学位論文要旨



No 127234
著者(漢字) 佐々木,克博
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,カツヒロ
標題(和) プロテアソーム分子集合因子PAC1の遺伝学的解析
標題(洋)
報告番号 127234
報告番号 甲27234
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第681号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 客員教授 田中,啓二
 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 客員教授 正井,久雄
 東京大学 准教授 大海,忍
 東京大学 客員教授 反町,洋之
内容要旨 要旨を表示する

[序論]

プロテアソームは現在知られているタンパク質分解酵素の中で最も巨大で複雑な機能性酵素複合体である。細胞内で自らの役割を果たし、不要とされたタンパク質の大部分は分解シグナル(具体的にはプロテアソームへの輸送シグナル)として選択的なユビキチン修飾をうけ、プロテアソームに認識され分解される。このプロセスはユビキチン―プロテアソームシステムと称され、大規模なタンパク質分解を担う重要な細胞内メカニズムであることが知られている。

ユビキチン修飾タンパク質を分解する活性型プロテアソーム(26Sプロテアソーム)は20Sプロテアソーム(プロテアーゼ触媒活性をもつ複合体)と19S調節因子複合体(ATP依存的に20Sプロテアソームへと基質を誘導する複合体)から構成された巨大で複雑な細胞内装置である。酵母から哺乳類に至る真核生物に存在する20Sプロテアソームは比較的相同性の高いアミノ酸配列を有する7種類の異なるα,βサブユニット(計14種類)から構成されている。α,βサブユニット夫々がリングの形をとり、さらにαββαの順に積み重なることで円筒形の構造を形成している (図1)。これらのサブユニット群はプロテアソームに専門的な外来性の分子集合因子(PAC1、PAC2、PAC3、PAC4、Ump1)と分子内シャペロンの支援(共同作用)によって20Sプロテアソーム内の決まった位置に組み込まれることが可能となる。

本研究のターゲットであるProteasome Assembling Chaperone 1(PAC1)は、PAC2と会合し二量体としてαサブユニットと相互作用することによって異常構造(αリングのダイマー)形成を阻止しつつ、αリングの形成を促進させる。つまり、プロテアソーム形成プロセスの初期段階である正常なαリングの形成のために必要な分子シャペロンとして機能している。

[PAC1をターゲットとしたコンディショナルプロテアソーム欠損マウスの作製]

本研究ではCre/loxPシステムを利用したコンディショナルノックアウトマウスを作製し、組織特異的にPAC1遺伝子を欠損させ解析を行った。まず、PAC1遺伝子が欠損した生殖細胞を持つヘテロ欠損体同士を掛け合わせてPAC1の全身欠損体を作出すると、これらのマウスは胎仔期E6.5で致死となり、着床後早期の増殖が著しく阻害されていることが分かった。この結果はPAC1依存性のプロテアソーム形成が胎仔期における個体発生(胎仔の増殖)に必須であることを示唆している。

[中枢神経におけるプロテアソームの役割]

プロテアソームの欠損が中枢神経系に及ぼす役割を解析するために、神経幹細胞マーカータンパク質であるNestinのプロモーター制御下でCreリコンビナーゼが発現しているトランスジェニックマウスを用いた。Nestin陽性細胞では胎仔期9.0日目頃からPAC1が欠損されるため、胎仔期の発生に大きく影響を受けると思われた。しかし、胎生致死とはならず、生後において発育障害、平衡感覚の低下・四肢の運動失調による歩行障害が起こり、約三週齢で死に至ることが観察された。この結果、脳は生後においても増殖し分化するが、この時期の神経細胞の機能制御にプロテアソームが必須であることが判明した。

このPAC1欠損マウスは胎仔期後期より20Sプロテアソームが既に減少しており、出生の前後から26Sプロテアソームも減り始める。生後三週間で26Sプロテアソームは野生型の約30%にまで減少していた (図2)。26Sプロテアソームの減少は細胞内でユビキチン修飾タンパク質が蓄積していることからも裏付けられた (図2)。この結果、神経細胞内におけるほぼ大部分のプロテアソームはPAC1が介在したシャペロン依存的なプロテアソーム形成機構によってその存在量を維持していることが明らかとなった。

次に、組織形態学的手法を用いてこのPAC1欠損マウスの表現型を観察した結果、特に小脳に著しい発達障害が見られた。小脳は脳の構成部位の中で最も遅れて発生する組織である。小脳皮質の表層では出生後約三週間かけて顆粒前駆細胞の爆発的増殖と分化・移動が行われ、小脳に特徴的な小脳葉の形成と異なる細胞種からなる層構造が形成されるが、PAC1欠損マウスの小脳では、これら構造形成の消失に伴う形態異常が顕著に観察された。さらに細胞増殖をモニターするためにBrdUを取り込ませ、胎仔期後期以降の顆粒前駆細胞を標識し観察したところ、野生型と比べてPAC1欠損マウスの小脳ではBrdU陽性細胞の数が著しく少ないことが分かった。さらに、成熟神経細胞のマーカーであるNeuN陽性細胞の数もPAC1欠損マウスの小脳にほとんど存在しないことから、このマウスにおける小脳の激しい発生障害は小脳顆粒前駆細胞の増殖が阻害されたことによるものであることが明らかとなった。以上の結果はプロテアソーム依存的に神経前駆細胞の分裂が実行されていることを強く示唆する結果となったが、プロテアソーム活性が低下した小脳以外の神経細胞においてユビキチンや不溶性タンパク質を含む封入体の蓄積や神経細胞の変性、脱落等が全く観察されなかったのは意外な結果であった。これは、おそらく細胞の増殖度の相違を反映していると思われるが、正確に考察するためには、今後の詳細な解析が必要である。

[肝臓におけるプロテアソームの役割]

次に、肝臓におけるプロテアソームの役割を解析するためにAlbumin発現細胞 (肝細胞)においてPAC1遺伝子を欠損させた。生後における肝細胞の増殖は、脳と比較すると比較的遅く進行しており、寧ろ大部分が非分裂細胞と考えられる。

作出した肝臓特異的PAC1欠損マウスのヘテロ、ホモ欠損体はともに外見上野生型と変わらず、生後一年以上経過しても致死に至ることはなかったが、ホモ欠損体のプロテアソーム活性を測定してみたところ、やはり生後二週間以内にすでに20Sプロテアソームが完全に消失していることが示された。しかし驚くべきことに20Sプロテアソームが消失してから半年以上経過しても26Sプロテアソームが正常レベルの活性を保ち続けていることを発見した。細胞内の20Sプロテアソームのプールが枯渇しているのにも関わらず26Sプロテアソームが半年以上も存在するという結果は驚くべき現象であった。26Sプロテアソームの形成にPAC1非依存的な経路が存在する可能性や26Sプロテアソームの超安定性などがその理由として考えられるが現段階では明らかになっていない。

次に、このPAC1を欠損した肝臓の特異な状況を利用して20Sプロテアソームの機能を調べることを考えた。生化学的解析から細胞内のユビキチン修飾タンパク質が蓄積していることを明らかとしたが、20Sプロテアソームについては積極的にユビキチン修飾タンパク質の分解に寄与しているという事実はこれまでに存在しない。むしろ、既存の報告ではアンフォールディングタンパク質やストレスで蓄積する酸化タンパク質の分解を選択的に行っていることが示唆されており、ユビキチン修飾タンパク質の蓄積は20Sプロテアソーム依存的な分解基質の蓄積とストレスの負荷(特に酸化ストレス)に起因(残存する26Sプロテアソームで処理できずにユビキチン化されて累積)するものではないかと考えた。

予想通り、PAC1ホモ欠損体の肝臓では一連の解毒酵素や抗酸化ストレスを示すタンパク質の遺伝子発現が上昇しており、また形態学的解析から肝細胞の肥大が観察された。さらに電子顕微鏡による観察からいくつか異常な核構造を持つ肝細胞が存在することを発見し、以前の報告からこれらが二年齢の老化マウスの核と同じ形態を呈していることが明らかとなった (図3)。以上の結果をもとにさらなる組織学的解析を行うことによりPAC1のホモ欠損体では生後数ヶ月で肝細胞の老化が始まっていることを結論づけた。また、その際加齢に伴い26Sプロテアソームが核内に優先的に取り込まれること、核内でのプロテアソームの活性が上昇していることを発見した。以上の結果は、今まで26Sプロテアソーム形成のための土台と考えられてきた20Sプロテアソームが、単独で生理学的に重要な役割を担っていることを強く示唆した。これは20Sプロテアソームが19S調節複合体より2~3倍、過剰に存在する知見と一致する。

[結論]

本研究によって個体においてもあらゆる組織でプロテアソーム分子集合因子がプロテアソームの形成に重要であることを証明した。しかしながら、PAC1が欠損した肝臓において26Sプロテアソームの量が維持されているように、26Sプロテアソームが既に存在している状態ではプロテアソーム分子集合因子非存在下で生存は可能であることも示された。この結果はPAC1非依存的な20Sプロテアソームの分子集合経路を明らかにし、細胞内の20SプロテアソームのプールがPAC1依存的、非依存的(26Sプロテアソームのプールの維持に最低限必要)な2つの経路によって成り立っていることを示している。さらに興味深いことに20Sプロテアソーム活性が単独で消失した状態で肝臓特異的PAC1欠損マウスが老化の表現型を示したことは、20Sプロテアソームが生理的な機能を有していることを個体レベル(インビボ)で最初に明らかにしたことを意味している。本研究からPAC1依存的プロテアソーム形成経路の存在意義かつ20Sプロテアソームの生理的な役割について詳細に考察することが可能となった。しかしながら、さらに解析が必要な点もまた明確であり、生理学的な立場からプロテアソームの解析を進めることが今後重要になることを確信した。

図1. 20Sプロテアソームの結晶構造

図2. 中枢神経特異的PAC1欠損マウス (生後3週齢)のプロテアソーム活性の低下及びユビキチン修飾タンパク質の細胞内蓄積

図3. 肝臓特異的PAC1欠損マウス肝細胞における核膜の構造異常

審査要旨 要旨を表示する

本論文は4章からなり、第1章の序論では、細胞内の大規模なタンパク質分解システムであるユビキチン・プロテアソーム系の分子機構と生物学的意義を概説した後、巨大で複雑なタンパク質分解装置であるプロテアソームの構造と機能を解説している。次いでプロテアソーム複合体の形成機序の要であるプロテアソームに専門的な分子集合因子PAC (Proteasome Assembly Chaperone) 1の解説、そして本研究の目的として、マウス個体におけるPAC1の生理機能を解析する構想を記述している。

第2章は、実験材料及び手法について詳述している。具体的には、条件的PAC1欠損マウス、全身PAC1欠損マウス、中枢神経系特異的PAC1欠損マウス、肝臓特異的PAC1欠損マウスの作出法、および解析に利用した生化学的・免疫化学的・形態学的解析法・分子生物学的手法について記載している。

第3章は、結果及び考察で、その内容は3節から構成されている。第一節では、全身PAC1欠損マウスの解析結果が簡潔に述べられている。即ち、条件的PAC1欠損マウスとEIIa-Cre トランスジェニック(Tg)マウスを交配して作出した全身 PAC1 欠損マウスの解析では、E (Embryonic day) 6.5で出生前致死となること(子宮着床後の早期発生時期)が形態学的解析から明らかとなったことを見出し、PAC1の個体発生における重要性を示唆している。本研究から、E6.5日までの胎仔発生にはPAC1非依存性のプロテアソーム形成量で十分であることを示唆している。と同時に、E6.5日以後の時期が胎仔初期の細胞増殖のピークと重なることから、PAC1 依存的なプロテアソーム形成が個体発生に必須であることを示唆している。

第二節では、中枢神経系特異的PAC1欠損マウスの解析結果が詳しく述べられている。条件的PAC1欠損マウスとNestin-Cre Tgマウスを交配して作出した変異マウスは、Nestin陽性細胞において PAC1 が 欠損しており、このマウスでは特に小脳の発達異常を伴い、生後著しい運動障害が観察されている。そしてこの異常は、小脳皮質を構成する主要な神経細胞である顆粒球またはその前駆細胞の増殖障害が一因となっていることを明らかにしている。小脳は生後急激に発達することが知られており、その他の脳組織と比べると発生時期は最も遅い。また PAC1 欠損による活性型 26S プロテアソームの活性低下が出生以降からはじまることから、神経前駆細胞の増殖には、PAC1依存的な分子集合機構によって形成された大量のプロテアソームが必要であることを示唆している。

第三節では、肝臓特異的PAC1欠損マウスの解析から当初に予想されなかったプロテアソームの動態について記述されている。条件的PAC1欠損マウスとAlbumin-Cre Tgマウスを交配して作出した肝臓特異的 PAC1欠損マウスの肝実質細胞では 20S プロテアソームがほぼ完全に消失している状態が、少なくとも1年以上の長期的にわたり維持されていることを観察している。一方、驚いたことに26Sプロテアソームは量的、質的に正常な状態で存在し、見かけ上マウスは健康な状態で生存した。これまで 20Sプロテアソームは 26S プロテアソーム(20Sプロテアソームに調節因子が会合した活性型酵素)の中間体として捉えられてきたが、本研究の結果、非増殖状態の肝細胞では26プロテアソームが PAC1 非依存的に形成されること、また 20Sプロテアソームがそれ自体、独自の役割を持つ可能性があることが示唆されている。しかし形態学的、生化学的解析からこれらの肝細胞は過剰なストレス環境下にあり、さらに老化症状が亢進していることを明らかにしている。即ちPAC1 依存的に効率的に形成された 20S プロテアソームが単独で酸化タンパク質(酸化ストレスによる活性酸素の蓄積は老化の重要なファクターである)を分解し、抗老化機能を果たしている可能性を示唆さいている。

第4章は、本研究で得られた結果と問題点を整理して議論すると共にその生物学的意義の検証並びに将来的な研究構想について明瞭に総括している。

以上の知見は、PAC1依存性のプロテアソーム形成の重要性と20Sプロテアソームと26S プロテアソームの生理作用に機能分担があることを個体レベルで示した画期的な発見であり、今後の細胞内タンパク質分解研究の発展に大きく貢献すると判断できる。

なお、本論文は、濱崎純(プロテアソームの活性測定)、小池正人(組織学的解析)、平野祐子(PAC1抗体の提供)、小松雅明(ノックアウトマウスの作出)、内山安男(組織学的解析)、村田茂穂(ノックアウトマウスの作出)との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

UTokyo Repositoryリンク