No | 127321 | |
著者(漢字) | 尾上,健太郎 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オガミ,ケンタロウ | |
標題(和) | シグナル伝達抑制剤による免疫病態及びがんの抑制機構の解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 127321 | |
報告番号 | 甲27321 | |
学位授与日 | 2011.04.27 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3755号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 病因・病理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 生体における様々な応答は基本的には細胞内のシグナル伝達の結果引き起こされるものであり、このようなシグナル伝達機構は生体の恒常性維持において非常に重要な役割を担っている。シグナル伝達経路は無数に存在するが、一般に特定の受容体に細胞外シグナル分子が結合することで、細胞質中の因子が次々にシグナルを受け渡し、標的遺伝子の発現誘導等を通して最終的に特定の応答が引き起こされる。いうまでもなく、感染防御や抗腫瘍応答など生体を様々な異常から守る免疫応答系において、シグナル伝達とその調節は極めて重要であり、シグナル伝達の異常は感染症、炎症性疾患やがんをはじめとした重篤な疾患の原因となることは広く知られているところである。 免疫応答系において自然免疫系は感染等における初期の免疫応答を担う系として極めて重要であるが、近年の研究によって自然免疫系の活性化がその後に誘導される適応免疫系の誘導に繋がっていることも判明しつつある。自然免疫系の惹起において中心的な役割を担っているのが、病原体等がもつ固有の分子パターン(Pathogen-Associated Molecular Patterns; PAMPs,)を認識する受容体、Pattern recognition Receptors (PRRs) である。なかでも、Toll様受容体 (Toll-like Receptors;TLRs,)とそのシグナル経路については、基本メカニズムの解明や免疫/炎症疾患との関わりを含め、精力的な研究が展開してきた。TLRsについては、ヒト及びマウスで13種類(ヒトで10種類、マウスで12種類)のTLRが同定されている。TLRがそれぞれ病原微生物特有のPAMPs,を認識すると、炎症性サイトカインやI型インターフェロン(IFN)を誘導するシグナル伝達経路が活性化される。この様なシグナル経路はウイルスや細菌などの感染防御に非常に重要な役割を果たしている。一方で、TLR下流シグナル経路は自己免疫疾患や炎症性疾患との関連も報告されており、シグナルの過剰な活性化がこれらの疾患を増悪することが報告されている。 一方で、細胞増殖や細胞死に関連するシグナル伝達の異常は細胞のがん化と深く関連することが知られている。細胞が増殖するには増殖因子が必要であり、増殖因子が受容体に結合すると増殖シグナルが出され増殖に必要な遺伝子が転写誘導される。しかしながら、このようなシグナルに異常が生じ、増殖シグナルが伝達されつづけると細胞の無秩序な増殖が起こり、がん化が促進されることになる。また、通常生体内でがん化しつつある細胞はその多くががん化の過程でアポトーシスにより死滅するとされているが、アポトーシスに至るシグナル経路に異常が起こると細胞死が抑制され、同様にがん化が進行することも知られている。すなわち、「細胞の無秩序な増殖」と「細胞死の抑制」はR. Weinberg博士らが提唱しているように、がんの特徴の根幹をなしている(The hallmarks of cancer; D. Hanahan & R. Weiberg, Cell, vol. 100, 57-70, 2000)。 これらの自然免疫応答と抗腫瘍応答のシグナル伝達経路は密接な関わり合いを持っており、中でも二重鎖RNAによって活性化されることが知られているTLR3シグナル経路は抗ウイルス応答や抗腫瘍応答および、ある種の炎症性疾患に関わる事が最近の報告により明らかになっている。TLR3下流シグナルは、CVB3に対する抗ウイルス応答に重要な役割を果たすことが知られているが、一方で、TLR3シグナルの活性化はウエストナイルウイルス(WNV)やインフルエンザウイルス感染による脳炎や肺炎の増悪に関与する。また、合成二重鎖RNAであるpolyinosine-polycytidylic acid (以下、polyI;C) によるTLR3シグナルの活性化はNK細胞の活性化を誘導し、抗腫瘍応答に関与することが知られている。一方で、TLRシグナルの下流で活性化されるタンパク質リン酸化酵素やNF-κBを始めとする転写因子は細胞がん化とも密接に繋がっていることは注目に値する。 私は感染症やがんなどの病態に関わるシグナル伝達系を制御する化合物を同定し、免疫病態及びがんの抑制機構を解明するため、両病態に深く関わると考えられるTLR3下流シグナル伝達経路に着目し、同シグナル経路を制御する化合物のスクリーニングを行なった。まず私は、NF-κB reporter 遺伝子と TLR3が恒常的に発現するレポーター細胞 を作製し、polyI;C 刺激によるNF-κB reporter 遺伝子の活性化を抑制する化合物をTLR3シグナル経路の抑制剤候補として探索した。スクリーニングによりTLR3下流シグナルの抑制剤候補が複数同定され、その内の一つはマウス腹腔内マクロファージ(PEC)をpolyI;Cで刺激した際の遺伝子誘導を強力に抑制した。この化合物をIMF-001と名付けTLR3のシグナル抑制剤とした。 さらにIMF-001の解析を進めた結果、IMF-001はNF-κBの活性化に関わるシグナルを抑制し、様々なTLRおよびTNF-α下流シグナル経路を介した炎症性サイトカイン誘導を抑制することが判明した。一方で、同じくTLR、TNF-αレセプター下流に存在するJNK/p38 MAP kinase経路の活性化は増強することが分かり、さらにこのようなNF-κBシグナルの抑制と、MAPKシグナル経路の活性化というユニークな性質をもつIMF-001はある種のがん細胞の増殖を顕著に抑制することを見いだした。 これらの知見に基づき、IMF-001を用いたシグナル経路の制御が、免疫病およびがんの増殖に与える影響を、マウスモデルを用いて検討したところ、IMF001の投与によりTLRシグナルの関与する敗血症、関節炎の進行が顕著に抑制され、一方で、B16メラノーマ細胞(以下、B16)の肺転移増殖能、ヌードマウスにおけるHela細胞の腫瘍形成が顕著に抑制された。 これまで開発されているNF-κB阻害剤はIKK及びIκBのリン酸化阻害及びp50/p65の核移行を標的にしたものであるのに対し、IMF-001はNF-κBシグナルを抑制し、MAPKシグナルの活性化するユニークな特性を持つシグナル制御剤として位置づけられ、IMF-001によるシグナルの制御が敗血症、関節炎、がんの抑制に著明な効果を示すことが明らかとなった。本研究によって、シグナル系を制御する新しい化合物が発見され、その作用機序の大枠が確立されたことにより、更にシグナル系の調節機構の詳細な解明や化合物の改良等による新しい治療薬の開発に繋がることが期待される。 | |
審査要旨 | 本研究は自然免疫応答に関わるシグナル系を制御する新しい化合物を発見し、その作用機序の大枠を解明しただけでなく、本化合物によるシグナル制御が敗血症、関節炎、がんの治療に繋がることを明らかにした研究であり、以下のような結果を得ている。 1. 自然免疫の制御に重要なToll like receptor3(以下、TLR3)のシグナル抑制化合物の探索を行なった結果、polyI;C(合成二本鎖RNA)刺激による腹腔マクロファージからの炎症性サイトカイン産生を強力に抑制する化合物が得られ、この化合物をIMF-001と名付けた。 2. IMF-001はTLR3下流の炎症性サイトカイン誘導を強力に抑制するだけでなく、TLR及び細胞質内核酸レセプター、TNF-α下流の炎症性サイトカイン誘導を抑制することが判明した。 3. IMF-001の作用機序を解析した結果、IMF-001は、NF-κB経路の活性化を抑制する作用と、MAP kinase経路を活性化する作用の2つの作用を持つ事が明らかとなった。 4. IMF-001が炎症性疾患に治療効果を示すかどうかを検討するためにNF-κBが関与すると考えられる敗血症におけるIMF-001の病態抑制効果を検討した結果、IMF-001はLPSショックによるマウスの個体死と血中炎症性サイトカンの産生を有意に抑制した。さらに、IMF-001が関節炎の病態を抑制するかどうかをCIA(コラーゲン誘導性関節炎モデル)モデルを用いて解析した結果、IMF-001は関節炎の病態を有意に抑制した。 5. NF-κBの活性化ががんを増悪化させる一方で、MAPKを介したp53遺伝子誘導が抗がん作用に重要であるという報告があることから、IMF-001のがん抑制能を解析した結果、in vitroの実験において、IMF-001はB16及びHeLa細胞の増殖を有意に抑制した。また、in vivoのマウスモデル実験においてもIMF-001はHeLa細胞の皮下注射による腫瘍形成及び、B16細胞静脈注射による肺転移・増殖をいずれも強力に抑制した。 以上、本論文において、自然免疫シグナルを制御する低分子化合物IMF-001を同定し、NF-κB経路の抑制とMAPK経路の活性化を同時に行う作用が、敗血症、関節炎、がんの病態を抑制することを明らかにした。今後、IMF-001の結合分子の同定などを通して、その作用点を明らかにすることによって免疫:発がんのシグナル伝達機構の更なる解明を推進することで、新しい角度から上記の病態の本態解明に資することが可能だと思われる。一方で、IMF-001を構造改変し、より安全性が高く、薬効の強い化合物を作製することが、上記の疾患に対する治療薬の開発に繋がると考えられる。本研究はこれらの基礎および応用医学研究の更なる発展への貢献が大きく期待できることから、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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