学位論文要旨



No 127324
著者(漢字) 清松,知充
著者(英字)
著者(カナ) キヨマツ,トモミチ
標題(和) 下部直腸癌術前照射療法の安全性に関する検討
標題(洋)
報告番号 127324
報告番号 甲27324
学位授与日 2011.04.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3758号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮川,清
 東京大学 准教授 北山,丈二
 東京大学 准教授 野村,幸世
 東京大学 准教授 藤城,光弘
 東京大学 講師 吉田,晴彦
内容要旨 要旨を表示する

近年、直腸癌に対する術前照射は特に下部直腸癌に対して欧米を中心に局所再発率の低下を目的として広く用いられるようになってきた。多くのstudyにおいて術前照射は術後の局所再発率を有意に低下させることが明らかにされてきた。一方でさまざまな照射に伴う有害事象も多数報告されてきている事実がある。そこで近年放射線のさまざまな照射方法が工夫されており、特に多門照射法を用いることが術後の有害事象の減少に寄与するのではないかと期待されている。高線量短期照射(5Gy×5Fr / 1week)においては4門照射は2門照射よりも術後合併症や周術期死亡率が減少することが知られている。しかし長期低線量照射(2Gy×25Frや1.8Gy×28Gy)においては2門照射と4門照射に分けることでの効果は知られていない。現在では長期低線量照射は化学療法と組み合わせて術前放射線化学療法としてますます広く用いられるようになってきており少しでも有害事象を減らすことが必須である。4門照射が2門照射に比して合併症や周術期死亡率の低減の点で有意かどうかを検討した。

また高齢者における術前照射の安全性についても検討を行った。高齢者の直腸癌患者が年々増加しておりその治療にはいろいろなオプションが考慮されることが多くなってきている。しかし局所再発率の低下のために広く用いられている術前照射療法ではあるがこれが高齢者にとっても同様に有効でかつ有害事象を増やすことなく施行可能かどうかはいまだ不明である。いくつかの論文においては高齢者においては術後合併症が有意に増加することを報告しており、また同時に術前放射線療法も術後合併症の増加に寄与するとの報告もあるため多くの外科医は高齢者の高い併存疾患率や自然予後の短さを考慮して術前照射を用いることに消極的である。しかし現在の医療レベルにおいては70代や80代の患者はまだまだそれなりに長い自然予後を有しておりこれらの患者からその治療オプションを奪うのは妥当とはいえない。患者自らが意思を持って治療を選択する権利があると思われる。

いずれの検討においても1986年から2004年にかけて東京大学医学部附属病院にて下部直腸進行癌に対して術前補助放射線療法を施行した症例を対象として検討を行った。術前放射線療法の適応は全期間を通じて以下のごとく設定した。(1)直腸の下部1/3に腫瘍下端がかかるすなわち腹膜翻転部よりも肛門側に腫瘍下端がかかること(2)遠隔転移がないこと(3)深達度としては筋層をこえて浸潤していること、以上の3条件を満たす症例を適応症例とした。これらの検査の上での適応症例に対して十分なICのもと承諾を得られた症例について長期低線量照射(50Gy~50.4Gy)で術前照射を施行した。照射方法として1986年から2000年5月までの症例では2門照射が行われ、それ以降の期間においては4門照射が行われた。すべての症例において6-MeVリニアック装置を用いて仰臥位にて1.8~2.0Gyの低線量の多分割(25回~28回)照射が行われた。術前照射終了後4週間のインターバルをおいて根治目的に外科的切除が行われた。

まずは2門照射と4門照射の比較であるが術前照射は2門照射群においては156人(98.1%)、また4門照射群においては65人(100%)の症例において完遂可能であった(P=0.64)。また術後の病理組織学的評価にて治癒切除となった症例は2門照射群においては129例(82.7%)で4門照射群においては(90.8%)であり(P=0.18)、2群間で有意差はなかった。カプラン・マイヤー法による累積5年局所再発率は2門照射群で6.6%、4門照射群で2.4%と有意差は見られなかった(P=0.45)。また同様に累積5年無再発生存率においても2門照射群で70.5%、4門照射群で75.3%で有意差は見られなかった(P=0.71)。術後30日間における周術期死亡率は両群いずれにおいても0%、また長期経過を含めて退院できずに在院死となった症例は2門照射群の1症例のみ(0.64%)であり両群間に有意差は見られなかった。在院中の全合併症発生率は2門照射群において54.5%であり4門照射群における36.9%と比較して有意に高かった(P=0.02)。再手術を必要とするような大きな合併症の発生率も2門照射群においては11.5%と4門照射群における0%と比較して有意に高かった(P=0.01)。肛門温存術を施行した例におけるcovering colostomyの行われた割合は2門照射群では14.6%および4門照射群では5.6%であり2門照射群においてむしろ多い傾向にあった。にもかかわらず縫合不全の発生率は2門照射群においては20.0% (15/75)で4門照射群における2.8% (1/36)に比較して有意に高かった。

本研究では直腸癌の術前照射において従来の2門照射に代えて4門照射を用いることで術後の合併症の発生や再手術を要するような重篤な合併症を少なくさせる可能性を示した。特に直腸癌手術におけるもっとも重要な合併症である縫合不全の発生率に関して4門照射で有意に発生率が低いことが示された。本研究においては手術方法、吻合方法および腫瘍下端までの平均距離に両群間で有意差は見られていない。この差に関しては吻合に用いられている再建腸管への放射線の被爆量の違いが影響していると考えられる。本研究の症例では上部S状結腸が口側の再建腸管として用いられているが、4門照射では同部には予定照射線量の約50%しか照射されていないのに比して2門照射では前後の対向2門照射であるために腹側から背側に到るまで均一に95%以上のdoseの照射量となっている。したがって吻合に用いられている上部S状結腸については約2倍の照射線量の差があり口側の再建腸管への照射線量の違いが両群間の縫合不全率に有意差が生じた大きな要因と考えられる。放射線照射量が増加すればするほど血管の内膜の線維化が進むことが知られておりこれにより血流障害が起こり腸管の浮腫がおこり、組織は脆弱となる。これによりさらに静脈系の還流障害も起こりさらに浮腫も増強するという悪循環が起こる。したがって2門照射症例においては4門照射群に比較して口側再建腸管への放射線性の組織ダメージが強く、このことがより高い吻合部縫合不全率をきたした要因となっていると考えられた。

また本研究では高齢者における術前照射の安全性についても検討を行なった。照射症例のうち70歳以上を高齢者群とし、70歳未満を若年者群として分けた。それぞれの群において各々の患者の術前の状態はCharlson's co-morbidity index、ASA classificationおよびKarnovsky's performance score (KPS) の3種類の指標にて評価した。術前全身状態についてASA scoreでの評価では高齢者群において有意にASA scoreが2または3の症例が多かった(P=0.003)。また Karnofsky performance score (KPS)における評価においても高齢者群のほうが有意にKPSが90以下の症例が多かった(P<0.0001)。また術前のCharlson Indexを用いた併存疾患の比較を行うと高齢者群においては有意に1つ以上の併存疾患を持った症例が多かった(P=0.001)。しかし両群間において術前照射中の有害事象の発生に関しては有意差は見られなかった。病理組織学的評価にて高齢者群の90.2% (n=37)そして若年者群の83.8% (n=150)が治癒切除で有意差は見られなかった。おのおのの累積5年局所無再発生存率は。高齢者群で95.5%および若年者群で93.6%でありP=0.93と有意差は見られなかった。また累積5年無再発生存率も高齢者群においては71.6%および若年者群においては72.9%であり両群間に有意差は見られなかった。周術期死亡は両群に1例もみられなかった。また術後合併症に関しては高齢者群においては48.8% (n=21)、若年者群においては45.3% (n=81)に見られたが発生率に関して有意差はなかった (P=0.86)。吻合部縫合不全の発生率に関して高齢者群では11.1% (2 / 18)および若年者群においては12.9% (12 / 81)であり有意差を認めなかった。また術後に再手術を要するような重篤な合併症の発生率に関して高齢者群では9.8% (n=4)であるのに対して、若年者群では7.8% (n=14)であり有意差を認めなかった。おのおののスコアにおいて高齢者群においては併存疾患の状況に関してASA grade, Charlson's IndexおよびKPSのいずれの評価においても有意に低下した状況であるにもかかわらず今回の検討においては明らかな術後合併症や周術期死亡率の増加は見られなかった。70歳以上の高齢者に対しても70歳未満の若年者と同様に合併症や周術期死亡の増加を伴うことなく施行可能であることが示された。またその効果についても術前照射の一番の目的である局所再発の制御に関して同等の成績であった上に、無再発生存率に関してもまったく同等のであることが示された。さらなるRCTによる検証が必要ではあるが高齢者においても直腸癌術前照射療法は安全で有用な方法と考えられた。一般に高齢者は合併症の多さによってその補助療法を回避されがちであるが、本研究の結果から術前照射の適応から安易に除外することは避けなければならないと考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、下部進行直腸癌において局所再発の制御を目的に、近年広く行われている術前放射線療法の安全性、特に長期低線量術前照射の安全性を多門照射の有効性、および高齢者における安全性の二面から検討を行った結果、下記の結果を得ている。

得ている。

1.照射方法として、従来の2門照射に代えて4門照射を用いることで、その腫瘍学的な制御効果を損ねることなく、術後合併症の総発生率が有意に減少し、さらに再手術を要するような重篤な合併症の発生においても有意に減少することが示された。特に近年ますますその幅を広げている括約筋温存術において、重要な合併症である吻合部縫合不全に関しても、その発生率を有意に低下させることが明らかになった。直腸癌術前の長期低線量照射において4門照射は2門照射よりすぐれた照射方法であることが示された。

2.70歳以上の高齢者においても、術前照射は同等の効果をもって、かつ同等の安全性をもって施行しうる療法であることが示された。年齢や合併症の問題への懸念から集学的治療から排除されがちな高齢者に対しても、術前照射療法に関してその適応を制限する必要がないことが示された。

このように、近年広く普及し始めている下部進行直腸癌に対する長期低線量術前照射法に関連して、高齢者におけるその安全性を示すとともに、より合併症を少なくする方法としての4門照射法の有用性を示すことができた。今後の展望としての照射方法の個別の設定など、症例に応じたオーダーメイドの治療を考えていくことで、可能な限り目的照射野以外の臓器の被ばく量を低減させることで合併症の減少効果が期待できることを示し、また、ますます需要が増加する高齢者への集学的治療の安全性を示したことで臨床的に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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