学位論文要旨



No 127304
著者(漢字) 得津,覚
著者(英字)
著者(カナ) トクツ,サトル
標題(和) 状況認識機能を有する生活支援ロボットのシステム構成法の研究
標題(洋)
報告番号 127304
報告番号 甲27304
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第342号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 創造情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 石川,正俊
 東京大学 教授 廣瀬,通孝
 東京大学 教授 國吉,康夫
 東京大学 教授 稲葉,雅幸
内容要旨 要旨を表示する

本論文は,生活支援ロボットの自律的な支援行動の実現を目指し,生活支援ロボットの状況認識機能における問題点とそれを解決するためのシステムの構成法を示したものである.

生活支援ロボットの状況認識機能においては,それまでの自律ロボットにはなかった「生活空間における状況の多様性」という問題を取り扱わなければならない.ロボットは生活空間内を移動することで認識する場所も変わり,その場所ごとに人の行為から発生する現象や,物体が表現する状況などは多数存在する.この多様な状況を認識することで,はじめてロボットは,それぞれの状況にあった支援を選択し実行することができる.

本論文では,状況の多様性という問題に対し,次のアプローチを取る.(1) 生活音情報を認識すること,(2) 空間・場所情報を利用すること,(3) 行為の対象となる日用品を認識すること,(4) 記述形式で対応すること,(5) 文脈を考慮すること.これらの機能を用いることで,状況をより効率的に認識できることを示す.

第1章「序論」では,状況認識の研究の背景について述べ,主題となる問題の説明,その問題を取り上げた理由と必要性,また現在の自律的なロボットやシステムによる状況認識機能について現状の研究の取り組みについて述べた.また,本論文の問題に対するアプローチとして,生活音情報・空間場所情報・日用品認識情報を利用するシステムの提案を行った.

第2章「自律的生活支援ロボットにおける状況認識機能」では,状況の有する多様性について実例を用いて説明を述べ,それらの実例の中で必要な認識機能について明らかにした.またそれらの実例を実装上の難易度によって段階付けを行うことで,多様な状況を認識する問題の全体像の縮図と目指すべき機能の位置付け,示すべき認識機能について明らかにした.多様な状況を認識する機能として,(1) 生活音情報を認識すること,(2) 空間・場所情報を利用すること,(3) 日用品を認識すること,(4) 記述形式で対応すること,(5) 文脈を考慮すること,の有効性を強調し,これらを統合したシステムによる解決法を提案した.

第3章「生活音認識に基づく生活支援環境認識」では,生活音が支援ロボットの状況認識機能の中で状況を理解する手がかりとして有用であることを示すために,次の4 点を示した.(1) 音圧の小さい生活音の特徴を認識可能な生活音認識機能の概要,(2) 生活音認識による環境の変化・状態に気づく機能の実現と実ロボットを用いた検証,(3) 生活音を手がかりとして,聴覚以外の認識行動による音源確認行動を組み込んだシステムの提案とその有効性,(4) 能動的に物体から音を発生することにより,視覚では得にくい物体の情報を聴覚から獲得する機能の実現とそれに基づくゴミの材質を判断するゴミ分別支援行動の実現.

第4章「空間情報を利用した生活音認識と状況認識」では,空間情報が状況を判断するための根拠として有効であることを示すために,(1) 人の位置情報と三次元的な行為情報を同時に取得するために,3D 環境計測デバイスを用いたシステムの提案,(2) 生活音と場所情報の統合により,生活音の認識機能が向上すること,を示した.人の位置情報は,それによって起こりうる状況を限定できるため,状況を効率的に認識することを可能とする情報である.3D 計測デバイスには,注意対象領域を効率的に走査可能な,レンジセンサ搭載型の無限回転パンチルトヘッドを用いることで,人の位置情報と人の三次元的な行為情報を同時に計測可能なシステムを示した.また状況認識における空間情報の利用による有効性を示すために,空間情報と生活音認識を統合し,場所に応じて生活音判別空間を構成することで,生活音を効率的に認識するシステム構成法を提案した.

第5章「日用品物体認識に基づく状況認識」では,ロボットの目の前にある未知の物体がどの日用品分類に当てはまるのかを判断することで,状況認識における状況を判断する根拠となる「人の操作対象」や,「生活空間における物体の状態」に関する情報を認識することを目的とし,次のことを示した.画像処理分野で広く行われている個体を認識する方法とは異なり,三次元的形状の特徴を捉えることで,形状の評価と物体の分類を行うシステムの提案を行った.その中では,(1) 形状特徴量分散処理システムに基づき開発効率を向上させるシステム環境,(2) 実データに対応するために,拡張ガウス像による特徴量同士の相関計算をロバスト化する手法,(3) 基本形状群との類似度評価による,拡張ガウス像を用いた絶対的な形状の特徴評価手法,を示した.

第6章「生活音・空間情報・物体認識を統合する確率的状況認識」では,これらの情報を確率的因果関係表現に基づいて統合することで,状況をその場の環境を表現したものとして認識可能なシステムを提案した.また状況をより効率的に認識するために次の点を示した.(1) 状況の表現形式を文章により構造化することで,一般的な表現形式である行為情報(What)に加え,さらに場所情報(Where),時間情報(When),主体情報(Who) が加わり,場所や時間などの情報を利用した状況の効率的な認識が可能になる. (2) 文脈を考慮することで,類似した状況に対しても間違えずに認識することが可能になる.(3)対象物,生活音の情報に基づくことで,人の動きを詳細に捉えずとも,支援選択のための状況推定が可能である.文脈を考慮するために,状況同士の確率的因果関係をベイジアンネットワーク上に表現することで,状況の時間的連続性を考慮し,その瞬間に取得できる環境情報だけでは間違えやすい状況に対しても,ロバストに認識するためのシステムの構成法を提案した.実験では,状況を決める判断根拠に「生活音」,「人の場所情報」を利用し,同じような操作対象物―食器類―が登場する状況として,「皿洗い」と「調理」の状況の違いが認識できることを示した.また,文脈を考慮した効果として,「調理中に使用するための皿を洗う動作」,「皿洗い中に皿を棚にかたづける動作」などの瞬間的な判断だけでは間違えやすい状況下でも,時間的な連続性を考慮することによって間違えずに各状況を認識できるロバスト性を示した.

第7章「結論」では,各章の内容から本論文を総括した上で,本論文の成果と貢献を示した.日常生活で人が居る様々な場面における状況の多様性に対処するために,状況判断の根拠を得るための手がかりとして生活音,空間位置,操作物体に%ロボットの注意を向けられる環境注意機能をロボットの注意を向けられる選択的知覚機能を搭載し,「いつ」「誰が」「どこで」「何を」の4要素をもつ状況センテンスを導入し,ロボットの選択的知覚機能がその4つの要素を埋めることで状況認識を行ってゆく状況認識と,状況に対して行うべき支援選択リストを設け行うべき支援を選択し環境記憶に基づいてロボットが行うべき具体的な基本動作要素を生成するプランナ機能を統合するというシステム構成法を示した.このように,状況記述要素を絞り込み,ロボットがその状況記述要素を得るために生活音,空間場所,操作対象に着眼できるようにシステムの構造化を行い,状況に対応した支援選択リストを保持することで日常生活支援の多様な状況の認識とそれに対する支援候補の選択を効率的に行えることを示した.提案システムの評価に関しては,人と複数の動作対象物が存在し,複数の支援の中から選択して行うことを想定した日常環境としてのキッチンダイニングで生じる状況に対し,生活音・対象物・場所情報を用いることで,(1)対象物に対する作用,人の姿勢の動きを直接,画像処理,三次元点群処理によって認識せずとも,それらの情報を生活音,対象物の情報を手がかりにすることで,状況を推論することが可能であることを,キッチンにおける調理の状況,皿洗いの状況の認識と,ダイニングにおける状況の実例の中で示し,(2)同じ対象物が登場する状況においても,空間情報に応じてあらかじめ状況候補を限定しておくことで,効率的に状況を認識することが可能であることを,キッチン,ダイニングの異なる場所における状況認識に対し有効であることを実例の中で示した.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「状況認識機能を有する生活支援ロボットのシステム構成法の研究」と題し,生活支援ロボットがその都度指示して行動を行うのではなく,あらかじめこういう状況の時にはこのような支援を行うようにという指定をしておけば,その状況にあるかどうかをロボット自身が判断して指定の支援を行えるようになる生活支援ロボットのシステム構成法の研究をまとめたもので全7章からなる.

第1章「序論」では,状況認識に関する研究背景,本研究でのアプローチ,論文の構成について述べている.

第2章「日常生活支援ロボットにおける状況多様性の認識機能」では,状況認識では多様性に対応する必要があり,実例を用いて状況と支援内容にそれらの実例の中で必要な認識機能について明らかにした.またそれらの実例を実装上の難易度によって整理することで,問題の全体像の縮図と本研究の目指すべき機能の位置付け,示すべき認識機能について述べている.多様な状況を認識する機能として,(1) 生活音情報を認識すること,(2) 空間・場所情報を利用すること,(3) 日用品を認識すること,(4) 記述形式で対応すること,(5) 文脈を考慮すること,の有効性を強調し,これらを統合するシステムの提案を行っている.

第3章「生活音認識に基づく生活支援環境認識」では,生活音が支援ロボットの状況認識機能の中で状況を理解する手がかりとして有用であることを示し,実際の支援環境での生活音認識のための特徴量,生活音の学習,ロボットによる能動的物音発生行動による学習などについて実験を通して考察を行っている.音圧の小さい生活音の特徴を認識可能とするためにスペクトルの全体構造を表現する特徴量,生活音を手がかりとして聴覚以外の認識行動による音源確認行動の有効性,能動的に物音生成による視覚では得にくい物体情報を聴覚から獲得する認識行動実験を通して,生活音を手掛かりにした状況認識を行うために有用な方法を検討している.

第4章「空間情報を利用した生活音認識と状況認識」では,状況判断の根拠として空間情報を利用する状況認識についてとりあげている.人の位置情報と三次元的な行為情報を同時に取得することで人の行為とその操作対象等の情報を得ることができることから,3D 計測デバイスに基づくシステムでの実験について述べている.人の位置情報はその場所によって起こりうる状況を限定できるため,状況を効率的に認識することを可能となる.そのため,注意対象領域を効率的に走査可能な,レンジセンサ搭載型の無限回転パンチルトヘッドを用い,人の位置情報と人の三次元的な行為情報を同時に計測可能なシステムを示している.また,空間情報と生活音認識を統合し,場所に応じて生活音判別空間を構成することで,生活音を効率的に認識するシステム構成法についても実験とその評価の考察を述べている.

第5章「日用品物体認識に基づく状況認識」では,状況認識における状況を判断する重要な根拠として人が操作する日用品やその配置状況を認識することができれば状況認識の手がかりとなることから日用品物体認識として,三次元計測データを利用する方法について述べている.画像処理分野で広く行われている特徴点ベースの個体認識手法とは異なり,三次元的形状の特徴を捉えることで形状評価と物体分類を行うシステムの提案を行い,形状特徴量分散処理システムに基づき開発効率を向上させ,拡張ガウス像による特徴量同士の相関演算をロバスト化する手法,基本形状群との類似度評価による拡張ガウス像を用いた絶対的な形状特徴評価を行う手法を示し,それらの有効性を日用品16種類の分類と,非日用品も含めた合計380 以上のデータ管理実験について示している.

第6章「生活音・空間情報・物体認識を統合する確率的状況認識」では,第3,4,5章で示した状況判断の手がかりとしての情報を確率的因果関係表現に基づいて統合することで,状況をその場の環境を表現したものとして認識可能なシステムを提案している.状況をより効率的に認識するためには, 状況の表現形式を文章として構造化し,行為情報(What) ,場所情報(Where),時間情報(When),主体情報(Who)の情報を埋めてゆくことで状況の効率的な認識を行うシステムとし,認識する状況の文脈を考慮するために,ベイジアンネットワーク上で過去の状況認識結果と現在のそれとの間の確率的因果関係を表現し,状況の時間的連続性を考慮可能なシステムを構築している.状況の文脈を考慮することで,短時間での判断では誤認識を起こしやすい状況に対しても対応できるとし,その有効性を確かめるために,生活音,人の場所情報を状況判断根拠として用い,同じ操作対象の食器が登場し,生活音も似たように見える状況である調理の場での皿の操作と皿洗い中の皿を操作する際の音,そして,調理中の皿を洗う水音と,調理後の皿洗い動作時の水音など,その場の瞬間的な生活音判断だけでは間違えやすい状況下でも,各状況を認識できるロバスト性を示している.また,生活音だけでなく食卓に人が居る場合には食卓上の物体の種類から状況を判断し,同じ物体に対して人の立位置に応じて状況を判断する例でのシステムの説明と新しい状況認識とそれに対する支援行動をシステムへ追加する方法について説明し,構成したシステムの全体像の挙動を明らかにしている.

第7章「結論」では,各章の内容から本論文を総括し,本研究の成果と貢献について述べている.

以上,これを要するに本論文は,人の生活空間における状況の認識に基づいて支援行動を行う生活支援ロボットのシステム構成法をテーマとし,状況認識の手がかりとして生活音,人の立ち位置,操作対象のセンサ情報を根拠として状況記述を得る仕組みを設け,生活場所に応じて表現された確率的状況判断機構を構成することで多様な状況を効率よく認識するシステムの構成法を提案し,生活音が多様なキッチンダイニング環境において,類似しているが異なる状況を判断できる状況認識実験での評価を示しており,今後の生活支援ロボットの構成法に対する貢献と,情報理工学における創造的実践の観点からの価値が認められる.

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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