学位論文要旨



No 127323
著者(漢字) 高山,博夫
著者(英字)
著者(カナ) タカヤマ,ヒロオ
標題(和) 心臓移植患者における冠動脈外動脈病変の検討
標題(洋)
報告番号 127323
報告番号 甲27323
学位授与日 2011.04.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3757号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢作,直樹
 東京大学 教授 永井,良三
 東京大学 准教授 菅原,寧彦
 東京大学 講師 本村,昇
 東京大学 講師 垣内,千尋
内容要旨 要旨を表示する

心臓移植レシピエントの評価に当たり、高度末梢血管障害(peripheral vascular disease: PVD)の存在は、一般的に心臓移植適応の除外項目の一つに挙げられている。この見解は、PVDは全身的な血管状態の悪化の顕在化であり、移植前PVDの合併が心臓移植後の生存率やQOLの低下に寄与し、また移植後冠動脈病変の発症に関わっている可能性があるという懸念によるものである。 更に、移植前PVDのみならず、移植後にもPVDの進行や発症が移植治療により促進されるという推測がある。その理由として挙げられるのが、免疫抑制剤によるPVDの発症、または、移植後の様々な理由により施行される動脈穿刺に伴うPVD発症といったことである。しかし、これらの理論的懸念に対する科学的に裏付けは十分とは言えない。PVDに関する定義のあいまいさ、心臓移植後のPVDの発症やPVDの心臓移植治療成績(生存、脳血管障害の発症、移植後冠動脈病変)に与える影響に関する知見の欠乏といった課題がある。本研究では以下の2点を明らかにすることを目的とした。第一は、心臓移植後の患者を追跡調査することで、心臓移植後のPVDの発症に関して検討することである。第二は、移植前にPVDを有する患者の移植後成績を調査することで、PVDの心臓移植治療成績に与える影響を検討することである。なお本研究では定義の明確化のため、PVDを冠動脈外動脈性病変(Extra-coronary arterial disease: ECAD)とし、胸・腹部大動脈瘤、頚動脈・腎動脈・下肢動脈病変を含めた。

本研究は後ろ向き研究であり、ワシントン大学、コロンビア大学、United Network for Organ Sharing (UNOS)のデータベースを基にした。

研究1では、心臓移植の患者が心臓移植術後に合併するECADに関して検討することを目的とした。この研究には、ワシントン大学のデータベースを使用した。ワシントン大学の患者を、1)移植前よりECADを有する、または、移植後ECADを発症した患者、2)移植前後でECADを発症しなかった患者、の2群に群別した。この2群に対して、移植前の患者背景因子を比較した。更に、患者におけるECADの特徴、有病率、発症率に関して検討を行った。

ワシントン大学にて心臓移植を受けた全402例の患者の内、計49例の患者において、60のECADの保有あるいは発症が確認された。ECADを有する患者は、有意に高齢であった。また、虚血性心筋症、喫煙歴、飲酒歴、慢性閉塞性肺疾患、心臓手術の既往歴を有する率が高かった。しかし、ECADの強い危険因子である高血圧、糖尿病には差が見られなかった。全60病変のうち、5病変が胸部大動脈、14病変が腹部大動脈、7病変が頚動脈、4病変が腎動脈、30病変が下肢動脈に観察された。22%に当たる13病変が外傷性動脈病変であった。68%に当たる41病変が侵襲的治療により加療を受けた。ECADによる合併症にて2例の死亡が見られた。心臓移植時にECADを保有しない確率は94%で、移植1,4,10年後は、91,90,86%と徐々に低下した。移植後17年後には17%の移植患者が何らかのECADを有すると推測された。

研究2では、心臓移植前にECADを有することが、心臓移植後の治療成績にどのような影響を与えるかを、ワシントン大学の患者を対象に調べた。治療成績として、生存率、脳血管障害発症率、移植後冠動脈病変発症率について検討を加えた移植前ECADは、重症度により、高度、中から軽度、無病変の3群に分けられた。これらの重症度分類は、患者の臨床所見及び移植前血管病変スクリーニングの所見を総合して臨床判断された。高度ECADは、解剖学的有意病変による強い症状があるにも関わらず血管内治療あるいは外科的治療の適応とならない病変と定義され、現存する心臓移植ガイドラインに則って心臓移植適応外と判断された。即ち、それが主要因で移植の適応外と判断されたECADは、高度ECADと判断された。そのため、必然的に心臓移植を受けた患者には術前高度ECADを有した症例は存在しなかった。

ワシントン大学にて心臓移植を受けた全402例の患者を以下のように群別した。第1W群は心移植前からECADを有する患者の23例で全症例の6%に該当した。全病変部位数は23箇所であった。23病変の内、15病変(65%)は、心臓移植前に侵襲的治療を受けた。ECADを有さない残りの379例を第2W群に群別した。第1W群患者は有意に高齢で、喫煙歴、飲酒歴、高血圧、慢性閉塞性肺疾患、心臓外科の既往を有する率が高かった。全23例の病変部位の内、胸部大動脈病変が1例、腹部大動脈病変が2例、頚動脈病変が5例、腎動脈病変が1例、下肢動脈病変が14例であった。61%に当たる14病変が侵襲的治療を受けた。観察期間中の死亡者数は、第1W群で5例(22%)、第2W群で94例(25%)であった。検定により、交絡の可能性がある因子として、年齢、喫煙歴、飲酒歴、高血圧、高脂血症、心臓手術の既往が挙げられた。これらの交絡因子を補正すると、第1W群の死亡確率は第2W群に比較して1.4倍高かったが統計学的有意差は認められなかった(95% CI: 0.47-4.1)。平均生存期間は、第1W群で4.9年、第2W群で5.6年であった。The Kaplan-Meier survival curveでは両群間に有意差は認められなかった。Cox proportional hazards regressionによる検定では,第1W群の死亡確率は第2W群に比較して1.5 倍(95%CI: 0.59-3.89) 高かったが、やはり統計学的有意差は認められなかった。心臓移植後の脳血管障害発症例は第1W群で4例(17%)、第2W群で12例(3%)であった(p=0.001)。第1W群の脳梗塞4例の内3例は心臓移植術後退院前に発症した。logistic regression modelを用いて群間の相対危険度の調整オッズ比を検定した。年齢、喫煙歴、高血圧、心臓手術の既往を調整因子とした。第1W群における心臓移植後の脳血管障害発症の調整オッズ比は、第2W群に対して、6.3 (95% CI: 1.7-28)であった。心臓移植後の移植後冠動脈病変発症例は第1W群で6例(26%)、第2W群で12例(20%)であった(p=0.49)。同様の検定法を用いたところ、第1W群における心臓移植後の移植後冠動脈病変発症の調整オッズ比は、第2W群に対して、1.5 (95%CI: 0.53-4.08)であった。

研究3では、症例数を増やし、心臓移植前にECADを有することが、心臓移植後の生存にどのような影響を与えるかを調べた。研究2同様、移植前ECADは重症度により、高度、中から軽度、無病変の3群に分けられた。移植対象外とされた病変は高度と判断され、中から軽度病変群(第1WC群)と無病変群(第2WC群)に関して、移植後の生存率を比較した。対象は、ワシントン大学にて1985年から2004年の間に心臓移植を受けた402例の患者のコロンビア大学で2001年1月1日から2009年12月31日の間に同所性心臓移植を受けた18歳以上の患者で728例を併せた1130例とした。

観察期間中の死亡危険因子に関する検定により、交絡の可能性があるものとして、年齢、糖尿病、喫煙歴、高血圧、高脂血症、飲酒歴が挙げられた。これらの交絡因子を補正すると、第1WC群の死亡確率は第2WC群に比較して1.9倍高かったが統計学的有意差は認められなかった(95% CI: 0.84-4.17)。The Kaplan-Meier survival curveにおいても両群間に有意差は認められなかった。

研究4では、UNOSデータベースを用いて、心臓移植前にPVDを有することが、心臓移植後の患者死亡にどのような影響を与えるかを調べた。UNOSのデータベースではPVDの明確な定義がされていないため、ここでは研究1,2,3で用いたECADの定義は使わなかった。そのため、UNOS上の表記に準じてPVDと記載した。UNOSデータベースでは術前のPVDに関する情報は、あり、または、なし、で記録されており、「あり」群と「なし」群間での比較が行われた。対象は、2001年1月1日から2008年12月31日の間に同所性心臓移植を受けた18歳以上の患者で10,989例に上った。多臓器移植を受けた患者は除外した。

単変量解析によるオッズ比では、心臓移植前PVDの存在により心臓移植術後死亡率は1.3倍(95% CI: 1.1-1.6, p=0.01)と統計学的に有意に高くなった。しかし、多変量解析では、同1.3倍であるものの、95% CIは0.8-2.1でp値が0.3と有意差はなかった。次に、心臓移植前PVDを他の全身血管性病変と組み合わせ、心臓移植後死亡に与える影響を調べた。これにより、PVDは全身性血管病変の証左であり全身血管性病変の存在と悪化が移植後成績を悪化させる、という懸念の妥当性を検討した。PVDと組み合わせた移植前因子は、心不全の原因としての虚血性心筋症、脳血管障害の既往、糖尿病の3因子であった。これらの組み合わせそれぞれに関して多変量解析を行ったところ、いずれの組み合わせでも移植後死亡のリスクを上げることはなかった。

前述のように、世界における心臓移植ガイドラインの殆どで、科学的根拠がないまま、高度PVDは移植適応外とされている。 本研究の結果はこれらにある一定の論拠を与えるものである。即ち、現状のガイドラインに基づいて臨床医が判断する限りにおいて、中等度以下のECADは心臓移植の治療成績を悪化させないということが示された。さらには、本研究より、PVDを有する患者はvasculopathyであるため移植後の成績が良くない、とした従来の観念は必ずしも当てはまらないことが示された。今後のガイドラインにおいて移植適応外とされるべき高度PVDとは、「治療不能な解剖学的高度病変に伴う高度の臨床症状を呈する病変」とされるのが適当と考えられる。解剖学的に高度であったり、高度の症状があっても、血管内治療や外科手術が可能であれば、必ずしも心臓移植から除外されるべきではないであろう。ただし、ワシントン大学の症例では、ECADを有することが移植後脳梗塞の発症の危険因子となっており、生命予後に影響はなくても動脈病変に起因する他の重要合併症の発症には十分に配慮することの重要性も示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

心臓移植レシピエントの評価に当たり、高度末梢血管障害(peripheral vascular disease: PVD)の存在は、一般的に心臓移植適応の除外項目の一つに挙げられているが、科学的な裏付けは十分とは言えない。本研究では、PVDを冠動脈外動脈病変(Extra-coronary arterial disease: ECAD)と定義し、心臓移植後の患者を追跡調査することで、心臓移植後のECADの発症に関して検討し、更に、移植前にECADを有する患者の移植後成績を調査することで、ECADの心臓移植治療成績に与える影響を検討することを試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.ワシントン大学にて心臓移植を受けた全402例の患者の内、計49例の患者において、60のECADの保有あるいは発症が確認された。22%に当たる13病変が外傷性動脈病変であった。68%に当たる41病変が侵襲的治療により加療を受けた。心臓移植時にECADを保有しない確率は94%で、移植1,4,10年後は、91,90,86%と徐々に低下した。移植後17年後には17%の移植患者が何らかのECADを有すると推測された。

2.ワシントン大学にて心臓移植を受けた全402例の患者を、心移植前からECADを有する患者(1W群、23例)、ECADを有さない患者(2W群、379例)に群別した。交絡因子を補正すると、第1W群の死亡確率は第2W群に比較して1.4倍高かったが統計学的有意差は認められなかった(95% CI: 0.47-4.1)。The Kaplan-Meier survival curve、Cox proportional hazards regressionによる検定ともに、両群間に統計学的有意差は認められなかった。交絡因子調整後、第1W群における心臓移植後の脳血管障害発症の調整オッズ比は、第2W群に対して、6.3 (95% CI: 1.7-28)であった。心臓移植後の移植後冠動脈病変発症は両群間で差がなかった。ECADと死亡確率の関連に関しては、ワシントン大学およびコロンビア大学で心臓移植を受けた18歳以上の患者を併せた1130例、およびUNOSデータベースに登録された、同所性心臓移植を受けた18歳以上の患者10,989例でも検討したが、交絡因子を補正後、統計学的有意差は認められなかった。

3.同UNOSデータベースにて、心臓移植前PVDを他の全身血管性病変(虚血性心筋症、脳血管障害の既往、糖尿病)と組み合わせ、心臓移植後死亡に与える影響に関して多変量解析を行ったが、いずれの組み合わせでも移植後死亡のリスクを上げることはなかった。

以上、本論文により、現状のガイドラインに基づいて臨床医が判断する限りにおいて、中等度以下のECADは心臓移植の治療成績を悪化させないということが示された。さらには、本研究より、PVDを有する患者はvasculopathyであるため移植後の成績が良くない、とした従来の観念は必ずしも当てはまらないことが示された。ただし、ECADを有することは移植後脳梗塞の発症の危険因子であることも示された。これらの知見はこれまで未知に等しく、本研究の結果は、今後の心臓移植ガイドライン作成に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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