学位論文要旨



No 127220
著者(漢字) 井上,梓
著者(英字)
著者(カナ) イノウエ,アズサ
標題(和) マウス卵母細胞における核小体様構造体に関する研究
標題(洋) Nucleolus-like body in mouse oocytes
報告番号 127220
報告番号 甲27220
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第667号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 青木,不学
 東京大学 准教授 尾田,正二
 東京大学 准教授 小嶋,徹也
 東京大学 准教授 鈴木,雅京
 東京大学 准教授 高橋,透
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

哺乳類の卵母細胞(成長卵)の核内には他の組織の細胞では見られない特徴的な構造体が存在する(図1B)。この核内構造体はNucleolus-like body (NLB;核小体様構造体)と呼ばれ、卵の成長過程で核小体が徐々に変化して形成される。NLBは卵および着床前初期胚特異的な構造体であり、体細胞の核小体とは形態も性質も大きく異なっている。体細胞の核小体はリボソームを合成する場であり、電子密度の異なるいくつかの領域に区画されており、それぞれの領域でrRNAの合成やプロセシング、リボソームの構築などの異なるステップを担う(図1C)。その一方でNLBは全域に渡って電子密度が非常に高く均質な構造体であり、DNAを含まないためrRNAの転写活性がなくリボソーム合成を行っていない(図1D)。NLBは図1Bのように哺乳類の卵において明瞭で非常に目立った構造であるため、古くから形態学的な観察はされていたものの、分子レベルの研究は進んでおらずNLBの機能や構成因子は未だ明らかになっていない。しかし近年、マウス及びブタの卵母細胞からNLBを顕微操作で除去すると、着床前で発生が停止することが示された(Ogushi et al., 2008 Science 319: 613-619)。その発生停止の原因はいまだ不明なままであるが、この結果はNLBが哺乳類の初期発生に重要な役割を持つことを示しており、NLBの実体を明らかにすることは哺乳類の初期発生メカニズムの解明に貢献するものと思われる。本研究では、NLBという構造体の全貌解明を目指し、NLB構成因子の同定とNLB形成機構の解明、そしてNLBの機能解析を試みた。

【結果・考察】

1. NLB構成因子としてのNucleoplasmin 2 (NPM2)の同定とNLB形成への関与

NLBの構成タンパク質を同定するために、成長卵から顕微操作を用いてNLBを単離した(図2A)。SDS-PAGEで展開後、主なバンドを切り出しMALDI-TOFMSを用いて質量分析をおこなった結果、Nucleoplasmin 2(NPM2)が同定された(図2B)。NPM2以外のバンドはほとんど検出されなかったことから、NPM2はNLBの主要タンパク質であることが示唆された(図2B)。これまでにNPM2に関して、卵および着床前初期胚に特異的に発現し初期発生に必須な207 aaのタンパク質であることがわかっているが、その機能は未だわかっていなかった。

NPM2がNLBの構成タンパク質であることを、(i) イムノブロッティングおよび (ii) GFP融合タンパク質を用いて確認した。(i)については、顕微操作を用いて成長卵からNLBを単離後、NLB除去卵と単離されたNLBをそれぞれ抗NPM2抗体によるイムノブロッティングに供した。その結果、NLB除去卵にはほとんどシグナルが検出されなかった一方で、単離されたNLB群には未操作の卵と同程度のシグナルが検出された(図3A)。(ii)については、NPM2のcDNAのN末端にGFPを融合したコンストラクト (GFP-Npm2)を作製し、試験管内転写したmRNAを成長卵に顕微注入したところ、GFPの蛍光はNLBに強く検出された (図3B)。以上の結果から、NPM2はNLBの構成成分であることが明らかになった。

NPM2がNLBに局在する機構を調べるために、NPM2配列内部にNLB移行に関与するモチーフが存在する可能性を検証した。NPM2の各ドメインの欠失変異体を作製し、それらのNLB局在能を調べたところ、核移行シグナル (NLS)の他にリジン残基に富むC末端の16個のアミノ酸 (K-rich motif) がNLB局在に必須であることがわかった(図4)。さらにK-rich motifを核質に局在するタンパク質であるMafGに融合させるとMafGはNLBに局在するようになったことから、K-rich motifがNLB移行シグナルとして機能することが示された。

NLBは卵の成長過程で核小体が徐々に変化して形成されるがその機構はわかっていない。NLB形成へのNPM2の関与を調べるため、はじめに卵成長過程におけるNPM2の発現量の変化とその細胞内局在をそれぞれSDS-PAGEおよびGFP-Npm2 mRNAの顕微注入により調べた。その結果、NPM2タンパク質は核小体に局在し卵成長過程で大きく増加することがわかった。また、弱変性条件下でのSDS-PAGEでは150 kDa以上の分子量に検出されることから、NPM2は卵内で重合体として存在していることが示唆された。体細胞において多くの核小体タンパク質はrRNA合成依存的に核小体に局在することが知られているため、続いて成長期卵におけるNPM2の核小体局在がrRNA合成依存的なのかどうかをrRNAの転写阻害剤Actinomycin Dを用いて調べた。その結果、核小体タンパク質B23は核質に拡散して核小体に局在できなくなった一方で、NPM2は核小体に留まった(図5)。このことから、卵成長過程におけるNLB形成の過程で、NPM2がrRNA合成非依存的に核小体に集積することが示唆された。

続いてRNAiを用いてNPM2をノックダウンしたときのNLB形成を調べた。NLBが構築される前の成長過程の卵にNPM2に対するsiRNAを顕微注入した後、体外成長系を用いて成長を完了するまで12日間培養した。その結果、コントロールのsiRNAを導入した卵では成長後にNLBが正常に形成された一方で、NPM2発現抑制卵ではNLBが有意に小さくなった(図6)。この結果から、NPM2はNLB構築に必須であることがわかった。

以上より、卵成長過程におけるNLB形成機構に関して図7のようなモデルを提示する。卵成長に伴いrRNA合成活性が低下するが、そのときに核小体を構成していたタンパク質は核小体から減少していく。一方でNPM2はK-rich motifを用いてrRNA合成非依存的に核小体/NLBに集積する。それにより核小体タンパクとNPM2が徐々に入れ替わり、最終的にNPM2が主要に構成するNLBが構築されるものと思われる(図7)。

2. NLBの機能解析

NLBは受精後の初期発生に必須であることが知られているが、その具体的な機能はわかっていない。そこでNLBの役割を明らかにするために、顕微操作により作製したNLB除去卵の表現型を解析した。体外成熟後、第二減数分裂中期 (MII期)に到達したNLB除去卵を受精させたところ、雌性前核は正常に形成された一方で、雄性前核のクロマチン脱凝集遅延が観察された(図8)。そのような胚では1細胞M期において雄性ゲノムが異常に凝集した染色体構造を生じ(図8)、その後2細胞期以降徐々に卵割を停止することがわかった。精子内部のクロマチンは非常に凝集しており、受精後の前核形成時にその凝集は解かれる(脱凝集する)。NLB除去卵の表現型から、成熟過程で細胞質に拡散したNLB構成因子が卵細胞質に入り込んだ精子のクロマチン脱凝集に関与することが考えられた(図10参照)。

NLBの主要な構成タンパク質であるNPM2が精子クロマチン脱凝集に関与するかどうか調べるために、NLB除去卵にNPM2のmRNAを顕微注入したところ、雄性前核のクロマチン脱凝集異常が回復した。そしてin vitroで合成し精製したNPM2タンパク質を精子とインキュベートすると、精子のクロマチンが脱凝集することがわかった(図9)。さらに、NPM2ノックアウトマウス由来の受精卵を調べたところ、雄性前核のクロマチン脱凝集が遅延していることが確認された。以上の結果から、初期発生過程におけるNLBの役割として、成熟中に細胞質に拡散したNLB構成因子のNPM2が受精後の精子クロマチンの脱凝集を促進することで正常な雄性前核の形成に貢献することが明らかになった(図10)。

最後に、NPM2が成長卵においてNLBに局在する意義を調べるために、図6の実験系を用いてNPM2を核質に発現させた卵を作成した。すなわち、K-rich motifを欠損した変異NPM2(NPM2ΔK)(図4参照)がNLBに局在できずに核質に留まることを利用して、NPM2ΔK mRNAをsiNpm2と同時に顕微注入することで、内因性のNPM2をNPM2ΔKで置き換えた。その結果、他の実験群(図6)およびsiNpm2と同時に野生型NPM2 mRNAを顕微注入したコントール群では78-98%の卵が正常に成長を完了した一方で、核質にNPM2ΔKが発現した卵は32%しか成長できなかった(図11、P<0.01)。このことから、卵成長時にNPM2が核質に局在してはいけないことが示唆された。成長卵におけるNLBの機能として、精子クロマチンリモデリング活性を持つNPM2が母性クロマチンに作用してしまうことを防ぐためにNPM2を隔離しておくという役割を持っているのかもしれない。

【結論】

長年の間謎に包まれていた卵に特徴的なNLBという構造体に関して、本研究ではNPM2がその主な構成タンパク質であることを見出し、NLB形成機構に関して、NPM2がK-rich motifを用いてrRNA合成非依存的に成長期卵の核小体に蓄積することがNLBの構築に重要であることを明らかにした。そして受精後の機能として、成熟過程で細胞質中に拡散したNPM2が精子クロマチンの脱凝集に関与していることを明らかにした。この成果は哺乳類において精子脱凝集関連因子を同定した初めての例であり、今後精子の脱凝集メカニズムのさらなる解明に繋がるであろう。NLB内部に他にどのような因子が存在するのか、なぜNLBのような高密度な構造体を形成する必要があるのかなどいくつかの興味深い疑問は残されているものの、本研究はNLBを分子生物学的に探求した初めての研究であり、NLBに関する知見をこれまでになく深めたといえる。

図1.体細胞の核(A)とGV期卵のNLB(B)およびその電子顕微鏡写真(C;核小体. D;NLB)

図2.(A)顕微操作によるNLB単離法(矢頭:NLB) (B)MALDI-TOFMSによるNLB構成タンパク質の同定

図3.(A)NLB単離後の抗体を用いたイムノブロッティング(Tubulinは loading control) (B)GFP-NPM2の細胞内局在

図4.NLB局在に関わるNPM2内領域の同定 A2;Acidic region 2, NLS; nuclear localization signal, A3; Acidic region 3, k-rich; lysine rich motif 数字はNPM2のN末からのアミノ酸数

図5.Actinomycin D (ActD) 処理時の成長期卵におけるGFP-NPM2と核小体タンパク質B23の局在 (Bar=20μm)

図6.NPM2発現抑御卵におけるNLB形成 (A) siRNAによるNPM2の発現量の変化を抗NPM2抗体を用いたイムノブロッティングにより確認した。(B)卵成長後に形成されたNLB(矢頭)。点線は核を示す。

図7.NLB形成機構のモデル

図8.1細胞期における雄性前核(♂)および雌性前核(♀)のクロマチン形態(矢印;凝集したクロマチン)、Bar=30μm

図9.上記濃度のNPM2タンパク質と24時間インキュベートした後の精子のクロマチン(Bar=10μm)

図10.NLB構成因子NPM2の機能

図11.成長卵の核内のおけるNLBの機能

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、マウスの成長卵に特異的に存在する核小体様構造体(Nucleolus-like body、以下NLBと略す)形成のメカニズムとその機能の解明を試みたものである。全体は2章からなり、以下のような内容となっている。

第1章では、NLB形成のメカニズムを明らかにするために、まずNLBの構成タンパク質の同定を試みた。成長卵から顕微操作を用いてNLBを単離し、SDS-PAGEで展開後、主なバンドを切り出しMALDI-TOFMSを用いて質量分析をおこなった結果、Nucleoplasmin 2(NPM2)が同定された。NPM2以外のバンドはほとんど検出されなかったことから、NPM2はNLBの主要タンパク質であることが示唆された。さらにNPM2がNLBの構成タンパク質であることを、イムノブロッティングおよびGFP融合タンパク質を用いて確認した。次にNPM2がNLBに局在する機構を調べるために、NPM2配列内部にNLB移行に関与するモチーフが存在する可能性を検証した。NPM2の各ドメインの欠失変異体を作製し、それらのNLB局在能を調べたところ、核移行シグナル (NLS)の他にリジン残基に富むC末端の16個のアミノ酸 (K-rich motif) がNLB局在に必須であることがわかった。さらにNLB形成へのNPM2の関与を調べるため、はじめに卵成長過程におけるNPM2の発現量の変化とその細胞内局在をそれぞれSDS-PAGEおよびGFP-Npm2 mRNAの顕微注入により調べた。その結果、NPM2タンパク質は核小体に局在し卵成長過程で大きく増加することがわかった。また、弱変性条件下でのSDS-PAGEでは150 kDa以上の分子量に検出されることから、NPM2は卵内で重合体として存在していることが示唆された。このことから、卵成長過程におけるNLB形成の過程で、NPM2が核小体に重合体として集積することが示唆された。続いてRNAiを用いてNPM2をノックダウンしたときのNLB形成を調べた。NLBが構築される前の成長過程の卵にNPM2に対するsiRNAを顕微注入した後、体外成長系を用いて成長を完了するまで12日間培養した。その結果、コントロールのsiRNAを導入した卵では成長後にNLBが正常に形成された一方で、NPM2発現抑制卵ではNLBが有意に小さくなった。この結果から、NPM2はNLB構築に必須であることがわかった。

第2章では、NLBの機能解析を試みた。まず、顕微操作により作製したNLB除去卵の表現型を解析した。体外成熟後、第二減数分裂中期 (MII期)に到達したNLB除去卵を受精させたところ、雌性前核は正常に形成された一方で、雄性前核のクロマチン脱凝集遅延が観察された。そのような胚では1細胞M期において雄性ゲノムが異常に凝集した染色体構造を生じ、その後2細胞期以降徐々に卵割を停止することがわかった。精子内部のクロマチンは非常に凝集しており、受精後の前核形成時にその凝集は解かれる(脱凝集する)。NLB除去卵の表現型から、成熟過程で細胞質に拡散したNLB構成因子が卵細胞質に入り込んだ精子のクロマチン脱凝集に関与することが考えられた。NLBの主要な構成タンパク質であるNPM2が精子クロマチン脱凝集に関与するかどうか調べるために、NLB除去卵にNPM2のmRNAを顕微注入したところ、雄性前核のクロマチン脱凝集異常が回復した。そしてin vitroで合成し精製したNPM2タンパク質を精子とインキュベートすると、精子のクロマチンが脱凝集することがわかった。さらに、NPM2ノックアウトマウス由来の受精卵を調べたところ、雄性前核のクロマチン脱凝集が遅延していることが確認された。以上の結果から、初期発生過程におけるNLBの役割として、成熟中に細胞質に拡散したNLB構成因子のNPM2が受精後の精子クロマチンの脱凝集を促進することで正常な雄性前核の形成に貢献することが明らかになった。最後に、NPM2が成長卵においてNLBに局在する意義を調べるために、K-rich motifを欠損した変異NPM2(NPM2ΔK)がNLBに局在できずに核質に留まることを利用して、NPM2ΔK mRNAをsiNpm2と同時に顕微注入することで、内因性のNPM2をNPM2ΔKで置き換えた。その結果、他の実験群およびsiNpm2と同時に野生型NPM2 mRNAを顕微注入したコントール群では78-98%の卵が正常に成長を完了した一方で、核質にNPM2ΔKが発現した卵は32%しか成長できなかった。このことから、卵成長時にNPM2が核質に局在してはいけないことが示唆された。成長卵におけるNLBの機能として、精子クロマチンリモデリング活性を持つNPM2が母性クロマチンに作用してしまうことを防ぐためにNPM2を隔離しておくという役割を持っていることが示唆された。

以上のように、本論文は、これまでまったく明らかにされていなかったNLBの形成メカニズムとその機能の解明に大きく寄与するものであると考えられる。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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