学位論文要旨



No 127243
著者(漢字) 山下,雅美
著者(英字)
著者(カナ) ヤマシタ,マサミ
標題(和) Exocyst複合体サブユニットSec3局在の構造基盤
標題(洋)
報告番号 127243
報告番号 甲27243
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第690号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 深井,周也
 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 津本,浩平
 東京大学 准教授 加藤,龍一
 東京大学 准教授 反町,洋之
内容要旨 要旨を表示する

背景

細胞が正常に機能するためには,細胞内で合成された分子が適切な場所へ正確に輸送される必要がある.細胞膜や細胞外への分子の輸送を担う開口放出では,分子はゴルジ体などの細胞小器官を覆う膜から産み出される分泌小胞に載り,細胞膜へと移動し,最終的に小胞が細胞膜と融合することで輸送される.分泌小胞は、融合の前段階として繋留因子により一時的に標的膜に繋ぎ留められる.この段階で細胞膜上の適切な場所に繋ぎ留められた分泌小胞は,細胞膜と不可逆的に融合する(図1).このような一連の輸送機構は低分子量GTPaseによるGTP依存的な制御のもとで進行する.低分子量GTPaseはGTP結合型とGDP結合型の状態を持つ.GDP結合型は不活性な状態であり,グアニンヌクレオチド交換因子によりGDPがGTPに置換されGTP結合型になると低分子量GTPaseのスイッチ領域と呼ばれる領域が大きく構造変化を起こす.GTP結合型となった低分子量GTPaseは,スイッチ領域を介してエフェクターと結合し,下流の過程を制御する.

Exocyst複合体は,Sec3,Sec5,Sec6,Sec8,Sec10,Sec15,Exo70,Exo84の8つのサブユニットで構成される分子量約750,000の繋留因子複合体であり,複数の低分子量GTPaseによる制御のもとで分泌小胞を認識して標的膜へと繋ぎ留める.出芽酵母では,Sec15が分泌小胞上の低分子量GTPase Sec4を認識して分泌小胞と結合し,さらに,Sec3やExo70が標的膜上の低分子量GTPase Rho1/Cdc42,Rho3やイノシトールリン脂質PI(4,5)P2を認識して分泌小胞を標的膜上の特定の位置へと繋留する(図1).本研究では,exocyst複合体の標的膜認識メカニズムの解明を目的として,出芽酵母由来Sec3の標的膜結合領域とRho1との複合体の結晶構造を決定し,立体構造に基づいた機能解析を行った.

出芽酵母由来Sec3とRho1の複合体の結晶構造解析

Sec3は1,336アミノ酸残基から成り,Sec3のN末端領域320残基(Sec3-N)でRho1/Cdc42やPI(4,5)P2と結合する.そこで,Sec3-Nと脂質修飾部位を除いた Rho1との複合体の結晶化を行った. Sec3-NとRho1は,それぞれ大腸菌BL21株を用いてGST融合タンパク質として大量発現させ,アフィニティークロマトグラフィー後にGSTタグを切断し,さらに,イオン交換クロマトグラフィーとゲル濾過クロマトグラフィーを行い,最終精製試料とした.次にRho1にGTPの非加水分解性アナログであるGppNHpを結合させた後,Rho1とSec3-Nをモル比1.5 : 1で混合し,結晶化スクリーニングを行ったところ予備的な結晶を得た.さらに,結晶化条件を最適化することで回折測定に適する大きさの結晶の作製に成功した.放射光施設PF-AR NW12Aでの回折測定では,50×50×100μm3程度の大きさの結晶でも3.5 A分解能のデータセットを収集することができた.そこで, 異常分散法による位相決定を行うためにセレノメチオニン標識したSec3-Nを調製してRho1との複合体の結晶化を行った.結晶化条件を最適化することにより, 最終的に100×100×200μm3程度の大きさのセレノメチオニン標識体の結晶を得た.これらの結晶を用いて放射光施設SPring8 BL41XUにおいて単波長異常分散法による位相決定するため,セレンのK-吸収端に近い波長0.97924 Aで3.0 A分解能のデータセットを収集した(Rsym値 10.8%, completeness 99.9%,空間群 P41212, 格子定数 a=b=116.2 A, c=247.9 A).このデータセットを用いてプログラムautoSHARPによりセレン原子の位置の決定,位相計算を行った.溶媒平滑化による電子密度の改良により解釈可能な電子密度を得た後,さらに電子密度を改良するためにヒトRhoAの立体構造を利用して作成したマスクを用いて非結晶学的対称を利用した電子密度の平均化と溶媒平滑化を行った.さらに,2.6 A分解能の同型なデータ(Rsym値 7.3%, completeness 99.7%,空間群 P41212, 格子定数 a=b=116.1 A, c=247.7 A)と異常分散法で得られた位相を用いて,より高分解能の電子密度マップを得た.以後,原子モデルの構築・改善と電子密度の改良を繰り返して行い,非対称単位中に含まれる3つの複合体の原子モデルを全て構築した.さらに,プログラムCNSを用いた原子モデルの精密化により最終的に構造の信頼度を示すRfree値 26.4%, 2.6 A分解能で結晶構造を決定した(図2).

Sec3-Nとイノシトールリン脂質との相互作用様式

決定した構造が既知の立体構造と類似性を持つかを調べるために,DALIサーバーを利用して立体構造検索を行った.その結果,Sec3-Nは一次配列からは予測できないpleckstrin homology (PH)ドメインを持つことが明らかとなった.また,結晶構造からSec3-NはPHドメイン内に塩基性のクラスターを持ち,クラスター内に結晶化条件由来の3つのリン酸イオンが確認された (図2).PHドメインはイノシトールリン脂質の結合ドメインとして知られるドメインであり,リン酸イオンの結合はPI(4,5)P2との結合を模すものであることが示唆された.PHドメインと低分子量GTPaseとの複合体の結晶構造は今までSec3-NとRho1の複合体以外に4種の構造が報告されている.しかし,これらの複合体のPHドメインはいずれもPI(4,5)P2とは結合しないことが構造学的または生化学的に証明されており,今回得られた結晶構造はPHドメインの中で初めて低分子量GTPaseとPI(4,5)P2との両方に結合することのできるPHドメインの構造である.さらに,これら4種の結晶構造とSec3-NとRho1との複合体の結晶構造の低分子量GTPaseを重ね合わせたところ,低分子量GTPaseに対するPHドメインの結合の配向は5つの複合体で全く異なっていた.

PHドメインのPI(4,5)P2結合様式は,PI(4,5)P2のヘッドグループであるIP3とPHドメインとの複合体の結晶構造から2種類報告されている.そこで,Sec3-NのPHドメインがどちらの結合様式に属するかを知るために,それぞれの結合様式に属するArf nucleotide binding site opener (3G ARNO)とβ-spectrinのPH ドメインとIP3との複合体の結晶構造とSec3-NのPHドメインの結晶構造を重ね合わせた.その結果,Sec3-NのPHドメインの塩基性クラスターと3G ARNOの塩基性クラスターの位置は保存されており,クラスターを形成するいくつかの塩基性残基も保存されていた.さらに,3G ARNOに結合するIP3のリン酸基の1つはSec3-Nに結合する3つのリン酸イオンのうちの中心に位置するリン酸イオンの位置と完全に重なった.このことから,Sec3-NのPI(4,5)P2結合様式は3G ARNOと同じ様式であることが示唆された.次に,リン酸イオンとの結合に関わる塩基性のアミノ酸残基(Lys135, Lys137, Lys155, Arg157, Arg168, Lys194)のうち,リン酸イオンと多くの水素結合を形成していたLys155とArg157の両アミノ酸残基をAlaに置換した2重変異体やさらに残る塩基性アミノ酸残基にAla置換を加えた変異体すべてでPI(4,5)P2との結合能が失われた.これによりSec3-Nのリン酸イオンとの結合に関わるアミノ酸残基がPI(4,5)P2との結合に必須であることが明らかになった.

Sec3-NとRho1との相互作用様式

Rho1とSec3-Nとの結合は,スイッチ領域を介した約1500 A2の広範囲にわたる疎水性相互作用によるものであった. Rho1は2つの疎水性パッチと1つの疎水性ポケットを形成しており,そこにSec3-NのPhe77, Ile115とLeu131がそれぞれ結合していた.さらに,相互作用面には4本の水素結合が確認できた.次に,構造情報をもとにRho1とSec3-Nとの相互作用に関わるアミノ酸残基をAlaに置換し,結合実験を行った.その結果,Sec3-NとRho1との間の水素結合形成に関わるアミノ酸残基,Rho1の疎水性パッチや疎水性ポケット, Rho1の疎水性ポケットに入り込むように結合しているSec3-NのLeu131が複合体の形成に必須であることが明らかとなった.一方で, Rho1の疎水性パッチと相互作用するSec3-NのPhe77やIle115はAlaに置換しても複合体の形成に影響がなかった.

Sec3の標的膜への局在メカニズム

出芽酵母のSec3は,出芽の際,出芽先端に局在し,分泌小胞と共に移動してくる他のexocyst複合体サブユニットと結合することで,標的膜の特定の位置にexocyst複合体を形成するための目印になる.実際に,蛍光タンパク質GFPを融合させたSec3は,アクチン骨格非依存的に出芽先端に局在することが報告されている. また,Rho1やPI(4,5)P2との結合に関わるN末端領域を除いたSec3は出芽先端への局在能を失うことから,N末端領域がSec3の標的膜の特定の位置への局在を制御すると考えられている. しかし,N末端領域はRho1とPI(4,5)P2の両方との結合領域を持ち,Rho1とPI(4,5)P2のどちらとの結合がSec3に局在能を与えるのかは特定できなかった.そこで,GFPをC末端に融合させたSec3を用いて,Rho1または PI(4,5)P2との結合に関わるアミノ酸残基に変異を導入し,局在の変化を観察した.その結果,Sec3はRho1またはPI(4,5)P2のどちらか一方の結合を阻害しても局在能を失わず,Rho1とPI(4,5)P2の両方との結合を阻害することで初めて局在能を失うことがわかった.これにより,Sec3の標的膜への局在はRho1とPI(4,5)P2の相補的な制御のもとで成り立つことを明らかにした(図3).

酵母とほ乳類のSec3はアミノ酸配列の相同性が低いことから,ほ乳類のSec3は低分子量GTPaseやPI(4,5)P2と結合するN末端領域を持たないと考えられてきた. しかし,酵母のSec3の実際に立体構造をとっていた領域(74-254アミノ酸残基)のみを用いたアミノ酸相同配列予測から,酵母とほ乳類のSec3のN末端領域には配列相同性があることが明らかとなった. また,酵母のSec3のPI(4,5)P2との結合に関わるアミノ酸残基はヒトのSec3においてもよく保存されていることが分かった. このため,ヒトのSec3のN末端領域とPI(4,5)P2との結合実験を行ったところ,ヒトSec3のN末端領域もPI(4,5)P2との結合能を持つことが確認された. さらに,酵母のSec3の結晶構造から得られた二次構造とヒトのSec3のN末端領域の二次構造予測のトポロジーは非常によく似ていることが分かった. これらのことから,ヒトのSec3もPHドメインを介して低分量GTPaseやPI(4,5)P2と結合する可能性が示唆された.

図1. 分泌小胞の膜融合過程

図2. Sec3とRho1の複合体の結晶構造

図3. 結晶構造に基づく標的膜への結合モデル

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「Exocyst複合体サブユニットSec3局在の構造基盤」を題とし、5章から構成されている。

第1章では、序論として小胞輸送の分子メカニズムについて述べられている。小胞輸送は、小胞の形成・移動・融合の三段階の過程を経て行われる。融合の過程では、小胞は、最初に繋留因子により一時的に標的膜へと繋ぎ留められる。繋留因子は、輸送経路に応じて異なるが、細胞膜への輸送である開口放出では、exocyst複合体と呼ばれるヘテロ8量体が、標的膜上に固定された低分子量GTPaseやイノシトールリン脂質PI(4,5)P2を目印として認識し、分泌小胞を標的膜上の特定の位置に繋ぎ留める。出芽酵母では、exocyst複合体サブユニットSec3が細胞膜上のRho1/Cdc42とPI(4,5)P2を、Exo70がRho3とPI(4,5)P2を認識することで、細胞膜上でのexocyst複合体の局在を制御する。低分子量GTPaseは、不活性型であるGDP結合状態と活性型であるGTP結合状態とを遷移する。GTP結合型への遷移に伴って、スイッチ領域と呼ばれる領域が構造変化してエフェクター分子と結合する。

第2章では、出芽酵母由来Sec3のRho1/PI(4,5)P2結合領域(Sec3-N)とRho1との複合体のX線結晶構造解析について述べられている。まず、Sec3-NとRho1の大量発現系を構築し、大量発現させたSec3-NとRho1を精製して複合体の結晶化を行った。次に、位相決定のために、セレノメチオニン標識したSec3-Nを調製してRho1との複合体の結晶化を行った。この結晶を用いてセレン原子の異常分散を利用した単波長異常分散法による位相計算を行い、最終的に構造の信頼度を示すRfree値 26.4%, 2.6 A分解能での結晶構造を決定した。得られた結晶構造から、Sec3-Nはイノシトールリン脂質の結合ドメインとして知られるpleckstrin homology (PH)ドメインを持つことが明らかとなった。さらに、PHドメイン内には塩基性クラスターがあり、PI(4,5)P2との結合を模す結晶化条件由来の3つのリン酸イオンが確認された。Sec3-NとRho1は、Rho1のエフェクター結合領域であるスイッチ領域を介して広範囲にわたって相互作用していた。

第3章では、結晶構造に基づいて行ったSec3-Rho1複合体の機能解析について述べられている。まず、Sec3とRho1の相互作用面のアミノ酸残基をアラニン残基に置換したSec3変異体およびRho1変異体の結合実験を行い、複合体の形成に必須なアミノ酸残基を特定した。次に、PI(4,5)P2との相互作用に関わると推測されるアミノ酸残基をアラニン残基に置換したSec3変異体とイノシトールリン脂質との結合実験を行って、PI(4,5)P2との結合に必須なアミノ酸残基を特定した。さらに、Sec3がRho1やPI(4,5)P2との結合を介して出芽先端に局在することを利用して、Rho1またはPI(4,5)P2との結合能を失ったSec3変異体の局在を観察し、Sec3の標的膜への局在がRho1とPI(4,5)P2の相補的な制御のもとで成り立っていることを明らかにした。

第4章では、脊椎動物のSec3の機能について考察している。Sec3-Rho1複合体の結晶構造や二次構造予測の情報を含めたアミノ酸配列解析を行った結果、出芽酵母由来のSec3とアミノ酸配列相同性の低い脊椎動物由来のSec3もN末端領域にPHドメインを持ち、そのPHドメインを介してPI(4,5)P2と結合することが示唆された。

第5章では、exocyst複合体全体の分泌小胞の繋留機構について考察している。

なお、本論文の第2章の構造解析は、深井周也准教授、山形敦史助教、佐藤裕介助教、三村久敏助教、吉川梓氏と、第3章の局在実験は、深井周也准教授、中野明彦教授、佐藤健准教授と黒川量雄研究員との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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