学位論文要旨



No 127369
著者(漢字) 足立,大典
著者(英字)
著者(カナ) アダチ,ヒロノリ
標題(和) インターロイキン-17A/Fヘテロ二量体特異的RNAアプタマーの創製
標題(洋)
報告番号 127369
報告番号 甲27369
学位授与日 2011.06.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第712号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,義一
 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 教授 津本,浩平
 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 准教授 伊藤,耕一
内容要旨 要旨を表示する

【背景・目的】

インターロイキン-17 (IL-17) とそれを産生するT細胞サブセットの一つであるヘルパーT (Th) 17細胞に関する目覚ましい研究の進展は、免疫機構に対する我々の認識を大きく変化せしめるものであった。Th17細胞の発見は、古典的な「Th1/Th2細胞バランス」の概念だけでは説明できない現象に対する一つの解答であり、これまでに説明のついていた免疫現象に対してさえもTh17細胞の関与があったのではないかという疑問を投げかけるまでに至った。IL-17はIL-6, IL-8, 成長関連腫瘍遺伝子-α・(GRO-α) などといった種々のサイトカイン・ケモカインを産生することで、Th1やTh2細胞では適切に処理できない細胞外増殖性細菌感染防御で重要な役割を担う一方、過剰に発現した場合には関節リウマチや多発性硬化症といった種々の自己免疫性疾患の一因となることが指摘されている炎症促進性のサイトカインである。IL-17はIL-17AからFまで6つのファミリーメンバーが知られており、この内IL-17AとIL-17Fは、メンバー間の内で最も相同性の高い分子(アミノ酸配列で50%程度の同一性)となっている。IL-17FはIL-17Aに比べて研究が進んでおらず生理的な機能や意義が未解明な点が多いが、in vitroにおいて受容体IL-17RA/ IL-17RCを通してTNF受容体関連因子6 (TRAF6) やアダプタータンパク質 (Actin related gene 1; Act1) 経由で炎症性遺伝子発現を制御していること、in vivoにおいて肺で過剰発現させることによりリンパ球の組織浸潤や粘液の過形成が認められることなどが知られており、これらはIL-17Aと同様の性質である。IL-17AとIL-17Fとの間の生理学的に重要な相違点としては、実験的自己免疫性脳脊髄炎 (EAE) 発症にはIL-17Aのみが必要であり、IL-17Fは必要ではないという点が挙げられる。

IL-17AとIL-17Fはそれぞれジスルフィド結合でつながったホモ二量体を形成することが知られているが、最近になってIL-17A/Fヘテロ二量体の存在が提唱された。実際にIL-17は活性型ヒトCD4+ T細胞から、IL-17A/AあるいはF/Fのホモ二量体の形だけでなくIL-17A/Fヘテロ二量体の形でも発現されていることが示されており、生体内では大多数のIL-17が主にIL-17A/Fヘテロ二量体の形で存在しているという報告もされている。IL-17A/Fヘテロ二量体が機能するには受容体IL-17RA/IL-17RC複合体の存在が不可欠であることが報告されており、このIL-17RA/IL-17RCヘテロ複合体もホモ複合体よりも優先的に形成されることが示唆されている。しかし、抗体やノックアウトマウスを用いた実験系ではIL-17A/Fヘテロ二量体特異的な解析ツールが存在しないことからIL-17A/Fヘテロ二量体の詳しい作用機序や生理活性などについて解析することは困難であり、IL-17A/Fヘテロ二量体はまだその詳細の多くが明らかにされていない。そこで本研究では、様々な結合様式を取ることが可能であり、分子の全体構造を広く認識しホモ二量体とヘテロ二量体とを区別して認識することが期待できるRNAアプタマーを用いることで、既存の系では解析が困難であったIL-17A/Fヘテロ二量体の解析法確立を目指した。

RNAアプタマーとは、SELEX法 (Systematic Evolution of Ligands by Exponential Enrichment) により試験管内で人工進化的に選択された、標的分子に対して結合親和性を持つ一本鎖RNA分子のことである。RNAアプタマーは、(i)高い結合特異性を持つ、(ii)化学合成が可能であり、修飾や改変が容易、(iii)標的分子のアンタゴニストとして機能可能、(iv)免疫排除が生じにくい、(v)標的分子によっては抗体よりも高い結合力を持ち得る、などの特徴を有する。本研究では、IL-17A/Fヘテロ二量体の機能的あるいは構造的な解析の有用なツールを得る目的で、IL-17A/Fヘテロ二量体特異的な結合活性を有し、その機能を特異的に阻害可能なRNAアプタマーを取得し、その作用機序を解析した。「分子全体の構造を認識して結合する」という性質は、結合部位が約6~12アミノ酸程度に限られる抗体では達成が非常に困難なことであり、この「ホモ二量体とヘテロ二量体という部分的な違いを区別できる」性質は、RNAアプタマーならではの新規分子機能と言える。また、RNAアプタマーの医工学的応用展開の一つとして、IL-17Aと強く結合し、生体内で機能を阻害できるアプタマーの解析も行った。

【方法・結果】

1.IL-17A/Fヘテロ二量体特異的なRNAアプタマーの作出と解析

IL-17A/Fヘテロ二量体特異的なRNAアプタマーを取得するために、選択の母集団となるRNAライブラリーのランダム配列の塩基数を複数種類用いることや、選別時に目的のIL-17A/Fヘテロ二量体以外に結合する分子を除くことなどの工夫を試みてSELEXを行った。

転写のためのプロモーター領域の下流にPCR増幅で用いるプライマー結合領域に挟まれた30-40塩基のランダム領域を持つDNAライブラリーを鋳型として転写を行い、初期ラウンドのランダムRNAライブラリーを合成した。このRNAライブラリーを、まずIL-17A/A, IL-17F/Fホモ二量体の結合したビーズと反応させ、これらに結合しなかった分子のみを選別した。続いて、得られたホモ二量体とは結合しなかった分画をIL-17A/Fヘテロ二量体の結合したビーズと反応させ、結合した分子のみを溶出後、逆転写、PCR, 転写の各段階を経ることにより、新しいラウンドのRNAライブラリーを取得した。この選別・増幅の過程を7回繰り返した後、PCRにより増幅したDNAをプラスミドベクターに組み込んでクローン化し、塩基配列を決定した。

配列解析の結果、同一の配列への収束が見られたクローンを表面プラズモン共鳴 (SPR; Surface Plasmon Resonance) 装置を用いたin vitroでの相互作用解析へと進めた。ランダム領域N=40のクローンからはIL-17A/Fヘテロ二量体特異的なアプタマーは取得できなかったが、N=30, 35のクローンから、それぞれ1クローンずつ、IL17A/Fヘテロ二量体特異的アプタマーを取得した。これら2種類のアプタマー(AptAF38; N=35由来、AptAF42; N=30由来)の解離定数は、AptAF38がIL17A/F: 48.6 nM, IL17A/A: 1.12 ・M, IL17F/F: 5.06 ・M, AptAF42がIL17A/F: 72.2 nM, IL17A/A: 1.92 ・M, IL17F/F: 37.5 ・Mと、ホモ二量体と比較してヘテロ二量体に対して2-3オーダー高い結合親和性を示すものであった。

続いてAptAF38, AptAF42の、IL-17とその受容体IL-17RAとの間の結合阻害作用を、SPR解析を用いて検証した。結果、どちらのアプタマーもIL-17A/Aホモ二量体とIL-17RAとの結合は全く阻害しないが、IL-17A/Fヘテロ二量体とIL-17RAとの結合は効果的に阻害できることを確認した。

得られたアプタマーの活性や安定性の増大を図るため、アプタマーの改変を行った。一つ目の改変として、ランダム領域の塩基それぞれに9%の変異を加えたDNAを鋳型として再度選別をする最適化SELEXを行った。5ラウンドの最適化SELEXにより、AptAF38を鋳型として行った最適化SELEXからは結合活性・結合阻害活性ともに高くなったアプタマーは得られなかったが、AptAF42を鋳型として用いた再選別からはオリジナルのAptAF42よりも2倍以上IL-17A/Fヘテロ二量体に対する結合活性の高いアプタマー、AptAF42dope1が取得された。AptAF42dope1は、IL-17A/Fヘテロ二量体と受容体との結合阻害でも非常に高い阻害効果を持っていたため、以後の実験にはこれを用いることにした。二つ目の改変として、AptAF42dope1は68塩基と比較的長い点が、安定性や、応用展開を考えた場合のコスト・副作用の面で改善の余地があるため、アプタマーの短鎖化を行った。RNA二次構造予測プログラムで予測された構造を元に、分子全体にわたって複数の短鎖化を試みたが、IL-17A/Fヘテロ二量体特異的な活性を維持したアプタマーは得られなかった。このことは、削った部位すなわち分子全体がIL-17A/Fヘテロ二量体との結合に重要であることを示唆している。

次に、AptAF42dope1の、培養細胞系でのIL-17による刺激阻害効果を検証した。BJ細胞(ヒト包皮線維芽細胞)をIL-17A/FまたはA/AまたはF/Fで刺激し、シグナル伝達の下流で産生されるケモカインGRO-αの分泌量をELISAにより測定する系で、AptAF42dope1はIL-17A/Fヘテロ二量体による刺激に対して特異的に、濃度依存的なGRO-αの産生阻害効果を示した。同様の結果はIL-6, IL-8の ELISAの系でも確認された。以上の結果により、AptAF42dope1のIL-17A/Fヘテロ二量体特異的な結合とその機能阻害を細胞レベルで実証した。

AptAF42dope1がヘテロ二量体特異的な結合・機能阻害を可能にしている機構について、RNAアプタマーの構造、IL-17A/Fとの結合部位の両側面から、結合構造様式を軸に明らかにするため、RNaseフットプリント解析を行った。AptAF42dope1は内部のステムが予測二次構造と異なる構造も形成し得ることと、分子のほぼ全域でIL-17A/Fヘテロ二量体と結合することを確認した。

2.IL-17A/Aホモ二量体に対するRNAアプタマーの解析

IL-17A/Aホモ二量体に対するRNAアプタマーAptA21-2の詳細な解析を行った。AptA21-2はSPR解析によって、非常に高いIL-17A/Aに対する結合活性(解離定数KD=47.3 pM)を示し、IL-17A/Fヘテロ二量体に対しても比較的高い結合活性 (KD=57.4 nM)を示し、in vitroの細胞刺激によるIL-6産生誘導試験で優れた阻害活性 (IC50: 1-2 nM) を示した。また、RNAの両末端を修飾し安定性を増大させたアプタマーは、マウスを用いた生体モデルへの投与試験でEAEの発症および症状の抑制効果を示した。

【展望】

本研究で取得したIL-17A/Fヘテロ二量体特異的RNAアプタマーAptAF42dope1は、これまで困難であったヘテロ二量体のみの機能を抑えるという実験系の構築を可能にし、IL-17A/Fヘテロ二量体独自の機能解析の一助となることが期待される。アプタマーの生体内での安定性の課題を克服した後、IL-17A/Fへテロ二量体の自己免疫疾患への関与及び作用機序を解析していきたい。また、疾患マウスモデルによって薬効を確認したAptA21-2は、ヒトIL-17Aに対してマウスIL-17Aよりも1オーダー以上高い結合活性を示しており、ヒトの自己免疫疾患予防・治療薬としての応用が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は5章からなり、インターロイキン-17(以下IL-17)A/Fヘテロ二量体特異的な結合・機能阻害を示すRNAアプタマーの取得・解析と、IL-17Aを標的に取得されたRNAアプタマーの機能解析についての研究成果がまとめられている。第1章では本研究の背景が述べられている。第2章では本研究で新規に取得された抗IL-17A/Fヘテロ二量体アプタマーAptAF42dpe1の配列と実際の取得手法、in vitroにおける相互作用解析、培養細胞におけるIL-17機能阻害解析、予測二次構造に基づいた相互作用領域の探索、RNA分解酵素を用いた構造解析についてと、先行研究で取得されていた抗IL-17AアプタマーAptA21-2の結合特異性解析、培養細胞におけるIL-17機能阻害解析、疾患モデルマウスを用いた生体内でのアプタマー投与試験について述べられている。第3章では第2章で得られた知見を元にして、解析を行った2種類のアプタマーの構造と機能の関係と、それぞれの応用展開への考察が述べられている。第4章には実験材料と方法、第5章には引用文献が記載されている。

なお、本論文第2章のIL-17A/Fアプタマーの創製・機能解析・構造解析は、石黒亮博士、浜田道昭博士、迫田絵理氏、浅井潔博士、中村義一博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって行った分析及び検証を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。また、本論文第2章のIL-17Aに対するアプタマーの機能解析は、石黒亮博士、秋山泰身博士、井上純一郎博士、中村義一博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって行った分析及び検証を含み、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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