学位論文要旨



No 127257
著者(漢字) 有賀,敏典
著者(英字)
著者(カナ) アリガ,トシノリ
標題(和) Web応答型アクティビティ・シミュレーターを用いたアクティビティ・マネジメントに関する研究 : 勤務形態の変更に着目して
標題(洋)
報告番号 127257
報告番号 甲27257
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第704号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 社会文化環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 原田,昇
 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 准教授 清家,剛
 東京大学 准教授 大森,宣暁
内容要旨 要旨を表示する

時間的分散を伴う交通需要マネジメント(TDM)施策には,時差出勤制・フレックスタイム制のような勤務形態の変更や,イベント終了後の混雑分散のための小イベントの実施,高速道のピーク時から時刻をずらす活動機会の提供などがあり,混雑緩和や環境負荷軽減,施設・設備の有効利用などへ大きな効果があることが示されている1).しかしながら,時差出勤制の導入の検討がされたり社会実験が行われたりするものの,本格実施に至らない数多くの例が示すように,適用が十分に進んでいるとはいえない.

この問題に対し既存研究では,時間的分散を促進するために,トリップに関する時刻選好を様々な形で分析している.例えば,希望到着時刻との差による不効用で説明したり,勤務前と勤務の各効用和の最大化で説明したりするものがある.しかし,勤務時間帯が変更されたときに,前後の時空間プリズムの大きさが変更になり,1日全体のスケジュールや活動の実行可否がどのように変更になるのかを提示し,個人に認知してもらった上で,個人のスケジュールの調整をしてもらうというアクティビティ・マネジメントの視点が欠落している点に問題がある.アクティビティ・マネジメントとは,活動パターンや時空間的な再調整が必要になるTDM施策実行時に,個人が活動機会を十分に把握し,個々の活動スケジュールを望ましいように調整することと本研究では定義する.このようなアクティビティ・マネジメントにより,施策実行時に,個人が受容できるスケジュールを認知してもらうことができれば,施策導入がよりスムーズになり,適用性が大きく向上することが期待できる.

このように,施策導入時の活動の実行可否や1日全体のスケジュールを認知してもらった上で,スケジュールに関する選好を回答してもらうことはきわめて重要であるにもかかわらず,既存研究でいくつかの例はあるものの,適用はあまり進んでいない.その理由としては,膨大な選択肢集合の中から代替案を限定して提示する方法が確立していないこと,個人個人の異なる代替スケジュールを効率よく提示することが難しかったことが挙げられる.前者の問題に関しては,スケジュールの提示は行われていないものの,交通需要予測の分野では,代替スケジュールを生成する様々なモデルが提案されている.これらのモデルの中には,現実の行動を忠実に再現するプリズム制約を考慮したモデルも多数開発されており,スケジュールに関する情報提供にもきわめて有効なものであると考えられる.後者の問題に関しては,近年の情報技術の発展により可能になったWebを用いることにより,個人個人に合わせた情報提供のできる応答型のツールが開発され,適用できると考えられる.

以上の背景をもとに,本研究では,時間的分散を伴うTDM施策の適切な評価のために,施策導入時の個人の活動機会への影響を認知させ,個人が受容できるスケジュールを提示する手法の開発とそのアクティビティ・マネジメントへの有用性の検証を行うことを目的とする.アクティビティ・マネジメントの様々な適用例のうち時差出勤制をケーススタディする.研究の方法としては,次の三点を示すことで,個人が受容できるスケジュールを提示する手法の開発とそのアクティビティ・マネジメントへの有用性の検証を行った.

1日の職場往復のスケジュールを提示することの有効性の検証

1日の職場往復のスケジュールに加え,現状の活動機会の可否,さらには典型的な日には行っていないが希望している活動(追加活動)の実行可否を提示できるアクティビティ・シミュレーターの開発

上記のシミュレーターを利用することの有効性の検証

まず,ピーク時の自動車通勤者をオフピーク時の公共交通にシフトさせることができれば個人にも社会にも望ましいと考えられることから,勤務形態変更と交通手段変更に関する施策をセットで導入した際の通勤行動の選好について,1日の職場往復のスケジュールを示すことで意向をより正確に捉えることが可能になることを示した.検証するにあたっては,希望するスケジュールからのずれの有無による各スケジュールの効用を計測し比較することで有用性を明らかにした.本章ではモビリティ・マネジメントの理論を用い,現状の交通ネットワークで情報提供をした場合,パーク・アンド・バスライド(P&BR)システムを整備した場合,P&BRを整備した上でP&BRを含む公共交通利用者を対象に時差出勤制を認めるような政策を導入した場合のそれぞれについて,時刻変更やモーダルシフトがどの程度起きるのか定量的に分析を行った.分析を行うに際し,Web応答型の通勤シミュレーターを開発し用いた.現在定時勤務を行っており自動車通勤者が多い官公庁で調査を行った結果,個人の実際の勤務時間に合わせて通勤・帰宅の様々な交通手段と勤務時間帯の組み合わせに関する情報提供をすることで,より効果的に個人のスケジュールや交通手段に関する選好を捉えられることが確認できた.また政策的には,現状のネットワークで情報提供をした場合,庁舎間直行バスを運行してパーク・アンド・バスライドを導入した場合に比べ,公共交通や庁舎間直行バスを利用する際に時差出勤制度を認めた場合の方が,交通手段の転換を希望する人が多く存在することがわかった.

次に,自動車通勤をしている人を対象にした1日のスケジュールに加え,現状の活動の実行可否および典型的な日には行っていないが希望している活動(追加活動)の実行可否を明示的に示すようなWebベースの応答型アクティビティ・シミュレーターを開発した.個人が典型的な一日について活動スケジュール等を入力すると,現在行っている活動が勤務形態変更時に実行可能かどうか判定し,可能な場合にはスケジュールがどのように変化するのかを提示し,さらに追加活動が実行可能かどうかを判定する点が特徴である.さらに交通所要時間や渋滞情報も合わせて提示した.スケジュールに関する情報提供は,代替可能なスケジュールが膨大に存在すること,スケジュール自体の情報量が多いことから難しいとされる.本研究では代替可能なスケジュールに関しては,自宅滞在時間が最も長い(移動時間と待ち時間が最も少ない)スケジュールで代表させることによって,現実的なスケジュールを生成し提示した.また表示項目を,各活動場所での出発・到着時刻,自宅滞在時間,起床・就寝時刻,渋滞の有無に限定することによって,膨大な情報量を抑えた.このアクティビティ・シミュレーターを用いることで,個人は勤務形態変更時のスケジュールや活動実行可否についてより正確に認知することができ,時差出勤制をより合理的な判断ができるようになるメリットがある.

最後に,開発したWeb応答型のアクティビティ・シミュレーターを用いることの有効性を検証するために,当時時差出勤制度を導入していなかった官公庁の自動車通勤者を対象に,時差出勤に関する意向を尋ねる調査を行った.シミュレーターの利用前後で同一の時差出勤に関する意向を尋ね比較した.その結果,勤務形態変更時のスケジュールや現状の活動および追加活動の実行可能性の認知は必ずしも正確になされておらず,シミュレーターを用いることで,勤務形態の変更による個人の活動への影響がより正確に認知され,アクティビティのマネジメントが効率的に行えることが示された.特に,追加活動の実行可否に関しては認知が低く,シミュレーター利用の効果が大きいことが確認できた.次に実務的には,勤務形態の変更に関するニーズが明らかになった.具体的には,時差出勤制の導入は,既存事例では同じ人が毎日行うような時差出勤制度の導入が多いものの,今回の調査から週1回などといった部分的な導入を希望するニーズが多いことが明らかになった.また勤務時間帯の繰り上げ,繰り下げという観点からは,どちらも同等程度のニーズがあり,時差出勤制が導入されても一切利用したくない(毎日現状の定時勤務が良い)とした人は意外に少ないものであることが示された.最後に,勤務形態の変更の導入が個人の生活にどのように影響するのか分析した.具体的には,勤務時間帯を変更した場合の現状の活動の実行可否や追加活動の実行可否に影響がでて,その結果が時差出勤に関する意向に大きな影響を与えていることを明らかにした.

以上により,本研究では,時間的分散を伴うTDM施策の適切な評価のために,施策導入時の個人の活動機会への影響を認知させ,個人が受容できるスケジュールを提示する手法の開発を行い,その有用性を明らかにした.さらに,TDM施策のケーススタディとして取り上げた時差出勤制に関する選好の分析を行い,望ましい時差出勤制の導入方法についての新たな知見を得た.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、六章からなり、第一章で、研究の背景、目的、構成を示し、第二章では、既存研究と既存事例の動向を整理し、それらに基づき、第三章で、一日の職場往復に関するスケジュールを情報提示することの有用性を検証し、第四章で、追加活動の実行可能性を判定し、それを含む新しいスケジュールを提示することのできるWeb応答型アクティビティ・シミュレーターを開発し、第五章で、一日のスケジュール変更を伴う時差勤務に関して、新しいスケジュール情報を提供することの有用性を検証している。最後に、第六章で、結論と今後の課題を整理している。

第一章では、アクティビティ・マネジメントを、時差勤務等のスケジュール調整を伴う施策の導入に際して、個人が活動機会を十分に把握し,1日全体のスケジュールへの影響を理解して、調整することと定義し、これを実行するための手法を開発し、時差勤務を対象とする実証分析を通して、その有用性を明らかにすることを目的とすることを説明している。

第二章のレビューの結果、時差通勤等、時間調整を伴うTDM施策は,個人の1日全体のスケジュールに影響するが、従来は、この影響を十分に説明する手法がなく、混雑緩和等の社会的必要性が高い場合においても、個人の理解が得られず、参加者が確保できない問題を指摘し、本研究で開発する手法の必要性を明確にしている。

第三章の時差勤務を対象とする適用では、ピーク時の車通勤者をオフピーク時のパークアンドバスライド通勤へ転換させる課題に関して、パークアンドバスライド利用のみに時差勤務を許す提案を行い、その効果を評価するため、1日の往復のスケジュールを提示する場合と提示しない場合を比較し、提示するほうが、「パークアンドバスライド+時差勤務」の参加意向が強まることを確認した。なお、実証分析は、つくば市で、市町村合併で通勤先が市役所に集約された通勤者を対象に、旧庁舎から市役所への直行バスを用いたパークアンドバスライドを対象としたものである。

第四章のWeb応答型アクティビティ・シミュレーターの開発においては、1日の往復のスケジュールに加え,現状の活動機会の可否,さらには現状行っていないが追加で行いたい活動(追加活動)の実行可否を提示できるアクティビティ・シミュレーターを開発した。一日の固定活動の制約や希望する追加活動の種類と場所等を把握し、自宅の滞在時間を最大にする(即ち、移動時間を最小にする)活動スケジュールを構築して提示するものであり、時空間プリズムの変化に伴い追加活動の可否を判断しており、一日の活動スケジュールの変化を提供し、個人の適切な意思決定を促すことが期待できる。

第五章の時差勤務を対象とする適用では、車通勤者に限定し、時差出勤の参加意向をスケジュールの変更情報を提供しない場合と提供する場合、提供する場合においては、追加活動を含めない場合と、追加活動の実効可否を判断し、追加活動を含む新しいスケジュールを提示する場合を比較し、追加活動の可否とそのスケジュールを示すことの有用性を明らかにした。具体的に、情報提供により、追加活動を認識し、時差通勤への参加意向を強めるものと、送迎等の必要な活動が実行できなくなることを認識し、時差通勤への参加意向を弱めるものが確認できた。また、全体として、時差通勤への参加意向が強まることが示されており、一日のスケジュールへの影響に関する情報提供により、個人の意思決定がより適切になるとともに、その結果、全体として、渋滞緩和等の社会的効果につながる可能性が示された。なお、実証分析は、宇都宮市役所への車通勤者を対象に実施したもので、時差勤務への参加意向を単純な意向の有無ではなく、週に何回程度導入したいかという意向の強さを訪ねる工夫も行った。

第六章では、以上の研究成果を整理すると共に、今後の発展課題として、アクティビティ・マネジメントの概念の拡張と適用範囲の拡大、ならびに、アクティビティ・シミュレーターと調査方法の改良を指摘している。

以上のように、本論文は、アクティビティ・マネジメントに着目し、Web応答型アクティビティ・シミュレーターを開発し、一日のスケジュール変更を伴う時差勤務に関する意向調査データを用いて、その有用性を明らかにしたものである。審査会では、新しいテーマに取り組み、独自の手法を開発し、その有用性を示したこととともに、一日の活動スケジュールを自己診断し、よりよいスケジュールを構築する手法としての可能性も高く評価された。

なお、本論文第三章は、松橋啓介、青野貞康、大森宣暁との共同研究であり、第四章と第五章は、青野貞康、大森宣暁、原田昇との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50474