No | 127280 | |
著者(漢字) | 佐藤,克成 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | サトウ,カツナリ | |
標題(和) | 分布触力覚情報伝達の研究 | |
標題(洋) | Transmission of Spatially Distributed Haptic Information | |
報告番号 | 127280 | |
報告番号 | 甲27280 | |
学位授与日 | 2011.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(情報理工学) | |
学位記番号 | 博情第318号 | |
研究科 | 情報理工学系研究科 | |
専攻 | システム情報学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | ヒトがモノに触れた時に感じる感覚,触力覚(Haptic sense)は,視覚や聴覚と同様にヒトが外界を知覚し適切に行動するうえで重要な役割を果たす.特に触力覚は,触れたモノの特性や接触状態の認識に関わり,モノの適切な把持・操作を可能とし,さらにモノの存在を確証させる働きを持つ.本論文は,この触力覚情報の伝達技術の構築を目的とした.近年,3Dテレビ放送や5.1chサラウンド放送など,視覚や聴覚情報の伝達技術は既に実用の閾に達しているが,これに触力覚情報の伝達技術が組み合わさることで,遠隔地のヒトやモノをあたかも自分の手で直接触れたように感じることが可能になる.そのため触力覚情報の伝達技術は,遠隔手術などの作業支援やテレビ電話を超えるコミュニケーションツールとしての応用が期待されている.触力覚情報の伝達にはヒトの触知覚特性に基づき設計されたセンサとディスプレイが必要であり,ヒトの触知覚特性の解明やデバイスの開発が盛んに行われている. ヒトの触力覚の知覚メカニズムとしては,力覚と触覚,温度覚という異なる感覚を統合的に解釈している,ということが知られている.力覚は,皮膚内部の機械受容器により知覚される,手指の位置や運動,力の感覚である.触覚は,皮膚表面の機械受容器により知覚される,振動や圧の感覚である.そして温度覚は,皮膚表面の温度受容器により知覚される温や冷の感覚である.このヒトの統合的な触知覚メカニズムに基づけば,触力覚情報伝達は,力覚と触覚,温度覚を同時に伝達することで実現される.従来の触力覚情報伝達システムは,主に能動的な触動作による物体知覚を前提とし,力覚や触覚(振動)情報の同時伝達が実現されている.そのため従来の伝達システムでは,遠隔地の物体に触れた際に,物体表面を押す・なぞるといった動的な触動作によって硬さやテクスチャといった物体の触感を認識できる.その一方で,物体に触れた瞬間にその物体の触感を知覚することは困難である.ヒトは物体と接触したとき常に触知覚を行っていることから,物体と接触直後の触知覚が不完全であることは,伝達される触力覚情報のリアリティを大きく低下させると考える.接触直後の触知覚に関する従来研究では,物体の粗さや硬さ,形状,温度といった触感を,主に分布触覚と温度覚情報として知覚することが示唆されている. 本論文では以上の背景から,接触直後の触知覚が可能な触力覚情報伝達システムを実現するために,分布触覚と温度覚情報の同時伝達技術の構築に取り組んだ. 触力覚情報伝達システムを構築するにあたり,まずその設計要件をまとめた.知覚可能な物体の触感としては,従来研究から物体の粗さや硬さ,形状,温度の4種類が挙げられる.この場合,分布触覚情報として力分布を,温度覚情報としては温度変化を同時に伝達することが求められる.また,将来的に能動的な触動作が可能なシステムへと拡張するためには,コンパクトなデバイスとしての実装することが望まれる.これらの要件を満たすために,光学式の力・温度計測技術を用いたセンサと経皮電気刺激を用いたディスプレイを提案した.光学式の力分布計測は,透明弾性体内部に配置したマーカの移動量をカメラと画像処理により計測し,マーカの移動量から弾性体表面に加わる力分布を算出する技術である.また,光学式の温度計測は,示温塗料の温度変化に伴う色相変化をカメラと画像処理により計測し,弾性体表面の温度を算出する技術である.これらの光学式計測技術を組み合わせることで,力分布と温度を同時計測可能なヒト指型のセンサを実現する.一方,経皮電気刺激は,皮膚表面に配置した電極マトリクスから皮膚内部に電流を流し触覚受容器に繋がる神経を直接発火させることで,力分布をバーチャルに再現できる.触覚提示部が電極のみで構成されるため,小型で軽量,柔軟な実装が可能である.この特徴を生かし,電極板をペルチェ素子と組み合わせることで,力分布と温度の同時提示が可能なディスプレイを実現する. まず,光学式計測技術を用いた指型センサの実装と性能評価に取り組んだ.物体の形状を力分布として計測するために,光学式の力分布計測技術に実測ベースのキャリブレーション手法を導入することで,従来の平面型センサと同等の計測精度を持つ指型センサを実装した.また,ヒト指と物体との相互作用性を再現した正確な力分布計測を実現するために,センサの弾性体素材と構成を再検討し,ヒト指と同等の柔軟性を持つセンサを構築した.構築したセンサを評価した結果,計測点間隔の精度で平面とエッジの差を計測可能であることを示した.さらに,示温塗料を用いた温度計測技術を用いた指型センサのプロトタイプを実装し,金属と木材の差を温度変化として計測可能であることを確認した. 次に,経皮電気刺激を用いたディスプレイの有効性評価と信号設計に取り組んだ.経皮電気刺激を用いた触覚の空間分布情報提示は,力分布を正確に再現するものでは無い.そこでまず,経皮電気刺激を用いた力分布提示の空間分解能を評価し,エッジを電極ピン間隔の精度で提示可能であることを示した.さらに,力覚と統合提示した場合の形状認識実験により,力分布提示により平面と曲面,エッジの差を判別可能であることを示した.また,従来の経皮電気刺激による2次元的な力分布提示から3次元的な力分布提示への拡張を目指し,電気刺激の信号設計に取り組んだ.皮膚変形が生じた際の受容器の時間的,空間的な応答を有限要素法により推定し,推定された受容器応答を基に電気刺激信号を設計することで,少なくとも3方向の力の向きを提示可能であることを示した. 最後に,光学式計測技術を用いた指型センサと経皮電気刺激を用いたディスプレイによる,分布触力覚情報伝達システムの構築に取り組んだ.まず,力分布情報のみを扱う1本指用の伝達システムを実装し,システムの空間分解能を検証した.その結果,力分布の伝達によりエッジの特徴を知覚可能であることを確認した.さらに,接触直後に平面とエッジ,金属と木材の差を判別可能な分布触覚と温度覚の同時伝達システムを実装した.また,本論文で提案する伝達システムは,多指システムへの拡張性を考慮した設計となっている.そこで多指システムへの応用例として,力分布情報を伝達可能なロボットハンドのマスタスレーブシステムを実装した.今後はこのシステムを発展させていくことで,能動的・受動的両方の触動作により物体の触感を知覚可能な触力覚情報の伝達システムが実現できると考える. 以上のように本論文では,接触直後の物体の触感を知覚可能な分布触覚と温度覚の同時伝達システムの構築を目指した.まず,ヒト指と同等の形状・大きさ・柔軟性を持つ光学式計測技術を用いた指型センサを実装し,接触した物体の形状と温度を計測できることを検証した.次に,経皮電気刺激を用いたディスプレイとして,力分布をバーチャルに再現した場合に使用者は物体の形状を知覚可能であることを検証した.さらに,接触直後の物体形状と温度の触知覚が可能な分布触覚と温度覚の同時伝達システムを構築した.今後はセンサとディスプレイの要素技術をさらに発展させ,多指ロボットハンドを用いた伝達システムとして再構成することで,より触知覚のリアリティが高い触力覚情報の,さらには五感情報の伝達システムが実現されると期待する. | |
審査要旨 | 五感情報伝達は,特殊環境下での遠隔作業や遠隔手術をはじめとして,コミュニケーション,エンタテイメントなど幅広い分野での応用が期待されている技術領域である.五感のうち視覚や聴覚情報については高い水準の伝達技術がすでに実用化されているが,これにさらに触力覚情報を付加することは,現時点での最重要課題の一つと位置づけられている.これまでの触力覚情報伝達の研究の中で,能動的な触動作によって物体に接触した際の反力を伝達するシステムについては多くの検討がなされてきた.本論文ではその次の段階として,人工指が物体と接触した直後の分布触覚情報を,温度を含めて計測・伝達することで,よりリアリティの高い触力覚情報伝達システムを実現することを目的としている. 第1章は緒言として,触力覚情報伝達に関する従来研究をまとめた上で,本論文の目的と位置付けを述べている.従来のシステムにおいて伝送される触感は,能動的な触動作の中で指先の受ける反力の時系列データによって生成されるものに限定されていた.それに対し本論文では,分布触覚と温度覚情報によって物体に触れた瞬間に知覚される触感の重要性を指摘し,それらを伝達・提示することによって触力覚のリアリティを向上し,遠隔での操作性を高めることが可能であることを論じている.具体的には,ヒトは物体と接触した瞬間に物体のエッジや硬さ,材質,テクスチャを知覚し,指が触れている間これらの知覚を継続している.本論文は,主要な分布特徴の知覚と提示を行うセンサとディスプレイを提案し,接触瞬間での物体知覚が可能な触力覚情報伝達システムを実現しようとするものである. 第2章では,システムの全体設計を論じている.物体の触感の中でも特に形状と温度の知覚に着目し,これらの知覚が可能な伝達システムの要件をまとめている.力分布計測・提示の空間分解能,温度変化の応答速度に関する要求仕様を明らかにし,それらをコンパクトなデバイスによって計測・提示するために,光学式計測技術を用いたセンサと経皮電気刺激を用いたディスプレイを提案している.光学式の力分布計測技術と示温塗料を用いた温度計測技術を組み合わせることで,力分布と温度の同時計測可能なヒト指型のセンサを実現する.また,経皮電気刺激手法に基づく電気触覚ディスプレイとペルチェ素子を組み合わせることで,力分布と温度の同時提示が可能なコンパクトなディスプレイを実現する. 第3章では,光学式計測技術を用いたセンサの詳細を述べている.物体の形状を力分布として計測するためのセンサ素材や構成を検討し,指型の光学式力分布センサの実装に取り組んでいる.さらに実装した力分布センサの性能を評価し,計測点間隔の分解能でエッジを特定可能であることを示している.また,示温塗料を用いた光学式温度センサの実装に取り組み,金属と木材の差を温度変化の違いによって識別可能であることを示している. 第4章では,経皮電気刺激を用いたディスプレイに関して述べている.はじめに,経皮電気刺激を用いた力分布提示手法の空間分解能を評価し,エッジを電極ピン間隔の分解能で提示可能であることを示している.物体形状の判別実験によって,平面と曲面,エッジの判別が可能であることを示し,さらに面の接線方向の力を体感させる電気刺激信号を設計している. 第5章では,触力覚情報伝達システムの構築に関して述べている.まず,提案する触力覚情報伝達システムにおける力分布の空間分解能を検証し,力分布の伝達によりエッジの特徴を知覚可能であることを確認している.次に,力分布と温度を同時に伝達可能なシステムを実装し,接触直後に平面とエッジ,金属と木材の差を判別可能であることを確認している.さらにこれらの分布触覚情報伝達システムを多指ロボットハンドを用いたマスタ・スレーブシステムに実装している. 第6章は結論であり,本論文全体をまとめたうえで今後の展望を述べている. 以上本論文は,分布触覚情報伝達システムの要求仕様を明らかにした上で光学式計測技術を用いた触覚センサと経皮電気刺激を用いた触覚ディスプレイをそれぞれ提案・試作し,指先表面の変形分布と温度を同時伝達するシステムを実現したものであり,要素デバイスとしての触覚センサの構造,触覚提示の信号生成法,触力覚情報の伝送システム構成法,の各フェーズにおいて新規性の高い提案とその実証が行われている.本論文の成果は,触覚伝達システムにおけるリアリティを向上し,テレイグジスタンス,五感情報伝達,バーチャルリアリティをはじめ計測,ヒューマンインタフェース分野の発展に大きく貢献する. よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる. | |
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