学位論文要旨



No 127296
著者(漢字) 畑尾,直孝
著者(英字)
著者(カナ) ハタオ,ナオタカ
標題(和) 動的屋外環境セマンティックマップの獲得に基づくパーソナルモビリティの自律移動の研究
標題(洋)
報告番号 127296
報告番号 甲27296
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第334号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 知能機械情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 稲葉,雅幸
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 下山,勲
 東京大学 教授 廣瀬,通孝
 東京大学 教授 國吉,康夫
内容要旨 要旨を表示する

人間一人が搭乗し,移動することが可能なロボットを" パーソナルモビリティ"と呼び,近い将来に予想される少子高齢社会において,足腰の弱った高齢者のための屋内外の移動手段としてのニーズが期待されている.パーソナルモビリティの普及を促進させるには,その利便性と安全性の双方の向上が必要不可欠であり,そのためには屋外環境で自律的に周囲の環境を判断しながら移動できる能力を持たせることが重要となる.

本論文は,パーソナルモビリティによる安全な屋外での自律移動を実現することを目的とし,そのために必要なマップの構築及び応用を行うシステムについて取り組むものである.

第1章「序論」では,パーソナルモビリティそのものの意義と,パーソナルモビリティのための自律移動の研究の背景と目的について述べ,本研究の位置付けを行った.

第2章「屋外環境における自律移動のためのセマンティックマップの構築」では,ロボットの自律移動に関する従来の研究を俯瞰するとともに,本論文の根幹となるセマンティックマップを提案し,その構成と構築方法について論じた.セマンティックマップとはロボットがセンサを用いて獲得したマップの各所に" 意味(Semantics)"を付与したものであり,ロボットがそれぞれのセマンティクスに対する" 推論(Reasoning)"を行うことで,安全で社会ルールに則ったナビゲーションが可能となることが示された.本論文では屋外ナビゲーションに有用なセマンティクスを" 地形的セマンティクス"," 交通流セマンティクス"," 記号的セマンティクス"の3つに分類した.本章では,それぞれのセマンティクスを構成する具体的な事例を挙げ,ロボットが自律的にそれらを獲得し,自律移動に役立てる枠組みについて記した.

第3章「屋外型パーソナルモビリティのシステム構成」では,屋外を移動するパーソナルモビリティの要件を述べると共に,本研究に用いるパーソナルモビリティ"PMR"のハードウェア構成とセンサ構成について述べた.屋外環境には,段差やくぼみ,坂など,既存電動車いすの安全な移動を妨げる障害が多数存在する.このような環境内でパーソナルモビリティが安全に移動するためには,ハードウェアとセンサの両面からアプローチを行うのが望ましい.PMRは,左右独立駆動スイングアームを有する倒立二輪型パーソナルモビリティであり,坂や小さな段差において安全に移動することが可能である.さらに,PMRはスイングLRFを搭載しており,乗り越え不能な高さの段差を含む3 次元形状を高精度に計測することが可能であり,それを用いて危険な領域への進入を抑止することができる.

第4章「PMRのための歩行者を含む小規模環境における自律移動」では,PMR が屋外に出るまでの屋内環境や,屋外での周囲の障害物形状が複雑な環境において,歩行者を回避しながら自律移動を行うための手法について述べた.PMRは,搭載したLRFを用いて自己位置推定,グリッドマップ構築,歩行者追跡を行い,オンラインで経路計画を行う.本章における経路計画手法は,衝突が予想される歩行者に対し,背後に回りこむパターンと一時停止するパターンの2 通りの回避軌道を生成し,適切な軌道を自動的に選択することが可能である.

第5章「センサ履歴に基づく屋外セマンティックマップの獲得」では,第2章で定義した地形的セマンティクスを有するトポロジカルマップを3 次元スイングLRFの履歴から構築する手法について述べた.まず,1 回のLRFのスイングごとに3 次元スキャンが計測され,そこから地面領域を抽出することでロボットが通行可能な領域を検出する.さらに,その3 次元スキャンから道路の分岐点を求めることで,トポロジカルな構造を有するマップパッチが作成される.最終的に,トポロジカルマップパッチを統合することで,道路構造を内包するトポロジカルマップが獲得される.

第6章「屋外環境における移動物体の追跡と識別」では,第2章で定義した交通流セマンティクスをマップに印加するために必要な,屋外における自動車と歩行者の追跡・識別手法について述べた.本手法は,複数仮説追跡手法を用い,追跡対象が自動車であるか歩行者であるかを自動的に識別して追跡することができる.また,第5章で作成した地形的セマンティクスを有するトポロジカルマップに対し交通流セマンティクスを印加するシステムについて述べた.

第7章「セマンティックマップを用いたPMRの屋外ナビゲーション」では,本論文で提案したセマンティックマップの統合方法と,それを用いた自己位置推定及び経路計画手法について述べた.第5章で作成した地形的セマンティクスを有するトポロジカルマップに対し,第6章の移動物体追跡手法を用いて交通流セマンティクスを作成することで,パーソナルモビリティが何度も同じ場所を通行するたびに交通流の情報がアップデートされていくシステムを構築した.また,本手法をPMRに実装し,歩行者と自動車が存在する一般的な環境である東京大学本郷キャンパスにおいて屋外ナビゲーション実験を行い,その有用性を示した.

第8章「結論」において,本論文を総括し,その成果と貢献,ならびに本論文の先にある課題を挙げ,今後の展望を述べた.近年では,自動車や歩行者などが存在する屋外環境においても高精度な自己位置推定やマップ構築を行う手法が多く提案されてきている一方で,そのような環境下で移動ロボットが安全なナビゲーションを行うための枠組みについては盛んに研究されているとは言い難い.本論文では,屋外を移動するパーソナルモビリティについて,セマンティクスの獲得・利用に基づき安全な自律移動を行う枠組みについて示したものであり,将来のパーソナルモビリティの普及による高齢者に対するバリアのない社会に向けた歩みに貢献するものである.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「動的屋外環境セマンティックマップの獲得に基づくパーソナルモビリティの自律移動の研究」と題し,人や車,自転車などが行き来する屋外環境において,人の移動支援を行う搭乗型ロボットであるパーソナルモビリティにおいて,日常的に人が操縦して行き来している間に,段差のある場所や人が出入りする場所,車の通る区域の情報を自動的に獲得することで,より安全な自律移動のために有効な意味情報を付加したセマンティックマップを構築し,そのマップに基づいて安全な経路を移動する方式の研究をまとめたものであり,全8章からなる.

第1章「序論」では,パーソナルモビリティの社会的な重要性と意義を示して,本研究の背景と目的,本論文の構成について述べている.

第2章「屋外環境における自律移動のためのセマンティックマップの構築」では,ロボットの自律移動とマップ作成法に関する従来の研究を俯瞰し,屋外での自律移動にとって有用な意味を付加したセマンティックマップについて論じている.屋外環境での有用な意味の分類として,地形的セマンティクス,交通流セマンティクス,記号的セマンティクスを考え,車や自転車が通る傍でも安全に自律移動するために地形的情報だけでなく周囲の移動体の速度や頻度などの交通流情報,道路標識や通行可能方向指示記号などの記号的情報を地図に付加するセマンティックマップの構築法について考察している.

第3章「屋外型パーソナルモビリティのシステム構成」では,屋外を移動するパーソナルモビリティの要件を述べると共に,本研究で用いるパーソナルモビリティロボット(PMR)のシステムについて述べている.そのPMRは,段差やくぼみ坂道の横断や旋回など既存の電動車いすでは難しい環境においても安全に移動するための左右独立駆動スイングアームをもつ倒立二輪型の土台に対して,屋外で270度に渡り十数メートルの距離までの物体距離を得ることができる測域センサ(LRF)を上下1軸方向にスイングすることで三次元空間距離マップを約2ヘルツで測定するセンサと180度の視野角の全方位カメラを搭載したものとなっている.このロボットに人が搭乗して操縦運転することでロボットが地図を自動的に作成し,その地図に基づいて人が操縦しなくても目的地まで安全な道を選んで自律移動を行えるロボットシステムの構築を目指している.

第4章「PMRのための歩行者を含む小規模環境における自律移動」では,PMRが屋外に出るまでの屋内環境や,屋外での周囲の障害物形状が複雑な環境において,歩行者を回避しながら自律移動を行うための手法について述べている.LRFによる水平面での測域による自己位置推定を行い,ロボットの周囲のグリッドマップの構築を行いながら歩行者の追跡を行い,歩行者に衝突しないための経路をオンラインで生成する経路計画法として,計画された目的経路に対して衝突が予想される歩行者を発見し,歩行者の背後に回りこむパターンと一時停止するパターンの2通りの回避軌道を生成し,到着時間長と滑らかさの観点から軌道選択する経路計画法を示している.

第5章「センサ履歴に基づく屋外地形的セマンティックマップの獲得」では,第2章で示した地形的セマンティクスを有する地図を3次元スイングLRFの履歴から構築する手法について述べている.1回のLRFのスイングにより3次元スキャンを得た後,地面領域を抽出することでロボットが通行可能な領域を検出し,道路の分岐点を求めることで,局所的に移動可能な領域のマップパッチを作成し,それらの接続関係を保持することで道路の接続構造を内包したトポロジカルなマップとして地形的セマンティックマップを表現している.

第6章「屋外環境における移動物体の追跡と識別」では,2章で示した交通流セマンティクスをマップに付加するために,ロボットの移動中に周囲の環境中での静止環境と自動車,自転車,歩行者等の移動体の追跡と識別の実時間処理法について述べている.本手法は,複数の移動追跡対象がロボットから重なって見えたとしても,それぞれの移動体の存在を追跡できるようにパーティクルフィルタを拡張した連結確率連想フィルタ法に対して,移動体が重なる場面の追跡領域をクラスタに分けることで移動体の種類と存在仮説をロバストで移動速度に対して十分な速度で追跡が可能となる方式を示しており,追跡対象が自動車であるか歩行者であるかを自動的に識別して追跡している実験結果を示している.

第7章「セマンティックマップを用いたPMRの屋外ナビゲーション」では,本論文で提案したセマンティックマップの統合方法と,それを用いた自己位置推定及び経路計画手法について述べている.5章で作成した地形的セマンティクスを有するトポロジカルマップに対し,6章の移動物体追跡手法を用いて交通流セマンティクスを付加することで,パーソナルモビリティが同じ場所を通行する毎に交通流の情報がアップデートされる実験結果が示されている.さらに,そのマップを用いることで,歩行者及び自動車との衝突のリスクの低い経路計画法について説明し,PMRにおいて歩行者と自動車が行き来する本郷キャンパス内でのナビゲーション実験での例を示し,提案手法と構築したシステムの評価を行っている.

第8章「結論」では,本論文を総括し,その成果と貢献,ならびに本論文の先にある課題を挙げ,今後の展望を述べている.

以上,これを要するに本論文は,高齢化社会に向けて,自転車や車,歩行者が行き交う屋外の環境で,人の移動支援を行うパーソナルモビリティロボットにおいて,人の運転中に段差と交差点などの地形的な地図をオンラインで作るだけでなく,周囲の移動体の安定した追跡と識別を行うことで,人の出入りや車が通る注意領域を地図上に付加したセマンティックマップを自動的に獲得することで,安全な自律移動支援を行うパーソナルモビリティの研究を示したもので,知能機械情報学へ貢献するところ少なくない.よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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