学位論文要旨



No 127248
著者(漢字) 寺田,徹
著者(英字)
著者(カナ) テラダ,トオル
標題(和) 木質バイオマスのエネルギー利用による都市近郊の里山再生に関する研究
標題(洋) Studies on the Restoration of Peri-Urban Satoyama Woodlands through the Utilization of Renewable Energy from Woody Biomass
報告番号 127248
報告番号 甲27248
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第695号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 自然環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 横張,真
 東京大学 教授 鬼頭,秀一
 東京大学 教授 山本,博一
 東京大学 教授 福田,健二
 東京大学 准教授 大黒,俊哉
内容要旨 要旨を表示する

本論文は,管理放棄により荒廃が進む都市近郊の里山を対象として,その管理再生の在りようを,木質バイオマスのエネルギー利用の観点から論じたものである.

本論文は全7章から構成される.

第1章では,社会背景の整理から,都市近郊里山の管理放棄の問題に対して,木質バイオマスのエネルギー利用による管理インセンティブの付与に関して検討する必要性を指摘した.さらに,既往研究のレビューから,人の管理に基づく都市近郊里山のバイオマス発生量の評価,バイオマスのエネルギー利用面からの評価,バイオマス利用に関する実現可能性の評価の3点が不足していることを指摘した.そして,本論文の目的として「里山管理に伴うバイオマス発生量の解明」,「発生したバイオマスをエネルギー利用した場合の効果の解明」,「里山のバイオマス利用のコスト面からの評価とその低減策の検討」の3点を設定し,それらの検討を通じて,木質バイオマスのエネルギー利用を通じた都市近郊里山の管理再生についての計画的基礎を提示することを,本研究の目的として掲げた.

第2章「里山管理に伴う木質バイオマス発生量の推定」は,本研究の第1の目的に対応している.ここでは,発生量を推定するにあたり,まず,里山のバイオマス現存量を,現地調査,林業センサス,収穫表,および相対成長推定式を用いて明らかにし,次いで,複数の里山管理シナリオを設定し,それらのシナリオを実行した際のバイオマス発生量について,林分成長シミュレーションによる推定を行った.その結果,研究対象地における対象樹種の現存量は,クヌギ・コナラ林において139dt/ha,スギ林において164dt/haと推定され,概ね既往研究の値と整合した.次いで,得られた値をシミュレーションモデルの初期値として入力し,60年間の林分成長シミュレーションにより,里山管理時のバイオマス発生量を明らかにした.管理シナリオは,多様な環境保全機能の発現を意図して,「景観保全」,「休息レクリエーション」,「運動レクリエーション」,「ランドスケープ多様性」の4パターンを設定した.それぞれのシナリオにおけるバイオマス発生量は,研究対象地全体で2,380~19,910dt/yとなり,人為の強さとバイオマス発生量が比例する関係が確認された.バイオマス発生量が最大の管理シナリオは,立木の皆伐を伴うランドスケープ多様性型の管理であり,低林状態で森林を維持する際のバイオマス生産量の多さが確認された.

第3章「里山由来バイオマスによるエネルギー供給可能量・CO2削減効果の推定」は,本研究における第2の目的に対応し,第2章で得られた発生量の値を,バイオマス発電による電力供給,CO2削減効果の2点から評価することにより,エネルギー利用時の効果を解明した.まず,エネルギー学分野の推定式や係数を用いて電力供給可能量の推定を行った結果,里山管理によって発生する2,380~19,910dt/haのバイオマスは,ガス化発電プラントにおける発電を考える場合,3.7~39百万kWhの電力へ変換可能であり,その際の電力供給可能世帯数は,830~8,800世帯となった.この値は対象地の全世帯に対して0.08~0.82%であり,エネルギー自給という観点からは限定的な値であった.しかし,バイオマスエネルギーの導入目標値に対しては8.5~90%となり,とくにランドスケープ多様性型の管理において高いポテンシャルが確認された.次いでCO2削減効果からの評価を行った.バイオマス利用によるCO2排出量の削減と,CO2吸収固定量とのあいだにはトレード・オフの関係がみられたが,その収支で評価した際の削減可能量は,管理シナリオごとに10,363~21,048t-CO2となり,ランドスケープ多様性型の管理シナリオが,最もCO2を削減しうるシナリオとして評価された.また,その際のCO2削減目標値に対する達成率は58~119%となり,ランドスケープ多様性型の管理においては削減目標を達成可能であった.同シナリオは,古くから行われていた農用林,薪炭林維持のための管理に類するものであり,歴史的な管理形態が,現代的なCO2削減という命題からも高く評価される結果となった.

第4章および第5章では,本研究における第3の研究目的である,「里山のバイオマス利用のコスト面からの評価とその低減策の検討」に対応する解析を行った.

第4章「里山のバイオマス利用に伴う収穫・輸送コストの推定」においては,まず,バイオマスの収穫・輸送コストに関する,山間部の森林と都市近郊の里山との相対的な比較を行った.下総台地の里山(平地林)と秩父地域の森林を対象に,既往の推定式とGISを用いた解析により推定を行った結果,単位重量あたりの収穫・輸送コストは,下総台地の里山のほうが15%(約1,600円/dt)ほど優位であった.次いで,研究対象地の里山に対してランドスケープ多様性型の管理シナリオの適用を想定し,同様の方法でバイオマスの収穫・輸送コストの推定を行った結果,コストの総和は17.6百万円となり,単位重量あたりの平均コストは9,716円/dtとなった.この値をもとに,バイオマスプラントの運営に関係するランニングコストを推定し,単位発電量あたりのコストを推定したところ,11.1円/kWhとなった.現行RPS法にもとづく取引価格(7.5~8.7円/kWh)との比較から,里山のバイオマス利用の経済的な成立は困難であると判断され,コストの削減や追加的な収入を得る為の検討が不可欠だと結論づけられた.

第5章「木質バイオマスの複合利用によるコスト低減効果の推定」においては,里山のバイオマス利用の実現可能性を高めるために,総合的・複合的なバイオマスの利用システムのもとに里山のバイオマス利用を位置付けるという構想を提案し,同システムによるバイオマス収集可能量,エネルギー供給可能量,CO2削減効果,およびシステムの経済性に関する実証的な検討を行った.その結果,まず,複合利用による木質バイオマス収集可能量は35,840dt/yrとなり,その際の電力供給可能量は74.0百万kWhとなった.この値は16,800世帯(研究対象地の1.55%)の電力需要を満たすものであり,バイオマスエネルギーの導入目標値に対する割合は172%であった.次に,CO2削減効果は51,600t-CO2/yrと推定され,削減目標に対して291%の達成率となり,CO2削減策のひとつとしてポテンシャルが高いことが示された.最後に,事業性に対する試算を行った結果,RPS法に基づく電力取引価格を下回るコスト(5.28円/kWh)で発電が可能となり,里山のバイオマス利用の事業的な実現可能性が示唆された.

以上の第4章,第5章における検討により,木質バイオマスのエネルギー利用による里山の管理再生の実現可能性を高めるにあたり,木質バイオマスの複合利用が有効であることが示唆された.木質バイオマスの複合利用は,里山のみならず,公園緑地や街路樹,公共施設内の緑地や民有緑地といった様々な緑地の管理促進にもつながると考えられ,地域に分布する緑地全体の質の向上にも資する可能性をもつものである.里山を同システムへ位置付けるためには,上記で検討を行った経済的な視点に加え,このような環境保全上の多様なメリットを踏まえた上での複眼的,戦略的視点が必要となってくると考えられた.

最後に,第6章「計画の実現に向けた社会システムの検討」においては,前章までの検討内容の社会実装に向けた課題を検討するものとして,木質バイオマスのエネルギー利用による都市近郊里山の管理再生を実現するための具体的な社会システムを,「里山管理システム」「プラント運営システム」「エネルギー利用システム」の3つのサブシステムの総体として提示した.

これらの検討により,第1章で述べた3つの研究課題を通じて基礎的な知見が得られたものと考えられ,さらに,第6章において里山の管理再生に向けた社会システムのあり方を提示したことにより,本研究の目的である,木質バイオマスのエネルギー利用による都市近郊里山の管理再生に関する計画的基礎の提示がなされたものと考えられた.

なお本研究が対象とした,木質バイオマスのエネルギー利用の観点からの里山再生についての計画的検討は,未だ緒についたばかりであり,本研究においては最も基礎的な課題の検討を,ケーススダティを通じて行うに留まった.従って今後の研究に向けた中心的な課題は,本研究で使用した評価の枠組みのブラッシュアップ,および適用範囲の同定と値の一般性の獲得に向けたケーススタディの積み重ねにあると考えられた.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,管理放棄により荒廃が進む都市近郊の里山を対象として,木質バイオマスのエネルギー利用の観点から,その管理再生の在りようを論じたものである。論文は全7章から構成される。

第1章では,社会背景の整理および既往研究のレビューがなされ,木質バイオマスのエネルギー利用を通じた都市近郊の里山再生についての計画論的基礎を提示することが論文の目的として掲げられている。また,目的を達成するにあたり,(1)里山管理時のバイオマス発生量の解明,(2)発生したバイオマスをエネルギー利用した場合の効果の解明,(3)里山のバイオマス利用のコスト面からの評価とその低減策の検討,の3つの個別の研究課題が提示されている。

第2章「里山管理に伴う木質バイオマス発生量の推定」では,第1の研究課題に対応し,環境保全機能の発現を意図した4つの里山管理シナリオを実行した際のバイオマス発生量が,現地調査及びシミュレーションモデルの利用によって明らかにされている。

第3章「里山由来バイオマスによるエネルギー供給可能量・CO2削減効果の推定」では,第2の研究課題に対応し,バイオマス利用のあり方としてガス化発電によるエネルギー利用が想定され,発生したバイオマスを利用した際の電力供給可能量とCO2削減効果とが,エネルギー学分野の推定式や,CO2排出係数等の利用によって明らかにされている。

第4章「里山のバイオマス利用に伴う収穫・輸送コストの推定」では,第3の研究課題に対応し,山間部森林との比較とプラント運営に関する事業性の2つの視点から,都市近郊里山のバイオマス利用に対する経済的な評価がなされ,事業性が低いことが指摘されている。

第5章「木質バイオマスの複合利用によるコスト低減効果の推定」では,第4章の結果を受け,建設発生木材や剪定枝等との複合利用が提案され,これら逆有償で取引されるバイオマスの導入により,里山の管理再生の経済性が実現可能なレベルにまで高まることが示されている。

第6章「計画の実現に向けた社会システムの検討」では,前章までの議論によって提示され数量的な評価がなされた里山再生のあり方を現実社会へ実装していくための要件が議論されている。特に,実効的な里山管理とそれを担う主体の必要性が指摘され,先進的な活動を行うNPO法人こぴすくらぶの事例に,実態調査をもとにしたその可能性が検討されている。さらに本章の最後では,事例調査を踏まえた社会システムのあり様が提示されている。

第7章では,前章までの議論が結論としてまとめられるとともに,今後の研究課題が述べられている。

論文審査会では,里山再生という言葉の意味の明確化や,バイオマス発生量の推定に用いたシミュレーションモデルの妥当性や限界についての追加的な議論が必要との指摘がなされた。とくに,既存のモデルによる推定結果との相互比較,研究成果の適用における社会経済的条件の加味等については,さらなる検討の必要性が指摘された。

しかし,これまで都市近郊の里山をめぐっては,生物相保全や保健休養上の必要から管理の必要性は指摘されつつも,管理の結果生じる間伐材等の利用のあり方に対しては十分な議論がなされてこなかったことに対し,そのエネルギー源としての利用のあり方を低炭素といった現代的な社会要求に結びつけて論じたことは高く評価された。また,論文審査に際して指摘された上記の問題点も,論文の最終提出版においては,適宜修正されたことが確認された。以上より,本業績は上記学位に値する成果との結論に至った。

なお,本論文の第2章~第6章は,横張 真,田中伸彦,雨宮 護,Jay Bolthouse,松本類志との共同研究の成果を含むものであるが,いずれの章の議論も,論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する。

従って本審査委員会は,寺田徹君の「木質バイオマスのエネルギー利用による都市近郊の里山再生に関する研究」について,博士(環境学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50472