学位論文要旨



No 127246
著者(漢字) 栗田,英治
著者(英字)
著者(カナ) クリタ,ヒデハル
標題(和) 非農家による都市近郊農地の保全・管理に関する研究
標題(洋) Studies on the Conservation and Management of Peri-Urban Farmland by Urbanites
報告番号 127246
報告番号 甲27246
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第693号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 自然環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 横張,真
 東京大学 教授 山路,永司
 東京大学 教授 山本,博一
 東京大学 教授 斎藤,馨
 東京大学 准教授 大黒,俊哉
内容要旨 要旨を表示する

農業生産,農家の生計の場である農地が,環境保全上の役割などの多面的な機能を持つことは,広く認知されてきている。なかでも,都市近郊地域の農地においては,新鮮な農作物の供給に加え,居住環境保全や保健休養など,住民が農地から享受しうる様々な機能の重要性が指摘されている。近年では,「農のあるまちづくり」等の取り組みに代表されるように,都市近郊地域の農地を地域の資源として,積極的に地域づくりに生かしていこうという動きも活発化している。

しかしながら,人口停滞・減少の時代を向かえ,都市近郊地域においては,農業従事者の高齢化と減少の進行にともない,農地の利用・管理を担ってきた基盤の脆弱化が進み,耕作放棄地等の利用・管理のなされない農地が数多く生じている。こうした農地が発生・残存していくことは,都市近郊地域の農地が有してきた多面的な機能を損なっていくことにも繋がる。

一方,都市近郊地域では,高齢者を中心とした非農家(都市住民)の農に対する関心の高まりを背景に,農作物栽培などを通じて非農家が積極的に地域の農地に関わる事例が多く見られるようになってきている。こうした動きの中には,従来までの個人の趣味や余暇活動としての農作物栽培の枠を超え,耕作放棄地が数多く発生する都市近郊農地の保全の一端を担うような試みも確認される。しかし,現況において,非農家による農的な活動の多くは,余暇的なものとして扱われており,地域の農地の保全・管理を担う取り組みとしては位置付けられていない。

今後,都市近郊農地の保全・管理のあり方を考えていく上では,都市近郊農地を農家の生計基盤・農業生産の場のみならず,高齢化が進行する都市近郊地域の住民への農作物栽培の機会の提供や新鮮な農作物供給などの機能を有する都市近郊地域の地域資源として捉え直していくことが重要である。加えて,農家のみによる農地の保全・管理が困難になりつつある現状を踏まえれば,高齢者を中心とした農に関心を持つ非農家を,都市近郊農地の保全・管理を担う主体として位置付ける農地の保全・管理のあり方を検討していくことが不可欠である。

こうした時代背景・問題意識から本研究では,非農家による都市近郊農地の保全・管理の実現に向けた農地利用のあり方を検討することを目的とした。具体的には,(1)非農家による都市近郊農地の保全・管理の展開が可能な地域の解明(第2章),(2)非農家による保全・管理の対象となる都市近郊農地の解明(第3章),(3)非農家による都市近郊農地の保全・管理の実現に向けた方策と課題(第4章)の3つの課題を通じて,本研究の目的を達成した。

第2章では,非農家による都市近郊農地の保全・管理の展開が可能な地域を,首都圏の近郊地域(首都圏整備法における近郊整備地帯に指定された地域)を対象に,マクロスケールでの検討をおこなった。具体的には,非農家による保全・管理の可能性,非農家への農作物供給の可能性の2点から明らかにした。

非農家による保全・管理の可能性について,非農家による農地保全・管理の必要性,非農家の農地保全・管理への関与の可能性の2点から検討した。まず,非農家による農地保全・管理の必要性は,非農家による農地保全・管理を展開する上で,基となる農家による農地利用の状況から検討をおこなった。具体的には,農業集落単位での農地利用状況,利用状況と関連する農家の経営規模・形態などにもとづく地域区分を実施した。農林業センサスから得られる農業集落単位の農家の経営規模・形態,農業労働力に関わる指標にもとづき主成分分析を実施し,抽出された主成分得点をもとにクラスタ分析をおこない,結果,農家の規模や経営構造等から特徴付けられる「大規模型」,「小規模型」,「専業・主業型」,「低利用型」の4つの類型を得た。結果,非農家による農地保全・管理の検討の必要性の高いと考えられる類型として,経営耕地面積に占める貸付農地や耕作放棄地の割合が高く,集落内の農地利用が低調な「低利用型」,都市化等の影響にともない,経営基盤の脆弱な小規模零細な農家の占める割合の高い「小規模型」の2つの類型を抽出した。

次に,非農家の農地保全・管理への関与の可能性については,高齢者の割合等の地域の年齢階層別の人口構成に着目し,地域区分を実施した。結果,卓越する年齢階層から特徴付けられる「青年期型」,「壮年期型」,「中年前期型」,「中年後期型」,「バランス型」,「高年期型」の6類型を得た。非農家の農地保全・管理への関与の可能性の高い類型として,今後,定年退職者の増加等にともない,65歳以上の高齢者の急激な増加が予想される類型である「中年前期型」,「中年後期型」に着目し,両類型が分布する地域が,1970年代後半から1990年代前半にかけて住宅地などの開発が進行し,その後,開発の進行が鈍化した地域であることを明らかにした。

非農家への農作物供給の可能性については,農業集落を単位に農作物(野菜類)の地域内需給比を算出することにより,検討をおこなった。具体には,農業集落内の人口及び農地(畑地)面積を求め,単位面積あたりの農作物(野菜類)の生産量,一人あたりの野菜類の消費量をもとに,地域内での需給比を算出した。結果,対象地域に設定した近郊整備地帯においては,地域内自給が可能な集落が約5割存在し,需給のバランスも考慮した場合(需給比0.5~2.0),市街化区域と農業振興地域にまたがる農業集落,人口集中地区を含むもしくは隣接する農業集落など,区域区分境界付近に立地する農業集落が多く該当することが明らかになった。

第3章では,第2章でおこなったマクロスケールでの検討の結果を受けて,非農家による保全・管理の対象となりうる都市近郊農地について検討した。具体的には,現況において成立している非農家による農地利用について,その分布と立地特性,従前の農地利用を含めた成立過程を明らかにすることにより,非農家による保全・管理の対象となる農地の検討をおこなった。

まず,非農家による農地利用の立地特性については,現況において成立している非農家による農地利用の例として,農園利用方式による市民農園に着目し,その分布と立地特性の解明をおこなった。農園利用方式による市民農園の分布については,埼玉県北東部の12市町を対象に,空中写真判読により分区形状を有する農地を抽出し,現地踏査,利用者への聞き取り調査を併用することにより把握した。結果,7割以上の農園が市街化調整区域,5割以上が農業振興地域に立地している一方で,9割以上の農園が人口集中地区から500m以内の場所に立地していることが明らかになった。このことは,区域区分境界付近など市街地に近接した地域に,農園利用方式による市民農園が立地していることを示している。加えて,農園利用方式による市民農園は,近隣の住民等からの勧誘,知り合いの農家(農地所有者)への利用交渉,農家からの勧誘など,開設主体である農家と利用者である非農家,利用者間の近い関係により成立している例が多いことも明らかになった。

次に,非農家による農地利用の成立過程については,空中写真判読等による土地被覆変化の把握と,聞き取り調査等にもとづく利用主体,利用目的等を含めた農地利用状況の把握をもとに,非農家による利用を含めた農地利用の変化を解明した。結果,都市近郊地域の農地利用は,整備や作付けの変化にともない農業利用を継続してきた農地における産業的な農地利用と,相対的に農業的利用価値の低下した農地における非産業的な農地利用とに二極化してきたことが明らかになった。非農家による農地利用は,地区内で相対的に利用価値が低下した際に,整備・作目転換等ができなかった畑地,丘陵地域においては未整備の水田,畑地(桑畑),台地域においては畑地(普通畑)で成立していることが明らかになった。

第4章では,前章までの結果を受け,検討された地域・農地において,非農家による都市近郊農地の保全・管理を図っていく上での方策と課題について整理をおこなった。

まず,地域の非農家が参画する農地保全・管理の取り組みを既往研究・事例調査をもとに整理をおこない,その結果をもとに,(1)非農家が直接的に農地利用に携わる農作物栽培を通じた取り組み,(2)非農家が部分的,間接的に農家による農地利用を支援する取り組みの2点の方策に着目した。

非農家が直接的に農地利用に携わる農作物栽培を通じた取り組みにおいては,市民農園(特定農地貸付方式,農園利用方式,農業体験農園)について,現在の開設状況等を把握し,非農家による農地利用の観点からの利点と課題について整理をおこなった。あわせて,農作物栽培(市民農園など)を通じて,非農家が主体的に農地の保全・管理に関わっていく上で有効と考えられる市民農園が有する利用者組織について,埼玉県北本市の生ごみリサイクル農園の事例をもとに,運営体制の特徴と可能性を整理した。非農家が部分的,間接的に農家による農地利用を支援する取り組みについては,(1)共同管理活動の支援(農地・水・環境保全向上対策,遊休農地管理),(2)農作業の支援(農作業ボランティア),(3)農業経営の支援(契約による農作物栽培,直販)について,非農家が支援をおこなっていく上での利点と課題について整理をおこなった。

結果をもとに,非農家による都市近郊農地の保全・管理を検討していく上で,重要となる地域・農地を捉える視点して,非農家による保全・管理を受け入れる地域・農地の特徴と,市街地(人口集中地区,区域区分)との関係の2点に着目し,今後の非農家による都市近郊農地の保全・管理のあり方について展望した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,耕作放棄地等の非管理農地の発生が課題となっている都市近郊を対象に,非農家による保全・管理の実現に向けた枠組みを論じたものである。論文は5章から構成される。

第1章では,社会背景および既往研究の整理にもとづき,非農家による都市近郊農地の保全・管理の実現に向けた枠組みを提示することを,論文の目的として掲げている。また,目的の達成にあたり,1)非農家による都市近郊農地の保全・管理の展開が可能な地域の解明,2)非農家による保全・管理の対象となる都市近郊農地の解明,3)非農家による都市近郊農地の保全・管理の実現に向けた方策と課題の解明,の3つの研究課題が提示されている。

第2章「非農家による都市近郊農地の保全・管理の展開が可能な地域」では,非農家による保全・管理の展開が可能な地域について,首都圏を対象にマクロスケールで検討をおこなっている。具体には,非農家による農地保全・管理の必要性を,農業集落における農家の農地利用状況にもとづき明らかにするとともに,非農家の農地保全・管理への関与の可能性を,年齢階層別の人口構成比から明らかにしている。さらに,非農家への農作物供給の可能性を,農業集落を単位に農作物(野菜類)の地域内需給比を算出することにより明らかにし,以上の3つの検討事項にもとづき,保全・管理の展開が可能な地域について論じている。

第3章「非農家による保全・管理の対象となる都市近郊農地」では,第2章で明らかにした地域において,非農家による保全・管理の対象となりうる農地の検討をおこなっている。具体には,農家と非農家の直接的な関係により成立し,多くの利用が確認される農園利用方式による市民農園に着目し,その立地と成立過程を,地形・区域区分・人口集中地区との位置関係・従前の農地利用等との関係を明らかにすることにより,非農家により保全・管理の対象となる農地について論じている。

第4章「非農家による都市近郊農地の保全・管理に向けた方策と課題」では,非農家が参画する農地保全・管理の取り組みを既往研究や事例調査をもとに整理し,非農家による都市近郊農地の保全・管理を図っていく上での方策と課題について,(1)非農家が直接的に農作物栽培をすることで農地を利用する取り組み,(2)非農家が部分的,間接的に農家による農地利用を支援する取り組み,の2点から論じている。

第5章では,前章までの議論が本論文の結論としてまとめられるとともに,今後の研究課題やその発展方向について論じている。

論文審査会では,非農家への農作物供給の可能性について,自給と需給の使い分けが適切になされていないこと,非農家による農作物栽培にもとづく食料供給,農地保全・管理のイメージが曖昧であること,本研究の成果の適応範囲と限界を示す必要があることが指摘された。また,非農家の農地保全・管理への関与の可能性をめぐり,人口構成等について時間的な変化を含めた視点が必要であることが指摘された。加えて,結論が弱く,既存制度との関係などの検討・考察や,各章・各スケールでの検討の結果を受けた保全・管理の方策の提案について充実させる必要があることなどが指摘された。

しかし総じて,これまで個別事例の実態解明や総論的な言及にとどまっていた非農家による農地の保全・管理のあり方について,様々な空間スケールにおける一連の研究を通じ体系的に論じていることは,今後の農村計画・地域計画等にかかわる研究分野の発展,および関連施策の展開を図ろうとする自治体に大きく寄与し得ることが指摘された。また,論文審査に際して指摘された上記の問題点も,論文の最終提出版においては,適宜修正されたことが確認された。以上より,本業績は上記学位に値する成果との結論に至った。

なお,本論文第2章第5節は,横張 真,Jay Bolthouseとの共同研究,第3章第2節は,横張 真,山本徳司との共同研究であるが,両章・節とも論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって本審査委員会は,栗田英治君の「非農家による都市近郊農地の保全・管理に関する研究」について,博士(環境学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50471