学位論文要旨



No 127295
著者(漢字) 久保,肇
著者(英字)
著者(カナ) クボ,ハジメ
標題(和) センサ・ターゲット間相対位置姿勢関係を考慮したマイクロ波ドップラセンサによる呼吸計測に関する研究
標題(洋)
報告番号 127295
報告番号 甲27295
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第333号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 知能機械情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 土肥,健純
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 教授 矢作,直樹
 東京大学 准教授 原田,達也
内容要旨 要旨を表示する

近年、高齢化や独居老人宅の増加等の社会的背景から事故や孤独死の発見のために居住者を自動で見守る知的な生活空間が期待され、様々なシステムが提案されている。生活者を自動で見守るためのセンサの要求として生活を妨げないということが挙げられる。マイクロ波ドップラセンサは非接触で人の動きを計測可能であり、この要求を満たすセンサである。さらにマイクロ波ドップラセンサは動きだけでなく静止中は呼吸も計測することが可能であり、生活者の見守りに置いて有用な情報を取得できると期待できる。

マイクロ波ドップラセンサは非接触で計測を行うため、生活者の計測においてはセンサとターゲットの間の相対位置姿勢は常に変化しうる。さらに、呼吸信号はターゲットの静止中にしか計測されないため人の移動中と静止中では計測される信号の意味が変わってくる。

しかしながら、従来のマイクロ波ドップラセンサを用いた呼吸や脈拍計測などの人体表面の微小変動の計測の研究においてはセンサとターゲットの位置関係は固定として扱われることがほとんどであり、生活で生じうる計測条件の変化については考慮されてこなかった。

そこで本論文ではまず、センサとターゲットの間の位置姿勢関係の条件がマイクロ波ドップラセンサの出力信号やその信号からの情報の推定にどのように影響するのかをモデルを構築することで明確にした。続いて、人が位置姿勢を変えうる状況での呼吸波形計測と呼吸信号検出の手法を提案した。さらに、位置姿勢条件を入力として呼吸信号計測の可否を出力とするような関数を構築した。

各章の概要を以下に示す。

第1章 緒論

高齢化、独居老人宅増加といった社会的背景から日常生活において生活者を自動で見守るシステムへの関心が高まっている。このようなシステムで用いるセンサは人の行動を妨げない必要がある。マイクロ波ドップラセンサは非接触で呼吸脈拍計測が可能でありこの要求を満たす。

マイクロ波ドップラセンサを用いた呼吸・脈拍等の体表面微小振動計測にはすでに数十年の研究の歴史があり、ライフル、アーチェリー競技のパフォーマンス分析や災害現場での生存者の探索、やけど、新生児などの接触出来ない状況下での計測などのアプリケーションが提案されている。

しかしながらマイクロ波ドップラセンサは生活の見守りには導入されていない。これには従来研究ではセンサ・ターゲットの相対位置姿勢関係は固定されているとし、位置姿勢関係条件による計測状況の変化を考慮してこなかったという点に一因がある。生活環境下では人は様々に位置姿勢を変化させるので、位置姿勢条件と計測の関係を明らかにしなければシステムの信頼性を見積もることができない。

そこで本研究では連続量である位置・姿勢と呼吸の非接触計測との数値的関係を明らかにするという未開の領域を扱う。さらに人が移動する場合、呼吸信号のみが常に観測されているわけではない。また呼吸信号の現れ方も位置姿勢によって変化する。このような状況でマイクロ波の出力信号から呼吸信号が観測されている領域を自動的に見つけることはまだ十分な議論がなされていない課題である。本研究ではこの呼吸信号の検出について新しい手法を紹介する。

第2章 計測モデルと実験機器

本章では本論文の議論を進める上で前提となる仮定と条件について説明する。

まずマイクロ波ドップラセンサによる計測に関連するモデルを図1のように構築する。マイクロ波ドップラセンサは位相がΦ0diff離れた2信号を出力する。出力は位相変化がセンサ・ターゲット間の距離変化に比例する信号にノイズと直流オフセットを加えたものとなる。このマイクロ波ドップラセンサの出力信号に影響する条件となるパラメータは図2に示す相対位置姿勢の他、呼吸の周期、2信号の初期位相差、直流オフセット変動の分散、ノイズの分散であるとした。

続いて、本論文の実験で使用したハードウェアについて説明した。

最後に実際に使用するハードウェアや実験環境において先に挙げた条件パラメータの値がいくつになるのか計測する方法について説明した。

第3章 出力の位相変化からの呼吸波形推定

マイクロ波ドップラセンサの2出力を図3のように2次元にプロットすると、オフセット周りに回転する軌道を描く。この回転の角度が信号の位相であり、センサ・ターゲット間の距離変化に比例する。本章ではまずこの位相変化の推定手法を5通り提案する。そのうち4つはオフセットの値を推定しオフセットから出力へのベクトルの回転角を計算するものである。手法の違いはオフセット推定法にあり、平均、線形最小二乗、ラスター画像へ変換してからHough変換、パーティクルフィルタの4通りを挙げた。残りの1つはオフセットを推定せずに出力の差分ベクトルの回転角を計算するものである。

以上の5手法をシミュレーションと実験にて比較、評価した。シミュレーションでは計測条件のパラメータを変化させ、各条件の計測への影響を調べた。実計測では8方向からの呼吸計測を行い手法間の性能比較を行った。計算量と精度を考慮すると呼吸による体表面変動計測においては線形最小二乗による推定が適当であるという結論に達した。

第4章 移動・呼吸信号の検出

「移動信号」、「呼吸信号」を検出する手法について説明する。マイクロ波ドップラセンサはターゲットのあらゆる動きについて信号を出力する。また、呼吸信号はターゲットが静止している状態でなければ他の信号に掻き消されて計測できない。このような条件で実際の生活者を見守る状況を考えたときに呼吸信号を計測するのであれば、現在得られている信号が呼吸によるものであるか否かを判定することは重要である。

本論文では主に呼吸信号を検出するために信号強度、周波数領域エントロピー、ヒストグラムの3つの特徴を用いた。これらの特徴量を入力として2クラス分類を行うことで「移動」、「静止して呼吸」、「静止して息止め」の3状態の検出を行う。

以上の検出器の性能を実計測データによって評価した。呼吸検出においては本研究で提案した特徴量を用いることによって従来の呼吸検出に用いられてきた1Hz以下の信号強度に比べて大幅な性能の向上がみられることを示した(図4)。さらに、評価においてはトレーニングデータにテストデータの被験者のデータを含む場合と含まない場合で評価を行った結果、どちらも近い性能が得られることがわかった。これは識別関数のパラメータへの個人差の影響が少なく、使用時には工場等で事前に設定できることを意味する。

第5章 人位置姿勢からの呼吸信号計測可否の判定

センサ・ターゲット間の相対位置姿勢から呼吸信号計測の可否を判定する。ここでは相対位置姿勢パラメータを入力として呼吸信号計測の可否を出力とするような関数をデータから構築した。

被験者は位置姿勢を変えながら椅子に座って安静に呼吸した。このときにマイクロ波ドップラセンサでの計測と同時に光学式モーションキャプチャでセンサとターゲットの位置姿勢条件を計測した。各位置姿勢で得られたマイクロ波ドップラセンサの出力信号から呼吸計測の可否を判定し、位置姿勢と呼吸計測の可否からなるデータセットを用意した。

以上のデータセットから位置姿勢を入力とし、計測の可否を判定する関数をSupport Vector Machineを用いて実現した。得られた関数を用いて図5のように識別面を描画することで計測可否の条件について考察を行った。計測可否は微妙な条件で変化するため可否の2値だけではなく計測可能性による評価も必要である。計測可能性を出力する関数は Relevance Vector Machineを用いて構築した。

第6章 結論

本研究で得られた成果・知見についてまとめた。さらに本研究を生活環境でのより安定した計測へ結び付けるための将来課題を提案した。

図1.モデルの構成

図2.センサ・ターゲット間の相対位置姿勢パラメータ

図3.出力信号の2次元ベクトル表現

図4.本論文による呼吸検出と従来の呼吸検出のROC曲線による比較

図5.人の周りの水平面における呼吸計測可否の識別面

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「センサ・ターゲット間相対位置姿勢関係を考慮したマイクロ波ドップラセンサによる呼吸計測に関する研究」と題し、マイクロ波ドップラセンサを生活者の見守りに応用するために、位置姿勢を変化させる人の呼吸を計測する技術について述べた論文である。近年、高齢化や独居老人宅の増加等の社会的背景から事故等の異変を発見し警告を発するために居住者を自動で見守る知的な生活空間が期待され、様々なシステムが提案されている。生活者を自動で見守るためのセンサの要求として生活を妨げないということが挙げられる。マイクロ波ドップラセンサは非接触で人の動きを計測可能であり、この要求を満たすセンサである。さらにマイクロ波ドップラセンサは動きだけでなく静止中は呼吸も計測することが可能であり、生活者の見守りに置いて有用な情報を取得できると期待できる。本論文は6章からなる。

第1章「緒論」ではまず、高齢化、独居老人宅増加といった社会的背景から生活を自動で見守るシステムへ関心が高まっているという背景を述べている。続いて、マイクロ波ドップラセンサを用いた呼吸計測の従来研究についてまとめている。最後にマイクロ波ドップラセンサを生活見守りに導入する際の問題点を、従来手法ではセンサ・ターゲットの相対位置姿勢関係を考慮しておらず人が様々に動きながら位置姿勢を変化させる生活環境下では安定した計測が出来ないことであるとし、この問題を踏まえて3つの目的、「センサ・ターゲットの位置姿勢が変化しても安定な呼吸波形推定」、「生活に伴う様々な動きの信号が観測される状況下での呼吸信号検出」、「センサ・ターゲット間の相対位置姿勢関係からの呼吸計測可否および可能性の推定」を定めている。

第2章「計測モデルと実験機器」では論文の議論を進める上で前提となる仮定と条件について説明している。まずマイクロ波ドップラセンサによる呼吸計測の計測モデルを構築している。6次元の位置姿勢やオフセットの変動がモデル化されている点が従来のモデルにない独創的な点である。続いて、本論文の実験で使用したハードウェアについて説明している。最後に実際に使用するハードウェアや実験環境において、計測モデルの条件パラメータの値を計測する方法について説明している。

第3章「距離変化計測による呼吸波形推定」ではマイクロ波の出力信号の位相推定について述べている。マイクロ波ドップラセンサの2出力を2次元にプロットすると、オフセット周りに回転する軌道を描く。この回転の角度が信号の位相であり、センサ・ターゲット間の距離変化に比例する。本章ではこの位相変化の推定手法を5通り提案し、シミュレーションと実験にて比較、評価している。シミュレーションでは計測条件のパラメータを変化させ、各条件の計測への影響を調べている。実計測では8方向からの呼吸計測を行っている。比較評価の結果、呼吸計測には線形最小二乗による推定が適当であるという結論に達している。

第4章「移動・呼吸信号の検出」では様々な動きの信号が観測される中で、呼吸が計測されている区間を検出する手法について述べている。本論文では主に呼吸信号を検出するために信号強度、周波数領域エントロピー、ヒストグラムの3つの特徴を用いている。これらの特徴量を入力として2クラス分類を行うことで「移動」、「静止して呼吸」、「静止して息止め」の3状態の検出を行っている。実験の結果から、呼吸検出において本研究で提案した特徴量を用いることによって従来の呼吸検出と比較して大幅に検出性能が向上することをROC曲線にて示している。

第5章「位置姿勢からの呼吸信号計測可否の予測」ではセンサ・ターゲット間の相対位置姿勢から呼吸信号計測の可否を予測する手法について説明している。位置姿勢と計測可否のデータセットから予測関数を構築し、人の胸周りの水平面で呼吸計測可否の予測を実現している。距離、方向共に連続値で扱えるところが従来に無い点である。

第6章「結論」では本研究で得られた成果・知見についてまとめている。さらに本研究を生活環境でのより安定した計測へ結び付けるための将来課題を提案している。

以上,これを要するに本論文は,人が様々な動きをしながら位置姿勢を変化させる生活環境でマイクロ波ドップラセンサを生活者見守りに応用することを想定し、「呼吸波形を推定する」、「呼吸信号を検出する」、「位置姿勢から呼吸計測の可否を予測する」手法を提案するとともに、それらを計測モデルに基づいたシミュレーションと実験によって定量的に評価した論文であり、この分野に少なくない貢献を果たしている。すなわち、本研究は情報理工学に関する研究的意義と共に、情報理工学における創造的実践に関し価値が認められる。

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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