学位論文要旨



No 127225
著者(漢字) 星野,歩子
著者(英字)
著者(カナ) ホシノ,アユコ
標題(和) ヒト血管外膜由来線維芽細胞による肺腺がん腫瘍進展促進環境の形成機構
標題(洋) Characterization and Ability of Human Vascular Adventitial Fibroblasts to Provide a Favorable Environment for Human Lung Adenocarcinoma
報告番号 127225
報告番号 甲27225
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第672号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 客員教授 落合,淳志
 東京大学 教授 山本,一夫
 東京大学 准教授 久恒,辰博
 東京大学 教授 後藤,由季子
 東京大学 准教授 尾田,正二
内容要旨 要旨を表示する

序論

乳がん、膵臓がん、肺がんなどの様々ながん種において、がん組織は間質細胞を含み、がん微小環境を形成している。がん微小環境を構成する間質には線維芽細胞、免疫細胞、血管及びリンパ管、そして細胞外マトリックスがある。これまでに、微小環境を構成する間質ががんの進展や転移の促進に好都合な環境を提供し得ることが示唆されている(Cell. 2000;100:57-70)。がん間質線維芽細胞のがん進展への寄与はヒトの病理組織およびマウスを用いた検討により報告されている(Cell. 2005;121:335-48)。間質線維芽細胞による腫瘍進展寄与機構としては、血管新生の誘導、骨髄由来の血管内皮前駆細胞の動員、そして細胞外マトリックスの再構築などが考えられている(Nat Rev Cancer. 2006;6:392-401)。このように、がん間質線維芽細胞が間接的に腫瘍進展に寄与するとの報告はあるものの、直接的な寄与の報告はほとんどない。

さらに、がん間質に含まれる線維芽細胞の起源は様々であることが予想され、その特徴には多様性があることが示唆される(J Clin Invest. 1995;95:859-73)。既存の組織由来の線維芽細胞、血管を構成する線維芽細胞、骨髄由来の線維芽細胞が、がん間質線維芽細胞の起源としてこれまでに報告されてきているが、間質に線維芽細胞が直接的に動員されることの評価が難しいことから十分な検討がされていないのが現状である。

血管の最も外側を構成する血管外膜には線維芽細胞が多く含まれている。がん細胞の血管浸潤は血管外膜を包囲する様な形で進展することが知られている。胃がん組織ではしばしば血管の異常が認められ、がん組織内の血管外膜構造を保たずに消失している様にみえると報告されている(J Clin Pathol. 2004;57:970-2)。このことは、血管外膜線維芽細胞ががん間質線維芽細胞としてがん組織の一部となっていることを示唆している。更に、肺がん組織切片においても血管外膜の線維芽細胞ががん間質に動員されている様な組織像が認められる。

我々は、血管外膜線維芽細胞ががん間質線維芽細胞の起源の一つであり、更にがん進展において組織学的に隣接することで腫瘍進展を促進する特殊な微小環境を提供し得るという仮説を立てて実験を行った。これまでに血管外膜線維芽細胞の特徴を明らかにした研究はなく、我々はまず血管外膜由来線維芽細胞(hVAFs: human Vascular Adventitial Fibroblasts)の生物学的な特徴を調べるとともに腫瘍進展に寄与する環境を提供し得るかどうか、またその際に関わる機構について検討することを本研究の目的とした。

本論

1.血管外膜由来線維芽細胞(hVAFs)の生物学的特徴

ヒト肺がん外科手術材料から血管外膜を初期培養して血管外膜由来線維芽細胞(hVAFs)を採取した。hVAFsは、同一検体から採取したヒト肺組織由来線維芽細胞(hLFs: human Lung-tissue-derived fibroblasts)と同様の形態を示し、様々な膜表面タンパク発現が類似していた。血管外膜の線維芽細胞が病態によって形態を変化させる報告があることからhVAFsの分化能を検討した。hVAFsは、筋線維芽細胞以外にも脂肪細胞及び骨芽細胞に分化し得る間葉系幹/前駆細胞(MPCs)であることが分かった。

2.hVAFsの肺がん細胞株A549腫瘍形成能への寄与

A549肺がん細胞株をhVAFsおよびhLFsとマウス皮下へ共移植した際、どちらの線維芽細胞も共にA549単独移植に比べて腫瘍形成時期を早めることが分かった。移植細胞数を1×104個で検討した場合A549単独では腫瘍形成が確認できない(3ヶ月を越しても形成しない)のに対してhVAFsでは2週目で、hLFsとの移植では4週目で腫瘍形成が見られた(Fig.1a)。しかし、腫瘍形成が確認出来てからの腫瘍体積の増加傾向は、hVAFs共移植群とhLFs共移植群とで同様であった(Fig.1b)。in vitroの検討では、軟寒天培地中での足場非依存的な増殖を検討するとhVAFsとの共培養で最もコロニー形成率が高く次にhLFs(hVAFsの1/2)との共培養、A549単独(hVAFsの1/3)と続くことが分かった。しかし、二次元培養においてA549細胞をhVAFsと共培養した際の増殖速度は、単独培養の場合と同様であったことから、これらの結果は単にA549細胞の増殖能を上昇させたわけではないといえる。また、hVAFsによるがん細胞の腫瘍形成能上昇への寄与はA549細胞株に限らず他の肺がん細胞株(CRL-5807及びPC-14)でも示された(Fig.2)。

これまでに、骨髄由来の間葉系幹細胞が乳がん細胞の転移を促進するという報告があることから、hVAFsに含まれるMPCsが肺がん細胞株の腫瘍形成能を上昇させる可能性について検討した。hVAFsを脂肪もしくは骨芽細胞へ分化誘導させた後でA549細胞とマウス皮下へ移植した結果、分化誘導していない未分化な細胞との共移植の場合と腫瘍形成時期が同じであることが分かった。このことから腫瘍形成能上昇への寄与はhVAFsに含まれる未分化状態の細胞が重要なのではないことが分かった。

3.DNAマイクロアレイ解析によるhVAFs特異的に発現する遺伝子の検索

hVAFsによる腫瘍形成促進機構を調べるために、hLFsに比べてhVAFsで特異的に発現する遺伝子を網羅的に解析したところ、Podoplaninの遺伝子発現がhVAFsで高いことが分かった。Podoplaninとは、ヒト肺がん組織内の線維芽細胞で発現が高いと予後不良であることが報告されている分子である。Podoplaninのタンパク発現も、hVAFs(43±17.5%)において同一患者由来のhLFs(16±10.3%)より高いことが、flow cytometryによって確認できた。

4.Podoplanin発現線維芽細胞による腫瘍形成促進機構

FACSを用いてhVAFsにおけるPodoplanin陽性細胞と陰性細胞を分取し、それぞれをA549細胞株とマウス皮下へ移植した結果、Podoplanin陽性細胞との共移植群で腫瘍形成が促進された(Fig.3a)。また、Podoplanin陽性細胞とA549細胞共移植群の腫瘍形成時期はPodoplanin陰性群との共移植より早いが、腫瘍形成が確認出来てからの腫瘍体積の増加曲線はPodoplanin陽性共移植群と陰性共移植群で同様であることが分かった(Fig.3b)。同様の結果がhLFsにおけるPodoplanin陽性細胞と陰性細胞でも得られた。これらは、hVAFsとhLFsそれぞれとA549細胞での共移植の場合での腫瘍体積増加の結果と類似していた。このことから、Podoplanin陽性細胞は腫瘍形成促進に寄与することが示唆され、hVAFsとhLFsに含まれるPodoplanin陽性細胞の量の差が腫瘍形成時期に違いが見られた理由である可能性が考えられる。さらに、Podoplanin陽性hVAFsとA549を共移植したマウスでよりリンパ節及び肺への転移が促進されていることが分かった(Fig.3c)。

次に、hVAFsにおけるPodoplanin発現をshRNAにより抑制し(Fig.4a)、その時のA549腫瘍形成へ与える影響を調べると、hVAFsによるA549腫瘍形成促進が打ち消されることが確認できた(Fig.4b)。Podoplanin発現抑制hVAFsとの共培養で足場非依存的な増殖の促進も抑制された。しかし、Podoplanin発現hVAFsの培養上清を添加した場合と、shRNAによりPodoplanin発現が抑制されたhVAFsの培養上清を添加した場合とではコロニー形成に差はみられなかった。また、Podoplanin組み換えタンパク質添加によってもコロニー形成に変化はなかった。hVAFsにPodoplaninを強発現させると(>80%陽性)A549細胞の腫瘍形成率が上昇した。以上のことから、hVAFsにおけるPodoplaninは腫瘍形成能上昇に寄与する機能分子であることが分かった。

5.ヒト3cm以下肺がん組織における線維芽細胞のPodoplanin発現とがん進展

ヒト肺がん切除症例112例において、腫瘍サイズが3cm以下の中で間質線維芽細胞がPodoplanin陽性症例(n=32)とPodoplanin陰性症例(n=80)を集めた。Podoplanin陽性腫瘍32例中17例(53%)で脈管侵襲がみられたが、陰性腫瘍80例では12例(15%)でのみみられた。また、Podoplanin陽性腫瘍32例中9例(28%)でリンパ節転移が確認されたが、陰性腫瘍80例中6例(7.5%)のみがリンパ節転移陽性であった(Fig.5a)。さらに、Kaplan-Meier解析により、Podoplanin陽性腫瘍の方が手術後の再発率が高く(p<0.001)生存率が低い(p<0.001)ことがわかった(Fig.5b)。

結論

本研究では初めて、同一臓器由来の二種類の線維芽細胞hVAFs及びhLFsが腫瘍進展において異なる影響を与えることを報告している。また、hVAFs がhLFsに比べて肺腺がん細胞株の腫瘍形成能上昇させる機構にはPodoplaninが関わることが分かった。このことから血管周囲にはがん進展を促進させる特殊な環境があることが示唆された。これまでに、がん間質の線維芽細胞が腫瘍進展に寄与することを示唆する様な報告はあったが、実際に腫瘍進展を促進させる細胞集団を特定し、更に機能分子を報告した研究はこれまでになく、がん微小環境の研究を発展させて行くうえで極めて重要な報告であると考える。また従来の様な、がん細胞のみに着目していては腫瘍組織の生物像を把握することは難しく、がん研究においてがん組織全体をとらえた検討を行い、治療戦略を考える必要があることが示唆された。

Fig1. A549細胞株と線維芽細胞のマウス皮下共移植実験 (n=8) a. 移植後腫瘍形成率 b. 腫瘍形成確認後の腫瘍体積増加

Fig.2. 肺腺がん細胞株と線維芽細胞の腫瘍形成能

Fig.3. hVAFsのPodoplanin陽性及び陰性細胞とA549細胞株のマウス皮下共移植実験 (n=10) a. 腫瘍形成率 b. 腫瘍形成確認後の腫瘍体積増加 c. 肺及びリンパ節転移率

Fig.4. hVAFsのPodoplanin発現の抑制 (n=6-10) a. shRNA処理後のhVAFsによるPodoplanin発現; western blot b. Podoplanin発現抑制hVAFsによるA549細胞の腫瘍形成能

Fig.5. ヒト肺がん切除検体による間質線維芽細胞PDPN発現別腫瘍進展 a. N; 脈管侵襲、Ly;リンパ管浸潤 V;リンパ節転移率 b. PDPN発現別にみた10年再発率

審査要旨 要旨を表示する

本論文は4章からなり、第1章はヒト肺がん患者から採取した血管外膜と肺組織を初期培養して得られた血管外膜由来線維芽細胞(hVAFs)と肺組織由来線維芽細胞(hLFs)の生物学的特徴を調べている。この章では特に、hLFsには含まれないが、hVAFsは間葉系幹/前駆細胞を含む細胞集団であることを述べている。

第2章ではhVAFs がhLFsに比べて肺腺がん細胞株の腫瘍形成能上昇させることについて述べている。この現象は3種類の細胞株において検討されており、一般性が調べられている。第1章で報告されているhVAFsに含まれる間葉系幹細胞が腫瘍形成の上昇に寄与しているかどうかについて更にこの章で調べられている。

第3章ではhVAFs がhLFsに比べて肺腺がん細胞株の腫瘍形成能を上昇させる機構を、hVAFsとhLFsによる遺伝子発現の網羅的解析によりに調べている。hVAFsで上昇している発現遺伝子の中で論文提出者はPodoplaninに着目している。実際にPodoplaninが腫瘍形成能上昇に関わることをhVAFsに含まれるPodoplanin陽性細胞と陰性細胞を分取して肺腺がん細胞株とマウス皮下へ移植することで調べている。また、hLFsに含まれるPodoplanin陽性細胞でも同様の結果が得られ、この現象はhVAFsにおけるPodoplanin陽性線維芽細胞でのみ見られる現象ではなく、その他の線維芽細胞でも見られることを示している。更にhVAFsに含まれるPodoplanin発現をshRNAを用いて抑制することでhVAFsによる腫瘍形成の上昇が打ち消されたことでPodoplaninが腫瘍形成能上昇において機能分子であることを報告している。また、マウス皮下移植における転移能、及びヒト肺腺がん患者の腫瘍内線維芽細胞におけるPodoplanin陽性率がその人の生存率、再発率、及び転移率に関わることを報告しており、このことからPodoplaninは腫瘍形成だけではなくその他の腫瘍進展促進に関わる分子であることが調べられてある。

第4章ではPodoplaninと共に機能している可能性のある分子についてPodoplanin陽性線維芽細胞とPodoplanin陰性線維芽細胞における発現遺伝子の網羅的解析を行うことで検討している。このことから、Podoplanin陽性線維芽細胞で多くの細胞外基質の発現が予想され、それらの存在も腫瘍形成能の上昇に寄与している可能性について述べている。

なお本論文第2章及び第4章で行っている遺伝子の網羅的解析は、佐々木博己先生の研究室との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

以上の内容について論文審査を行い、論文提出者は学位を受けるにふさわしい十分な学識をもつものと認めしたがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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