学位論文要旨



No 127355
著者(漢字) 奥野,友里
著者(英字)
著者(カナ) オクノ,ユリ
標題(和) 有機合成を指向したホウ素求核種の反応性探索
標題(洋) Studies on Reactive Boron Nucleophiles Directed toward Organic Synthesis
報告番号 127355
報告番号 甲27355
学位授与日 2011.06.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7523号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野崎,京子
 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 准教授 西林,仁昭
 東京大学 准教授 橋本,幸彦
 東京大学 准教授 辻,勇人
内容要旨 要旨を表示する

ホウ素求核種であるボリルリチウムから誘導されるリチウムボリルシアノクプラート及びボリルマグネシウムを用いてアルキンに対しホウ素置換基の導入を行った。具体的には以下に述べる二つのテーマに従事した。

一つ目はリチウムボリルシアノクプラートを用いたアルキンのカルボホウ素化反応である。第二章では、ボリルリチウムとシアン化銅から導かれる量論量のリチウムボリルシアノクプラートをアルキンと反応させ、続いて炭素求電子剤を作用させることで、カルボホウ素化生成物である四置換ボリルアルケンの合成を行った。これによりアルキンに対しホウ素置換基と炭素置換基をワンポットで導入することが出来、ボリル銅を用いた形式的カルボホウ素化反応が初めて達成できた。まず、ボリルリチウムとシアン化銅を混合することで、リチウムボリルシアノクプラートを合成・単離した。これはボリルシアノクプラートとして初めての例である。リチウムボリルシアノクプラートのX線結晶構造解析によると、ホウ素・銅・シアン化物イオン・リチウムが直線構造をとっており、リチウム上にTHF3分子が配位したアート型錯体を形成していることを明らかにした。続いて、リチウムボリルシアノクプラートとエステルを有するイノアートおよびフェニルプロピン誘導体を混合し、次いで炭素求電子剤を添加した。イノアートとの反応において、反応温度が-78 °Cの時はsyn付加生成物、室温の時はanti付加生成物を優先して与えた。反応の立体選択性は有機銅試薬の反応と同様に説明できる。すなわち、リチウムボリルシアノクプラートがアセチレンジカルボン酸ジエチルに対してsyn付加することでsyn-ボリルアルケニルクプラートが生じ、-78 °Cではクプラートがその立体を保持したまま求電子剤を捕捉し、syn付加生成物が得られる。一方、室温ではsyn-ボリルアルケニルクプラートにおけるリチウムカチオンに溶媒和して嵩高くなったクプラート中心と大きなボリル基の間での立体反発によりanti-クプラートを生じ、これが求電子剤を捕捉することでanti付加生成物を与えると考えられる。炭素求電子剤として塩化ベンゾイルを用いた場合、-78 °Cでは反応が起こらなかったが、室温に置いてはanti付加生成物が得られた。一方、臭化アリルを用いた反応では、-78 °Cではsyn付加生成物が、室温においてはanti付加生成物が優先して得られた。また、アルキンとしてフェニルプロピン誘導体、炭素求電子剤として臭化アリルを用いて反応を行った場合はsyn-四置換ボリルアルケンのみが得られた。得られた生成物の構造は、メチル基と同じ炭素上にボリル基が、フェニル基と同じ炭素上にアリル基が導入された四置換ボリルアルケンであった。フェニルプロピンのメチル基を各種アルキル基で置換した基質の反応を行うと、エチル基を有する基質ではカルボホウ素化反応が問題なく進行したのに対して、嵩高いtert-ブチル基を有する基質では、立体障害のため反応は進行しなかった。またフェニルプロピンのフェニル基のパラ位の置換基が異なる基質を用いて反応を行った場合、電子供与基でも電子求引基でも反応は進行し、四置換ボリルアルケンを与えた。得られた四置換ボリルアルケンは、ホウ素上のジアミノ置換基をピナコールで置換してボロン酸ピナコールエステルとすることにより、4-ニトロヨードベンゼンとの鈴木・宮浦クロスカップリング反応の基質として用いることが出来、全て異なる炭素置換基を有する四置換アルケンの合成に成功した。

二つ目は、触媒量の銅塩存在下でのボリルマグネシウムを用いたイノアートのヒドロホウ素化反応である。第三章では触媒量の銅塩存在下でのボリルマグネシウムを用いたイノアートへのホウ素置換基導入反応の検討を行った。触媒量の銅塩存在下で、ボリルマグネシウムはイノアートとほとんど反応せず、炭素求電子剤である臭化アリルを添加すると、アリルボランが得られた。一方、触媒量の銅塩存在下、イノアートとボリルマグネシウムの反応を、トリメチルシリルトリフラートを添加して行うと、良好な収率でヒドロホウ素化生成物を与えることを見出した。

以上より、ホウ素求核種であるボリルリチウムから誘導されるリチウムボリルシアノクプラート及びボリルマグネシウムを用いてアルキンに対しホウ素置換基の導入を行い、多置換ボリルアルケンの合成に成功した。リチウムボリルシアノクプラートとイノアート、炭素求電子剤との反応では、立体選択的な四置換ボリルアルケンの合成に成功した。アルキンとしてフェニルプロピン類を用いて得られた四置換ボリルアルケンは、鈴木宮浦クロスカップリング反応に適用することが出来た。また、触媒量の銅塩存在下でのボリルマグネシウムとイノアートの反応にトリメチルシリルトリフラートを添加することで、イノアートのヒドロホウ素化体を良好な収率で得ることに成功した。

An expedient synthesis of ellipticine via Suzuki-Miyaura coupling

T. Konakahara, Y.B. Kiran, Y. Okuno, R. Ikeda, N. Sakai, Tetrahedron Lett. 2010, 51, 2335.

Borylcyanocuprate in a One-Pot Carboboration by a Sequential Reaction

with an Electron-Deficient Alkyne and an Organic Carbon Electrophile

Y. Okuno, M. Yamashita, K. Nozaki, Angew. Chem. Int. Ed. 2011, 50, 920.

One-Pot Carboboration of Alkynes Using Lithium Borylcyanocuprate and Subsequent Suzuki-Miyaura Cross-Coupling Reaction of Resulting Tetrasubstituted Alkenylborane

Y. Okuno, M. Yamashita, K. Nozaki, submitted.

審査要旨 要旨を表示する

学位論文研究においては、「有機合成を指向したホウ素求核種の反応性探索」を目的として研究を遂行した。

有機合成化学において、炭素-炭素結合生成反応のビルディングブロックとなる有機ホウ素化合物の有用性は非常に大きい。求核的ホウ素化による有機ホウ素化合物の合成法の開発は、近年精力的に行われている。本学位論文研究では、ホウ素求核種であるボリルリチウムから誘導されるリチウムボリルシアノクプラート及びボリルマグネシウムを用いてアルキンに対しホウ素置換基の導入を行った。

第二章では、ボリルリチウムとシアン化銅から導かれる量論量のリチウムボリルシアノクプラートをアルキンと反応させ、続いて炭素求電子剤を作用させることで、カルボホウ素化生成物である四置換ボリルアルケンの合成を行った。これによりアルキンに対しホウ素置換基と炭素置換基をワンポットで導入することが出来、ボリル銅を用いた形式的カルボホウ素化反応が初めて達成できた。まず、ボリルリチウムとシアン化銅を混合することで、リチウムボリルシアノクプラートを合成・単離した。これはボリルシアノクプラートとして初めての例である。続いて、リチウムボリルシアノクプラートとエステルを有するイノアートおよびフェニルプロピン誘導体を混合し、次いで炭素求電子剤を添加し、アルキンのカルボホウ素化反応を達成した。イノアートとの反応において、反応温度が-78 °Cの時はsyn付加生成物、室温の時はanti付加生成物を優先して与えた。反応の立体選択性は有機銅試薬の反応と同様に説明できる。すなわち、リチウムボリルシアノクプラートがアセチレンジカルボン酸ジエチルに対してsyn付加することでsyn-ボリルアルケニルクプラートが生じ、-78 °Cではクプラートがその立体を保持したまま求電子剤を捕捉し、syn付加生成物が得られる。一方、室温ではsyn-ボリルアルケニルクプラートにおけるリチウムカチオンに溶媒和して嵩高くなったクプラート中心と大きなボリル基の間での立体反発によりanti-クプラートを生じ、これが求電子剤を捕捉することでanti付加生成物を与えると考えられる。また、アルキンとしてフェニルプロピン誘導体、炭素求電子剤として臭化アリルを用いて反応を行った場合はsyn-四置換ボリルアルケンのみが得られた。得られた生成物の構造は、メチル基と同じ炭素上にボリル基が、フェニル基と同じ炭素上にアリル基が導入された四置換ボリルアルケンであった。フェニルプロピンのメチル基を各種アルキル基で置換した基質の反応を行うと、エチル基を有する基質ではカルボホウ素化反応が問題なく進行したのに対して、嵩高いtert-ブチル基を有する基質では、立体障害のため反応は進行しなかった。またフェニルプロピンのフェニル基のパラ位の置換基が異なる基質を用いて反応を行った場合、電子供与基でも電子求引基でも反応は進行し、四置換ボリルアルケンを与えた。得られた四置換ボリルアルケンは、ホウ素上のジアミノ置換基をピナコールで置換してボロン酸ピナコールエステルとすることにより、4-ニトロヨードベンゼンとの鈴木・宮浦クロスカップリング反応の基質として用いることが出来、全て異なる炭素置換基を有する四置換アルケンの合成に成功した。このボリル銅を用いたアルキンに対するカルボホウ素化反応は、本研究により初めて達成されたものであり、炭素―炭素結合生成反応のビルディングブロックとしての有機ホウ素化合物の合成において新たな知見を与える非常に意義深いものである。

第三章では触媒量の銅塩存在下でのボリルマグネシウムを用いたイノアートへのホウ素置換基導入反応の検討を行った。触媒量の銅塩存在下で、ボリルマグネシウムはイノアートとほとんど反応せず、炭素求電子剤である臭化アリルを添加すると、アリルボランが得られた。一方、触媒量の銅塩存在下、イノアートとボリルマグネシウムの反応を、トリメチルシリルトリフラートを添加して行うと、良好な収率でヒドロホウ素化生成物を与えることを見出した。これは、触媒量の有機マグネシウム試薬とアルキンの反応がボリルマグネシウムでも同様に適用出来ることを見出したものであり、カルボアニオンの化学をボリルアニオンの化学にも展開できた意義深いものである。

以上、ホウ素求核種であるボリルリチウムから誘導されるリチウムボリルシアノクプラート及びボリルマグネシウムを用いてアルキンに対しホウ素置換基の導入を行い、多置換ボリルアルケンの合成に成功した成果は、求核的ホウ素化剤による有機ホウ素化合物の合成において、ボリルアニオンの有用を示した点において学術的に重要な知見である。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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