No | 127267 | |
著者(漢字) | 小島,要 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | コジマ,カナメ | |
標題(和) | 遺伝子ネットワーク推定とネットワークレイアウトのためのモデリング法と効率的なアルゴリズム | |
標題(洋) | Modeling Methods and Efficient Algorithms for Gene Network Estimation and Network Layout | |
報告番号 | 127267 | |
報告番号 | 甲27267 | |
学位授与日 | 2011.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(情報理工学) | |
学位記番号 | 博情第305号 | |
研究科 | 情報理工学系研究科 | |
専攻 | コンピュータ科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 細胞内システムの解明は,癌細胞メカニズムの理解,薬剤応答の推定,新規薬剤の開発に有用である.近年のマイクロアレイ技術の発展から大規模な遺伝子発現データの計測が可能であり,異なる条件下での遺伝子発現量の変化の比較により,条件に関連した遺伝子の同定が行われてきた.現在では,より複雑な機構の解明のため,遺伝子発現量から遺伝子間の制御関係の推定が行われており,大規模な遺伝子ネットワークの推定と理解が細胞内システムを解明するための基盤技術となっている. 遺伝子の発現データは大きく,遺伝子ノックダウンマイクロアレイデータと時系列マイクロアレイデータの二つに分けられる.ノックダウンマイクロアレイデータでは,いくつかの遺伝子をノックダウンし,定常状態になったところで遺伝子発現量が計測される.このため,定常状態での遺伝子間の制御関係の推定に用いられる.一方,時系列マイクロアレイデータでは,薬剤の投与などの刺激に反応した状態での遺伝子間の制御関係が推定される.制御関係の推定は統計モデルにより推定された因果関係を制御関係とみなすことで行われる.ノックダウンマイクロアレイデータと時系列マイクロアレイデータでは,原理となる因果関係が異なり,ノックダウンマイクロアレイデータでは,Pearlの因果律により確率変数間の条件付き独立性から因果律が推定され,ベイジアンネットワークとして因果ネットワークの実現がなされる.一方,時系列発現データでは,GrangerやPearlらの提唱により,前の時点に発生した事象により現在の事象が予測される場合に因果関係が考えられている. 推定された遺伝子ネットワークから細胞内システムの理解を行うためには,対応するタンパク質の細胞内局在情報をはじめとする既存の生物学的情報を共に考える必要がある.しかしながら,100以上の遺伝子の間での制御関係と対応する細胞内局在情報のリストから知見を見出すことは非常に難しく,実際の細胞内での制御関係を抽象化したグラフ表現などの可視化技術の開発が必要不可欠である. ノックダウンマイクロアレイデータからの遺伝子ネットワーク推定はベイジアンネットワークの構造学習により行われる.これまで,条件付き独立性の検定による構造推定法と情報量規準をスコアとした構造探索を行う方法が提案されている.しかしながら,条件付き独立性の検定による手法では,有向閉路を避けるために,検定結果と異なるエッジの方向付け行われるなど理論的な問題がある.また,情報量規準をスコアとしたベイジアンネットワークの最適構造推定問題はNP困難であり,最適構造の探索は動的計画法による効率計算手法と超並列による計算を行った場合でも32ノードからなるネットワークの推定が限界であった.しかしながら,小さな系で見た場合,外部からの制御を無視した形で制御関係の推定が行われるため,誤った制御関係を導いてしまう可能性が高く,また外部からの制御が考慮されないことから,細胞内システムの理解に不十分である.このため,正確な制御関係の推定と細胞内システムの理解のためには,より大きな系での推定が不可欠となる.Perrierらは上位構造と呼ばれる条件付き独立性の検定やその他の統計的手法により推定された無向グラフが与えられたもとで,上位構造の部分グラフとなるような最適構造を探索する方法を提案している.これは,条件付き独立性の検定による手法の欠点を解決し,かつ構造探索空間を絞ることで,より大きな系での構造推定を可能にするものである.Perrierらのアルゴリズムは動的計画法を用いた手法であり,高い精度での50ノードからなるベイジアンネットワーク構造の推定が可能だが,平均次数が2前後の上位構造までしか扱うことができない限界があった.そこで本研究では,上位構造が与えられたもとでの最適ベイジアンネットワーク構造学習において,上位構造を密につながった部分グラフに分割し,各部分グラフでの最適ベイジアンネットワーク構造を結合する方法を提案した.しかしながら,単純に各部分グラフでの最適ベイジアンネットワークを結合した場合,有向閉路が発生し,非有向閉路性を保つことができない可能性がある.そこで,最適ネットワークを得るための数学的な必要十分条件を導き,必要な制約条件のもとで部分グラフにおける最適構造を探索し,結合するアルゴリズムを構築した.構築したアルゴリズムでは平均次数4程度の上位構造で数百ノードからなる最適ネットワークの探索が可能であり,定常状態での遺伝子ネットワークを大きな系で推定することが可能となった.推定アルゴリズムをヒト臍帯静脈内皮細胞でのノックダウン遺伝子発現データに適用することで,96遺伝子からなる遺伝子ネットワークの推定を行い,文献データとの比較を行った. 時系列遺伝子発現データからの遺伝子ネットワーク推定は薬剤刺激やヒートショック反応時の制御関係の解析に有効であり,ダイナミックベイジアンネットワーク,ベクトル自己回帰モデル,状態空間モデルといったモデルを用いた手法が提案されている.既存の解析手法では,通常,遺伝子制御関係の線形性が仮定され、またデータ計測時点が等間隔であることが仮定されている.しかしながら,実際には非線形制御関係の重要性が報告されており,また時系列遺伝子発現データは観測点が等間隔でない場合が多い.そこで,本研究では非線形関係まで抽出できるようなノンパラメトリックモデルをスパース学習により推定する方法を提案した.また,推定量の漸近正規性を導き,推定された遺伝子制御関係のp値を求めることを可能にした.また,不等間隔に計測されたデータからも正確な遺伝子ネットワークの推定を行うために,ベクトル自己回帰モデルを状態空間表現することで,不等間隔データを扱うことが可能なモデルを提案し,スパース学習法を用いることでパラメータの推定を行った.提案手法を正常ヒト小気道上皮細胞からの時系列遺伝子発現データとEGF受容体への刺激と抗がん剤イレッサとして知られるゲフィティニブの投与を行ったヒト小気道上皮細胞からの時系列遺伝子発現データに適用した.その結果,2つの状態の細胞において推定されたネットワークを比較することでEGF受容体を介さずにイレッサから影響を受ける遺伝子の候補が同定された. また,遺伝子制御ネットワークはパスウェイに関連したモジュールから構成されることが知られている.そこで,この知見からモジュール内では比較的密に,モジュール間では疎に制御関係が存在することを仮定し,時系列遺伝子発現データから遺伝子の制御関係と遺伝子モジュールを同時に推定する手法を変分ベイズ法の枠組みから開発した.提案した手法をヒトの子宮頸癌細胞由来のHeLa細胞から測定された94の癌関連遺伝子の時系列遺伝子発現データに適用することで,遺伝子ネットワークと2つの遺伝子モジュールが同時に同定された. 遺伝子ネットワークや生物パスウェイを対象とした可視化技術として,いくつかのネットワークレイアウト手法が提案されている.しかしながら,タンパク質の細胞内局在情報を考慮した手法はほとんどなく,考慮している手法も複雑な局在情報が扱えないなど不十分なものである.グリッドレイアウトは生物ネットワーク描画アルゴリズムの一つであり,ノードの位置がグリッドポイントに制限され,エッジ間交差,ノードエッジ間交差,ノード間距離を考慮した損失関数を最小化するようにノードの位置が探索される.さらにノードの配置を局在情報を満たすグリッドポイントへ制限することで,タンパク質の局在情報を考慮することができる.既存のグリッドレイアウトアルゴリズムでは各ノードを空きグリッドポイントへ移動した時の差分コストを計算し,貪欲法の枠組みから最も損失を減らすようにノード一つを空きグリッドポイント移動することで探索が行われる.しかしながら,差分コストの計算は前回の探索ステップにおける結果をキャッシュすることで効率化が図られているものの,実時間アプリケーションとしては遅いという問題があった.さらに,得られた結果が局所最適解であることから,より良い局所最適解を得るための探索手法が望まれていた.そこで,本研究ではより良い局所最適解を得るために,既存の探索手法において時間計算量を増加させることなくノードの位置の交換についても考慮したアルゴリズムを開発した.さらに,特にスパースなグラフ構造において有効な sweep calculationと呼ばれるアルゴリズムを開発することで時間計算量を削減し,実時間アプリケーションに耐え得るグリッドレイアウトを実現した.また,細胞局在情報を表すコンパートメントの拡大・縮小と移動を探索ステップにおいて考慮することで,より良いレイアウトを得ることが可能となった.提案レイアウトアルゴリズムをヒト小気道上皮細胞のデータから推定された遺伝子ネットワークに適用し,各遺伝子に対応したタンパク質の細胞内局在情報を用いることで,細胞内局在情報を考慮した遺伝子ネットワークのレイアウトが可能となった.得られたレイアウトは細胞内局在情報を考慮にいれることで遺伝子ネットワークの特徴を捉えたものであった. | |
審査要旨 | 細胞内システムを理解することは、がん細胞メカニズムの理解、薬剤応答の推定、新規薬剤の開発等に有用であり、そのために遺伝子発現量から遺伝子間の制御関係を表現する遺伝子ネットワークの推定を行うことが望まれてきた。これは、近年のマイクロアレイ技術の発展から大規模な遺伝子発現データの計測が可能となり、異なる条件下での遺伝子発現量の変化を比較することが可能になったことによる。現在では遺伝子ネットワークの推定が細胞内システム解明のための基礎を与える方法として認められているが、既存研究では大規模で複雑な系に対処することが実現できていない。本論文は大規模で複雑なデータに対する遺伝子ネットワークを推定する方法論について多面的に研究を行うもので、これまで厳密解が得られなかった規模まで計算を可能とする推定、そしてシステムの理解に有用なネットワークレイアウトについて、モデリング法とそのための効率的なアルゴリズムを提案し、実際のデータに適用して知見を得るという大きな研究成果をあげたものである。 まず、ノックダウンマイクロアレイの遺伝子発現データ等の非時系列データから遺伝子ネットワークを求める新しい探索アルゴリズムが提案されている。このアルゴリズムは、遺伝子ネットワーク推定をベイジアンネットワークの構造学習により行う。既存研究では、条件付き独立性の検定による構造推定法と情報量規準をスコアとした構造探索を行う方法が提案されているが、有向閉路を避けるために検定結果と異なるエッジの方向付けが行われる等の問題があった。また、情報量規準をスコアとしたベイジアンネットワークの最適構造推定問題はNP困難であり、最適構造の探索は動的計画法による効率計算手法と超並列による計算を行った場合でも数十ノード程度が限界であった。本論文では、条件付き独立性の検定やその他の統計的手法により推定された無向グラフが上位構造として与えられたもとで、上位構造の部分グラフとなるような最適構造を探索する方法を提案している。特に、上位構造が与えられたもとでの最適ベイジアンネットワーク構造の学習において、上位構造を密に連結した部分グラフに分割し、各部分グラフでの最適ベイジアンネットワーク構造を結合する方法を与え、非有向閉路性を保つための必要十分条件を数理的に解析している。これにより、初めて平均次数4程度で数百ノードからなる最適ネットワークの探索を可能とし、定常状態での遺伝子ネットワークを大規模系で推定する方法を与えた。この方法をヒト臍帯静脈内皮細胞でのノックダウン遺伝子発現データに適用し、96遺伝子からなる遺伝子ネットワークの推定を行い、生物学的知識との比較を行っている。 次に、時系列からなる遺伝子発現データからの遺伝子ネットワーク推定が、薬剤刺激やヒートショック反応時の制御関係の解析に有効であることから、この推定問題に取り組んでいる。既存手法で線形性やデータ計測時点の等間隔性が仮定されている問題を克服するため、非線形関係まで抽出できるようなノンパラメトリックモデルをスパース学習により推定する方法を提案している。同時に、不等間隔に計測されたデータからも正確な遺伝子ネットワークの推定を行うために、ベクトル自己回帰モデルを状態空間表現することで、不等間隔データを扱うことが可能なモデル、さらにスパース学習法を用いたパラメータの推定法も提案している。提案手法を正常ヒト小気道上皮細胞からの時系列遺伝子発現データとEGF 受容体への刺激と抗がん剤イレッサとして知られるゲフィティニブの投与を行ったヒト小気道上皮細胞からの時系列遺伝子発現データに適用した結果、2つの状態の細胞において推定されたネットワークを比較することでEGF 受容体を介さずにイレッサから影響を受ける遺伝子の候補が同定された。 また、遺伝子制御ネットワークがパスウェイに関連したモジュールから構成されることに着目し、モジュール内では比較的密に、モジュール間では疎に制御関係が存在することを仮定し、変分ベイズ法の枠組から時系列遺伝子発現データから遺伝子の制御関係と遺伝子モジュールを同時に推定する手法を開発した。提案手法をヒトの子宮頸癌細胞由来のHeLa 細胞から測定された94の癌関連及び細胞周期関連遺伝子の時系列遺伝子発現データに適用することで、遺伝子ネットワークと2つの遺伝子モジュールが同時に同定された。 そして、遺伝子ネットワークからの情報抽出を行うために、遺伝子ネットワークや生物パスウェイを対象とした可視化技術として、数種のネットワークレイアウト手法について、たんぱく質の細胞内の複雑な局在情報を考慮できる方式を提案している。よい局所最適解を得るために、既存の探索手法において時間計算量を増加させることなくノードの位置交換を考慮したアルゴリズムを開発した。さらに、特にスパースなグラフ構造において有効なアルゴリズムを開発して時間計算量を削減し、実時間アプリケーションに耐え得るグリッドレイアウトを実現した。また、細胞局在情報を表すコンパートメントの拡大・縮小と移動を探索ステップにおいて考慮することで、より良いレイアウトを得ることが可能となった。提案レイアウトアルゴリズムをヒト小気道上皮細胞のデータから推定された遺伝子ネットワークに適用し、各遺伝子に対応したタンパク質の細胞内局在情報を用いた遺伝子ネットワークのレイアウトが可能となり、遺伝子ネットワークの特徴を捉えることができている。 なお、本論文の一部は共同研究によって得られたものであるが、申請者が主体的に研究して得られた成果であることを確認している。 よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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