学位論文要旨



No 127347
著者(漢字) 大林,祝
著者(英字)
著者(カナ) オオバヤシ,イワイ
標題(和) シロイヌナズナの新規核小体因子RID2の関与する細胞増殖制御機構の分子遺伝学的解析
標題(洋) Molecular genetic analysis of a cell proliferation control mechanism involving RID2, a novel nucleolar factor, in Arabidopsis thaliana
報告番号 127347
報告番号 甲27347
学位授与日 2011.05.31
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5714号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 杉山,宗隆
 東京大学 教授 福田,裕穂
 東京大学 教授 塚谷,裕一
 東京大学 教授 米田,好文
 東京大学 教授 平野,博之
内容要旨 要旨を表示する

序論

植物細胞は分化した後も分化全能性を保持しており、容易にこれを発現する。この柔軟な分化の様態は、植物細胞を特徴づける性質と考えられる。発表者は、分化全能性発現の初発段階である脱分化・細胞増殖再活性化に着目し、その分子機構から植物細胞の分化のあり方を理解することを目的として研究を行ってきた。修士課程においては、シロイヌナズナの組織培養系を用い、カルス形成初期過程に強い温度感受性を示す突然変異体root initiation defective 2 (rid2)について解析した。その結果、rid2変異体がrRNAプロセッシング中間体を異常に蓄積していることなどが明らかになり、脱分化を含む細胞増殖制御におけるrRNA生合成の重要性が示唆された。また、RID2関連因子を遺伝学的にとらえるため、rid2の抑圧変異体を探索して単因子劣性の1系統を単離し、suppressor of rid two 1(sriw1)と名付けた。博士課程では、RID2の機能についてさらに解析を進めるとともに、sriw1の分子遺伝学的解析を行い、RID2の関与する細胞増殖制御の分子機構について新知見を得た。

第1章 細胞増殖制御機構におけるRID2の関与する核小体機能

1. 核小体とRID2の関係

rid2変異体で観察される特徴的な表現型の一つに、核の肥大がある。制限温度下で胚軸断片をカルス誘導培地で培養した際にはとくに顕著で、カルス形成のもととなるべき中心柱の細胞が分裂せずに異常に膨潤し、そのような細胞の核の大きさは通常の数十倍にもなる。このとき目立つのは核小体と思われる構造である(図1A)。そこで、H/ACA snoRNPのNHP2にGFPを融合したタンパク質を発現させ、これを核小体マーカーとして詳しく調べた。その結果、rid2変異体で核小体が巨大化することが確認された(図1B)。

rid2変異体の責任遺伝子RID2は、S-adenosylmethionine (SAM)結合モチーフと核移行シグナル(NLS)をもったメチルトランスフェラーゼ様の因子をコードしている(図1C)。NLSからRID2は核タンパク質であると推測されたが、GFP融合RID2タンパク質を発現させた細胞の蛍光観察により、RID2は核の中でもとくに核小体に多いことがわかった(図1D)。

2. rRNA生合成の組織間差と変動

rid2変異体の組織培養を制限温度下で行うと、胚軸中心柱の脱分化(細胞増殖能獲得)はほぼ完全に阻害されるが、根の中心柱における細胞増殖再開は阻害されない。また、rid2 の芽生えの制限温度曝露では、成長全般が抑制されるが、主根の発達・成長にとくに重篤な異常が見られる。一方でrid2変異はrRNAのプロセッシングに強く影響することから、rRNA生合成のレベルとrid2変異感受性との関係が窺われた。この関係を検証するため、rRNA生合成の組織間差と変動を調べた。rRNA転写において主要な役割を担うRNAポリメラーゼIの発現をNRPA2p::GUSレポーターで検出し、これをrRNA生合成の指標とした。図2に示したように、芽生えではGUS活性は根端分裂組織で最も高く、茎頂や根の中心柱でも高い活性が見られた。胚軸中心柱ではGUS活性が認められなかったが、胚軸断片をカルス誘導培地で培養すると、細胞増殖に先立って中心柱でGUSが発現した。この結果から、rRNA生合成のレベルが組織によって大きく異なること、rRNAの生合成が盛んな部位とrid2変異の強く影響する部位がほぼ一致すること、胚軸の脱分化に際してrRNA生合成が高まることが示唆された。

3. リボソーム生合成に対するrid2変異の影響

rid2変異体は多量のrRNAプロセッシング中間体を蓄積していることから、成熟リボソームが減少している可能性が考えられた。そこで、リボソーム生合成へのrid2変異の影響について、ポリソーム解析を行い検討した。その結果、rid2変異体では、60Sリボソームに対する80Sリボソームの量比(80S/60S)が、温度依存的に大きく低下することがわかった(図3)。これらより、制限温度で育てたrid2変異体では、rRNAプロセッシングの不調と関連してリボソーム生合成が滞り、成熟リボソームの量的不足が生じて細胞増殖に様々な影響が現れるものと推察された。

第2章 転写因子ANAC082の細胞増殖に対する負の制御

1. SRIW1遺伝子の同定と解析

sriw1変異は、rid2変異体に見られるカルス形成(図6A)、不定根形成、芽生えの主根伸長などの温度感受性を抑圧する。制限温度下での不定根形成を指標形質とした精密染色体マッピングにより、sriw1変異は第5染色体の約25 cMの位置、約100 kbpの範囲に位置づけられた。この範囲の塩基配列解析を行った結果、NAC型転写因子(ANAC082)をコードするAt5g09330に1塩基の置換が見出された(図4A)。野生型のAt5g09330を含むゲノム断片をsriw1 rid2二重変異体に導入したところ、rid2単独変異体と同様に不定根形成が温度感受性を示すようになったため、At5g09330がsriw1変異体の責任遺伝子SRIW1であると結論した。

ANAC082については、出芽酵母を用いたトランスアクチベーションアッセイを行い、この転写因子が転写活性化能をもつことを確認した(図4B)。また、GFP融合ANAC082の観察から、ANAC082が核に局在することも確認した。

SRIW1の発現は、GUSレポーターを用いて調べた。その結果、強いGUS活性は芽生えの茎頂、根端、側根原基、培養組織片における発達中のカルスなどで見られ、SRIW1が細胞増殖と関連するような発現パターンを示すことがわかった(図4C~F)。この発現パターンは、RID2の発現パターンとも概ね一致していた。なお、rid2変異体では、SRIW1の発現レベルが野生型に比べて著しく高くなっていた。

2.rid2変異体のrRNAプロセッシング異常に対するsriw1変異の影響

rid2変異体のrRNAプロセッシング不全がsriw1変異によって軽減されている可能性を考え、これについて検討を行った。RNAゲルブロット解析の結果、sriw1 rid2においてもrid2と同程度のプロセッシング中間体の異常蓄積が認められた(図5)。これより、sriw1変異は、rRNAプロセッシングの回復によらずに、rid2変異体の細胞増殖に関わる温度感受性を抑圧することが判明した。

3. srd2およびrid1の温度感受性に対するsriw1の抑圧効果

rid2以外の温度感受性変異体についても、sriw1変異による表現型の抑圧を受けるかどうかを検討してみた。調べた変異体は、脱分化とシュート再生が強い温度感受性を示すshoot redifferentiation defective 2(srd2)とrid1、細胞増殖の維持が温度感受性を示すroot primordium defective 1(rpd1)の3種類である。責任遺伝子SRD2、RID1、RPD1はそれぞれ、snRNA転写活性化因子、プレmRNAスプライシングへの関与が考えられるRNAへリカーゼ、植物特有の機能未知タンパク質をコードしている。これらの変異体にsriw1変異を導入したところ、srd2とrid1では、芽生えの成長、カルス形成(図6A)、不定根形成、側根形成、シュート再生(図6B)のいずれについても、不完全ながら温度感受性の抑圧が認められた。しかし、rpd1については、sriw1の抑圧効果がほとんど見られなかった。

総括

rid2変異体の表現型から、脱分化や細胞増殖のいくつかの局面において、RID2遺伝子が重要なはたらきをもつことが示されていたが、本研究により、このはたらきが核小体でのrRNA/リボソームの生合成を介したものであり、rRNA生合成のダイナミックな変動が細胞増殖の制御に関わっていることが、新たにわかってきた。また、NAC型転写因子ANAC082の遺伝子に起こった劣性変異sriw1が、rRNA生合成の回復を伴わずに、rid2の表現型を抑圧することが明らかになった。このことは、rRNA(/リボソーム)の生合成と脱分化や細胞増殖とを結びつける経路にSRIW1(ANAC082)が組み込まれていることを示唆する。さらにSRIW1遺伝子の発現パターンを考慮すると、図7に示したような仮説を考えることができる。すなわち、rRNA/リボソームの生合成の需要と供給のバランスが取れている状態ではSRIW1の発現レベルは低いが、細胞増殖が盛んなときや脱分化のときなどのようにrRNAの要求性が高かったり、rid2変異体のようにrRNA生合成に異常があったりすると、rRNAの需給の逼迫を受けてSRIW1の発現が上昇し、増大したSRIW1(ANAC082)が細胞増殖を負に制御する。興味深いことに、sriw1変異は、プレmRNAスプライシング関連の変異体srd2とrid1に対しても、脱分化や細胞増殖の温度感受性を抑圧する効果を示した。SRIW1(ANAC082)がrRNA/リボソーム生合成やsnRNA/スプライソソームなど、遺伝子発現の基盤となる能力をチェックして、その高さに応じて細胞増殖を調整している可能性も考えられる。

図1 核小体とRID2の関係

(A) カルス誘導培地で5日間、28°Cで培養した野生型(WT)およびrid2の胚軸外植片のDIC観察像。sc : stele-derived callus、ss : swollen stele cells、Bar = 50 μm。

(B) 核小体マーカー遺伝子(35S::NHP2:GFP)を導入した野生型(WT)およびrid2の胚軸外植片の蛍光顕微鏡像。外植片はカルス誘導培地で5日間、28°Cで培養した。Bar = 50 μm。

(C) RID2タンパク質の構造。

(D) RID2:GFPの細胞内局在。左からプロトプラストにおけるGFP蛍光、DAPI蛍光、明視野像を示す。黄色い矢印は核、赤い矢尻は核小体を表す。Bar = 10 μm。

図2 RNAポリメラーゼI遺伝子の発現パターン

(A,B) 播種後12日目の芽生えにおけるNRPA2p::GUSの茎頂(A)および根端(B)での発現パターン。Bars = 200 μm。

(C) カルス誘導培地、22°Cで培養した外植片におけるNRPA2p::GUSの発現の変動。Hy : 胚軸外植片、Ro : 根外植片。Bar = 200 μm。

図3 リボソーム生合成に対するrid2変異の影響

ポリソーム解析による60S、80Sリボソーム量の比較。ポリソームの検出には254 nmの吸収波長を用いた。図に示した温度で12日間育てた野生型(WT)、rid2芽生えの抽出物を用いて解析した。

図4 SRIW1遺伝子の解析

(A) SRIW1遺伝子産物(ANAC082)の構造。

(B) 出芽酵母のトランスアクチベーションアッセイ系によるANAC082の転写能の解析。#1~#3に示すようなキメラタンパク質遺伝子を出芽酵母に導入した。酵母細胞の増殖は、キメラタンパク質に転写活性化能あることを表している。

(C~F) 芽生えの茎頂(C)、根端(D)、側根原基(E)、胚軸から誘導したカルス(F)でのSRIW1p::GUSの発現パターン。Bars = 200 μm。

図5 rRNAプロセッシングに対するrid2変異とsriw1変異の影響

(A) 出芽酵母におけるrRNAプロセッシング経路の模式図。RNAポリメラーゼIによって転写された35SプレrRNAが様々な修飾と段階的なプロセッシングを受け、18S、5.8S、25SのrRNAに成熟する。

(B) rRNAプロセッシング中間体のRNAゲルブロット解析。播種後12日目の芽生えから抽出したRNAを材料とし、検出には(A)に示したスペーサー領域に特異的なプローブa、b、cを用いた。レーン1:22°Cで育てた野生型(WT)、 2:28°Cで育てたWT、3:22°Cで育てたrid2、4:28°Cで育てたrid2、5:22°Cで育てたsriw1 rid2、6:28°Cで育てたsriw1 rid2。

図6 sriw1の抑圧効果

(A) カルス形成におけるsriw1変異の抑圧効果。野生型(WT)と各変異体の胚軸断片をカルス誘導培地に置床し、22°Cまたは28°Cで21日間培養した。Bar = 1 cm。

(B) シュート再生におけるsriw1変異の抑圧効果。胚軸断片をカルス誘導培地に置床し、22°Cで4日間培養した後、シュート誘導培地に移植して28°Cで30日間培養した。Bar = 1 cm。

図7 RID2とSRIW1の関与する細胞増殖制御機構のモデル

審査要旨 要旨を表示する

本論文の主要部分は2章からなり、第1章にはシロイヌナズナの温度感受性突然変異体rid2を利用した細胞増殖制御と核小体機能に関する解析が、第2章にはrid2抑圧変異体sriw1の解析と責任遺伝子の同定がそれぞれ述べられている。また、主要部2章に先立つ序章では、研究の背景として植物細胞の増殖制御、とくに脱分化と増殖再活性化についての過去の知見がまとめられており、これと関連づけて研究の意義と目的が記されている。研究全体の統括と展望は、2章とは別に終章として改めて記述されている。

本研究では、脱分化など細胞増殖の特定の側面に強い温度感受性を示すシロイヌナズナの突然変異体rid2を起点に、植物細胞の増殖制御機構に関する分子遺伝学的解析を実行している。論文提出者が修士課程で行った研究によりrid2変異体は核小体に異常をもつことが示唆されていたことから、まず核小体の構造と機能に着目してrid2変異の影響を精査し、核小体キャビティーの拡大、プレrRNAプロセッシング中間体の蓄積、80S/60Sリボソーム比の減少が起きることを明らかにした。RID2遺伝子は先行研究で同定されており、メチル基転移酵素様タンパク質をコードしていることがわかっていたが、ここではこのタンパク質の細胞内局在を調べ、主に核小体に集積していることを示した。さらにRID2やrRNAの転写を行うRNAポリメラーゼIの発現が、脱分化・細胞増殖再活性化に際して著しく上昇することなども示した。これらの結果に基づき、RID2が核小体でrRNA生合成、リボソーム新生にはたらくこと、rRNAやリボソームのレベルが細胞増殖能の制限要因となり得ることを論じた。

rid2抑圧変異体のsriw1については、プレrRNAプロセッシングの回復なしに、rid2の細胞増殖に関わる表現型を抑圧することを明らかにした。SRIW1遺伝子のポジショナルクローニングを行い、NACファミリー転写因子のANAC082をコードしていることを突き止めて、ANAC082の機能欠損がrid2表現型の抑圧をもたらすことを確認した。また、SRIW1の発現を調べ、細胞増殖と関連して変動し、rid2変異により上昇することを示した。さらにsriw1変異が、snRNAの転写やプレmRNAスプライシングに関与する因子の温度感受性変異体srd2、rid1に対しても、抑圧効果をもつことを見出した。以上の研究を総合し、rRNA/リボソームあるいはsnRNA/スプライソソームといった基本的なRNAとそれを含む分子装置のレベルを、ANAC082が関与する分子機構がモニターし、需給の逼迫に応じて、細胞増殖を負に制御している、というモデルを提示した。

研究全体を通して得られた結果は多大であり、植物細胞の増殖制御に関し、画期的な新情報を提供している。本論文は、これらの研究成果をわかりやすい図表と正確かつ明快な英文で記述している。実験結果の考察では、様々な可能性について丁寧な検討がなされ、合理的な結論が導かれている。また、当該分野の文献は、過不足なく適切に引用されている。

なお、本論文に記載された研究は、主査である杉山宗隆(東京大学大学院理学系研究科准教授)のほか、小西美稲子(東京大学大学院農学生命科学研究科特別研究員)、海老根一生(東京大学大学院理学系研究科特任研究員、現所属:国立感染症研究所)との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および論証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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