学位論文要旨



No 127338
著者(漢字) 中野,勝行
著者(英字)
著者(カナ) ナカノ,カツユキ
標題(和) 製品サプライチェーンでの協働によるライフサイクルエンジニアリング手法の開発
標題(洋)
報告番号 127338
報告番号 甲27338
学位授与日 2011.05.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7519号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 平尾,雅彦
 東京大学 特任教授 飯塚,悦功
 東京大学 教授 船津,公人
 東京大学 准教授 松野,泰也
 東京大学 准教授 野田,賢
内容要旨 要旨を表示する

第1章 序論

地球温暖化や資源枯渇等の地球環境問題の重要度が増す中、製品のライフサイクルを考慮した環境対策は喫緊の課題となっている。しかし、製品の環境パフォーマンス向上は一企業のみでは困難である。

そこで、本研究では製品ライフサイクルを通じた環境負荷情報を活用し、その製品サプライチェーンを構成する企業聞で製品環境パフォーマンス向上検討を実施するための方法論開発を目的とする。第1章では、本研究課題へのアプローチを開発プロセスの視点と製品サプライチェーンの視点に分けて示し(図1) 、各章における研究内容の位置づけを示した。

第2章 エコデザイン実施モデルの開発

本章では、企業内の製品や製造ラインの開発プロセスにおけるLCA実施手法を一般モデル化し、ケーススタディを通じて有効性を実証した。本モデルは、中小企業においてもより根拠のある環境適合設計が可能となるよう、製品概念設計時にLCA結果を活用可能なモデルとした。また、実際に様々な特徴を持った企業でケーススタディを実施し、社内関係部門の役割、情報の流れ等を分析することで、LCAの導入目的に応じたLCA導入手順を示した。

本モデルは、エコデザインツールで製品仕様・設計検討を実施するケースと、製造方法検討を実施するケースの2ケースについて、導入以前と導入後にわけでIDEFOでモデル化した。例として、製品の仕様決定、詳細設計、製造ラインの設計、製造まで一貫して実施している企業の例を図2に示した。図中では、導入後の要素を斜体で示している。本モデルではLCA結果は詳細設計を検討する段階で生成されるが、その結果を概念設計をするアクティビティに活用することで、より設計プロセスの上流段階から根拠のあるエコデザインが実施可能となる。概念設計の段階で用いる環境調和型品質機能展開(QFDE) にLCA結果を利用する方法論を提案し、その有効性をケーススタディにより実証した。また製造ラインへLCAを導入するモデルでは、LCA結果を設計者だけでなく、生産現場における改善指標の一環としても利用可能であること示した。

第3章 環境情報共有による協働モデルの開発

製品ライフサイクルを通じた環境パフォーマンスを改善するには、関係企業が自主的に参加する仕組みが必要である。そこで、本章では製品サプライチェーンを構成する企業関で協働による改善活動を促進するためのサプライチエーン協働モデルを示している。本モデルは、LCAのために収集する工程マテリアルフロー情報を、マテリアルフローコスト会計(MFCA)にも利用することで取引先にデータ収集のインセンティブを追加することを特徴としている。コスト情報は企業内情報として扱うが、LCA情報を協働時に工程別定量的情報として共有し、活用することで、より根拠のある改善活動を支援する。本モデルでは、図3に示すように協働する企業、関連製造プロセス、実施技法、共有情報の種類を1枚の図に整理することで、参加企業内における合意を明示する。

第4章 製品サプライチェーン協働の実践と分析

本章では、第3章にて提案したサプライチェーン協働モデルを3つのサプライチェーングループに適用し、その有効性を示した。対象とした企業グループにおいては、開発段階にある事例と製造段階にある事例が存在したが、何れにおいても企業間協働による改善効果が見られた。また、比較的関係の浅い企業聞においても、定量情報として環境情報を共有することで、定性情報しかなかった従来に比べ、より信頼性のある情報の元で改善検討をすることが可能となった。さらに、各企業における社内管理体制と実際の改善案の関係について分析し、改善検討箇所に応じた担当部門の参加が必須であることを示した。また、協働による改善プロジェクトが設立するための要件のケーススタディの分析結果から明らかにした。

第5章 LCA支援システム開発

本章では、企業間協働時にLCAインベントリデータを流通させるためのデータ構造を検討した。本章で提案したデータ構造は、中間フロー情報を本来の中間フロー情報と評価に用いる中間フロー情報とに分割することで、その両方の情報を保持することが可能とする。企業聞でデータ共有する際には、真の中間フロー情報を秘匿しつつ、評価に用いる中間フローを伝達可能となることを示した。また、プロセス聞の製品を川上側と川下側で区別し、その製品開のプロセス連鎖の適合度を示すデータベース構造を提案し、実装した。

第6章 製品サプライチェーン協働モデルとエコデザイン実施モデルの統合化

資本関係のあるグループ企業や、売上に占める取引割合が大きいなどインテグラル型製品サプライチェーンを構築する緊密度の高い企業聞では、従前よりノウハウの交換による改善活動が活発に行われてきた。しかし、定量的工程別環境情報を活用した改善活動は、必ずしも一般的ではなく、依然として新たな改善案導出の余地がある。一方で、取引関係がありつつも、資本関係・取引割合が少ないといったモジュラー型製品サプライチェーンを構築する緊密度の低い企業聞では、企業機密漏洩の懸念により緊密な改善活動が困難である。モジュラー型製品サプライチエーンでは意図的に大量生産による低コスト化等を目的に摺り合わせを避けている。そこで、本章では緊密度の高いインテグラル型製品サプライチェーンを対象に、協働により環境適合設計を実施するための統合モデルを検討した。

本章では企業間で環境適合設計を実施するビジネスプロセスとして統合モデルを示した。統合モデルは、製品開発プロセス全体、製品概念設計時、製品詳細設計時、製品製造ライン開発プロセス全体、製品製造ライン設計時、製品改善時を対象に個々に構築した。本統合モデルは、企業聞で改善ワークショップを開催するなどして必要な情報のみを交換しつつも、製品ライフサイクルでの環境パフォーマンス向上を検討することを目的とした。また、環境情報を整理するインセンティブとして工程コスト分析技法であるMFCAの導入を示した。マテリアルフロー情報をコスト削減のための基礎データとして利用することで、新たな改善検討の契機とすることができる。統合モデル実施時と実施前を対象に、社内管理体制図を分析し、社内の関係者と情報の流れ、開発プロセスとの関係を図示した。統合モデル実施後(図4) では、協働のタイミングとして製品企画・概念設計、量産直前、量産後の3種類あるとし、それぞれに関わる社内外部門との関係を示した。

第7章 総括

製品ライフサイクルで環境改善を実施するため、コアツールとしてLCAを採用し、企業内におけるLCA等のエコデザインツール導入モデルを実例に基づき構築した。提案した導入モデルでは、LCA結果を製品概念設計の段階で活用することで、より設計の自由度の高い段階でより根拠のある環境適合設計が可能となった。また、実際に様々な特徴を持った企業でLCAケーススタディを実施し、社内関係部門の役割、情報の流れ等を分析することで、LCAの導入目的に応じたLCA導入手順を開発した。

製品サプライチェーンで協働により改善を実施するため、企業問における協働モデルを構築し、ケーススタディを実施した。企業間協働による改善活動は、企業機密漏洩やデータ収集工数増加の懸念があるが、本モデルでは工程コスト分析技法を導入することにより、データ収集の誘因を付加し、LCAによる工程別定量的環境情報をもとに改善検討が可能となった。さらに、企業聞でのLCAデータ授受を前提としたデータ構造を提示し、実装した。本データ構造により、真の中間フロー情報を秘匿しつつ、評価に用いる中間フローを伝達可能であることを示した。また、企業間協働実施時における社内開発プロセスモデルを開発した。以上の個別研究を通じ、本研究では製品ライフサイクルを通じた環境負荷情報を活用し、その製品サプライチェーンを構成する企業問で製品改善の検討を実施するための方法論を提案し、その有効性を実証した。

図1 研究内容の位置づけ

図2 製品仕様・設計検討を実施するケースの実施モデル

図3 サプライチェーン協働モデル

図4 製品サプライチェーンでの協働後における社内管理体制図

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「製品サプライチェーンでの協働によるライフサイクルエンジニアリング手法の開発」と題し、製品ライフサイクルを通じた環境負荷情報を活用し、その製品サプライチェーンを構成する企業間で製品環境パフォーマンス向上検討を実施するための方法論と実施支援基盤の開発を目的とした研究であり、全7章より構成されている。

第1章は緒言であり、本研究の背景及び目的を述べている。地球温暖化や資源枯渇等の地球環境問題の重要度が増す中、産業界においてもそれらへの対応は喫緊の課題となっていることを説明している。その上で、ライフサイクルアセスメント(LCA)が企業における戦略的かつ自主的な環境活動を推進するために有効な技法であることを示しつつも、単独企業でLCAを実施することの限界、複数企業で実施する上での課題を既往の研究を含めて論じている。これらの背景を受け、製品ライフサイクルにおける環境負荷情報を活用し、その製品サプライチェーンを構成する企業間で製品改善の検討を実施するための方法論の開発を本論文の目的として示している。

第2章では、企業内の設計プロセスにおけるLCA実施手法をアクティビティモデルとして提示することによって、エコデザインの実施モデルを提案している。製品設計を対象とする場合と製造ラインを対象とする場合の2種類のケースのモデルを示し、中小企業など製品の概念設計から詳細設計まで全てのアクティビティを保有しない企業でもLCAの導入を可能としている。製品設計を対象とするモデルの特徴は、環境調和型品質機能展開にLCAの結果を反映させることで、より設計の自由度の高い概念設計の段階から環境適合設計が合理的な情報をもとに実施可能となることにある。また、製造ラインの設計以降をビジネス領域にする企業では、LCAは製造ライン設計のアクティビティで実施するが、その結果を、製造ラインを稼働させるアクティビティに送ることによって、日常的な品質管理活動の中で活用することを提案している。これらのモデルを6つの事例に実際に適用し、有効性を示している。さらに、企業におけるLCA導入体制を分析し、一般的な導入手順を示している。

第3章では、製品環境パフォーマンス向上活動を、製品サプライチェーンを構成する企業間協働による環境情報共有により実践するモデルを提案している。本モデルはLCAのために収集する工程マテリアルフロー情報を、マテリアルフローコスト会計(MFCA)にも利用することで取引先にデータ収集のインセンティブを追加することを特徴としている。さらに、LCA情報を中心とした定量的情報をもとに企業間協働を実施することで、製品環境パフォーマンス向上をより効果的に実施することを可能としている。これらの企業間改善活動における情報の流れ、対象製造プロセス、手順を整理したモデルとして、サプライチェーン協働モデルを提案している。

第4章では、第3章で提案した製品サプライチェーンを構成する企業間協働による改善活動を3つの企業グループに適用し、その有効性を実証している。3つの企業グループにおいては、開発段階にある事例と製造段階にある事例が存在しているが、何れにおいても企業間協働による改善効果が示されている。また、比較的関係の浅い企業間においても、定量的な環境情報を共有することで、定性情報しかなかった従来に比べて、より信頼性のある情報の元で改善検討が可能となることが示されている。さらに、各企業における社内管理体制と実際の改善案の関係について分析し、改善検討箇所に応じた担当部門の参加が必須であることを示している。

第5章では、LCA支援システムとしてインベントリデータを流通させるためのデータ構造を提案している。本章で提案したデータ構造は、プロセス間の中間フロー情報を本来の中間フロー情報と評価に用いる中間フロー情報とに分割することで、その両方の情報を保持することを可能とするものである。プロセス間の中間フローにある製品を川上側と川下側で区別し、その製品間のプロセス連鎖の適合度を示すデータベース構造を提案し、ソフトウェアとして実装し、企業間のデータ流通を可能とした。

第6章では、一企業における環境適合設計を導入した開発プロセスと、複数企業間で協働して環境適合設計するプロセスの統合モデルを提案している。さらに、統合モデル実施時と実施前を対象に、社内管理体制図を整理し、社内の関係者と情報の流れ、開発プロセスとの関係を可視化した。これにより、改善プロジェクト実施のタイミング、参加すべき関係者が明確になった。

第7章は終章であり、本論文で構築してきた企業内における環境適合設計実施のビジネスモデルと、企業間での協働改善を促進する方法論を統合化することで製品の環境パフォーマンス向上が図られることを論じている。加えて、提案された方法論に関わる今後の研究課題についても述べられている。

以上要するに本論文は、企業内における環境適合設計にLCAを導入する方法論、および製品サプライチェーンを構成する企業間協働による環境配慮活動を促進する方法論を明らかにし、それらを統合することで企業における自主的・戦略的な製品ライフサイクルを通じた製品環境パフォーマンス向上活動を促進する方法論を提示し、その有効性を検証している。これらの成果は、複数の主体が関わるライフサイクル全体の最適化を実現する上で極めて有用なものであり、ライフサイクル工学および化学システム工学に大きく貢献するものと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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