No | 127235 | |
著者(漢字) | 下茂,佑輔 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | シモ,ユウスケ | |
標題(和) | T細胞抗原受容体シグナルのTRAF6依存的な調節による制御性T細胞の胸腺内分化決定 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 127235 | |
報告番号 | 甲27235 | |
学位授与日 | 2011.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(生命科学) | |
学位記番号 | 博創域第682号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | メディカルゲノム専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | <研究の背景> 免疫系による自己と非自己の識別は個体の恒常性維持に必須である。この識別機構の破綻は自己組織に対する免疫応答を惹起し、それが持続すると自己免疫疾患を発症する。制御性T細胞は自己組織などへの免疫応答を抑制するT細胞のサブセットである。制御性T細胞の機能や分化は転写因子Foxp3により制御される。実際、Foxp3の発現あるいは機能異常は、制御性T細胞の減少や免疫抑制機能の低下を引き起こし、自己免疫疾患を発症させる。制御性T細胞は内在性と誘導性に分類される。内在性制御性T細胞は胸腺内で分化し、自己寛容など「生得性」免疫寛容の獲得・維持を担う。誘導性制御性T細胞は抗原刺激とTGFβの刺激により末梢のナイーブT細胞から誘導され、抗原特異的な「獲得性」免疫寛容に関与する。内在性制御性Tは通常のT細胞と同様に胸腺で分化する。しかし、胸腺内で制御性T細胞への分化がどのようなシグナル伝達機構で決定されるのかは不明である。制御性T細胞は自己免疫疾患への関与だけでなく、移植免疫や腫瘍免疫への応用も期待されており、その分化決定機構は解明すべき重要な課題となっている。 制御性T細胞の分化メカニズムを調べるには、制御性T細胞分化に異常が見られるマウスを用いてその原因を解明することが極めて有効である。TNF receptor-associated factor 6 (TRAF6)は、TNF receptor super familyやToll /IL-1 receptor familyからのシグナルを伝達し、転写因子NF-kBやAP-1の活性化を誘導する分子である(図1)。TRAF6欠損マウスは激しい自己免疫疾患様の病態を示す。さらにTRAF6欠損マウスの胸腺では、通常のT細胞は減少しないにも関わらず、Foxp3陽性の制御性T細胞が野生型の約1/10に減少する(図2A)。一方で、末梢のナイーブT細胞を用いたTGFβによる誘導性制御性T細胞の分化はTRAF6欠損により障害されない(図2B)。これらの結果から、TRAF6が関与するシグナルが制御性T細胞の胸腺内分化を決定することが示唆される。 <研究目的と方法> 本研究は、TRAF6欠損マウスの解析を糸口として制御性T細胞分化の分子機構を解明し、免疫疾患治療に有益な情報基盤を得ることを最終目的とした。具体的に以下の方法で研究を進めている。 1)TRAF6が機能して制御性T細胞の胸腺内分化を誘導する細胞の同定 2)同定した細胞で制御性T細胞への分化を誘導するTRAF6シグナルの上流の受容体と細胞内シグナル伝達機構の解明 <結果と考察> 1)TRAF6が機能して制御性T細胞の胸腺内分化を誘導する細胞の同定 制御性T細胞は胸腺内で抗原提示細胞と相互作用しながら、未成熟なT細胞(胸腺細胞)から分化する。また胸腺には抗原提示細胞として胸腺上皮細胞と樹状細胞が存在する。胸腺上皮細胞は胸腺ストローマを形成する細胞であり、胸腺細胞と樹状細胞は造血幹細胞由来の細胞である。そこで、胸腺ストローマ移植と造血幹細胞を含む胎仔肝臓細胞の移植実験を行い、どの細胞におけるTRAF6欠損が制御性T細胞分化異常の原因となっているかを調べた。 1)-1 胸腺ストローマにおけるTRAF6は制御性T細胞分化に必須ではない 野生型およびTRAF6欠損胎仔胸腺から、胸腺細胞、樹状細胞など造血幹細胞由来の細胞を除去して胸腺ストローマとし、胸腺を持たないヌードマウスに移植した。8週間後に移植した胸腺内の制御性T細胞の存在比および分布を解析した。その結果、TRAF6欠損胸腺ストローマを移植しても、Foxp3陽性の制御性T細胞の比率は野生型の胸腺ストローマを移植した際の約2/3にしか低下せず、胸腺内の制御性T細胞の局在にも異常はなかった。 1)-2 胸腺細胞内のTRAF6が制御性T細胞への分化を誘導する 野生型およびTRAF6欠損胎仔肝臓細胞(CD45.2)を、それぞれcongenicな野生型の胎仔肝臓細胞(CD45.1)と混合し、X線照射したRAG2欠損マウスに移植した。4~6週間後に胸腺内の野生型由来およびTRAF6欠損胎仔肝臓細胞由来の制御性T細胞分化を解析した。その結果、CD45.1+のcongenicな野生型の制御性T細胞が正常に分化できる胸腺環境でも、CD45.2+のTRAF6を欠損する制御性T細胞の分化は著しく損なわれた(図3)。 以上の結果から、胸腺ストローマにおけるTRAF6は制御性T細胞分化に関与するが必須とは言えず、胸腺細胞内でTRAF6が機能して制御性T細胞への分化を誘導することが判明した。 2)胸腺細胞内で制御性T細胞への分化を誘導するTRAF6シグナルの上流の受容体と細胞内シグナル伝達機構の解明 制御性T細胞の胸腺内分化にはT細胞抗原受容体(TCR)と主要組織適合抗原複合体(MHC)の相互作用が必須である。また、これまでに末梢のT細胞を用いた解析により、T細胞内のTRAF6がTCRの下流で働くことが報告されている。これらの事実から、TRAF6が胸腺細胞上に発現するTCRの下流でシグナルを制御することで、制御性T細胞分化を誘導することが示唆される。 2)-1 TRAF6によるTCRシグナルの制御 胸腺細胞のTCR下流でTRAF6が機能するかを調べるため、in vitroの刺激実験を行った。野生型およびTRAF6欠損胸腺細胞を抗CD3、抗CD28抗体で刺激し、ウェスタンブロッティングにより解析した。TCRを15分まで刺激した際には、TRAF6欠損胸腺細胞ではIkBαのリン酸化が検出されなかった(図4A)。一方、TNFαで刺激した際には、TRAF6欠損胸腺細胞でも野生型と同程度のNF-kBの活性化が起きた(図4C)。これらの結果から、TRAF6はTCRの下流でNF-kBの活性化を制御することが判明した。また、TCR刺激によるAktとERKのリン酸化は、TRAF6欠損胸腺細胞でやや亢進していた(図4B)。これまでにNF-kBの活性化とAktの抑制は、胸腺内の制御性T細胞分化を誘導することが報告されている。したがって、これらのTCRシグナルのTRAF6依存的な調節により、制御性T細胞の胸腺内分化が決定されることが示唆された。 2)-2 TCRの下流で活性化するNF-κBのTRAF6による時間的制御 TCR刺激による増殖にはNF-kBの活性化が必要である。実際、TCR下流のNF-kBの活性化に必須なCARMA1やBCL10を欠損するT細胞は、TCRを刺激しても増殖しない。さらに、これらの分子の欠損マウスは、TRAF6欠損マウスと同様に胸腺内の制御性T細胞がほぼ消失する。したがって、TCR-NF-kB経路は増殖と制御性T細胞分化を誘導すると考えられる。しかし、TRAF6欠損胸腺細胞ではTCRを短時間刺激した際にNF-kB活性化の異常が見られるにも関わらず、TCR刺激によるTRAF6欠損CD4SP胸腺細胞の増殖は野生型よりむしろ亢進する。また、TRAF6欠損CD4SP胸腺細胞のTCRを24時間刺激すると、野生型と同程度のNF-kBの核移行が検出される。これらの結果から、TCR刺激によるNF-kBの活性化は、TRAF6依存的な早い経路と非依存的な遅い経路に分かれるという仮説を立て、IkBαのリン酸化を詳細に解析した。その結果、TRAF6欠損胸腺細胞ではTCR刺激後15分まではリン酸化が検出されないにも関わらず、30分以降では野生型と似たkineticsでリン酸化が検出された(図5)。この結果から、TCR下流のNF-kB活性化はTRAF6依存性により2つの経路に分かれることが判明した。したがって、TRAF6はTCR刺激によるNF-kB活性化に必須ではないが、NF-kBの迅速な活性化を誘導して制御性T細胞への分化を決定することが示唆された。また、T細胞の増殖は、TRAF6依存性の低い後期の持続的なNF-kB活性化で十分であることが示唆された。 2)-3 TRAF6によるRelAとc-Relの活性化制御 最近NF-kB familyのRelAとc-Relが制御性T細胞分化を誘導することが報告された。そこで胸腺細胞内のRelAとc-Relの活性化におけるTRAF6の関与を調べた。抗CD3、抗CD28抗体あるいはPMA/ionomycinで刺激後に核抽出液を回収し、RelAとc-Relの核移行を解析した。その結果、どちらの刺激の場合にも、TRAF6欠損胸腺細胞でRelAとc-Relの核移行が損なわれた。また、刺激の後期段階ではTRAF6欠損胸腺細胞でもRelAとc-Relの核移行が検出され、TRAF6依存性の低いNF-kBの活性化が確認された(図6A, B)。 <総括> 本研究で得られた結果から、制御性T細胞の胸腺内分化を決定する以下のモデルを構築した。TRAF6は胸腺細胞上に発現するTCRの下流でNF-kBの迅速な活性化を誘導するとともに、Aktの活性化を抑制する。TRAF6依存的なこれらのTCRシグナルの調節により、制御性T細胞の胸腺内分化が決定されることが示唆された(図6C)。 また、TCR下流のNF-kB活性化に必須なCARMA1やBCL10とは異なり、TRAF6の機能は制御性T細胞の胸腺内分化と初期のNF-kB活性化に特化していることを本研究で明らかにした。今後このTRAF6依存的な初期のNF-kB標的遺伝子を同定することにより、本研究が制御性T細胞分化機構の解明に貢献することが期待される。 図1 TRAF6によるNF-KB、AP-1活性化の分子機構 図2 TRAF6は制御性T細胞の胸腺内分化に必要である A.生後14日齢の野生型とTRAF6欠損マウスの胸腺内の細胞を抗CD4、CD8、Foxp3抗体で染色し、フローサイトメトリーにより解析した。 B.野生型とTRAF6欠損マウスの脾臓からCD4+CD25-T細胞を分離した。抗CD3、CD28抗体、IL-2、TGFβ存在下で3日間培養後、抗CD4、CD25、Foxp3抗体で染色し、フローサイトメトリーにより解析した。 図3 TRAF6は胸腺細胞内で機能して制御性T細胞への分化を誘導する 野生型とTRAF6欠損胎仔肝臓細胞〔CD45.2+)をcongenicな野生型の胎仔肝臓細胞(CD45.1+)と混合し、X線照射したRAG2欠損マウスに移植した。4~6週間後、胸腺内の細胞を抗CD45.1、CD4、CD8、Foxp3抗体で染色し、フローサイトメトリーにより解析した。 図4 TRAF6はTCRの下流でシグナルを制御する 野生型とTRAF6欠損胸腺細胞を抗CD3、CD28抗体(A,B)あるいはTNFα(C〕で刺激し、ウェスタンブロッティングにより解析した。 図5 TCR下流のNF-kB活性化はTRAF6依存性により2つの経路に分かれる 野生型とTRAF6欠損胸腺細胞を抗CD3、CD28抗体で刺激し、IkBαのリン酸化とTubulinの発現をウェスタンブロッティングにより解析した。バンドの強度を測定し、Tubulinに対するリン酸化IkBαの強度を定量した。 図6 TRAF6はTCR刺激によるRelAとc-Relの活性化を制御する A,B.野生型とTRAF6欠損胸腺細胞を抗CD3、CD28抗体(A)あるいはPMA+ionomycin(B)で刺激後、核抽出液を回収してウェスタンブロッティングにより解析した。 C.TRAF6によるTCRシグナルの調節と制御性T細胞分化のモデル | |
審査要旨 | 制御性T細胞は自己免疫、感染免疫、アレルギー、移植免疫、腫瘍免疫など、免疫反応全般を抑制する能力を持つ。したがって、その分化や活性化機構が解明され、免疫抑制機能を人為的に促進あるいは抑制することができれば、様々な免疫疾患治療への応用に繋がる可能性がある。本研究はTRAF6欠損マウスの解析を糸口として、制御性T細胞分化の分子機構の一端を解明した。以下に本研究で新たに得られた知見についてまとめる。 1.TRAF6は末梢組織ではなく、制御性T細胞の胸腺内分化に必要である。 2.RANKとCD40の下流でTRAF6が機能することで誘導されるAireおよび組織特異的抗原を発現する胸腺髄質上皮細胞は、制御性T細胞分化に寄与するが必須ではない。 3.TRAF6は胸腺細胞内で機能して制御性T細胞への分化を誘導する。 4.TRAF6は胸腺細胞上に発現するTCRの下流でシグナルを制御する。 5.TRAF6はTCR刺激によって誘導されるNF-kBの迅速な活性化を誘導すると共に、Aktの活性化を抑制する。 6.TCR下流のNF-kBの活性化はTRAF6依存性の異なる2つの経路に分かれている。 本研究では、まずTRAF6が制御性T細胞の「胸腺内」における分化に必要であることを示した。これは胸腺と末梢でそれぞれ誘導され、共にFoxp3を発現する内在性制御性T細胞(nTreg)と誘導性制御性T細胞(iTreg)の分化を誘導するシグナルが異なることを示唆するものである。 胸腺髄質におけるnegative selectionと自己抗原を認識する制御性T細胞の関係から、Aire+胸腺髄質上皮細胞の制御性T細胞分化への寄与が示唆されている。TRAF6欠損マウスはAire+胸腺髄質上皮細胞がほぼ消失する。しかし、胸腺髄質上皮細胞を含む胸腺ストローマのみでTRAF6を欠損させても、制御性T細胞はある程度産生された。したがって、胸腺髄質上皮細胞の制御性T細胞分化への寄与は部分的であることが明らかになった。そして、胎仔肝臓細胞移植実験の結果から、胸腺細胞内のTRAF6が制御性T細胞分化には決定的な役割を果たしていることが明確に示された。 TRAF6が機能して制御性T細胞分化を誘導する細胞を「胸腺細胞」であると同定し、この細胞内でTRAF6が制御するシグナルをin vitroの刺激実験により解析した。TRAF6を欠損してもTCR刺激によって誘導されるCD4SP胸腺細胞の産生に必要なシグナルは阻害されなかった。しかし、制御性T細胞の産生に必要なシグナルのうち、NF-kBとAktの2つの経路に異常が見られた。したがって、これらのTCRシグナルのTRAF6依存的な調節により、制御性T細胞の胸腺内分化が決定されることが示唆された。 さらに、本研究で注目すべき点は、TRAF6のTCR下流のNF-kB活性化における機能は、その活性化に必須なCBM complexとは異なるということである。TRAF6はNF-kBの迅速な活性化には必須であるが、持続的な活性化への寄与はそれほど大きくない。そして、制御性T細胞の胸腺内分化には、TRAF6依存的な迅速なNF-kBの活性化が必要であることが示唆された。 以上の本研究で得られた新たな知見を基に、TRAF6依存的な制御性T細胞の胸腺内分化のモデルが構築された。TRAF6は胸腺細胞内で機能し、TCRの下流でAktの活性化を抑制する。TCR刺激によって誘導されるNF-kBの活性化は、CBM complexの下流でTRAF6依存性により2つに分かれる。TRAF6依存性の低い後期の持続的なNF-kBの活性化は、細胞増殖に十分である。一方で、制御性T細胞の胸腺内分化には、c-RelとRelAの迅速な核移行を誘導するTRAF6依存的な初期のNF-kBの活性化が必要である。分化途中の胸腺細胞内で、TCRシグナルがTRAF6依存的に上記のように調節されることで、制御性T細胞の胸腺内分化は決定されることが示唆された。 本研究により提唱された新規のTCRシグナル制御機構および制御性T細胞分化機構についての研究がさらに進められることにより、今後本研究が制御性T細胞分化機構の解明、そして制御性T細胞を標的とした新たな免疫疾患治療法の確立に貢献することが期待される。 なお、本研究は箭内洋見、大島大輔、秦俊文、茂木秀彦、丸山祐哉、堀昌平、井上純一郎、秋山泰身との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/50468 |