA-2はアシアロ糖鎖をリガンドとして認識し、シグナルを伝達することが示された。

5. BDCA-2リガンドはT細胞に発現し、活性化刺激によって増加する

樹状細胞は、ナイーブT細胞を活性化させる働きを持つ。pDCも例外ではなく、抗原提示に関わるMHC class IIの他に、CD80やCD86といった、T細胞に対する共刺激分子を発現している。一方で、T細胞は、活性化にともなって、アシアロ糖鎖の発現が増加することが知られている。そこで、活性化したT細胞ではBDCA-2リガンド糖鎖が増加する可能性を考えた。ヒト末梢血T細胞に対するBDCA-2四量体の結合をフローサイトメトリーにより解析したところ、T細胞に対して結合が見られた (図9, 左)。また、T細胞マイトジェンであるコンカナバリンA (ConA)を用いてT細胞を刺激したところ、BDCA-2四量体の結合は平均蛍光強度で約4倍に増加した (図9, 右)。このことから、活性化したT細胞では、平常時に比べてBDCA-2リガンドとなるアシアロ糖鎖の発現が増加することが示された。

【考察】

本研究により、BDCA-2が、アシアロ糖鎖をリガンドとして認識することが明らかとなった。BDCA-2の結合は既知のC型レクチンと同様にCa++依存的であり、EPNモチーフが関与すると考えられる。BDCA-2がN型糖鎖に結合するためには、糖鎖の非還元末端にガラクトースが露出している必要がある。しかし、EPNモチーフがガラクトースではなくマンノースに対する結合に重要だと考えられていること、また、BDCA-2四量体の結合が、ガラクトースによってほとんど阻害されなかったことから、BDCA-2はアシアロ糖鎖の非還元末端のみを認識するのではなく、糖鎖構造全体を認識している可能性が考えられる。一方で、BDCA-2リガンド糖鎖は、T細胞表面に発現しており、活性化に伴って発現が増加した。本研究の結果から、BDCA-2は、T細胞の活性化により増加したアシアロ糖鎖を認識し、pDCによるI型インターフェロンの産生を抑制するという、負のフィードバック機構を担う可能性が考えられる。

図1. Natural killer gene complex (NKC)

ヒトNKCにコードされるレセプター群。左側がテロメア側を示す。

図2. BDCA-2レポーター細胞

BDCA-2リガンドを認識すると、βガラクトシダーゼを産生する。

図3. BDCA-2レポーターアッセイ

図に示したターゲット細胞とBDCA-2レポーター細胞(黒いバー)、またはコントロール細胞(白いバー)を共培養した後、βガラクトシダーゼ基質を添加し、分解に伴って生じる570nmの吸光を測定した。

図4. BDCA-2四量体のLec2細胞に対する結合

1mM CaCl2 (左) または5mM EGTA (右) 存在下で1μg/mL BDCA-2 四量体 (塗りつぶし)もしくはSA-PE (実線)でLec2を染色し、フローサイトメトリーで解析した。

図5. 単糖によるBDCA-2四量体の結合阻害

1mM CaCl2、および図に示した濃度と種類の単糖存在下で1μg/mL BDCA-2 四量体をLec2に結合させ、フローサイトメトリーで解析した。単糖で阻害しない条件の平均蛍光強度を100%とし、3重試験の平均値と、標準偏差の値を示す。

図6. BDCA-2変異体のLec2細胞に対する結合

1mM CaCl2存在下で、図に示した自然型、および変異体BDCA-2 四量体 (1μg/mL)をLec2に結合させ、フローサイトメトリーで解析した。数字は平均蛍光強度を示す。

図7. BDCA-2のFrontal affinity chromatography

132種類の糖鎖をそれぞれBDCA-2固相化カラムに流し、糖鎖の溶出の遅延から算出した結合定数(Ka)を示す。

図8. Asialofetuinに対するBDCA-2 レポーター細胞の反応

Asialofetuin、およびFetuinを固相化したプレート上でBDCA-2レポーター細胞(黒いバー)を共培養した後、βガラクトシダーゼ基質を添加し、分解に伴って生じる570nmの吸光を測定した。

図9. ヒト末梢血T細胞に対するBDCA-2の結合

ヒト末梢血白血球をコンカナバリンA (ConA)で刺激し、CD3陽性のT細胞集団について BDCA-2 四量体の結合をフローサイトメトリー解析した。数字は平均蛍光強度を示す。

図10. BDCA-2による負のフィードバック機構

BDCA-2は活性化したT細胞で増加したアシアロ糖鎖を認識し、pDCによるI型インターフェロンの産生を抑制する

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、2章から構成され、第一章では、ヒトNK細胞レセプターKLRF1が認識するリガンドの同定について、第二章では、ヒト樹状細胞レセプターBDCA-2が認識するリガンドの同定について述べられている。

我々人間をはじめとする脊椎動物の免疫系は、自然免疫と獲得免疫の2つに大別される。獲得免疫は、T細胞、B細胞が主要な役割を果たし、ともに遺伝子再構成により作り出される抗原レセプターをもって、多様な抗原を特異的に認識する。一方、自然免疫は、マクロファージ、好中球といった食細胞、樹状細胞、ナチュラルキラー(NK)細胞、等の細胞群が重要な役割を果たしている。獲得免疫は高い抗原特異性を有する一方、初めて生体に侵入した病原体に対処するには1週間程度の時間が必要である。一方、自然免疫は、多様な病原体に対して、そのパターンを認識するレセプター群を用意しており、即座に攻撃をすることができ、自然免疫系は病原体に対する初期防御において必須の役割を果たしている。

本論文では、自然免疫を担うNK細胞、樹状細胞の標的認識に関わるレセプターについて、解析している。これらの細胞のレセプターには、C型レクチンドメインをリガンド認識部位として持つものが多数存在し、それらはいずれもヒト第12番染色体上のNatural killer gene complexと呼ばれる領域にコードされている。これらレセプターにはそれらの認識するリガンドが不明ないわゆるオーファンレセプターが存在し、それらのリガンドを同定することは、NK細胞、樹状細胞の機能を理解する上で緊急の課題であった。

第一章では、ヒトNK細胞上に発現するオーファンレセプターKLRF1が認識するリガンドの同定とそのがん細胞における発現について述べられている。赤塚氏は、KLRF1のリガンドとして、AICLを同定し、さらにAICLが、これまで知られていた造血系細胞に発現するだけではなく、非造血系のがん細胞にも発現することを明らかにした。さらに、ヒト肝臓がんの臨床検体におけるAICLの発現を検討し、がん組織特異的にAICLが発現することを見いだした。さらに、新規に作成した抗AICL抗体を用いて、ヒトNK細胞上のKLRF1によるがん細胞上のAICLの認識が、NK細胞によるがん細胞の傷害の引き金となっていることを示した。以上の発見は、NK細胞によるがん監視機構の理解に多大な貢献をするものである。

第二章では、ヒト樹状細胞上に発現するオーファンレセプターBDCA-2が認識するリガンドの同定について述べられている。樹状細胞は、コンベンショナル樹状細胞(cDC)と形質細胞様樹状細胞(pDC)に分類されるが、BDCA-2はpDCに特異的に発現することが知られている。赤塚氏は、BDCA-2が、細胞表面に存在する糖タンパク質を修飾するアスパラギン結合型糖鎖のうち、特に非還元末端のシアル酸修飾を欠くアシアロ糖鎖に高い特異性を持って、結合することを世界に先駆けて発見した。また、このような糖鎖構造が、T細胞の活性化に伴い、T細胞上に誘導されることを示し、BDCA-2が活性化T細胞によるpDCを抑制するネガティブフィードバック機構を構成している可能性を示した。これまで、pDCの自己免疫疾患の増悪への関与が示唆されていることから、今回の発見は、ヒト疾患の理解やその治療法の開発に貢献することが期待される。

なお、本論文の一部は、松本直樹博士、伊藤昌之博士、山本一夫博士、山内稚佐子博士、落合淳志博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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