学位論文要旨



No 127358
著者(漢字) 田中,さやか
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,サヤカ
標題(和) シンタキシン1Bの新規結合蛋白質の同定とその蛋白 : 蛋白間相互作用の生理的役割に関する研究
標題(洋)
報告番号 127358
報告番号 甲27358
学位授与日 2011.06.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3765号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 辻,省次
 東京大学 特任准教授 河崎,洋志
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 河岡,義裕
 東京大学 教授 浦野,泰照
内容要旨 要旨を表示する

【要旨】

神経系に豊富に発現している膜タンパク質であるシンタキシン1に二つ存在するアイソフォームのうち、先行研究において焦点が当てられてきたシンタキシン1Aに比べ、シンタキシン1Bに関してはその機能の詳細は未解明のまま残されている。これまでは両者はほぼ同一の機能を有すると考えられてきたが、細胞内局在がやや異なる報告例もあることから、シンタキシン1Bがこれまで未知の機能を担っている可能性があると考えた。そこで、シンタキシン1Bの新規結合タンパク質を同定することを試みた。

先行研究においては、形質膜上に局在することが知られているシンタキシン1Aが細胞表面のイオンチャネルなどと相互作用し、その活性を制御する機能を有することが報告されてきた。一方でシンタキシン1Bに関しては細胞表面以外にも細胞内部での存在が確認されている。さらに、変異型シンタキシン1Bのノックインマウスと、細胞内カルシウムチャネルであるイノシトール1,4,5-三リン酸受容体(IP3R)のI型(IP3R1)ノックアウトマウスの表現型が類似していることに着目し、両者に機能的な連関がある可能性を考えた。そこで、まずシンタキシン1BがIP3R1と相互作用する可能性について検討することを考えた。両者はともに神経系に豊富に存在するタンパク質であることから、脳抽出液を用いた生化学実験によってシンタキシン1BとIP3R1との結合能を検討した。シンタキシン1BとIP3R1の結合を評価するにあたって、より明確な実験結果を得るために、大腸菌での発現が不安定であったIP3R1の部分配列の組換えタンパク質は、Sf9細胞で発現させた。その結果、実際にIP3R1がシンタキシン1Bの結合タンパク質であり、両者は直接相互作用しうることを明らかにした。また、II型およびIII型のIP3Rもシンタキシン1Bと相互作用することが示唆された。

次に、培養細胞を用いてシンタキシン1BによるIP3Rの機能へ与える影響を検討した。ラットの副腎髄質由来の褐色細胞腫であるPC12細胞にFLAGタグを付加したシンタキシン1B(FLAG-stx1B)を過剰発現させ、生細胞カルシウムイメージングによってIP3Rを介したカルシウム放出(IICR)を測定した結果、FLAG-stx1BがIICRを抑制していることを示唆する結果が得られた。

N

本研究の結果、stx1BがIP3Rと相互作用する事を明らかにした。また、stx1BはIP3Rによるカルシウム放出を負に制御するという、stx1Bの機能についての新しい知見が得られた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、各種イオンチャネルの活性制御を通して、細胞のイオン動態において重要な役割を担っていると考えられているシンタキシン1の二つのアイソフォームのうち、未解明な点が多く残されているシンタキシン1Bの機能を明らかにすることを目的にすえ、結合タンパク質の同定を試みたものであり、以下の結果を得ている。

1. 先行研究においては主に形質膜上のイオンチャネルやトランスポーターに対するシンタキシン1の作用が着目されてきたが、細胞内のイオンチャネルに対する作用はこれまで報告がないこと、また細胞内カルシウムチャネルであるI型IP3R(IP3R1)とシンタキシン1Bはともに小脳において発現が高く、その機能維持に重要であることが示唆されることなどから、シンタキシン1Bの結合タンパク質候補としてIP3R1を考えて検討を始めた。IP3R1のN末端細胞質領域配列を含むGST融合組換えタンパク質を作成し、マウス全脳より得た粗ミクロソーム画分抽出物よりプルダウン実験を行ったところ、マウス内因性のシンタキシン1Bが共沈した。同様に、シンタキシン1Bの各ドメインを含むMBP融合組換えタンパク質によってプルダウン実験を行った結果、シンタキシン1BのSNAREドメインによりマウス内因性のIP3R1が共沈した。

2. IP3R1配列中のシンタキシン1B結合領域を同定するために、IP3R1のN末端細胞質領域を細分化し、これらの部分配列をGST融合組換えタンパク質として得ることを試みた。組換えタンパク質の大量発現系として、はじめに大腸菌を用いが、これらの組換えタンパク質は不安定であり強く断片化を受け、全長での精製が困難であった。そこでバキュロウイルス-Sf9細胞過剰発現系を用いて精製を行った結果、すべての組換えタンパク質を全長にて精製することに成功した。このように得た組換えタンパク質を用いてプルダウン実験を行った結果、IP3R1のアミノ酸残基1593から1800の領域にシンタキシン1Bが結合することが明らかになった。

3. シンタキシン1Bの各MBP融合組換えタンパク質と、IP3R1の各GST融合組換えタンパク質をそれぞれ用いてプルダウン実験を行った結果、シンタキシン1BのSNAREドメインはIP3R1のアミノ酸残基1593から1800の領域を含む組替えタンパク質を共沈し、シンタキシン1BとIP3R1が直接結合することが示された。シンタキシン1BのSNAREドメインはコイルドコイル構造を形成することが知られているが、あらたにIP3R1のアミノ酸残基1593から1800の領域について構造予測を行った結果、この領域もコイルドコイルを形成する確率が高いことが示された。

4. マウス全脳より得た粗ミクロソーム画分抽出物に抗シンタキシン1B抗体を用いて免疫沈降実験を行った結果、マウス内因性のIP3R1が共沈した。同様に、マウス内因性のII型IP3RおよびIII型IP3Rも共沈した。これらの結果からマウス内因性のシンタキシン1Bがマウス内因性IP3Rの全てのアイソフォームと相互作用することが明らかになった。さらに幼若マウスの全脳より得た粗ミクロソーム画分抽出物や、ニワトリ胎児全脳より得た粗ミクロソーム画分抽出物を用いて同様の検討を行った結果、やはり内因性シンタキシン1Bが内因性IP3Rと結合することが確認され、両者の相互作用が種を超えて、また発生期においても見られることが示唆された。

5. シンタキシン1BのN末端にFLAGタグを付加したcDNA哺乳類発現ベクター(FLAG-stx1B)をPC12細胞に過剰発現させ、ブラジキニン刺激によるIP3誘導性カルシウム放出をFura-2を用いて生細胞イメージングによって測定した結果、FLAG-stx1Bはブラジキニンによるカルシウム上昇を抑制することが示された。一方、タプシガルジンを用いてカルシウム貯蔵庫を枯渇させてカルシウム貯蔵量を比較した結果、変化は見られなかった。これらの結果から、シンタキシン1BはIP3Rを介したカルシウム放出を抑制する作用があることが示唆された。

以上、本研究はこれまでその機能詳細がほぼ未解明であったシンタキシン1Bに着目し、シンタキシン1Bが細胞内カルシウムチャネルであるIP3Rと結合することを明らかにし、さらにはシンタキシン1BがIP3誘導性のカルシウム放出を抑制することが示唆される知見を得た。

本研究は、これまで未知であったシンタキシン1Bの細胞内イオンチャネルに対する作用を始めて発見したものである。シンタキシン1BとIP3R1は共に小脳において重要な働きをすると考えられているため、本研究は小脳機能に寄与する細胞内カルシウムチャネルの制御機構の解明に重要な貢献をなすと言える。さらに、両分子ともに細胞のカルシウム依存的な分泌活動にも関与していることから、分泌の制御を担う分子機構の解明にあらたな展開をもたらすことも期待される。

以上から、本研究は学位の授与に値するものと考えられる。

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