学位論文要旨



No 127239
著者(漢字) 中木戸,誠
著者(英字)
著者(カナ) ナカキド,マコト
標題(和) 黄色ブドウ球菌膜表面蛋白質EbpSの構造機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 127239
報告番号 甲27239
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第686号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 津本,浩平
 東京大学 教授 上田,卓也
 東京大学 准教授 和田,猛
 東京大学 准教授 富田,野乃
 東京医科歯科大学 教授 中川,一路
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】黄色ブドウ球菌はグラム陽性菌の代表的な菌であり、多くの人の皮膚や鼻腔等に存在する常在菌である。通常はヒトに対しては、皮膚の化膿性疾患の原因となることが多い。しかし、現在では薬剤耐性を獲得した多くの菌株が市中に流布しており院内感染や日和見感染の原因として大きな社会問題となっている。また耐塩性により毒素型食中毒の引き起こすことなど非常に多彩な病原性を発揮することでも注目されている。黄色ブドウ球菌は菌体表層に多くの蛋白質を保有しており、宿主への付着・増殖といった感染の過程の中でこれらの蛋白質は重要な役割を果たしていると考えられるが、それらの多くの機能および物性に関する知見は依然として不十分である。

本研究では、黄色ブドウ球菌の菌体表面に存在する蛋白質の一つであるElastin binding protein of Staphylococcus aureus (EbpS)について着目した。EbpSはエラスチンへ結合する蛋白質として同定されたが、黄色ブドウ球菌のヒト細胞への接着はFibronectin binding proteinやProteinAなど、その他の菌体表層タンパクが初期付着に重要な役割を果たしていることが報告されていることから、EbpSの付着・定着の重要性については疑問視されている。しかし、EbpSは黄色ブドウ球菌の株間でほぼ完全に保存されていることから、EbpSは黄色ブドウ球菌の生育あるいは感染過程で必須の役割を果たしていると考えられる。そこで、大腸菌発現系を用いて発現・調製した組換え蛋白質を用いた、物理化学的手法を中心としたin vitroでの実験と黄色ブドウ球菌あるいは化膿レンサ球菌を用いたin vivoの実験を組み合わせることにより、EbpSの構造・物性を明らかとするとともに、EbpSが黄色ブドウ球菌上で担っている機能について明らかとすることを目指した。

【実験】in vitroの実験について、EbpSおよび過去に提案されているEbpSのトポロジーモデルに基づき、その機能ドメインと考えられるN末端側ドメインのみを有する蛋白質(以下、EbpS-Nとする)について、大腸菌発現系を用いて発現・調製した。得られた蛋白質を水溶液中あるいは細胞膜模倣環境を与えるとされる有機溶媒と水溶液の混合溶液中においてCDスペクトルを測定することにより、これらの蛋白質の二次構造について解析した。また、EbpSは非常に多くの荷電残基を持つ領域を有していることから、金属イオンに関連した機能を持つ可能性が考えられたため、種々の金属イオンを添加し、動的光散乱・等温滴定型熱量測定・電子顕微鏡観察・小角X線散乱といった幅広い手法を駆使してその影響について解析した。

また、in vivoでの機能を解析するため、黄色ブドウ球菌のEbpS遺伝子破壊株を作製し、野生株と比較することにより、EbpSが菌体上で担っている機能について解析を行った。上記のin vitroの実験から、EbpSが特定の金属イオンに関連した機能を有していることが示唆されたため、これらの金属イオンの存在による影響についても解析を行った。また、過去にEbpSが宿主細胞への接着に関与していることが提案されているため、ヒト細胞への侵入能を強く抑制した化膿レンサ球菌にEbpSを強制発現させ、ヒト細胞への付着能への寄与についても解析した。

【結果と考察】組換え蛋白質として調製したEbpS-NのCDスペクトルは、リン酸バッファー中ではランダムコイル状の蛋白質に特有のスペクトルを示したのに対し、水と有機溶媒の混合溶液および有機溶媒中ではαヘリックスあるいはβシート特有のスペクトルへと変化した。このことから、EbpS-Nは通常状態では特定の高次構造を有しておらず、周囲の環境に応じてその二次構造を様々に変化させる性質を持つことが示唆された。EbpS-Nに種々の金属イオンを混合したところ、亜鉛イオン特異的に蛋白質が沈殿した。低濃度の亜鉛イオン存在下で動的光散乱、電子顕微鏡を用いて解析を行ったところ、低濃度の亜鉛イオン存在下では特定の大きさの会合体を形成すること、その形状が球状であることが明らかとなった(Figure 1)。また、等温滴定型熱量測定により、亜鉛イオンとEbpS-Nの相互作用が大きな発熱反応を伴う特異的な結合であることが明らかとなった。これらの結果より、EbpSはそのN末端ドメインが亜鉛イオン存在下で球状の会合体を形成し、その内部に亜鉛イオンを包摂する機能を有する可能性が示唆された。

全長のEbpSを調製し、亜鉛イオンを添加した際の影響について解析を行った。動的光散乱より、EbpSはEbpS-Nと同様に亜鉛イオン存在下で会合体を形成したが、その大きさはEbpS-Nよりやや小さく、また、EbpS-Nに比べてより低濃度の亜鉛イオン存在下で凝集体を形成することが明らかとなった。亜鉛イオン存在下/非存在下でEbpSのCDスペクトルを測定したところ、亜鉛イオン非存在下ではランダムコイル状の蛋白質に特有のスペクトルを示したが、亜鉛イオンの存在下ではαヘリックスに特有のスペクトルへと変化した(Figure 2)。このことより、全長のEbpSもまた、通常では特定の高次構造を持たない天然変性蛋白質であり、リガンドである亜鉛イオン存在下において高次構造を形成し、機能を発揮することが示唆された。続いて、亜鉛イオン存在下/非存在下において小角X線散乱法によってEbpSの三次元構造を解析した。得られた散乱曲線からP(r)関数を算出し、さらに構造モデリングを行ったところ、EbpSは亜鉛イオンの存在/非存在下に関わらず、中空の円盤状の立体構造を持つことが示唆された。また、I(0)の値が通常の蛋白質溶液と比較して著しく高かったことから、その内部に亜鉛イオンを内包していること、さらに亜鉛イオンの濃度依存的にI(0)の値が上昇したことから、亜鉛イオン濃度が高くなるのに伴い、EbpSの会合体内部に内包する亜鉛イオンの濃度が上がっていく、あるいは会合体が大きくなることが示唆された。

EbpSの遺伝子を破壊した黄色ブドウ球菌の変異株を作製したところ、EbpS遺伝子破壊株では菌の増殖速度が著しく低下した。原因として、EbpSが培地中からの栄養物質の取り込みを担っている可能性が考えられる。in vitroの実験結果から、EbpSの機能が亜鉛イオンと関連していると考えられるため、培養液中の金属イオンをDTPAによってキレートし、その影響について解析した(Figure 3)。野生株では、DTPAの添加によって増殖速度が低下した。この増殖速度の低下は亜鉛イオンの添加によって回復したが、その他の金属イオン(Ca, Mg, Sr)の添加によっては回復しなかった。このことから、黄色ブドウ球菌の生育に亜鉛イオンは重要な役割を果たしており、培地中の亜鉛イオンを除くことによって黄色ブドウ球菌の増殖が抑制されることが示唆された。一方、EbpS遺伝子破壊株では、DTPAの添加による増殖速度の変化は見られなかった。これは、黄色ブドウ球菌でEbpSが亜鉛イオンの取り込みを担っており、EbpS遺伝子を破壊することによって培地中に存在する亜鉛イオンを取り込むことができなくなっていることに起因すると考えられる。

宿主細胞への付着におけるEbpSの寄与について解析するため、ヒト細胞への付着能を抑制させた化膿レンサ球菌株にEbpSを強制発現させた変異株を作成し、その付着能を検討した。EbpSの強制発現株ではヒト細胞への付着能が大幅に増加した(Figure 4)ことから、EbpSは黄色ブドウ球菌のヒト細胞への接着にも関与していることが示唆された。さらに、EbpSを強制発現させた化膿レンサ球菌の培地中に各種金属イオンを添加したところ、鉄イオンの存在下で菌体の凝集が観察された(Figure 5)ことから、EbpSは鉄イオンの存在下において菌体を集合させるという機能をも有していることが示唆された。

【結論】組換え蛋白質を用いたin vitroの実験と菌を用いたin vivoの実験を組み合わせることにより、EbpSが通常状態で特定の高次構造を持たない天然変性蛋白質であり、リガンドの有無を含む周囲の環境に応じて、その高次構造を様々に変化させることによりEbpSが菌体上で全く異なる複数の機能を担っていることが示唆された。これまで、天然変性蛋白質は高度な真核生物に多く、細菌等の下等生物ではあまり発達していないと考えられてきた。しかし、本研究により、黄色ブドウ球菌が膜表面に天然変性蛋白質を有しており、それが菌の生育および宿主細胞への感染に非常に重要な役割を果たしていることが示唆された。このことは、天然変性蛋白質という蛋白質の理解へ非常に強く貢献するものと考えられる。

また、本研究は黄色ブドウ球菌の亜鉛イオンの取り込みを担う蛋白質を示した最初の例である。EbpSが黄色ブドウ球菌のゲノム上で非常に強く保存されていること、EbpSをノックアウトした株では増殖速度が大きく減少したことから、黄色ブドウ球菌の生育において亜鉛イオンは非常に重要な役割を果たしていると考えられるため、本研究は黄色ブドウ球菌の感染対策、さらには黄色ブドウ球菌という生物の理解へと大きく貢献することが期待される。

Figure 1 亜鉛イオン存在下(右)および非存在下(左)におけるEbpS-Nの電子顕微鏡像

Figure 2 亜鉛イオンの添加によるEbpSのCDスペクトル変化

Figure 3 DTPAおよび種々の金属イオン存在下における野生株(左)およびEbpS遺伝子破壊株(右)の増殖曲線

Figure 4 EbpS強制発現による化膿レンサ球菌の付着能変化

Figure 5 EbpSを強制発現させた化膿レンサ球菌の鉄イオン存在下での凝集形成

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、黄色ブドウ球菌の膜表面に存在する機能未知蛋白質であるEbpSについて、in vitroおよびin vivoの実験を組み合わせることによってその機能および作用機序を明らかにすることを目指した。

本論文は全4章から成り、第1章は本論文の序論である。

第2章では、大腸菌発現系を用いてEbpSおよびその部位欠損体を組換え蛋白質として調製し、種々の生化学的解析を行うことでEbpSの分子特性について解析している。その結果、EbpSが通常水溶液中で特定の高次構造を持たない天然変性蛋白質であり、その状況に応じて様々に構造を変化させること、また、EbpSが亜鉛イオンに関連した機能を有していることを示唆する結果を示している。

第3章では、第2章の実験結果に基づき、微生物を用いたEbpSの機能解析を行っている。黄色ブドウ球菌のEbpS遺伝子を破壊することにより、黄色ブドウ球菌の増殖速度が著しく低下した。この増殖速度の低下は特定濃度域の亜鉛イオン存在下において顕著であり、その亜鉛イオン濃度がヒト血漿中の亜鉛イオン濃度にほぼ一致することから、EbpSが周囲の亜鉛イオン濃度を感知し、適切な遺伝子発現を調節する亜鉛イオン濃度センサーとしての機能を担っている可能性を示唆する結果を示している。宿主細胞への付着能を強く抑制した化膿レンサ球菌にEbpSを強制発現させることにより、ヒト細胞への付着能が大幅に亢進したことから、EbpSは菌の宿主細胞への付着にも寄与していることが示された。また、このEbpSの強制発現に伴う付着能の亢進は亜鉛イオン存在下では見られなかったことから、上述の亜鉛イオン濃度センサーとしての機能と付着因子としての機能は同時に発揮することはできないことが明らかとなった。さらに、EbpSを強制発現させた化膿レンサ球菌の培地中に鉄イオンを添加することにより、非強制発現株では見られなかった菌体の凝集が確認された。このことより、EbpSは鉄イオン存在下における菌体の凝集という機能をも同時に有する可能性が示された。

以上の結果について、第4章で総括している。

以上本研究では組換え蛋白質を用いた生化学的手法を用いた解析と微生物を用いた細菌学的手法を用いた解析の実験を組み合わせることにより、機能未知であった黄色ブドウ球菌膜表面蛋白質EbpSの機能およびその作用機序について多くの知見を与えた。これらの成果は、黄色ブドウ球菌の感染対策へと貢献することが期待されるとともに、今後の天然変性蛋白質に関する研究にも貢献することが期待されることから、高く評価できる。

従って、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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