学位論文要旨



No 127284
著者(漢字) 落合,秀也
著者(英字)
著者(カナ) オチアイ,ヒデヤ
標題(和) センサシステム構成法と非信頼性ネットワークにおけるデータ配送法
標題(洋) Sensor Data Management and Transportation over Unreliable Networks
報告番号 127284
報告番号 甲27284
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第322号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 電子情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅見,徹
 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 教授 江崎,浩
 東京大学 准教授 瀬崎,薫
 東京大学 講師 川原,圭博
内容要旨 要旨を表示する

通信ネットワークは,センサやアクチュエータとの連携によって,環境モニタリングや遠隔制御を可能にしてきた.最近10年間の発展は目覚ましく,ビルの設備管理や,工場の生産ライン制御,ホーム・オートメーションなどの用途に,この技術は応用され,その有効性は実証されてきた.近年高まりを見せている世界的な省エネ志向は,スマートビルディングの開発を加速するが,今後もこの技術は根幹をなすと考えられている.

スマートビルディングでは,様々な制御を自動化する.例えば,人の状態(存在だけではなく,部屋にいる人数や動きなど)を把握し,快適性を保ちながら,空調の制御をすることができる.照明のON/OFF制御と連携させることで,消し忘れによる電力消費の無駄をなくせる.電力消費量を絶えずモニタリングし,消費量が著しく増える夏場などには,ビル全体を省エネモードで稼動させ,ピーク電力を抑制することもできる.

一方で,このようなスマートビルディング・システムの実現は,一大プロジェクトになってしまう,という現実がある.誰でも気軽に実現できるものではなく,そこには多くの時間と労力が必要となる.これは,実装時に少なくとも次の2点が必要になることに原因がある.

(1) プロプライエタリな設計および開発が必要になってくる点.オペレータ向けのユーザインタフェース設計,裏で行われる通信のプロトコル選定,データベース設計,それらの選定や設計に基づいたソフトウェア実装.複数の言語を用いて,異なるプラットフォームを統合しなければならないケースもあれば,データ交換のためのプロトコルやデータフォーマットをその現場にあわせて規定し実装するケースもある.

(2) 無線ネットワークの信頼性がないため,ビル全体に隅々に渡りケーブルを張り巡らす必要がある点.無線ネットワーク上で,中継を複数回行って,センサ・ノードやアクチュエータ・ノードまで通信性を提供することは,実は,技術的に難しい.そのため,中継を行わない程度の無線化に留まっているのが現在の技術水準である.無線で届く範囲は限られているため,現実的には,ビル全体にケーブルを張り巡らさなくては,思うような観測ができない状況にある.

本論文では,これらの課題を解決し,センサシステムの実装作業を軽量化するために,下記のように,2つの主要研究課題を設けた.

(1) センサシステム構成法:部品を組み合わせ,連結設定を行うだけで,システム全体を構成できるモデルの研究.ただし,従来のビルディング・オートメーションの枠を越えて,データ中心型センサ・アクチュエータ・ネットワークを構成できるモデルにする.データ中心型センサ・アクチュエータ・ネットワークとは,データの蓄積やストリーム処理なども取り込め,システム・オペレータとも相互作用を起こすことのできるネットワークである.基本的な処理や機構を部品化できるようにインタフェースやデータモデルを設計することで,これらの部品化を促進し,再利用できるようにする.実際のシステム実装時には,必要な部品を組み合わせ,簡単な連結設定を行うだけで,現場の要求に合わせたシステムを構築できるようにする.さらに,この作業をプログラミング的に集約して行えるようにし,自律的に実行時に最適な配置構成を持たせることも可能にする.

(2) 不安定ネットワーク上のデータ配送法:頻繁に切断されてしまう無線ネットワークでも,データ配送に信頼性を持たすことの可能な通信方式を研究.ノードが移動するケースは,もちろんのこと,ノードが固定されている場合でも,ノード間の無線通信リンクは頻繁に切断される.遅延耐性ネットワークの通信方式を使えば,断続的接続ネットワークの上でも原理的にはデータ配送を実現できることはわかっているが,データのルーティングをどのように行うかは,オープンな研究課題となっている.固定ネットワークにも適用でき,移動ネットワークにも適用できるような自律的なルーティング方式の研究を行い,50台の無線端末を使った実験をする.また,良く知られている遅延耐性ネットワークは,インターネットと独立したネットワークとして設計されているが,我々は,インターネットと親和性を持った遅延耐性ネットワークを設計する.

本論文では,これら研究の具体的な成果の中から,次の主要な貢献内容を掲載している.前半では,センサシステム構成法として,コンポーネント・フロー・プログラミング・モデルの思想を提起し,設備情報アクセスプロトコル(FIAP),中央コントローラによるデバイス管理機構(CCDM)を掲載する.後半では,不安定ネットワーク上のデータ配送法として,エントロピー適応性ポテンシャルルーティング(PEAR),遅延耐性IPネットワーク(DTIPN)を掲載する.

FIAPの研究では,コンポーネント・フロー・プログラミング・モデルを提案するとともに,ポイントの概念の明確化,時系列データ構造の定義を行い,コンポーネント間データ交換の通信手順まで規定した.通信手順の設計においては,大量データの転送や,ストリーム配信も考慮に入れ,データ中心型のセンサ・アクチュエータ・ネットワークを実現する上で必要な通信特性を備えるようにしてある.また,いくつかのユースケースを想定したシステムの実装構成例を提示し,オープンな開発を助長するモデルになっていることを示す.

CCDMの研究では,コンポーネント・フロー・プログラミング・モデルに従った,スクリプト言語を用いてシステムを記述しておくと,センサ・アクチュエータ・ネットワーク内で最適な形に分散的にプログラムを配置し実行できることを示している.一般に,プログラムのコンポーネントを配置する際には,通信トラフィックの最小化,遅延の最小化,負荷の分散化,可用性向上などの最適化を行うことが期待されるが,これらの配置アルゴリズムは単純でなく,分散環境では実現が不可能に近い.CCDMでは集中型アーキテクチャを採用することで,これを実現できることを示す.

PEARは,断続的接続ネットワーク上で,メッセージを配送するために考案したメッセージの配送方式である.ネットワーク環境に応じてメッセージ配送パターンを変化させる特性を持っている.比較的接続パターンの偏ったネットワークでは,最短経路でメッセージを配送し,メッセージの複製を極力生成しない.一方,接続パターンの予測不可能なネットワークでは,配送中に複製が生成され,メッセージを並行して配送するようになる.これにより,移動ノードがあるネットワーク環境も含め,幅広いネットワーク環境で,安定的にメッセージ配送を実現することができる.シミュレーションによる特性評価の他,実機による動作検証も行った.これにより,センサ・アクチュエータ・ネットワークの無線化に必要な,中継数にスケール性を持たせられることを証明した.

DTIPNの研究では,インターネットと親和性の高い遅延耐性ネットワークを提案している.IPパケット自身は,原理的には,数時間や数日間遅れて配達されても問題がない.この事実に着目し,DTIPNでは,リンク層に信頼性の高いパケット転送特性を持たせ,トランスポート層で,アプリケーション・メッセージの非同期転送を管理させた.トランスポート層で,既存インターネットでの弱い信頼性を解消するために前方誤り訂正を行えば,遅延耐性のあるインターネットを構成することができることを示した.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「Sensor Data Management and Transportation over Unreliable Networks (センサシステム構成法と非信頼性ネットワークにおけるデータ配送法)」と題して,広く考えられているセンサシステムの実現方法を改善し,その普及を促進させることを目的とし,センサシステムの体系的な構築手法の提案および実証評価と,無線メッシュネットワーク上での信頼性のあるセンサデータ配送アーキテクチャの提案および実証評価とを行ったものであり,全体で4部,計7章から成る.

「Green by ICTによる消費エネルギー削減へのシナリオにおいては,インターネット技術に代表されるオープンなICT技術を用いた設備管理システムやビル・オートメーション技術などによるスマートビルは,有力な技術と位置付けられているが,その実現方法にはさまざまな課題があるために,広く普及しがたい状態になっている」とされている.本論文では,その具体的な原因として,設備管理システムの設計や実装方法に関する問題点や,建物内にネットワークを導入する際に有線を配線している現状を取り上げ,これらの改善を図っている.無線メッシュネットワークの非信頼性に注目し,これが有線による配線技術を用いたシステム構築手法から抜け出せない原因であることを示している.この問題を,根本的に解決する方策として,無線ネットワーク上で信頼性通信を実現する手法の提案を行うというアプローチをとっている.

第1部「Introduction」(第1章)は,設備管理システムやビル・オートメーション・システムを取り上げ,その設計・構築・運用に関わるシステム上の問題点の特定,技術的な課題の特定を行い,本研究の目的と貢献内容の明確化を行っている.相互接続が可能なモジュールの研究開発および結合モデルの設計,無線機器への信頼性のある通信機能の提供を,本論文で解決する課題としている.具体的な貢献として,第1章でのFacility Information Access Protocol (FIAP),第2章でのCentral Controller-Based Device Management (CCDM)の提案,第3章でのPotential-Based Entropy Adaptive Routing (PEAR)の提案,第4章でのIntermittently-Connected Mesh Networks (ICMeN)に関する分析,第5章でのDelay Tolerant IP Network (DTIPN)の提案と評価を行っている.

第2部「Component and Flow Programming Model」は,2章により構成され,FIAPおよびCCDMの提案とその性能評価を行っている.

第2章(FIAP)では,設備管理システムのデータ形式やインタフェースを設計する上での落とし穴となる具体的な事例を特定し,これらがエンジニアリングコストの増大を招いていることを明らかにしている.共通データ形式や,汎化されたインタフェースの設計問題に取り組み,FIAPプロトコルスタックの設計ポリシーを提案,FIAPによるシステム統合の方法(Component and Flow Programming)を例示している.さらにFIAPによる実システムの例を示し,提案の設計手法がもたらした優位性の検証を行っている.

第3章(CCDM)では,ComponentとFlowの図としてプログラムされているセンサシステムを,分散的に配置された機器にインストールするプロセスの自動化を提案している.集中管理することでプログラムのインストール作業が簡略化されるだけでなく,Componentの配置最適化も同時に実現できることを提案している.本提案は,FIAPのシステム統合フェーズに要する工程を削減するための基礎的な研究である.

第3部「Data Transportation over Intermittently-Connected Networks」は,3章により構成されており,PEARの提案,ICMeNに関する実験分析,DTIPNの提案を行っている.

第4章(PEAR)は,信頼性のないネットワークとして,無線メッシュネットワークや無線端末が移動するネットワークを想定し,それらのネットワーク上でメッセージ配送に信頼性を持たせる手法を提案している.固定ネットワークを基軸に,幅広い無線端末の行動モデルに対応できるメッセージ配送フレームワークを作り出していることが,その特徴である.ポテンシャルを使ったメッセージの転送,ポテンシャルの自律分散生成式,メッセージレプリカの管理などの仕組みを提案するとともに,これらを組み合わせることによって,比較的安定したネットワークにおいては最短経路でメッセージを配送し,一方,予測困難な行動をする端末で作られるネットワークではメッセージが自然に複製されることで,配送時間の短縮を実現し,遅延があっても,メッセージを喪失することなく安定して宛先まで届けるシステムアーキテクチャの提案を行っている.シミュレーション実験によりこれらの特性を分析するとともに,実機を用いた大規模な実証実験を行い,その特性を検証し,提案アーキテクチャの有効性を検証している.

第5章(ICMeN)は,50台の移動端末を用いて,無線メッシュネットワークの不安定性や,PEARのメッセージ配送に関する実験とその性能評価を論じている.固定されている端末間でのリンク接続性が不安定であり,メッシュネットワークが十分な信頼性を持っていないことを実証した.この規模での実機による実証実験は前例に乏しい.

第6章(DTIPN)は,広く知られているDelay Tolerant Network (DTN)の問題点を,アーキテクチャの観点から整理し,既存のインターネット・アーキテクチャであっても,遅延耐性を持たせられることを検証している.リンク層に遅延耐性を持たせ,トランスポート層に前方誤り訂正機能を組み込むことによって信頼性を持たせるようにすれば,常時ネットワーク接続性を必ずしも有しないセンサのようなデバイスからも,IPプロトコル上の非同期アプリケーション・プロトコルによって,良好なデータの収集が実現可能であることを実証している.

第4部「Conclusion」は,本論文全体の果たす貢献についてまとめるとともに,第2部,第3部での提案アーキテクチャ・手法とそれらの結論を総括している.

以上,要するに,本論文は,インターネット技術を用いた設備管理システムやビル・オートメーション・システムの普及を妨げている技術的な課題を特定し,センサシステム構成法と非信頼性ネットワークにおけるセンサデータ配送法の提案を行い,さらに大規模な実証実験環境における非信頼性ネットワークにおけるデータ配送法の性能評価を行い,さらにその成果はIEEE1888として国際標準化技術として採択されるに至っており,センサ・ファシリティーネットワーク分野におけるシステム設計・実装・構築・運用の改善に資する知見を深化しており,電子情報学分野の今後の発展に寄与・貢献するところが少なくない.

よって,本論文は,博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/43998