学位論文要旨



No 127294
著者(漢字) 石川,牧子
著者(英字)
著者(カナ) イシカワ,マキコ
標題(和) 状態識別に基く作業のインタラクティブな実施獲得・再現を特徴とする手伝いロボットの構築
標題(洋)
報告番号 127294
報告番号 甲27294
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第332号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 知能機械情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 廣瀬,通孝
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 教授 國吉,康夫
 東京大学 准教授 岡田,慧
内容要旨 要旨を表示する

本論文では,手伝いロボットの家庭内への導入を念頭に,ユーザとのインタラクションを介して手伝い作業を実施,再現が可能なロボットシステムを構築した.

各家庭においては環境や手伝い作業が様々であるために,従来のロボットのような予め設計済みのプログラムに従った行動では対処が難しい.本論文ではその解決法として,インタラクションを介してロボットが手伝い作業を実施しながら,作業が成立するための前提条件として教示時の各種センサデータから自動的に状態を獲得し,状態識別に基いた手伝い作業の再現を可能とするシステムを提案した.状態の獲得,識別においては自己組織化マップとフォーカススペースと呼ぶ空間を組合せたアルゴリズムを提案することで,状態に対するロバスト性と汎化性を確保した.

論文では,システムの中心となる状態の獲得手法及び状態の識別に基いた物品認識,行動実行,手順階層化による作業再現について述べ,実際の住環境内でロボットを用いた実験を行い,システムの有用性を示した.

第1章「緒論」

「手伝いロボット」は,需要があるにも関わらず実用化されておらず研究も途上段階にあることに着目した.ユーザがインタラクションを介してロボットに望みの手伝い作業を教えることを可能にするため,ユーザの教示内容及び教示時の観測データを,作業を再現するための作業知識として蓄積することとした.

予め作業知識をプログラムした従来のロボットでは,設計者が想定した前提条件に合致しない環境や作業に対応できないという問題点を示し,インタラクションを介した作業知識の獲得により,設計者が想定しなかった作業に対応できることを示した.一方で,作業再現には,物品認識のための条件や,実行すべき行動を決定するための条件が必要となるため,本研究ではこれらの条件を教示された物品名・行動と共に,それぞれ教示時のセンサデータから自動で獲得することとした.また,作業手順を構成する行動シーケンスについても,教示に従って動作しながら自動的に作業手順を階層化して獲得することとした.

以上より本研究ではロボットを家庭内に導入したとき,ユーザの望む手伝い作業を実現させるため,インタラクションを介してロボットが手伝い作業を実施しながら教示内容を獲得すると共に,教示内容に対する再現時の条件を教示時の各種センサデータから自動的に獲得,作業知識に蓄積し,作業知識を用いた手伝い作業の再現を可能とするシステムの構築を目的とした.

第2章「状態識別に基く作業のインタラクティブな実施獲得・再現を特徴とする手伝いロボットシステム」

提案システムの導入先は住環境の一室を想定し,最低1台のカメラとロボットを設置し,ユーザは手持ちの端末を通じてロボットとのインタラクションを行うものとした.また,家庭内導入時には,3段階の導入シナリオに沿うものとした.

物品認識や行動実行の際に必要とされるセンサデータに対する判定条件を自動で獲得するため,教示時の状態をセンサデータから自動で獲得し,判定条件の代わりに用いることとした.状態に対する直接的な教師信号はユーザから得られないため,センサデータから得た特徴量群を特徴量別に抽象化して状態を記述する1層目,及び各試行から得た状態の判定条件を獲得する2層目からなる2層構造で,特徴量のゆれや変化に対してロバスト性かつ汎化性を持つ状態を獲得することとした.ここで,教示された内容と教示時の状態を対にした【状態:物品】,【状態:行動】を,物品知識,行動知識として獲得,蓄積することとした.

手順の階層化にあたっては,上位の行動が下位の階層を決定すること,及び【状態:行動】は実際の試行に基いてひとつ前の【状態:行動】と結合されることをルールとして設定,ユーザインタラクションを通じて手順階層構造を自動的に手順階層知識に獲得し,再現時には上位の行動と前の行動によって次に取り得る行動候補を限定することを可能とした.

以上より本研究は状態識別に基く物品認識,状態識別に基づく行動実行,状態識別に基づく手順階層化の組合せによる作業再現を可能とするシステムを提案した.

第3章「提案システムの実装」

家庭内へロボットを導入する際のシナリオに沿った環境設定の具体例,及び提案システムの実装について詳細を述べた.

提案システムは「物品認識部」「行動実行部」「手順階層処理部」からなり,ユーザの作業命令に応じて,既知の作業知識で状態を識別できた場合,教示なしに作業を遂行するものとした.作業終了時には作業の評価をシステム側から求め,ユーザが成功評価をしたときのみ,各作業知識の学習を行った.

提案システムの実装には,状態を記述する1層目に自己組織化マップ(SOM)を用い,2層目にフォーカススペースと呼ぶ空間を用いて状態の判別条件を獲得するものとし,導入シナリオのフェーズ0から2の順に詳細を記述した.

フェーズ0では,工場において基本行動モジュールや特徴量抽出モジュールなど環境によらない各種モジュールの組込みを行うものとした.

フェーズ1では,家庭導入後,作業開始前に,導入環境において起こり得る状態を,各センサデータから抽出した特徴量群に対し特徴量ごとのSOMを生成して学習した.学習後のSOMは,各センサデータから抽出した特徴量群に対する状態を各特徴量別SOM競合層の勝者ユニット座標群として記述するものとした.

フェーズ2では,フェーズ1で学習したSOMを用い,ユーザがシステムに物品や作業内容を教示するものとした(教示モード). ロボットは命じられた物品,作業が既知であれば状態識別に基き物品認識,作業再現を行うものとした(再現モード).また,再現中,必要に応じてユーザが適宜教示を行うことで教示モードと再現モードは適宜入れ替わり実行されるものとした.

「物品認識部」,「行動実行部」では,SOMの勝者ユニット座標群による状態の記述に対して,状態の判別にはフォーカススペースと呼ぶSOMの競合層上ユニットと1対1対応するユニットからなる空間を導入した.教示に対する状態の判別条件をSOMとフォーカススペースのユニット間の結合荷重を用いて獲得するものとした.

各特徴量をSOMを用いた記述により抽象化することで,センサデータのゆれに対するロバスト性を獲得した.フォーカススペース学習時には,SOMの勝者ユニットに対応するフォーカスユニットだけでなくその近傍ユニットの結合加重に対して学習範囲を広げ,類似の状態に対する汎化性を獲得した.一方,「手順階層構造部」は上位の行動及び前の行動から次の行動候補リストを出力,「行動実行部」における状態識別対象として,識別対象を限定,識別能力を確保した.

SOM及びフォーカススペースについて,動作検証実験を行い,SOMのサイズ検討,及びフォーカススペースの性能の検討を行った.

関連研究を挙げ,本研究との比較,及び提案システムの利点について述べた.

第4章「状態識別に基く物品認識実験」

提案システムを用いた状態識別に基く物品認識の手法と実験について述べた.物品教示・認識の流れについて述べたのち,実際の居住空間内に置かれた物品から,手伝い作業対象となる主な室内物品10種に対し,フォーカススペースを10個生成,10種類10枚ずつのテストデータに対する物品認識実験を行った.実験から,物品の見た目のゆれや変形などに対してロバスト性と汎化性が実現されていることを示した.

第5章「状態識別に基く行動実行実験」

提案システムを用いた状態識別に基く行動実行の手法と実験について述べた.行動教示・実行の流れについて述べたのち,実際に居住空間で発生する代表的な手伝い作業3種(お茶出し・片付け・書類配布)に対し,フォーカススペースを生成,3種の作業のほか,何も作業が起こらない場合を含む57枚のテストデータに対して,実際のロボット動作を伴わない静的な作業決定実験を行った.実験から,センサデータのノイズや,類似の状態に対してロバスト性と汎化性が実現されていることを示した.

第6章「状態識別に基く作業手順の階層化による一連の作業再現実験」

提案システムを用いた状態識別に基く作業手順の階層化による一連の作業の実施・再現手法と実験について述べた.手順階層構造の獲得と,階層に基く作業再現の手法について述べたのち,実際の居住空間において手伝い作業に含まれる基礎的な作業2種「物品を把持する」「物品を持ってくる」を,ロボットによる把持が可能な2種類の物品(コップ,バスケット)について教示し,再現させた.作業再現時には手順階層構造を用いて状態識別対象を限定し,状態識別に基く行動実行を行い,各状態に応じて手順に沿った一連の作業を再現することができた.また,作業を繰り返し試行するのに伴い,ユーザのインタラクション回数が著しく減少することを示した.ユーザから行動変更が命じられたときには,ロボットは指示された行動を取ったのち,そのときの状態に応じて作業を続行できることを示した.

第7章「結論」

本論文で提案したシステム及び実験についてまとめ,これによって得た成果と知見について述べ,次いで将来課題について述べた.

本論文では,従来はプログラムで予め組み込んでいたロボット行動のための前提条件を,ユーザインタラクションを介して各教示に対する状態として特定,追加のプログラムなしに各状態の記述を可能とするシステムを提案し,SOMとフォーカススペースを組合せた状態識別により,ロバスト性及び汎用性のある作業再現を実現した.また,手順階層構造に基いた,状態識別候補の限定により,汎用性のある状態識別に対し,作業再現時の状態識別率を確保した.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「状態識別に基づく作業のインタラクティブな実施獲得・再現を特徴とする手伝いロボットの構築」と題し,7章から構成される.現在,家庭内ロボットとして「お手伝いロボット」が求められているが,家庭においては環境や手伝い作業が様々であるために,従来のロボットのような予め想定したシナリオプログラムに従った行動では対処することが難しい.本論文ではその解決法として,手伝い作業を実現させるため,インタラクションを介してロボットが手伝い作業を実施しながら,作業が成立するための前提条件として教示時の各種センサデータから状態を自動的に獲得し,状態識別に基いて手伝い作業の再現を可能とするシステムの構築を提案するものである.状態の獲得,識別においては自己組織化マップとフォーカススペースと呼ぶ状態判別条件を表す空間を組合せたアルゴリズムによって,状態に対するロバスト性と汎化性を確保するという特徴を持つ.論文では,システムの中心となる状態の獲得アルゴリズム及び状態の識別に基いた物品認識,行動実行,手順階層化による作業再現について,実際の住環境内でロボットを用いた実験を行い,システムの有用性を検証している.

第1章「緒論」では,インタラクションロボットのうち家庭内での手伝いロボットに着目する理由と本研究の目的について述べている.

第2章「状態識別に基く作業のインタラクティブな実施獲得・再現を特徴とする手伝いロボットシステム」では,本研究で提案するシステムの全体概要,及び本研究の軸となる作業再現のための状態の獲得について,状態の定義とともにアルゴリズムを記述している.更に,作業知識を用いた状態識別に基く作業再現について手法を述べたのち,関連研究を挙げ,本研究の特徴を明らかにしている.

第3章「提案システムの実装」では,提案システムの実装について,家庭内にロボットを導入する際の各段階を定めるシナリオに沿ってその詳細を記述している.具体的な環境設定,状態識別アルゴリズムとして実装した自己組織化マップ及びフォーカススペースの組合わせによる手法の詳細,階層構造の処理及び行動予測手法の詳細を説明している.更に,提案システムの動作検証のために行った自己組織化マップ及びフォーカススペースに関する実験についても述べている.

第4章「状態識別に基く物品認識実験」では,提案システムを用いた状態識別に基く物品認識の手法と実験について述べている.具体的な物品教示・認識の流れについて述べたのち,実際の居住空間内に置かれた物品から,手伝い作業対象となる主な物品10種に対して行った物品認識実験について記載し,物品の見た目のゆれや変形などに対してロバスト性と汎化性が実現されていることを示している.

第5章「状態識別に基く行動実行実験」では,提案システムを用いた状態識別に基く行動実行の手法と実験について述べている.具体的な行動教示・実行の流れについて述べたのち,実際に居住空間で発生する代表的な手伝い作業3種に対して行った行動実行実験について記載し,センサデータのノイズや,類似の状態に対してロバスト性と汎化性が実現されていることを示している.

第6章「状態識別に基く作業手順の階層化による一連の作業再現実験」では,提案システムを用いた状態識別に基く手順階層化の手法と実験について述べている.教示による手順階層構造の獲得と,階層に基く作業再現の手法について述べたのち,実際の居住空間において手伝い作業に含まれる基礎的な作業2種に対して行った手順階層構造を用いた作業の教示・再現実験について記載し,提案システムによる作業の再現が可能であることを示している.

第7章「結論」では,本論文で提案したシステム及び実験についてまとめた上で,これによって得た成果と知見について述べ,次いで将来課題について述べている.

以上要するに,本論文は,家庭内手伝いロボットの実現を目指し,一般ユーザがインタラクションを通じて望みの作業をロボットに教示するのに伴い,ロボットが教示時の状態を作業内容とともに獲得し,次回から同じ作業を状態識別に基いて再現できるロボットシステムを構築し,その有用性を実際の住環境における天井カメラとロボットを用いた物品認識実験,行動実行実験,及び手伝い作業の獲得・再現実験によって実証したものである.構築したシステムは,ユーザインタラクションを介して獲得した教示内容及び教示時の状態からなる作業知識を用いた状態識別に基く物品認識,状態識別に基く行動実行,状態識別に基く手順階層化による一連の作業再現を,自己組織化マップとフォーカススペースを組合せた,一貫したメカニズムによって,実現するものであり,知能機械情報学分野に貢献するものである.

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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