学位論文要旨



No 127281
著者(漢字) 山川,雄司
著者(英字)
著者(カナ) ヤマカワ,ユウジ
標題(和) 柔軟物体の変形・操作モデルを用いた高速マニピュレーション
標題(洋)
報告番号 127281
報告番号 甲27281
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第319号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 システム情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石川,正俊
 東京大学 教授 生田,幸士
 東京大学 教授 稲葉,雅幸
 東京大学 准教授 篠田,裕之
 東京大学 講師 小室,孝
内容要旨 要旨を表示する

マニピュレーションはロボティクスにおいて重要な技術要素の1つであり,これまでに多くのタスクが実現されてきた.しかしながら,それらのタスクに対する対象物体は剛体と仮定できるものに限られてきた.さらなるマニピュレーション技能の向上を目指すには,剛体に限らず,柔軟物体に対するマニピュレーション実現が必要不可欠であると考えられる.また近年,柔軟物体マニピュレーションの実現が望まれており,重要視されている.そこで本論文では,柔軟物体の高速マニピュレーションの実現を目指す.これまでに柔軟物体マニピュレーションについていくつか研究されているが,ロボットの低速な動作による静的な操りであった.静的な操りでは,タスク実現の高速化や作業の高効率化は困難である.そのため本論文では,高速かつ動的な柔軟物体マニピュレーションを実現するための操り戦略を提案する.従来,マニピュレーションにおいて操り戦略は重要視されず,ロボットの機構や制御に力が注がれていた.しかし,高速かつ動的で器用な柔軟物体マニピュレーションを実現するためには操り戦略の提案が重要であると考えられる.

本論文では,柔軟物体マニピュレーションの問題点とされる「操り動作中の物体の変形」・「物体の変形の予測」・「柔軟物体のモデル化」に対する解決策として,「柔軟物体の変形・操作モデルを用いた戦略」を提案する.提案する戦略を用いることにより,物体の変形を利用した操りや,柔軟物体モデルの簡易化も可能となる.また,高速視触覚フィードバックを用いることにより時々刻々変形する柔軟物体に対して,器用な操りが可能となる.さらに,物体操作の動作計画と実際のロボットの動作を対応させる操作モデルを提案することにより,高速かつ器用な操りが可能となる.そこでは,柔軟物体の柔軟性に依存しないような戦略を基にロボットの動作を提案しているため,ロバストな操りも可能となる.

このように柔軟物体マニピュレーションの問題点を解決する操り戦略の提案とともに,1つ目のタスクとして高速ロボットアームを用いた柔軟紐の動的結び操作,2つ目のタスクとして高速多指ハンドシステムを用いた布の動的折りたたみ操作,3つ目のタスクとして結び操作の動作計画,4つ目のタスクとして高速多指ハンドを用いた柔軟紐の片手結び操作を行った.

はじめに,「柔軟物体の変形モデルを用いた戦略」に基づいて,高速ロボットアームによる柔軟紐の動的結び操作を実現した.従来の柔軟物体の変形モデル(微分方程式)は複雑で解析や軌道生成・制御を困難にしていた.ここでは,ロボットの高速動作を利用することにより,柔軟物体の変形がロボットの軌道から算出される代数モデルを提案している.そして,高速ロボットアームを3次元的な円運動や正弦波運動させたときの紐の変形について実験結果とシミュレーション結果を比較し,提案する代数モデルの妥当性を確認した.提案モデルは,解析や制御則の提案を簡易化するだけでなく,シミュレーション時間を短縮することもできる.また,モデルが代数方程式であることから逆問題を解くことが可能なため,紐の任意形状に対するロボットの軌道生成が可能となる.そこで,紐の任意形状の生成が可能であることを示すために,ODE (Open Dynamics Engine)による直角形状生成のシミュレーションと実機による円形状・直角形状の生成を行い,これらの基本的形状の生成可能性を示した.したがって,これらを組み合わせた様々な紐の形状生成が可能であると考えられる.以上の考察に基づき,柔軟紐の動的結び操作を目指し,動的結び操作に必要な要素を実現するロボットの軌道生成を行い,シミュレーションにおいて,その軌道の有効性を確認し,高速ロボットアームによる動的結び操作を実現した.また,結び目の生成に必要なロボットの動作条件を単振り子モデルを用いて明らかにした.

次に,柔軟紐のような線状柔軟物体から布や紙のような面状柔軟物体へ対象物体を拡張し,高速多指ハンドと高速スライダ,高速視覚フィードバックを用いて布の動的折りたたみ操作を実現した.ここでは,ロボットの高速性を利用した柔軟紐のような1 次元的な代数モデルを布のような2次元的な代数モデルに拡張した.基本的な考え方が変わらないため,布の変形からロボットの軌道生成が可能である.そして,布の動的折りたたみ操作を実現する要素を抽出し,それを実現する軌道生成を行い,シミュレーションから得られたロボットの軌道の妥当性を検討した.実際に,そのロボットの軌道を用いて実験を行い,布の動的折りたたみを可能にするような布の変形が得られることを確認した.また,布の折りたたみには慣性を利用することにより達成される.その条件を3重振り子モデルでの解析を行い明らかにした.布の動的折りたたみ操作を実現するためには,折りたたまれた布を把持する必要があり,シミュレーションから把持するタイミングを推定することができるが,布の初期状態や把持する2点の変形が異なるため,シミュレーションから得られた把持タイミングでは失敗する可能性がある.そこで,戦略をロバストにするために,高速ビジョンを用いて,高速多指ハンドの指と布の端における変形を認識することにより,高速視覚フィードバックによる把持戦略を提案した.ロボットの軌道生成と高速視覚フィードバックを用いることにより,高速かつロバストな布の動的折りたたみ操作を実現した.

3つ目に,柔軟紐の高速かつ器用な操りの実現を目指して,「柔軟物体の操作モデルを用いた戦略」に基づいて,柔軟紐の高速片手結び操作を実現するための動作計画を導出する操作モデルを提案した.はじめに紐結びに必要な操りスキルを抽出するために,人間の紐結び動作を解析した.その結果,輪の作成・紐の入替・紐の引抜の3つの操りスキルが結び操作に必要である.また,これらのスキルと結び目理論との対応について考察した結果,新しい操りスキルとして紐の引き回しを追加した.次に,結び目の構造や解析に用いられる結び目の記述方法を提案した.まず,結び目の幾何学的な構造を示す交点の記述について説明した.さらに,ロボットによる結び操作の実現を考慮すると,ロボットによる交点の把持形態や紐の固定位置を明らかにする必要があり,これらの記述方法を提案した.そして,提案した結び目の記述方法に基づいて,4つの操りスキルの特徴を明らかにした.次に,結び目の動作計画を行うための操作モデル(解き動作・結び操作に対する解析方法)を提案した.最後に,操作モデルを用いて解析した結果,4つの操りスキルを組み合わせることにより,任意の結び目の生成が可能であることを明らかにした.得られた結び目の動作計画は,直接ロボットの軌道生成に応用することができ,ロボットの構造や運動を考慮しているためロボットの実現が容易であるといった利点がある.

4つ目に,得られた結び目の動作計画を実際に実現するためのロボットハンドの操りスキル(輪の作成,紐の入替,紐の引抜)に対する戦略と制御手法を提案している.輪の作成では,手首の屈曲伸展と旋回運動により紐を指に巻きつけるように実現している.また,紐の変形に対してロバストにするために,高速視覚を用いた手首旋回軸の制御手法を提案している.紐の入替では,両指を並進移動させることにより実現している.ここでは,触覚センサの力情報から入替動作について力学的解析・入替動作のモデル化を行い,そのモデルを基に把持力制御を提案し,入替時における両指の間隔を適切に制御している.紐の引抜は,手首の高速な屈曲伸展動作により実現している.また,以上のスキルの連続動作を可能にするために,紐を押さえ付ける動作や紐の持替動作を付加している.最後に,提案したスキル・戦略・制御手法により止め結びとひと結びを実現した.また,様々な紐に対する結び操作実験から明らかとなった問題点に対する解決手法を示し,その実現可能性を示した.

最後に,本研究の実用例と応用例について述べた.提案している柔軟物体の変形モデルと操作モデルを組み合わせることにより,様々なタスク実現が考えられる.例えば,折り紙操作では,操作モデルを基に目標とする折り紙を実現するための動作計画を行い,動作計画を実現するように変形モデルを用いて紙折を行い,タスクを実現することが可能である.また,それぞれのタスクに対する応用例も考えられる.1つ目のタスクに対しては,柔軟・超冗長・劣駆動マニピュレータに対する軌道生成に応用可能であると考えられる.2つ目のタスクに対しては,包装作業の自動化や自動折りたたみ装置の開発に応用可能であると考えられる.3つ目のタスクに対しては,結び操作の動作計画に限らず,様々なマニピュレーションタスクに対するロボットの運動や機構を考慮した動作計画が可能になると考えられる.4つ目のタスクに対しては,多指ハンドによる配線作業の自動化や結び目を用いた物体把持などが考えられる.さらに,柔軟物体の高速・動的マニピュレーションが実現されることにより,柔軟物体マニピュレーションの様々な応用例が考えられる.例えば,より高い自由度を有する立体柔軟物体の操りや自動車工場におけるシートの取り付け作業や配管作業の自動化に有効であると考えられる.そして,剛体マニピュレーションの技術と統合することにより,剛体と柔軟物体の複合物体に対するマニピュレーションをも可能にすると考えられ,今後のマニピュレーション技能の格段の向上が期待される.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「柔軟物体の変形・操作モデルを用いた高速マニピュレーション」と題し、9章より構成されている.本論文は、高速ロボットシステムによる柔軟物体の高速マニピュレーションのための新しい操り戦略や制御手法を提案し、それらを軸とした多様な柔軟物体のマニピュレーションを実現している.

第1章は「序論」であり、ロボットマニピュレーション技術の現状を概観し、従来の剛体を対象としたマニピュレーションと比較しながら、柔軟物体の動的マニピュレーションの課題を俯瞰した上で、本研究の背景と目的について述べている.

第2章は「柔軟物体の高速マニピュレーション」と題し、柔軟物体のマニピュレーションの難しさを「柔軟物体のモデル」と「柔軟物体のマニピュレーション手法」の観点から考察し、従来手法の問題点を明らかにしている.「柔軟物体のモデル」に関しては、従来のモデルでは、モデルの導出、パラメータの推定、モデルの解析等が困難であり、戦略・制御の提案もなされておらず、「柔軟物体のマニピュレーション手法」に関しては、従来の方法では、静的なマニピュレーションが主流であるため、高速性の実現が困難であり、柔軟物体の変形の予測が難しいため、ダイナミクスの記述が困難といった問題点が存在していた.そこで、ロボットの高速性を利用することにより、柔軟物体の変形モデルをシンプルなものとし、柔軟物体の"変形モデル"を利用した戦略、並びに柔軟物体への操作手順を決定する"操作モデル"を利用した戦略を提案している.さらに、これらの戦略を基づき、実現するタスクの設定を行い、簡単な応用例を示している.

第3章は「高速ロボットマニピュレーションシステム」と題し、軽量高速多指ハンド、5自由度高速ロボットアーム、1 自由度高速スライダ、高速触覚センサ、アクティブビジョンシステム、高速カメラ、リアルタイム制御システム等から構成される高速ロボットマニピュレーションシステムについて説明している.

第4章は「高速ロボットアームを用いた柔軟紐の動的結び動作」と題し、「柔軟物体の変形モデルを利用した戦略」に基づいて、高速ロボットアームによる柔軟紐の動的結び操作を実現している.ロボットの高速動作を利用することにより、柔軟物体の変形モデルがロボットの軌道から算出される代数方程式で記述できることを示し、シミュレーション結果と実験結果を示すことにより、提案する代数モデルの有効性を確認した.この代数モデルを用いることで、与えた紐の目標形状に対するロボットの軌道を計算することができ、様々な形状生成が可能となり、結果として、動的結び操作に必要な要素を実現するロボットの軌道生成に関して、シミュレーションにおいて、その軌道の有効性を確認するとともに、実機実験により軌道生成の妥当性を確認し、動的結び操作を実現している.また、動的結び操作を実現する際には紐同士の衝突を利用しているが、衝突後の紐の挙動について単振り子モデルを用いて解析を行い、結び目生成の可能性について、ロボットの動作条件を明らかにしている.

第5章は「2台の高速多指ハンドを用いた布の動的折りたたみ動作」と題し、布や紙のような面状柔軟物体に対して、高速多指ハンドと高速スライダ、高速視覚フィードバックを利用した布の動的折りたたみ操作を実現している.ここでは、1次元的な代数モデルを布のような2次元的な代数モデルに拡張し、布の動的折りたたみ操作を実現する軌道生成を行い、得られたロボットの軌道の妥当性をシミュレーションにより検討するとともに、布を折りたたむ操作を3重振り子モデルにより解析し、慣性による布の折りたたみの可能性を確認している.また、折りたたまれた布の把持タイミングに対しては、高速ビジョンを用いた高速視覚フィードバックによる把持戦略を提案し、ロボットの軌道生成と高速視覚フィードバックを用いることにより、高速かつロバストな布の動的折りたたみ操作を実現した.

第6章は「柔軟紐の結び操作の動作計画」と題し、「柔軟物体の操作モデルを利用した戦略」に基づいて、柔軟紐の高速片手結び操作を実現している.人間の紐結び動作を解析し、輪の作成・紐の入替・紐の引抜の3つの操りスキルが結び操作に必要であることを見いだしている.さらに、結び目理論との対応について考察し、結び目の構造や解析に用いられる結び目の記述方法を提案している.これらに基づき、操りスキルの特徴を明らかにし、結び目の動作計画を行うための操作モデル(解き動作・結び操作に対する解析方法)を提案することにより、任意の結び目の生成が可能であることを明らかにしている.

第7章は「高速多指ハンドを用いた柔軟紐の片手結び操作」と題し、得られた結び操作計画を実際に実現するためのロボットハンドの操りスキル(輪の作成、紐の入替、紐の引抜)に対して、操りスキル戦略と制御手法を提案・実装することにより、止め結びとひと結びの実験結果を示している.

第8章は「将来展望」と題し、本論文で明らかとなったマニピュレーションの実際の応用例を考察している.

第9章は「結論」であり、本研究の成果がまとめられている.

以上要するに、本論文は、柔軟物体を対象とした高速ダイナミックマニピュレーションにおいて、柔軟物体のシンプルな変形モデルを提案することにより、柔軟物体の形状をロボットで制御することが可能であることを示すと同時に、柔軟物体に対する操作をいくつかの基本操作に分解し、その組み合わせで表現する操作モデルを提案することにより、柔軟物体に対する様々なマニピュレーションが実現可能であることを示したものである.さらに、実際の高速ロボットシステムを用いて、実験によって、その有効性を実証したものである.本論文の成果は、柔軟物体に対する高速マニピュレーション技術を飛躍的に向上させ、様々な応用を可能とするものであり、関連する分野の発展に貢献するとともに,システム情報学の進歩に対して寄与することが大であると認められる.よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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