学位論文要旨



No 127327
著者(漢字) 伊佐治,寿彦
著者(英字)
著者(カナ) イサジ,トシヒコ
標題(和) 細胞外基質を模倣した、アルギン酸-アテロコラーゲン化学架橋ゲルによる血管新生誘導効果の検討
標題(洋)
報告番号 127327
報告番号 甲27327
学位授与日 2011.04.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3761号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 講師 本村,昇
 東京大学 教授 安原,洋
 東京大学 教授 鄭,雄一
 東京大学 講師 中岡,隆志
内容要旨 要旨を表示する

・序文

心臓、肝臓、腎臓、肺などの大型の重要臓器の働きを再生医療で代替するには、単に大量の細胞の塊を移植するのではなく、細胞を組織化し、立体的な大型再生臓器を構築する必要がある。そのような大型再生臓器の移植後の生着率を高めるには、細胞が壊死に陥る前に移植組織全体を包含し、かつ中心部にも到達する血管網を構築する技術が必須となる。そのためには、移植母床の血管網から、移植組織内に血管新生を誘導する足場構造を組み込む必要がある。しかし、その点に配慮した再生組織開発の報告は少ない。

生体においては、細胞外基質(extracellular matrix, 以下ECM)が、血管新生を誘導する、いわば生理的足場として働く。ECMは、血管構造を支持するのに適した密度の三次元マトリックス構造を形成し、かつ優れた細胞接着性を有し、その一方で血管新生に伴って放出されるプロテアーゼに分解される性質を持つ。これによりECMは、血管を支持する足場であると同時に、血管の成長に伴うリモデリング機能も担保している。さらにECMは、血管新生を促す成長因子を貯留し、その供給源となる機能もあわせもつ。

これらのECMの特徴を模倣した、血管新生を誘導する足場材料として、過去にTakayamaらによりイオンコンプレックスゲルが報告されている。これは、アテロコラーゲンとクエン酸誘導体修飾アルカリ処理コラーゲンをイオン結合により架橋させた親水性ゲルである。アテロコラーゲンは、コラーゲン分子の両端に存在するテロペプチドを酵素処理して抗原性を除いた、水溶性のコラーゲンである。コラーゲンは、血管壁細胞に対する高い細胞接着能を有する一方で、血管新生に伴い放出されるプロテアーゼにより分解される性質を持っている。一方クエン酸は負に荷電したカルボキシル基を含み、正に荷電した血管成長因子であるbasic fibroblast growth factor(以下bFGF)と静電相互作用で結合する。そのため、クエン酸誘導体を側鎖に多く有するクエン酸誘導体アルカリ処理コラーゲンは、bFGFのリザーバーとして働くと予想される。以上よりイオンコンプレックスゲルは、先述の血管新生を誘導する足場材料の条件をすべて満たすものであると考えられた。実際に動物実験において、優れた血管新生誘導能が示された。

血管新生誘導能を有するゲルは、最終的に大型再生臓器の足場材料として臨床応用することを目標としているが、実際に再生医療の足場材料として機能しうるかを検討するための第一段階として、細胞または小型の組織を足場材料に組み込み、生体内に移植して長期の生着や機能を評価する必要がある。

重症糖尿病に対する膵島移植は、現在門脈内投与法で臨床応用されているが、より低侵襲な部位への生着率の高い移植法の確立が待たれている。一つの移植部位として筋膜下が考えられるが、血流が乏しい部位であるため、組織の生着のためには血管新生を誘導する足場材料を用いる必要がある。本研究ではイオンコンプレックスゲルを足場材料として用い、糖尿病モデルラットに対する腹直筋筋膜下への膵β細胞移植実験を行った。その結果は、移植後に長期の血糖値の低下が認められたものが一例のみであった。ただしその一例には、他の例では見られないインスリン染色陽性の移植膵島の生着と、周囲の血管新生を認め、移植膵島が生着したことによる血糖降下作用があったと考えられた。

膵島移植実験で用いたイオンコンプレックスゲルは、イオン結合がpHや塩濃度などの環境の影響を受けやすいという欠点を有する。また、クエン酸誘導体の疎水性が高いため、これを用いた共有結合による化学架橋ゲルの作製は困難である。本研究では、カルボキシル基を過剰に有する親水性の高い化合物としてアルギン酸に着目し、アテロコラーゲンとの共有結合による化学架橋を形成させることで、血管新生誘導能にすぐれ、より安定した足場材料を開発することをめざした。

本研究の目的は、アルギン酸とアテロコラーゲンの架橋体からなるアルギン酸アテロコラーゲンゲルを作製し、血管新生を誘導する足場素材としての至適条件を検討することである。

・アルギン酸アテロコラーゲンゲルの物性評価

アルギン酸をN-ヒドロキシスクシニミド(以下HOSu)で活性化したスクシニミド活性化アルギン酸(以下Suアルギン酸)溶液とアテロコラーゲン溶液とを混合し、両者の間で共有結合が進行すると、架橋体を形成してアルギン酸アテロコラーゲンゲルが得られる。本研究では、アテロコラーゲンの最終濃度を1%とし、Suアルギン酸の最終濃度と、アルギン酸100糖ユニット当たりのHOSu活性化カルボキシル基の数(以下Su数)が異なるゲルを多種類作製し、その特性を評価した。

ゲル化してからの生理条件下での形態変化を評価するため、ゲルの重量を2日間内皮細胞用の培地に浸漬する前後で測定し、その比を求め、膨潤収縮率と定義した。Su数やSuアルギン酸濃度が高いゲルほど培養液を吸収して膨潤する傾向を認めた。

組織移植への応用を考慮すると、生体環境で大きく膨潤または収縮するゲルは、機械的強度や分解性が不安定化すると考えられる。本研究では膨潤収縮率は80%から180%を基準範囲とし、それを外れたゲルは細胞移植への応用は困難であると考えた。

また実際の操作においては、Su数やSuアルギン酸濃度が低いゲルほど、ゲル化に長時間を要する傾向があった。なかでもSuアルギン酸濃度が0.05%でSu数が2のゲルは、長時間が経過してもゲルの硬度が不十分で、細胞移植への応用は困難であると考えた。以上より、細胞移植の足場材料として適した物性を有するゲルの範囲を特定し、それらの血管新生誘導能の評価を行うこととした。

・アルギン酸アテロコラーゲンゲルの血管新生誘導能評価

まず、ゲルの血管新生誘導能を生体外で評価した。具体的には、内皮細胞フィブリン塊をゲルに包埋し、6日間培養し、内皮細胞の成長距離を測定した。成長距離は時間とともに延長し、Su数やSuアルギン酸濃度が低いほど、成長距離が長くなる傾向を示した。

つづいて、生体内でゲルの血管新生能を評価した。具体的には16種類の組成からなるアルギン酸アテロコラーゲンゲルを、それぞれ厚さ1mm内径3mmのePTFE製人工血管片に充填ののち、ラットの腹直筋筋膜下に埋植し、5日目に採取した。採取したサンプルのH.E.染色による組織標本を作製し、サンプル中の新生血管を含む領域の割合を示す血管新生占有率、血管新生を含む領域中の新生血管そのものの密度を示す総血管密度、また新生血管の内腔面積の割合を示す総血管面積率を算出した。また、抗αSMA抗体を用いた免疫染色を行い、αSMA染色陽性新生血管の密度を示す、成熟血管密度を算出した。すべてのゲルに関して血管新生占有率を比較すると、全体として、Suアルギン酸濃度が低くなるほど、またSu数が低くなるほど血管新生占有率が高くなる傾向が認められた。これは、内皮細胞フィブリン塊を用いた生体外の実験と合致した結果といえる。ただし、今回対象としたゲルよりも、Su数やSuアルギン酸濃度の低いゲルは、架橋部位が少なく、マトリックス密度が低すぎるがゆえに硬度が不十分であり、埋植実験においてePTFE片内に保持されず、実験の遂行自体が困難であり、検討対象として適さないと考えた。以上の結果は、安定した立体構造を保持する程度の最低限の強度を持つ範囲に限れば、ゲル全体の架橋部位が少ないほど、新生血管を早く増殖させる足場材料として利用可能であることを示している。

総血管密度、総血管面積率、成熟血管密度に関して、Su数を固定しSuアルギン酸濃度のみが異なるゲル間、Suアルギン酸濃度を固定しSu数のみが異なるゲル間で比較したが、いずれも差を認めなかった。このことから、架橋による高分子ネットワークの密度は、誘導された血管の質的特性に影響を与えにくいことが考えられた。

また、Suアルギン酸濃度とSu数を固定し、アテロコラーゲン濃度0.5%と1%のゲルとで比較したが、いずれの項目にも差を認めなかった。しかし、アテロコラーゲン濃度0.5%のゲルは、明らかに機械的強度が弱く、実用的な足場材料として不適であると考えられた。

bFGFの添加による血管新生に対する効果を検討するため、Suアルギン酸濃度のみが異なる2種類のゲルに、1000ng/mlのbFGFを加えたものを作製し、先述と同様の埋植実験を行った。血管新生占有率は、Suアルギン酸濃度が0.2の群ではbFGF添加ゲルが無添加ゲルに対して有意に高値であったが、Suアルギン酸濃度が0.05の各ゲル間では有意差を認めなかった。総血管密度、総血管面積率は、Suアルギン酸濃度0.2と0.05のいずれの各ゲル間でも有意差を認めなかった。成熟血管密度はSuアルギン酸濃度0.2と0.05のいずれの群間においても、bFGF添加ゲルが無添加ゲルに対して有意に高値であった。

このことから、bFGFの添加が、宿主の血管から血管内皮細胞を管腔状に増殖させるangiogenesisに加えて、増殖した幼弱な新生血管の構造を発達させるarteriogenesisも促進し、アルギン酸アテロコラーゲンゲルの有する血管新生誘導能が増強されることが示唆された。

・総括

アルギン酸アテロコラーゲン化学架橋ゲルは、その立体構造が維持される範囲において、よりネットワーク構造の疎なものが、優れた血管新生誘導能を示した。また、bFGFを添加することで、angiogenesisとarteriogenesisを含めた血管新生誘導能はより向上した。今後は、実際に細胞を用いた移植実験で再生医療における足場材料としての機能を評価し、最終的に大型再生臓器を創出することが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は再生医療への応用を目的として、細胞外基質を模倣したアルギン酸アテロコラーゲンゲンゲルを作製し、血管新生誘導する足場材料としての至適条件を検討したものであり、下記の結果が得られている。

1.アルギン酸をN-ヒドロキシスクシニミド(以下HOSu)で活性化したスクシニミド活性化アルギン酸(以下Suアルギン酸)溶液とアテロコラーゲン溶液とを混合し、両者の間の共有結合により架橋体を形成させ、アルギン酸アテロコラーゲンゲルが得られた。本研究では、アテロコラーゲンの最終濃度を1%とし、Suアルギン酸の最終濃度(以下Suアルギン酸濃度)と、アルギン酸100糖ユニット当たりのHOSu活性化カルボキシル基の数(以下Su数)が異なるゲルを多種類作製し、その特性を評価した。ゲル化してからの生理条件下での形態変化を評価するため、ゲルの重量を2日間内皮細胞用の培地に浸漬する前後で測定し、その比を求め、膨潤収縮率と定義した。Su数やSuアルギン酸濃度が高いゲルほど培養液を吸収して膨潤する傾向を認めた。膨潤収縮率80%以上180%以下のゲルは、Su数が2と4のゲルは全て、Su数が15のうちSuアルギン酸濃度が0.05,0.1,0.15,0.2の計16種類であった。

2.実際の操作においては、Su数やSuアルギン酸濃度が低いゲルほど、二溶液を混合した後ゲル化に長時間を要する傾向があった。なかでもSuアルギン酸濃度が0.05%でSu数が2のゲルは、長時間が経過してもゲルの硬度が不十分であった。以上より、細胞移植の足場材料として適した物性を有するゲルの組成の範囲を特定した。

3.ゲルの血管新生誘導能を生体外で評価した。具体的には、内皮細胞フィブリン塊をゲルに包埋し、6日間培養し、内皮細胞の成長距離を測定した。成長距離は時間とともに延長し、Su数やSuアルギン酸濃度が低いほど、成長距離が長くなる傾向を示した。

4.生体内でゲルの血管新生能を評価した。具体的には16種類の組成からなるアルギン酸アテロコラーゲンゲルを、それぞれ厚さ1mm内径3mmのePTFE製人工血管片に充填ののち、ラットの腹直筋筋膜下に埋植し、5日目に採取した。採取したサンプルのH.E.染色による組織標本を作製し、サンプル中の新生血管を含む領域の割合を示す血管新生占有率、血管新生を含む領域中の新生血管そのものの密度を示す総血管密度、また新生血管の内腔面積の割合を示す総血管面積率を算出した。また、抗αSMA抗体を用いた免疫染色を行い、αSMA染色陽性新生血管の密度を示す、成熟血管密度を算出した。すべてのゲルに関して血管新生占有率を比較すると、全体として、Suアルギン酸濃度が低くなるほど、またSu数が低くなるほど血管新生占有率が高くなる傾向が認められた。

5.総血管密度、総血管面積率、成熟血管密度の各項目に関して、Suアルギン酸濃度、またSu数のみ異なるゲル間で比較検討したが、いずれも有意差を認めなかった

6.Suアルギン酸濃度とSu数を固定し、アテロコラーゲン濃度0.5%と1%のゲルとで比較したが、いずれの項目にも差を認めなかったが、アテロコラーゲン濃度0.5%のゲルは機械的強度が弱く、細胞移植の足場材料として不適であると考えた。

7.bFGFの添加による血管新生に対する効果を検討するため、Suアルギン酸濃度のみが異なる2種類のゲルに1000ng/mlのbFGFを加えたものを作製し、先述と同様の埋植実験を行った。血管新生占有率は、Suアルギン酸濃度が0.2の群ではbFGF添加ゲルが無添加ゲルに対して有意に高値であったが、Suアルギン酸濃度が0.05の各ゲル間では有意差を認めなかった。総血管密度、総血管面積率は、Suアルギン酸濃度0.2と0.05のいずれの各ゲル間でも有意差を認めなかった。成熟血管密度はSuアルギン酸濃度0.2と0.05のいずれの群間においても、bFGF添加ゲルが無添加ゲルに対して有意に高値であった。

以上、アルギン酸アテロコラーゲン化学架橋ゲルは、その立体構造が維持される範囲において、よりネットワーク構造の疎なものが、優れた血管新生誘導能を示した。また、bFGFを添加することで、angiogenesisとarteriogenesisを含めた血管新生誘導能はより向上した。本研究で示された至適な条件を有するアルギン酸アテロコラーゲンゲルは、足場材料に応用することで大型再生臓器の創生に大きく貢献すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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