学位論文要旨



No 127368
著者(漢字) 宇野,修司
著者(英字)
著者(カナ) ウノ,シュウジ
標題(和) 動物細胞を用いたDNA複製/チェックポイント因子Claspinの発現、精製と機能解析
標題(洋)
報告番号 127368
報告番号 甲27368
学位授与日 2011.06.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第711号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 客員教授 正井,久雄
 東京大学医科学研究所 教授 津本,浩平
 東京大学医科学研究所 准教授 伊藤,耕一
 東京大学 准教授 佐藤,均
 東京大学分子細胞生物学研究所 准教授 深井,周也
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景、及び目的

DNA複製期(S期)では、DNA複製が開始する場所に多くの関連因子が集合しており、DNA複製複合体として機能している。一方で、紫外線やヒドロキシウレア(HU)などの複製を阻害する因子が細胞に加わると、DNA複製複合体因子のリン酸化を通して、DNA複製反応が一旦停止し、環境が改善されるまで安定的に複合体が維持される(チェックポイント経路)。

ClaspinはXenopus laevisにおいて、Chk1(チェックポイント因子)と相互作用する分子として発見され、酵母(Mrc1)からヒトまで保存されている。Claspinは複製ストレスに応答するチェックポイント因子である(ATR/Chk1の経路のMediatorであるとされる)とともにDNA複製フォークとともに移動するDNA複製因子である。ClaspinはG1/S期に、クロマチンにロードされ、複製複合体の一部として機能し、その後Claspinはproteasomeやcaspaseなどによる分解を受け、G2/M期へ移行するとされる。また、細胞内においては、Chk1を始めとする複製チェックポイント因子の他に、多数のDNA複製関連因子との相互作用も報告されている。実際に、動物細胞においてClaspinの発現抑制により増殖が抑制されることが報告されている。また、酵母のClaspinホモログのMrc1は効率のよい複製フォークの進行に必要であることが知られている。

このようにClaspinが、DNA複製複合体の一員として機能するということが、効率の良いDNA複製に必要であるということが想定されるが、そのClaspinの具体的な機能を示す生化学的なデータは、これまでにほとんど報告されていない。その理由の一つとして、ヒトClaspinのサイズはが非常に大きく(約230kDa、1339a.a.)、かつ分解を受けやすいことから、昆虫細胞や大腸菌等を用いた既存の発現系では、全長の精製画分を獲得することが困難であったということが挙げられる。

本研究では、まずヒトClaspinの全長精製画分を獲得することを目指し、ヒト細胞を用いた巨大タンパク質の低分解、低コストでの高発現系を開発することを第一とした。次に、この系により得られたClaspin精製画分を用い、生化学的な機能解析を行い、DNA複製フォークにおけるヒトClaspin分子の機能、特徴を解析した。

実験と結果

(1) Claspinノックダウンの表現型

HeLa細胞、及びヒト正常細胞(NHDF)にて、Claspin siRNAにより発現を抑制させると、[3H]-thymidineの取り込みは著しく減少した。この現象はDT40 Claspin-/-条件変異株でも確認され、Claspin非存在下ではDNA複製が遅延することが定量的に示された(Fig. 1.)。

(2) チェックポイント因子、DNA複製因子との相互作用

293TでmAG-Claspin-3xFlagを一過性に発現させ、Flagタグを利用した免疫沈降により、相互作用する分子を解析した。ATR、Cdc45、MCM、Cdc7、DNA polymerase epsilon、Tim/TipinなどのDNA複製関連因子との相互作用が確認された(Fig. 2.)。

(3) Polyethyleneimine (PEI)高分子とCSII-EF-MCS cDNA発現ベクターを用いたClaspinタンパク質の高発現、及び精製法の確立

PEIは市販の試薬に比して1000倍以上安価なTransfection試薬であり、cDNAを発現する細胞を大量に獲得したい場合に非常に強力で簡便なツールであることが判明した。実際驚いたことに、市販のTransIT293試薬と比較して、PEI試薬を用いた方が、一過性に発現されたClaspinの分解が少ないことが観察された。

一方で、EF-1α promoterとKozak sequence を備えたPlasmid (CSII-EF-MCS)にcloningされたcDNAは、293T細胞の中で効率よく発現されることが分かった。293T細胞はピペッティング操作により短時間で回収でき、かつ僅かな界面活性剤により容易に抽出液を得ることができるので、大腸菌や昆虫細胞と比べて操作が簡便である。

またこの系を用いて、ヒトcDNAを発現させた場合、付加したタグによるPull down法を用いて、相互作用の解析が即座に可能である上、発現させたタンパク質のリン酸化や糖鎖の付加といった修飾も期待できる、という利点がある。また本研究では、ClaspinのN端にmAG (monomeric Azami-Green)というGFPを改良した蛍光タンパク質が付加して発現をさせているが、この蛍光タンパク質はTEVプロテアーゼにより切り離し可能である(Fig. 3.)。

(4) PEI試薬を使用したsiRNAオリゴのTransfection

PEIは、siRNAオリゴのTransfectionも可能であり、ヒトCdc7やヒトClaspinのknockdownが可能であることを確認した。また、cDNAの発現とsiRNAによる同時抑制を目的としたPEI/DNA, PEI/siRNAの複合体が、同一チューブ内で同時に形成され、Transfectionが可能であった。このようにPEIを用いたtransfection systemは今後様々な遺伝子解析に使用できる有用な方法である。

(5) 精製ClsapinがマウスMCM4-6-7helicase活性に与える影響

マウスMCM4-6-7はin vitroでhelicaseとして機能する複合体である。今回精製したヒトClaspin画分が、マウスMCM4-6-7 helicase活性に影響を及ぼすデータを得た(Fig. 4.)。

M13mp18に、標識した37mer-dT50 ssDNAをAnnealingさせたDNAを基質として、精製hClaspin画分を、mMCM4-6-7のHelicase assay(標識したssDNAが剥がされるかどうか)に加えた。A;Ni, Flag, ゲル濾過精製したClaspin画分を、画分別にAssayに加えた。B;Ni Flag monoQ精製したClaspin画分の量をtitrationしてAssayに加えた。

(6) 精製Claspin画分のDNA結合性

精製Claspin画分をゲルシフトアッセイに用い、報告のあるDNA結合性を確認した。

(7) ClaspinとMCMの相互作用

精製Claspin画分と、精製MCM画分を用い、ClaspinとMCMが直接結合、さらにDNA上で複合体を形成することを確認した。

(8) Clsapin欠失変異体を用いた相互作用因子の結合部位の同定

予測されるDNA結合ドメイン (Helix-turn-Helix)の他、ホモロジーサーチ(BLAST)により、保存性が高かった部分の欠失変異体を作成し、Pull downにより、Tim/Tipin、Cdc7、MCMの、Claspin上の結合部位を解析した。その結果--

結論

本研究によりClaspinについて、

・ MCMを含む各種複製因子、チェックポイント因子と相互作用する、

・ 動物細胞での効率よい発現系を利用して、生化学的解析に十分な量の高度に精製した画分を取得できた

・ 精製ClaspinはMCM helicase活性を促進する

・ Claspinは動物細胞において効率の良いDNA複製に必要とされる

ということが示された。また、今回構築した発現系は、既存のスタンダードな発現系と比較して、多くのメリットを持つことが判明した。これによりサイズが大きく、分解しやすいタンパク質の発現が、コストをかけずに可能になったので、今後の遺伝子機能解析が容易になることが期待される。

今後の予定

本研究においてClaspinはMCM4-6-7helicase活性を促進することを発見した。しかし、MCM helicaseはin vivoでは2-3-4-5-6-7の6量体を形成し、さらにCdc45やGINSと相互作用して巨大なhelicase複合体(CMG complex)を形成するとされている。今後このCMG複合体に対するClaspinの影響を調べたい。Claspinの分子解剖から、種々の複製、チェックポイント因子との結合領域を同定した。Claspinは細胞内でのDNA複製に必要とされるが、作製した種々の変異体を用いて、複製能を維持するのに必要な領域を決定する。これらのデータを合わせ、Claspinを中心とした複製開始と複製フォーク進行の制御機構の解明をめざす。Claspinは複製ストレス時のみでなく、通常の細胞周期進行時にも(主にS期)、リン酸化を受けることを見出している。さらに細胞周期の進行に必須なCdc7が、Claspinをリン酸化することを以前所属する研究室は報告した。リン酸化型のClaspinと、非リン酸化型のClaspinに機能の違いがあるか、DNA複製やhelicase活性に与える影響を中心に調べていきたい。すでに質量分析(nano-ESI-MS)で同定したリン酸化部位(Fig. 5.)のアラニン置換変異Clapsinを作製し、それらの細胞内での発現は既に確認できている。

Fig. 1. Claspinの有無とDNA複製

左図;HeLa細胞、及びNHDF正常細胞においてClaspinのsiRNAを行い、[3H]-thymidineの取り込みを測定した。

右図;DT40細胞にDOXを添加し、条件的にClaspinをknockoutし、[3H]-thymidineの取り込みを測定した。

Fig. 2. ヒト細胞内で、Claspinと相互作用する因子

±FlagタグのClaspinを発現させた293T細胞を回収しFlagタグを使用したPull downを行い、相互作用する因子をWestern Blottingにより検出した。

In = Input

Un = Unbound; Beadsに結合しなかったsample

B = Bound; Beadsに結合したsample

Fig. 3. 全長ヒトClaspinの精製

293T (15cm x 10plates)

でmAG-TEV-6xHis-hClaspin-3xFlagを発現させ、

Ni精製→Flag beads上でTEV切断→Flag精製を行った。

Input; Ni精製画分

Un; Flag beadsに結合しないsample

TEV Un; TEV proteaseを作用させて切り離されるsample

Fig. 4. MCM4-6-7 Helicase活性に与えるClaspinの影響

M13mp18に、標識した37mer-dT50 ssDNAをAnnealingさせたDNAを基質として、精製hClaspin画分を、mMCM4-6-7のHelicase assay(標識したssDNAが剥がされるかどうか)に加えた。A;Ni, Flag, ゲル濾過精製したClaspin画分を、画分別にAssayに加えた。B;Ni Flag monoQ精製したClaspin画分の量をtitrationしてAssayに加えた。

Fig. 5. ヒトClaspinのリン酸化部位

ThymidineとNocodazoleによりG1/S期に同調され、その後リリースされたHCT-116細胞を15cm x 40plates分集めて(リリース6時間後)、内在Claspinを免疫沈降により回収し、nano ESI-MSによりリン酸化部位を決定した。候補となったリン酸化部位のうち、赤字の残基は哺乳類での保存性が非常に高くなっている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は3章からなり、第1章はClaspinの発現・精製、第2章はClaspinの生化学的解析、第3章はClaspinがMCM helicaseに与える影響についてそれぞれ述べられている。

第1章では、ヒト細胞を用いて、タンパク質を低コストに、かつ分解の少ない形で高発現する新規な方法が書かれている。この方法を用いて、これまでに発現・精製が非常に困難であった全長ヒトClaspinタンパク質を相当に高い純度で精製することに成功している。また、この方法に用いられるTransfection試薬は、siRNAオリゴの導入にも使用可能であると示されており、今後の研究に非常に有用である。

第2章では、精製したClaspinタンパク質を用いて、(1)DNA結合性 (2)Tim-Tipin複合体が与えるDNA結合性への影響 (3)他のDNA複製関連因子との相互作用とその部位 (4)Claspinタンパク質のCdc7依存的なリン酸化とその部位 についてそれぞれ述べられている。DNA複製関連因子との、まだ報告のない細胞内相互作用が今回確認できているが、特に細胞周期の進行を司るCdc7 kinaseとClaspinのヒト細胞内相互作用は、今回の論文により明確なものとして示されている。またCdc7 kinaseによるClaspinのリン酸化とその部位についての新たな知見が得られており、これらはG1/S期に同調された細胞内から回収されるClaspinタンパク質について、質量分析により決定されるリン酸化部位と一致している。DNA複製ストレスに応答してClaspinはリン酸化されるが、そのリン酸化とは異なる位置のリン酸化であり、即ちDNA複製フォークの進行自体を制御するメカニズムの一つであると示されている。

第3章では、精製ClaspinがMCM helicaseと直接相互作用し、その機能を促進しているというデータが示されている。DNA複製フォークに対するClaspinタンパク質の具体的な機能を示す初めてのデータである。

なお、本論文は論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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