学位論文要旨



No 127224
著者(漢字) 藤澤,優
著者(英字)
著者(カナ) フジサワ,スグル
標題(和) 表在性膀胱がんに対する膀胱内注入核酸治療及び表在性膀胱がん特異的抗体スクリーニング
標題(洋)
報告番号 127224
報告番号 甲27224
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第671号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 客員教授 松村,保広
 東京大学 教授 宮本,有正
 東京大学 教授 山本,一夫
 東京大学 教授 三谷,啓志
 東京大学 教授 大矢,禎一
内容要旨 要旨を表示する

序論

1. 表在性膀胱がん

膀胱がんは膀胱内に発生する腫瘍であり、腫瘍が粘膜層に存在する表在性膀胱がんと、腫瘍が筋層にまで達した浸潤性膀胱がんに大別される。初期診断の内、70から80%の患者は表在性膀胱がんと診断されており、膀胱がんの治療は表在性膀胱がんに対するものが主となっている。現在、表在性膀胱がんに対する治療方法は、尿道にカテーテルを挿入して施術する経尿道的切除術に加え、切除術後の再発を防止する目的で抗がん剤やBacillus Calmette-Guerin (BCG)の膀胱内投与が行われる。しかしながら現在の治療法は、膀胱内に残存したがん細胞が原因と考えられる再発が高頻度で起こる事 (Lancet, 342: 1087-88, 1993)や、BCGの感染による発熱等の問題点を有している (BUJ int., 88: 209-16, 2001)。また、再発を繰り返す中で浸潤性膀胱がんになった場合やBCGの感染が重症化した場合、患者は膀胱の全摘を余儀なくされるため、Quality of Life (QOL)が著しく低下する。そのため、表在性膀胱がんの再発防止法の開発が望まれている。

2. 核酸治療の現状とsmall interfering RNA (siRNA)

現在、核酸の全身投与は成功しておらず、現時点では核酸の全身投与は困難である (J Clin Oncol., 24: 1428-34, 2006)。そのため、現在の技術水準においては核酸の局所投与によって核酸療法の可否を判断すべきである。その観点からすると膀胱は体外からのアクセスが容易な閉鎖的な臓器である。また、高濃度の核酸を膀胱内に注入する事も容易であるため、核酸の局所投与の効果を検討するのに非常に適した臓器である。そこで我々は再発の原因となっている膀胱内に残存するがん細胞に対して、siRNAを導入し、がん遺伝子を抑制する事で再発防止効果を得る事を構想した。siRNAを用いた遺伝子抑制は、アンチセンスによる抑制に比べて強い抑制効果を持つ事や、ウイルスベクターと異なり反応が一過性である特徴を有するため、患者の経過に合せた処置を施せる点が優れている (Nature, 391: 806-11, 1998)。本研究では新規再発防止法の中で技術的な障壁となる核酸のデリバリー方法の検討を行なう事とした。

3. sonoporation

直径がμm単位のバブルに対して超音波を照射すると、バブルは超音波に対応して膨張と縮小を繰り返す。その後、バブルが崩壊した際にジェット流が生じ、近傍に存在する細胞の細胞膜に穴を開け、一過性の膜透過性を与える事が出来る (Circulation, 105: 1233-39, 2002)。この手法はsonoporationと呼ばれ、薬剤やplasmidを細胞内に導入する手法として用いられている。sonoporationは従来の物質導入法に比べ手技が簡便で、制御も容易であり、毒性が低い事が特徴である。以上の特徴から、本研究では遺伝子の導入法としてsonoporationを採用し、siRNAを用いて表在性膀胱がんに強制発現させたルシフェラーゼを抑制する事を目的とした。

4. 膀胱がんの再発診断法

表在性膀胱がんの患者は切除術後の再発を診断するため、3カ月に一度程度、膀胱鏡を用いた再発診断を行っており、この診断も患者のQOLの低下を招く原因となっている。そのため、表在性膀胱がんの再発治療法に加えて、患者のQOLを低下させない再発診断法を開発する事も研究目的とした。そのため、膀胱がん特異的な抗原を同定し、患者の尿中から膀胱がんを回収し、診断を行える手技の開発を行う事とした。

結果・考察

1. sonoporation

(1) in vitroにおけるsonoporationの条件検討

検討に用いるsiRNAと同程度の分子量を有するfluorescein isothiocyanate (FITC)-Dextranを用いてsonoporationの条件を決定した。検討の結果、種々の要素の内、超音波の出力強度が最も導入効率に寄与する事が明らかとなった (図1. A)。加えて、同様の処理を行った細胞の生存率をWST-8法により検討した。超音波の出力を上昇させるにしたがい、殺細胞効果が上昇する事が明らかとなった (図1. B)。上記と同様の方法により種々の要素の検討を行った結果、bubble liposome濃度が0.2mg/ml, 超音波の照射強度1W/cm2, 超音波の出力時間10秒, bubble liposome添加後30秒という超音波照射の至適条件を決定した。上記方法で決定したsonoporationの条件とLuciferase-siRNAを用いて、RT-112Lucのルシフェラーゼの抑制効果を検討した。処理後、24時間後では有意な抑制効果は確認されないものの、48時間後には他の2群に比べて有意な抑制効果が確認された(図1. C)。

sonoporationはジェット流を用いて細胞膜の透過性を亢進させるため、超音波の強い出力や高濃度のbubble liposomeなどの過度の条件下では不可逆的な膜透過を招き、遺伝子抑制以外の操作そのものによる細胞障害が高まると考えられる。本研究において決定した遺伝子抑制以外で細胞障害のない条件下でのsonoporationとsiRNAを用いた遺伝子抑制においては、処理後48時間後から安定的な抑制効果が得られる事が示唆された。

(2) in vivoにおけるルシフェラーゼ活性抑制検討

RT-112LucをBALB-c nu/nuマウスの左背に移入し、sonoporationの処理2日前と処理日にphoton imagerを用いてルシフェラーゼ活性を測定した。測定後、マウスを2群に分けてsonoporation処理+Luciferase-siRNA群とsonoporation処理+Nonspecific-siRNA群とした。各々の群にbubble liposomeとsiRNAの混合液を皮下腫瘍に直接注射し、経皮的に超音波を照射した。sonoporationの条件はin vitroで決定したものと同様の条件で行った。sonoporation処理後、1日毎に3日間、ルシフェラーゼ活性を測定した。処理を行っていない処理2日前と処理日においては両群の活性値は同程度であったが、処理後1日後から両群の差が開き、処理後2日後に両群の差は最大となった (図2)。in vitroにおいてはルシフェラーゼ活性の抑制が確認されたが (図1. C)、in vivoにおいては有意な抑制効果は確認されなかった (図2)。

これはin vivoとin vitroにおいて、膜透過性の亢進に最適な超音波やbubble liposomeの条件などが異なるためだと考えられる。そのため、in vivoでの実験系により適した超音波の照射を行い、sonoporationの効率の向上させる事が必須である。また、処理後3日から両群の差が減少し始めた事は、先行論文とも一致している (Oral Dis., 15: 505-11, 2009)。これは細胞質内のsiRNAがRNaseにより分解された事や、細胞分裂により細胞質内のsiRNAが希釈された事が原因であると考えられる。本検討から、ウイルスベクターと比較して効果が一過性であるsiRNAを用いて、持続的な遺伝子抑制効果を得るためには、単回処理ではなく複数回の処理が必要である事が示唆された。

2. 臨床検体における膀胱がん特異的抗原の探索

候補抗体を用いて臨床検体の免疫染色行った結果、8種類の抗体が膀胱上皮と膀胱がんの双方を特異的に染色する事が出来た(図3)。

本検討では膀胱がん特異的抗原を同定出来なかったものの、膀胱上皮と膀胱がん双方に結合する抗体を得られた。この抗体の応用が可能な技術として、当研究室では抗体と磁性ビーズを用いた細胞の回収方法を開発している (Gastroenterology, 129(6): 1918-27, 2005)。これによって、抗体を用いて尿中から膀胱上皮及び膀胱がん細胞を選択的に回収し、細胞診断や遺伝子診断等が可能になると考えられる。本検討から尿を用いた膀胱がんの再発診断法の可能性が示唆された。

3. in vivoにおける効率向上のための検討及び同所移植マウスの確立

(1)照射強度及びsiRNAの投与スケジュールの検討

in vitroの検討において、高い出力の超音波がsonoporation効率の向上に寄与していた一方で、細胞障害も強かったことから、がん細胞に加えて正常細胞に与える影響も無視できないと判断したため、in vivoにおける副作用について検討を行った。BALB-c nu/nuマウスの皮下に、bubble liposomeを注射し、1, 2, 3または4 W/cm2の超音波を照射した。同様の処理を2日毎に3回処理した後、3回目の処理から24時間後に皮膚を回収し、組織学的な評価を行った。3または4 W/cm2で処理を行ったマウスでは、好中球の小浸潤が確認されたが(図4. arrow)、その他の重篤な副作用は確認されなかった。

本検討により、in vivoにおいては4 W/cm2での処理が可能である事が明らかとなった。そのため、高い出力の超音波がin vivoでの導入効率向上に寄与するか否かを検討予定である。また、2日毎の3回処理を行っても、重篤な副作用は確認されなかったため、処理後3日目以降に効果が減弱してしまうsonoporationの特徴も、複数回処理によって改善出来る可能性が示唆された。

(2)immuno-bubble liposomeの検討

sonoporationはバブルの崩壊時に生じるジェット流により引き起こされる。そのため、バブルと細胞間の距離を近付ける事でsonoporationの効率が向上するか否かを検討した。従来のbubble liposomeに、RT-112Lucの膜タンパク質特異抗体を結合させたimmuno-liposomeを作製した。蛍光標識を施したimmuno-liposomeを固定したRT-112細胞と反応させると、細胞の表面に蛍光が確認され、結合する事が確認された。このimmuno-liposomeを用いたsonoporationを行い、従来のsonoporationと抑制効果を比較した。immuno-bubble liposomeを用いた群では、通常のbubble liposomeを用いた群に比べ、ルシフェラーゼ活性が有意に抑制された。

懸濁液中においてimmuno-bubble liposomeがRT-112Lucに結合し、両者がより接近したためsonoporationの効率が向上したと考えられた。

結論

in vitroにおいてsonoporationによるルシフェラーゼの有意な抑制効果が確認された。in vivoにおいてはsonoporationによる有意な抑制効果は確認されなかったが、ルシフェラーゼの抑制傾向が確認された。sonoporationの手技において、超音波の高出力での処理や複数回処理により、作用の増強が期待されるため、正常組織に障害を与えない条件 (4 W/cm2, 隔日3回)を明らかにした。また、バブルと細胞間の距離を近付ける事で、sonoporationの効率は更に向上する事が示唆されている。今後、各々の手技をin vivoでの検討に取り入れていく予定である。加えて、本検討では臨床検体において膀胱上皮と膀胱がん双方に結合・染色出来る抗体を同定した。本抗体を用いる事で尿を用いた再発診断が行える可能性があり、immuno-liposomeにも応用可能である。本抗体は膀胱がん患者のQOL向上に大きく貢献する事が出来る。

図1.sonoporationによる細胞への効果 A:超音波出力がsonoporationの効率に与える影響, B:超音波出力によるsonoporationの細胞毒性, C:sonoporationとsiRNAを用いたルシフェラーゼ活性Luc:Luciferase-siRNA + sonoporaion NS: Nonspecific-siRNA + sonoporation

図2.in vivoにおけるsonoporationによるルシフェラーゼ活性の抑制

図3.臨床検体の免疫染色 腫瘍部分と上皮細胞が染色された抗体を示した。N:正常組織,T:腫瘍組織

図4.sonoporationによる皮膚への副作用 A:control, B: 1W/cm2, C: 2W/cm2, D: 3W/cm2, E: 4W/cm2, arrow:好中球の浸潤(original magnification ×20)

審査要旨 要旨を表示する

本論文は全六章からなり、第一章は背景及び目的、第二章は材料及び方法、第三章は結果、第四章は考察、第五章は今後の展望及び予備検討、第六章は結語について述べられている。

第一章では表在性膀胱がんの治療法と核酸治療の問題点を挙げ、RNA interfering (RNAi)を用いた再発防止法を構想している。表在性膀胱がんに対してsmall interfering RNA (siRNA)を送達する方法として、超音波を用いたsonoporationを採用した旨が述べられている。

第二章ではFluorescein isothiocyanate Dextran (FITC-Dextran)を用いてin vitroにおけるsonoporationの条件を決定した旨、及び決定した条件とsiRNAを用いてLuciferase活性の抑制検討を行った旨が述べらている。また、in vivoにおいて決定した条件を用いて皮下腫瘍のLuciferase活性の抑制検討も行われていた。

第三章では第二章の結果について述べられていた。FITC-Dextranを用いて決定した条件でsiRNAを細胞へ送達し、Luciferase活性を抑制する事に成功していた。同様の条件を用いてin vivoにおいて検討を行った場合は、Luciferase活性は抑制傾向を示すに留まっていた。

第四章では第三章で得られた結果についての考察が述べられていた。FITC-Dextranを用いた検討で得られた種々の要素は先行論文と比較検討されており、本論文中の検討は新規のバブルを用いた検討であるため、先行論文との相違点が生じたとの報告であった。またsiRNAを用いたLuciferaseの抑制検討から、sonoporationによってsiRNAが細胞や腫瘍に送達された旨が報告された。しかしながら、in vivoにおける検討は抑制効果が十分ではなく、今後の研究や発展が必要である旨が述べられている。

本研究は新規バブルを用いたsonoporationに重要な因子をsimulation検討で同定した事が大きな意義があると考える。加えてsimulation検討を行う際の蛍光物質の分子量を既存のものからsiRNAに準じた分子量に変化させた点にこれまでの研究に無い独創性が感じられた。本論文ではin vivoでのLuciferase活性の抑制に有意差は確認されなかったが、抑制傾向は顕著である。そのためin vivoにより即した条件を決定するなどして、マウス個体間でのバラつきを抑える事でより現実的な方法論になって行くだろう。

第五章では本論文に対する今後の展望と予備検討について述べられている。抗体の親和性を利用したimmuno-liposomeの開発、siRNAの効果を持続させるためのsiRNAの修飾やsonoporationの処理スケジュールなど多方面からの展望が述べられている。また研究成果を実際に臨床応用するため、臨床検体における膀胱がん特異抗原の探索やその利用、膀胱がんの同所移植マウスの開発や目的遺伝子の決定にも言及していた。

immuno-liposomeを用いたsonoporationにおいては、従来のsonoporationよりもLuciferaseの抑制効果が向上しており、臨床応用する際に非常に有用である。臨床検体を用いたスクリーニングにおいて、膀胱がん及び膀胱上皮のマーカーを同定する事に成功しており、immuno-liposomeを用いたsonoporationの手技と共に表在性膀胱がんの再発防止法に寄与するものと考えられる。また膀胱がんの同所移植マウスは本研究のみならず膀胱がんの研究に大きく寄与するものであり、これまでに報告の無いRT-112での同所移植マウスが作成可能である事を示した功績は非常に大きいものである。

なお、本論文第二章は、東北大学大学院医工学研究科 教授 小玉哲也博士、帝京大学薬学部 生物薬剤学教室 教授 丸山一雄博士、同研究室所属 鈴木亮博士、国立がん研究センター東病院 臨床開発センターがん治療開発部 室長 安永正浩博士、同部所属 古賀宣勝博士、東京大学大学院新領域創成科学研究科 荒川寛茂との共同研究であるが、論文提出者が主体となり構想、分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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