学位論文要旨



No 127276
著者(漢字) 椿野,大輔
著者(英字)
著者(カナ) ツバキノ,ダイスケ
標題(和) 階層化動的システムの数理表現,状態推定,および制御に関する研究
標題(洋) Representation, State Estimation, and Control for Hierarchical Dynamical Systems
報告番号 127276
報告番号 甲27276
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第314号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 システム情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 原,辰次
 東京大学 教授 室田,一雄
 東京大学 准教授 津村,幸治
 東京大学 准教授 篠田,裕之
 東京大学 准教授 松尾,宇泰
内容要旨 要旨を表示する

本論文では,マルチエージェントシステム,および放物型分布定数系に対して,対象を高解像度な状態レベルと集約化された入出力レベルで表される階層化システムとして捉え,そのための数理表現,状態推定,およびそれらを用いた制御手法を考察する.主な内容は以下の三つに分けられる.

一つは,マルチエージェントシステムの静的な制御器,つまり静的な接続構造の効率的な設計法である.マルチエージェントシステムの全体の挙動を制御するためには,各エージェントの動特性によって決まる領域に,接続構造を表す行列の固有値を適切に配置する必要がある.ここでは,エージェントをいくつかのグループに分割し,グループ内の相互作用と,グループ間の相互作用からなる階層的な接続構造を導入する.グループ間の相互作用は各グループの集約情報を交換することで行われる.まず,グループ内の相互作用を表す行列の固有ベクトルを用いた情報集約の数理表現を導入し,固有接続の概念を定義する.さらに,この固有接続を用いた階層的接続構造の固有値の解析的な表現を示す.これにより,全体の階層構造の固有値を選択的に配置することが可能となり,効率的な接続構造の設計法が得られる.実際の設計法は数値例を用いて示される.

次に,中心対称性に基づくシステム解析と制御について考察する.階層的に空間離散化された1次元放物型分布定数系はある特殊な構造をもつ.ここでは,その構造を中心対称システムとその縦列接続として数理的に表現する.この中心対称性の概念は,離散かされた分布定数系だけではなく,センサやアクチュエータなどの実際のシステムの構成要素が幾何学的に対称であるようなシステムにおいても見ることができるものである.まずは,縦列接続された中心対称システムを記述する行列の固有値がいくつかの低次の行列の固有値の和集合で表せることを示す.その後,その性質を用いた,静的な分散制御器,および分布制御器の設計法を考察する.そして,そのような縦列接続された中心対称システムの制御器設計問題が,各要素から中心対称な情報を取得し,中心対称な入力を加えることで,より低次ないくつかシステムの同時安定化問題に帰着できることを示す.これは,効率的な分散,分布制御のためのセンサ,アクチュエータの設計指針を与える.

最後は,動的制御器設計に向けた集約情報を用いた1次元放物型分布定数系の状態推定問題である.まず,出力が全区間の重み付き平均とし,それに基づくオブザーバの設計法を考察する.具体的なオブザーバの設計法として実用性の高いバックステッピングを用いたものに注目する.一方,バックステッピングは境界に出力を持つものに対して提案されたものであるため,対象とするシステムに直接適用することはできない.そこで,ある積分変換によって,出力が新たな状態変数の境界値となるようにシステムを変換することを考える.そして,重みがシステムの作用素に関係したある微分作用素の固有関数であれば,そのような変換が可能であり,バックステッピングに基づくオブザーバが構成できることを示す.これは,推定器の設計法を与えるだけではなく,重みの設計,つまりセンサの設計に具体的な指針を与えるものとなっている.得られたオブザーバの推定誤差は,指数的な収束性をもっており,ある特殊な場合には閉じた形で書くことができる.

審査要旨 要旨を表示する

近年,制御が対象とするシステムが大規模複雑化してきており,それを統一的に扱うための新しいシステム理論の枠組みの構築が強く望まれている.本論文は,このような背景のもとで,代表的な大規模複雑系であるマルチエージェントシステムや分布定数系に対して,階層構造をもつ動的システムという共通な視点を導入することで,数理表現・状態推定・制御について,理論的展開を行ったものである.

本論文は「Representation, State Estimation, and Control for Hierarchical Dynamical Systems (階層化動的システムの数理表現,状態推定,および制御に関する研究)」と題し,全7章から構成されている.

第1章「Introduction」では,大規模動的システムの制御に関する研究の背景を紹介し,本論文における階層化動的システム制御の概念,すなわち「対象を複数のサブシステムの相互作用系とみなし,各サブシステムの集約情報について制御を行うこと」の意義と重要性について述べている.

第2章「Eigenvector-based Intergroup Connection for Hierarchical Interconnections」では,階層的な相互接続によるマルチエージェントシステムの制御について議論している.まず,グループ内の相互接続と集約情報に注目したグループ間の相互接続からなる階層的な接続構造を導入している.つぎに,情報集約をグループ内の相互接続を表す行列の固有ベクトルと関連付けることにより,固有接続の概念を定義し,この固有接続を用いた階層的接続構造を解析している.その結果,全体の相互接続構造の固有値を選択的に配置可能であることを示し,効率的な接続構造の設計法を提案し,その有用性を数値例により検証している.

第3章「Analysis of Centrosymmetric Systems」では,システムの中心対称性をもとにした解析法を論じている.分布定数系を階層化動的系とみなした場合,離散化された系では各サブシステムとその相互作用に特別な対称性を見出すことができる.そこで,この対称性に着目することにより「中心対称システム」の概念を提案し,その表現を導出している.さらに,それらの縦列結合を定義することで階層化動的システム表現を導入し,得られる結合系の遷移行列の固有値分布に特殊な分離性が成り立つことを証明している.

第4章「Decentralized and Distributed Control of Cascaded Centrosymmetric Systems」では,縦列結合された中心対称システムに対して,集約情報に基づく分散・分布制御器の設計法について述べている.まず,各サブシステムの集約情報過程および入力の配分過程を中心対称性で特徴づけ,サイズの大きい全体系の安定化問題が,幾つかの低次元サブシステムの同時安定化問題に帰着されることを示している.この結果は,元のシステムの次元が非常に大きな場合に特に有効であり,効率的な制御のための情報集約の指針を与えている.

第5章「Backstepping Observer Using Weighted Spatial Average」では,対象を1 次元放物型分布定数系とし,集約情報が全区間の重み付き平均の場合に対して,分布定数系の実用的かつ有効な状態推定手法の一手法であるバックステッピングオブザーバの構成法を提案している.具体的には,出力が境界値でないシステムには直接適用できないという問題を解決するため,積分変換によって出力が新たな状態変数の境界値となるようにシステムを変換し,変換後のシステムに対してバックステッピングを用いる設計法を提案している.さらに,この変換が可能となる重みのクラスを与えることで情報集約の具体的な指針を与えるとともに,オブザーバの推定誤差は指数的収束性を有していることも示している.

第6章「Localization of Observation Region by Hierarchical System Decomposition」では,前章の結果の拡張について考察している.具体的には,階層化されたシスステムを2つのサブシステムの相互結合系として捉え,前章で提案した手法が適用可能となる情報集約過程を明らかにている.

第7章「Conclusion」では,本論文のまとめを行うとともに,今後の研究課題について述べている.

以上を要するに,本論文は,大規模複雑化する制御対象を統一的に扱う理論的枠組みの構築に向け,「対象を複数のサブシステムの相互作用系とみなし,各サブシステムの集約情報について制御を行う」という階層化の新しい概念に基づいて,その数理表現,実用的な状態推定法の構成法,およびそれらを用いた分散・分布制御系の設計指針,の提案を理論的展開によって行ったもので,独創性の高い研究である.また,それらの理論的結果は,計算量の軽減等を含め実用性を考慮したものであり,工学上貢献するところ大である.よって本論文は,博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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