学位論文要旨



No 127229
著者(漢字) 相川,知宏
著者(英字)
著者(カナ) アイカワ,チヒロ
標題(和) A群レンサ球菌感染による細胞死とオートファジー制御機構の解析
標題(洋)
報告番号 127229
報告番号 甲27229
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第676号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 津本,浩平
 東京大学 教授 俣野,哲朗
 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 准教授 川口,寧
 東京医科歯科大学 教授 中川,一路
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

Streptococcus pyogenes (group A streptococcus: GAS)は急性咽頭炎や急性扁桃炎,猩紅熱,リウマチ熱,急性糸球体腎炎,毒素性ショック症候群などの起因菌である. 本菌は上皮細胞に付着・侵入することで感染を開始するが, 一方で感染細胞も炎症応答, 細胞死, オートファジーなどを誘導し, これに対抗しようとする. 本研究においては, GAS感染によって誘導される細胞死とオートファジーに焦点を当て, その制御機構の解明を試みた.

1. A群レンサ球菌感染によって誘導される細胞死制御機構の解析

【目的】

当研究室ではこれまでに, GASの上皮細胞への侵入によって細胞死が誘導されること, またこの細胞死がミトコンドリアの機能異常によって誘導されることを明らかとしている. しかしながら, GASの上皮細胞への侵入からミトコンドリアの機能異常を介して最終的に細胞死が誘導されるまでの詳細な機構は明らかとされていない. そこで本研究ではGAS感染による細胞死とその誘導機構についてより詳細な解析を試みた.

【結果・考察】

GASの基準株であるJRS4株のHeLa細胞への感染によって, 細胞死および活性酸素種(ROS)産生の増加 (図1A, B), さらにミトコンドリア機能異常として膜電位の低下 (図1B), 及びcaspase-3/-9の活性化(図1C, D, E)が認められた. 一方で, JRS4株のフィブロネクチン結合タンパク質を破壊し上皮細胞への結合能を欠失させた変異株であるSAM1株の感染ではこれらの変化は認められなかった. 細胞死抑制因子であるBcl-2を強発現させたHeLa細胞 (HBD98-2-4)においては, JRS4株の感染によっても細胞死, ROS産生, およびミトコンドリアの機能異常は顕著に抑制された (図1).

GASの細胞内侵入によって, small GTPaseのひとつであるRac1の活性化が認められた (図2A). このRac1の活性化は, GAS侵入部位のアクチン再重合に関与していた. さらに, Rac1はNADPH oxidaseを活性することでROS産生を誘導することが知られているが, Rac1のL37変異体を強発現させたHeLa細胞においては, GAS感染によるROS産生は顕著に抑制された (図2B). GAS感染による細胞死は, ROS阻害剤であるNACあるいはPDTCで処理したHeLa細胞においては顕著に抑制された (図3A). またGAS感染によって細胞内ではp38MAPKの活性化が認められた. 興味深いことに, p38MAPKの阻害剤であるSB203580で処理されたHeLa細胞では, GAS感染による細胞死は顕著に抑制され, さらにp38MAPKの活性化はROS阻害剤であるPDTC処理により抑制された(図3B).

これらの結果から, GASの上皮細胞への侵入によって活性化したRac1は, NADPH oxidaseを活性化させることでROS産生を誘導することが明らかとなった. さらに, 細胞内のROS産生の増加によって, ミトコンドリアの機能異常が生じ, また同時にp38MAPKが活性化されることで, 最終的に細胞死が誘導されることが明らかとなった (図4).

2. A群レンサ球菌感染感染における新規Nod-like receptor NLRX1によるオートファジー制御機構の解析

【目的】

細胞内に侵入したGASに対して, 宿主細胞はオートファジーを誘導する. 細胞質中に脱出したGASはオートファゴソームによって捕獲された後, オートファゴソームとリソソームの融合によって形成されたオートリソソームによって分解される. 近年, 細胞内での菌体認識およびオートファゴソームの誘導には Nod (nucleotide-binding oligomerization domain)-like receptors (NLR) が重要であることが報告されている.

近年, 新規のNLR分子としてNLRX1が報告された. NLRX1はNLRの中で唯一ミトコンドリアに局在し,N末端にミトコンドリアをターゲットとした配列を保有している (図5). NLRX1はミトコンドリアのマトリックスへ局在を変化させることで, ミトコンドリアにおけるReactive oxygen species (ROS)の産生を促進することが報告されている.一方で, NLRX1とGAS感染によって誘導されるオートファジーの関連については現在までに報告されていない. そこで本研究では分子化学的手法を用いてNLRX1によるオートファジー制御機構の解析を試みた.

【結果・考察】

NLRX1を強発現したHeLa細胞においては, JRS4株の感染によって誘導されるオートファゴソームの形成が促進された. 一方で, NLRX1をノックダウンした細胞ではオートファゴソームの形成が抑制された (図6A). NLRX1強発現細胞ではオートリソソームの形成も感染の早い段階で起き, また細胞内の菌数も有意に低下した (図6B, C).

NLRX1の強発現によって細胞内のROS産生の増加が観察された (図7A). これまでにROS産生の増加によって, LC3 (オートファゴソーム膜の成分)のファゴソーム膜へのリクルートが促進されることが報告されている. 本研究においても, ROS阻害剤によって処理した細胞ではオートファゴソームの形成は抑制された (図7B). ROS阻害剤のうちRotenone (ミトコンドリアI複合体阻害剤)で処理した細胞においては, NLRX1強発現条件下でのオートファジーの形成が著しく抑制された (図7B). GAS感染によってNADPH oxidaseを介して細胞内のROS産生が増加することは前項で述べたが, 本研究の結果から, NLRX1はミトコンドリアからのROS産生を増加させることでオートファジーの誘導を促進していることが示唆された.

また, NLRX1強発現細胞においては, 転写因子の1つであるNF-κBの活性が抑制された (図8). これまでにNF-κBの活性化抑制によって, TNF-αによるオートファジーの誘導が促進されることが報告されている. これに関連して, 酵母two-hybrid systemを用いてNLRX1と相互作用する分子を探索したところ, NF-κBの活性を抑制する分子として, TNIP1 (別名ABIN1: A20 binding inhibitor of NF-κB activation-1)を見いだした (図9A). TNIP1をノックダウンした細胞においては, GAS感染によるオートファジーの誘導が抑制された (図9B).

これらの結果から, 細胞内の菌体認識機構は未だ不明であるものの, NLRX1はミトコンドリアからのROS産生を増加させることでオートファゴソーム形成を促進すると共に, TNIP-1との相互作用によってNF-κBの活性を抑制することでオートファジーを促進していることが明らかとなった (図10).

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,A群レンサ球菌(GAS)の上皮細胞感染モデルを用いることで,感染による糸旺胞死誘導機構を詳細に解析するとともに,細胞内の菌体認識レセプターであるNodllk∈receptors(NLRs)のうち,NLRX1によるオートファジー制御機構の解明を試みた.

本論文の大略は次の通りである.

第一章は要旨であり,本研究の背景,目的,結果及び考察を簡潔にまとめ記述した.

第二章は緒言とし,細胞内へ侵入能を有する細菌と宿主細胞の相互作用について記述するとともに,GAS感染による細胞死及びオートファジーについて,現在までの研究背景と課題をまとめ,本研究の目的と意義について記述した.

第三章では,GAS感染による上皮細胞の細胞死について,その詳細な誘導機構の明らかとした.本研究においては特に,細胞死誘導にはGASの細胞侵入能が必要であると仮定し解析を行った.その結果,GASの上皮細胞への侵入によって活性化したRac1が,NADPHoxidaseを活性化させることでROS産生を誘導することを明らかとした.さらに,細胞内のROS産生の増加は,ミトコンドリアの機能異常の引き起こし,また同時にp38MAPKが活性化することで,最終的に細胞死が誘導することを明らかとした.

第四章では,細胞内へと侵入を果たしたGASに対し,オートファジーがどのような制御の元に対抗しているのか,特に本研究においてはオートファジー誘導に重要なNLRsの1っであるNLRX1に注目し解析を行った.その結果,NLRX1がミトコンドリアからのROS産生を増加させることでオートファゴソーム形成を促進すると共に,TNIP-1と直接相互作用することで,NF-KBの活性を抑制しオートファジーの誘導を促進していることを明らかとした.

以上の結果について,第五章で総括している.

本研究の成果は,GAS感染特異的な細胞死とオートファジー制御機構について多くの知見を与えた.特に,GAS感染による細胞死とオートファジーの制御の両方で,細胞内のROS産生が重要な役割を担っている事は注目すべき事実である.これらの成果は,今後の細菌感染と宿主の応答の相互作用の解明に大きく貢献することが期待されることから,博士(生命科学)の学位を授与できると認める.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50467