学位論文要旨



No 127233
著者(漢字) 齊藤,暁
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,アカツキ
標題(和) サル指向性HIV-1に関する研究
標題(洋)
報告番号 127233
報告番号 甲27233
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第680号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 俣野,哲朗
 東京大学 教授 渡邉,俊樹
 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 准教授 川口,寧
 東京大学 准教授 三浦,聡之
内容要旨 要旨を表示する

1. 序論

ヒト免疫不全ウイルス1型(human immunodeficiency virus type 1 [HIV-1])の宿主域は比較的に狭く、ヒトとチンパンジー以外ではほとんど増殖できない。ヒトと同じ霊長類であるアカゲザル、カニクイザルなどのマカク属サル由来細胞でも、その増殖が強く抑制される。したがって現時点では、近縁のサル免疫不全ウイルス(SIV)感染マカクサルモデルが、ヒトHIV-1感染症を反映する最適の動物モデルと考えられている。しかし、HIV-1とSIVの相違点が問題となる場合、例えばHIV-1蛋白の特異的な構造を標的とする新規薬剤やワクチンなどの評価には、HIV-1感染動物モデルが有用である。

このいわゆる「種の壁」を規定する機序については、未だ十分には解明されていないものの、近年、いくつかの宿主因子の関与が報告されてきている。また、近年、これらの抗HIV-1因子と相互作用するウイルス蛋白の機能領域やその分子機序の解明が進展し、HIV-1をベースとしたサル指向性HIV-1獲得に向けた研究が進められている。

そこで私は、マカクサルがHIV-1感染に抵抗性である機序の解明に向けて、サル指向性HIV-1のサルへの感染性を検討していくこととした。所属研究室の共同研究者(足立ら)が、カニクイザルT細胞株に感染性を有するサル指向性HIV-1作製を進めていることから、このウイルスを用いて実験を進めることとした。第一世代のウイルスNL-DT5Rは、HIV-1由来遺伝子を約93%保持するキメラウイルスであり、さらにいくつかの改良が加わり、カニクイザルT細胞株における増殖能が向上したとされる第二世代MN4-5Sおよび第三世代MN4Rh-3が作製されている。そこで本研究では、カニクイザルT細胞株で増殖能が確認されたこれらのサル指向性HIV-1の個体レベルでの増殖能を検討することを目的とし、カニクイザルにおける感染実験を行った。さらに、その増殖に影響を与える宿主因子について解析した。

2. 材料、方法

本研究で用いたサル指向性HIV-1は、足立らにより作製されたものであり、それらの模式図を図1に示す。カニクイザル末梢血単核球(PBMC)におけるサル指向性HIV-1増殖能の解析においては、磁気細胞分離法によりCD8陽性細胞を除去後、活性化させた細胞を標的としてウイルスを感染させ、経時的に上清中のHIV-1 Gagカプシド蛋白(p24)量をELISAを用いて定量した。

カニクイザルのTRIM5遺伝子型については、細胞からDNAを回収し、PCR法にて目的とする領域を増幅することにより解析した。カニクイザル個体におけるウイルス増殖能の解析においては、ウイルスを静脈内接種した後、経時的に採血し、各種リンパ球マーカーの免疫染色による測定およびリアルタイムPCR法による血漿中ウイルス(ゲノム)量定量を行った。

3. 結果

(1) カニクイザルPBMCおよび個体における第二世代サル指向性HIV-1(MN4-5S)の増殖能の解析

これまでのサル指向性HIV-1の増殖能の解析は主にT細胞株を用いて行われてきたので、まず、HSC-F 細胞株での増殖能が確認された第二世代サル指向性HIV-1であるMN4-5Sについて、カニクイザルPBMCでの増殖動態を解析し、その増殖能を確認した。

次に、サル個体での増殖能を検討するため、3 頭のカニクイザルへの感染実験を行なった。その結果、いずれの個体においても、一過性ではあるがウイルス血症が観察された。血漿中ウイルス量のピーク値は、5 x 103-2 x 104 copy/mlであった。

(2) カニクイザルPBMCにおける第三世代サル指向性HIV-1(MN4Rh-3)の増殖能の解析

カニクイザルT細胞株での増殖能が現時点で最も高い第三世代サル指向性HIV-1であるMN4Rh-3を用い、カニクイザルPBMC および個体における増殖能をさらに詳細に検討することとした。まず、数頭のカニクイザル由来PBMCにおけるMN4Rh-3の増殖レベルを解析したところ、一部のサル個体由来PBMCにおいて比較的高レベルの増殖が認められた。その一方で、一部の個体由来PBMCにおいては増殖がほとんど認められず、ウイルス感受性が大きく異なる2つのカニクイザル個体群が存在することが示唆された。

(3) カニクイザルTRIM5 遺伝子型が第三世代サル指向性HIV-1(MN4Rh-3)の増殖に及ぼす影響の解析

上記のサル指向性HIV-1感受性に関与する宿主因子としてTRIM5の可能性を検証するため、カニクイザルTRIM5遺伝子多型の解析を行った。医薬基盤研究所霊長類医科学研究センターのカニクイザル79頭のTRIM5遺伝子多型について検討した結果、CypA挿入のあるアレル(TRIM-Cyp)とCypA挿入のない野性型アレル(TRIM5α)が存在することが明らかとなった。重要なことに、上記のカニクイザルPBMCでの第三世代MN4Rh-3感染実験において抵抗性であった個体群はTRIM5αをホモで有しており、その一方で、第三世代MN4Rh-3に感受性を示した個体群はTRIM-Cypをホモで有するか、もしくはTRIM5αとTRIM-Cypをヘテロで有していた。

このTRIM5遺伝子型と第三世代MN4Rh-3感受性との相関を検証する目的で、各群の頭数を増やし、各々のPBMCにおけるMN4Rh-3の増殖レベルを解析した。その結果、図2に示すように、TRIM5αホモ群(n=9)は、MN4Rh-3 感染に対して強い抵抗性を示し、ウイルス増殖のピーク値(p24:平均3.6 x 100ng/ml)は、TRIM-Cypホモ群(n=9)のピーク値(p24:平均5.8 x 101ng/ml)と比較して有意に低下していた(p=0.0010)。一方で、TRIM-Cypホモ群とTRIM5α・TRIM-Cypヘテロ群の間には、MN4Rh-3感受性に有意な差は認められなかった。以上の結果より、TRIM5遺伝子型がサル指向性HIV-1(MN4Rh-3)の増殖に大きく影響することが示唆された。

(4) カニクイザル個体における第三世代サル指向性HIV-1(MN4Rh-3)の増殖能の解析

上記のTRIM5遺伝子型のサル指向性HIV-1感受性への関与を考慮したうえで、カニクイザル個体レベルでの第三世代MN4Rh-3の増殖能を解析することとした。TRIM5αホモ個体群(n=3)およびTRIM-Cypホモ個体群(n=6)の2 群を用意し、MN4Rh-3チャレンジ実験を行った。その結果、TRIM-Cypホモ個体群では、一過性ではあるものの全頭にウイルス血症(ピーク血漿中ウイルス量:1 x 104-2 x 105 copy/ml)が認められた。一方、TRIM5αホモ個体群では、急性期でも効率よいウイルス増殖は認められず、血漿中ウイルス量はピーク値で2 x 103 copy/ml以下であった。このことから、in vivoにおいても、TRIM5遺伝子型のサル指向性HIV-1感受性への影響が示唆された。

4. 考察

本研究では、カニクイザルT細胞株での増殖能の確認された第二世代および第三世代サル指向性HIV-1(MN4-5SおよびMN4Rh-3)について、カニクイザルPBMCでの増殖能ならびにカニクイザル個体における増殖能を明らかにした。カニクイザル感染実験では、持続感染には至らなかったものの、急性期に比較的高い血漿中ウイルス量を示した。この結果は、このサル指向性HIV-1が、サル細胞に対する種の壁を部分的に乗り越える能力を獲得している可能性を示唆している。

また、本研究では、TRIM5の遺伝子多型解析により、高率にTRIM-Cypアレルを有するカニクイザル群を世界で初めて見いだした。このサル群は、TRIM5遺伝子型のウイルス感受性への影響を検証するうえで、極めて貴重なモデルとなりうると考えられる。

さらに、カニクイザルPBMCでの第三世代サル指向性HIV-1(MN4Rh-3)感染実験において、TRIM-Cypホモ群もしくはTRIM5α・TRIM-Cypヘテロ群が感受性を示し、TRIM5αホモ群は強い抵抗性を示すことを見いだした。この結果は、サル個体レベルでの感染実験でも認められ、TRIM5遺伝子型がサル指向性HIV-1の増殖に大きく影響することが示された。一連の結果は、TRIM5遺伝子型がサル指向性HIV-1 感染への感受性を規定する重要な因子であることを示唆するものであり、極めて重要な知見であると考えられる。

本研究の結果は、マカクサルがHIV-1感染に抵抗性である機序の解明に貢献しうるだけでなく、HIV-1蛋白の特異的な構造を標的とする新規薬剤やワクチンなどの評価に有用なHIV-1感染動物モデル開発に結びつくことが期待される。

5. 結語

本研究では、カニクイザルT細胞株での増殖能の確認された第二世代および第三世代サル指向性HIV-1(MN4-5SおよびMN4Rh-3)について、カニクイザルPBMCでの増殖能ならびにカニクイザル個体における増殖能を明らかにした。一方、TRIM5の遺伝子多型解析により、高率にTRIM-Cypアレルを有する貴重なカニクイザル群を見いだした。さらに、TRIM5遺伝子型がサル指向性HIV-1の増殖に大きく影響することを示す結果を得た。本研究の結果は、マカクサルがHIV-1感染に抵抗性である機序の解明に貢献しうるだけでなく、今後、HIV-1蛋白の特異的な構造を標的とする新規薬剤やワクチンなどの評価に有用なHIV-1感染動物モデル開発に結びつくことが期待される。

図1各HIV-1クローンの模式図緑色の部分はHW-1由来の領域を示し、赤色の部分はSIVmac由来の領域を示す。矢印は、塩基置換の位置を示す。また、アミノ酸置換を伴う塩基置換の位置を赤字で示す。

図2 各TRIM5遺伝子型のカニクイザルPBMCにおける第三世代ウイルスMN4Rh-3の増殖

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、共同研究者によって近年構築され、カニクイザルT細胞株での増殖能の確認された第二世代および第三世代サル指向性HIV-1(MN4-5SおよびMN4Rh-3)について、カニクイザル末梢血単核球(PBMC)での増殖能ならびにカニクイザル個体における増殖能が示されている。まず、PBMCにおいて比較的高い増殖能を持つことが明らかにされ、また、カニクイザル個体における感染実験では、持続感染には至らなかったものの、急性期に比較的高い血漿中ウイルス量を示すことが明らかにされた。これらの結果は、このサル指向性HIV-1が、サル細胞に対する種の壁を部分的に乗り越える能力を獲得している可能性を示唆している。また、本論文では、TRIM5の遺伝子多型解析の結果、高率にTRIM-Cypアレルを有するカニクイザル群が世界で初めて見いだされた。このサル群は、TRIM5遺伝子型のウイルス感受性への影響を検証するうえで、極めて貴重なモデルとなりうると考えられる。さらに、カニクイザルPBMCでの第三世代サル指向性HIV-1(MN4Rh-3)感染実験において、TRIM-Cypホモ群もしくはTRIM5α・TRIM-Cypヘテロ群が感受性を示し、TRIM5αホモ群は強い抵抗性を示すことが見いだされた。この結果は、サル個体レベルでの感染実験でも認められ、TRIM5遺伝子型がサル指向性HIV-1の増殖に大きく影響することが示された。一連の結果は、TRIM5遺伝子型がサル指向性HIV-1 感染への感受性を規定する重要な因子であることを示唆するものであり、極めて重要な知見であると評価できる。

上述したように、本論文では高率にTRIM-Cypアレルを保有するカニクイザル個体群の存在が明らかにされ、これらのカニクイザル個体はサル指向性HIV-1に比較的高い感受性を示すため、HIV-1感染の動物モデルとしての利用が期待され、極めて有用であると考えられる。また、本論文において、サル指向性HIV-1感受性を規定する重要な宿主因子について明らかにされたことで、感受性個体と抵抗性個体を予測し、選別することが可能となると考えられ、ウイルス感染への感受性をある程度均一にした上でサル個体感染実験を行うことができる。このことは、薬剤やワクチンの評価において、より精度の高い評価系の構築につながることが期待される。なお、TRIM5αホモ個体由来のPBMCおよび個体においては効率よいウイルス増殖が認められなかったことから、未だTRIM5αによる増殖抑制を回避していないことが示唆される。この分子機序については未だ不明な点が多いが、今後、ウイルス側因子と宿主因子との相互作用についての詳細な解析を継続することで、TRIM5αによる抑制を回避できるウイルスクローンの作製が期待される。このような作業を進めることは、種の壁を規定する因子についての知識の集積にも寄与すると考えられる。本論文で示されたこれらの知見は、マカクサルがHIV-1感染に抵抗性である機序の解明に貢献しうるだけでなく、HIV-1蛋白の特異的な構造を標的とする新規薬剤やワクチンなどの評価に有用なHIV-1感染動物モデル開発に結びつくことが期待され、学位論文として高く評価できるものである。

なお、本論文は、野間口雅子、飯島沙幸、黒石歩、吉田友教、李永仲、早川敏之、河野健、中山英美、塩田達雄、保富康宏、足立昭夫、俣野哲朗、明里宏文との共同研究であるが、カニクイザルPBMCおよびカニクイザル個体におけるウイルス増殖動態の解析および、TRIM5の遺伝子多型解析については、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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