学位論文要旨



No 127370
著者(漢字) 野村,真未
著者(英字)
著者(カナ) ノムラ,マミ
標題(和) 神経成長因子による受容体TrkAの軸索輸送制御機構
標題(洋)
報告番号 127370
報告番号 甲27370
学位授与日 2011.06.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第713号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上田,卓也
 東京大学 教授 津本,浩平
 東京大学 准教授 富田,野乃
 東京工業大学 教授 田口,英樹
 京都大学 教授 原田,慶恵
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

胚発生に伴う神経回路形成において、神経軸索の標的組織やその中継組織から分泌される多様な神経栄養因子が重要な役割を果たしている。これらの神経栄養因子を細胞内へ受容し、標的組織へ神経軸索を到達した神経細胞が選択的に生存することで、適切な神経回路が形成されると考えられている。このような神経栄養因子受容機構を研究するモデルとして知覚神経細胞がよく知られている。主に、神経栄養因子の一つである神経成長因子(Nerve Growth Factor;NGF)を、神経軸索先端で細胞膜上の受容体価TrkAとの結合により受容する。その後、細胞内を軸索輸送で細胞体へ運ばれる。一方、新たなTrkAを供給する軸索先端への輸送も存在する。このような軸索輸送は、TrkAおよびNGFを含む膜小胞と結合するモータータンパク質の微小管上の移動によるが、この制御機構はほとんどわかっていない。本研究では、このような軸索輸送制御のしくみを解明するため、知覚神経細胞様の性質を持つラット褐色細胞種由来細胞株(pheochromocytomacell line;PC12細胞)に蛍光タンパク質で標識したTrkAを発現させ、NGF投与に伴うTrkA軸索輸送の挙動変化を追跡した。さらに、蛍光標識したNGFを用いてNGFと結合しているTrkAと結合していないTrkAを区別してその挙動を追跡することで、NGF結合によるTrkAの活性化が受容体の軸索輸送へ及ぼす影響を検討した。

【結果と考察】

1.蛍光NGFのPC12細胞への受容と取り込み

PC12細胞は、NGFの作用によって、神経軸索様突起を持つ細胞へ分化することが知られている。このようなNGF応答性を持つPC12細胞へ、蛍光標識したNGF(Cy3.5NGF)を投与し、NGFが膜表面の受容体に結合した後に細胞内へ取り込まれる様子を観察した。蛍光NGF投与後10分程で、細胞内に蛍光NGF由来の明るい蛍光輝点の形成が確認された(図1A,B)。膜表面における受容体とNGFの結合を解離する酸性培養液の投与後もこれらの蛍光輝点は失われないことから、これらの輝点はエンドサイトーシスにより細胞内に取り込まれた蛍光NGFを含む膜小胞と考えられた。これらの輝点は、細胞体方向から突起先端方向(順行方向)への輸送(図1C-a)と、軸索様突起の先端方向から細胞体方向(逆行方向)への輸送(図1C-b)が観察された。順行方向への輸送は約44%、逆行方向への輸送は56%であった。各々の方向で輸送される蛍光NGFの速度を定量し、これらの速度をヒストグラムに示した(図1D,E)。これらの速度分布を定量的に解析するために、得られたヒストグラムを複数のガウス分布でフィッティングした。その結果、順行性輸送では0.5μm/sec(60%)、1.2μmlsec(30%)、2.1μm/sec(10%)にピーク値を持つ分布が見られ(図1D)、逆行性輸送では、0.5μm/sec(67%)、1.lμm/sec(22%)、1.7μm/sec(11%)にピーク値を持つ分布が見られた(図1E)。細胞内で輸送されている各々の蛍光NGF含有小胞を軌跡上のある点から追跡した結果を図1FおよびGに示した。その結果、順行性輸送、逆行性輸送ともに、速度の遅い成分(O.1-O.3μm/sec)と速い成分(O.4-1.Oμm/sec)が混在していることがわかった。

2.蛍光標識したTrkA受容体のNGF受容に伴う挙動変化

TrkAはNGFの高親和性受容体として知られる一回膜貫通型膜タンパク質である。このTrkA遺伝子のC末端に蛍光タンパク質(monomeric super enhanced green fluorescentprotein;mSEGFP)をつなげてPC12細胞に発現させることで、TrkAのふるまいを観察した。PC12細胞へ導入したTrkA-EGFPは細胞膜全体に発現し、突起先端部では細胞内で凝集している様子が観察された(図2A)。細胞内で観察されるTrkA-EGFP輝点の運動には、蛍光NGFの観察と同様に方向性がみられた(図2B,C)。

NGF投与前のPC12細胞内のTrkA輝点の移動は、その約78%が順行性輸送、約22%が逆行性輸送であった。これら[TrkA-EGFPの細胞内輸送のNGFの投与に伴う変化を検討した。NGF投与前と、投与30分後における順行性および逆行性TrkA-EGFP輸送の速度を定量し、各々の速度分布をヒストグラムに示した。NGF投与前の速度分布において、順行性輸送では、O.4μm/sec(63%)と1.lμm/sec(37%)にピーク値を持つ分布がみられた(図2D)。逆行性輸送では、O.4μm/sec(70%)と1.3μm/sec(30%)}こピーク値を持つ分布がみられた(図2E)。

NGF投与後に細胞内で観察されるTrkA・EGFP輝点数は、投与前に比べて、順行性、逆行性ともに約1.5倍増加した。これらの約37%は順行性輸送、約63%は逆行輸送であった。NGF投与後、順行性輸送では0.6μm/secsec(70%)と1.4μm/sec(30%)にピーク値を持つ速度分布がみられた(図2F)。逆行性輸送では、0.5μm/sec(56%)、1.2μm/sec(32%)、1.8μm/sec(12%)にピーク値を持つ分布がみられた(図2G)。このように、NGF投与後には、順行性、逆行性いずれの方向においても投与前と比較して速い輸送速度の成分が増加する事が示された。TrkAはNGFとの結合により細胞質ドメインの自己リン酸化が起こる、この過程は可逆的阻害剤K252aによって阻害される。上記のTrkA・EGFP輸送の速度変化とTrkAリン酸化の関係を検討するため、このリン酸化阻害剤存在下でNGFの投与を行った。その結果、阻害剤存在下では順行性、逆行性ともに、NGF投与前後でTrkA・EGFPの輸送速度変化はほとんどみられなかった。以上の結果から、順行性、逆行性いずれの方向においても、細胞内TrkAの輸送はNGF投与に伴う恥kAの活性化によって促進される可能性が示唆された。

3.蛍光NGFと共局在するTrkAおよび共局在しない狂TrkAの細胞内挙動の比較

受容体TrkAはNGFとの結合に伴う細胞質ドメインの活性化により、AktやMAPKといった細胞内シグナル伝達分子を活性化することが知られている。では、NGFによる細胞内TrkA輸送の制御は、TrkAの活性化に伴う細胞内シグナル応答による細胞内全体での制御なのだろうか。あるいはNGFおよびTrkAを含む個々の膜小胞での個別制御なのだろうか。このことを検討するため、蛍光NGFと結合するTrkAと、結合しないTrkAの細胞内輸送速度を比較した。図4AおよびBに、蛍光NGF投与30分後におけるTrkA-EGFP発現PC12のCy3.5およびGFPの蛍光像を示した。このような蛍光観察から、蛍光NGFと共局在するTrkAと共局在しないTrkAを区別し、TrkA-EGFPの輸送速度を定量した。順行性輸送では、観察したTrkA-EGFPの約37%が蛍光NGFと共局在し、逆行性輸送ではその割合は約67%であった。順行性輸送では、蛍光NGFと共局在していないTrkA・EGFPの輸送速度はO.3μm/sec(81%)と1.lμm/sec(19%)にピーク値を持っ分布となった(図4C)。一方、共局在するTrkA-EGFPの輸送速度は、0.5μm/sec(62%)と、1.5pm/sec(38%)にピーク値を持つ分布となった(図4E)。逆行性輸送では、蛍光NGFと共局在していないTrkA-EGFPの輸送速度では0.2μm/sec(79%)と1.0μm/sec(21%)にピーク値を持つ分布がみられた(図4D)。一方、蛍光NGFと共局在するTrkA-EGFPでは、O.5μm/sec(77%)と、1.2μm/sec(23%)にピ一ク値を持つ速度分布がみられた(図4F)。以上の結果から、NGFと共局在していないTrkAと比較して、NGFと共局在するTrkAの細胞内輸送速度の増大が示唆された。このことは、TrkAを含む膜小胞の細胞内輸送が、TrkAの活性化状態によって制御されている可能性を示している。

以上に述べたような、NGF投与に伴うTrkA含有膜小胞の輸送が、リガンドを伴う場合に促進されるような制御を可能とする仕組みには、TrkAの活性化に伴ってTrkAを含む膜小胞をモータータンパク質に連結させたり、モーターの運動活性を制御したりする能力が要求される。Gタンパク質の一種Rab5は、リン酸化したTrkAと特異的に結合することが知られているが(Wu et aI,2007)、同じグループに属するRabタンパク質の中には、ダイニンやキネシンと膜小胞の結合に関与しているものがあり、また、モータータンパク質活性の制御に関与する可能性も示唆されている(Lippe et aI.,2001;Mataniset al.,2002;Ascano et al.,2009)。このようなRabタンパク質の機能が、TrkAの活性化状態に基づいた膜小胞輸送の制御にも関係する可能性は大いにあると考えている。

このように、同じ種類の膜タンパク質を含む膜小胞の輸送制御機構についての研究は、神経回路の維持や形成など、さまざまな受容体の輸送が関与する記憶・学習の解明にも重要であると考えられる。今後、in vitro実験系でTrkA軸索輸送を再構築することにより、分子機構を解明したいと考えている。

図1.蛍光NGFのPC12細胞への取り込み

胞の蛍光像,スケールバー,20μm.C.Bで示した囲み部分で細胞内輸送されるCy3.5NGFの軌跡.a順行性,b逆行性,スケールバー一,10μm.D,F.順行性輸送されるNGFの速度分布と移動距離E,G.逆行性輸送されるNGFの速度分布と移動距離

図2.PC12細胞で発現させたTrkA-mSEGFPのNGF投与前後での挙動変化

A.TrkA-mSEGFPを発現したPC12細胞の全体像,スケールバー,20μm.B,C.PC12細胞の突起部分でみられた細胞内輸送の軌跡.順行性(B)と逆行性(C),白丸;始点,矢印;終点.スケールバー,5μm.D,F.順行性輸送されるTrkAの速度分布,NGF投与前(D)と投与後(F).E,G.逆行性輸送されるTrkAの速度分布,NGF投与前(E)と投与後(G).

図3.TrkA-mSEGFPと蛍光NGFの共局在と輸送速度

A.TrkA-mSEGFPを発現させたPC12細胞へ蛍光NGF(0.8nM)を投与したときのCy3.5蛍光像,B.Aと同じ細胞のGFP蛍光像,スケールバー,10μm.C,E.順行性輸送されるTrkAの速度分布,Cy3.5NGFと共局在していないもの(C)と共局在しているもの(E).D,F逆行性輸送されるTrkAの速度分布,Cy3.5NGFと共局在していないTrkA(D)と今日局在しているTrkA(F)G,H.順行性輸送されるTrkAの単位時間当たりの移動距離,順行性輸送(G)と逆行性輸送(H),赤・青:共局在、ピンク・水色:非共局在

審査要旨 要旨を表示する

本論文は4章からなり、第1章は序論、第2章は実験で用いた材料と方法、第3章は培養細胞を用いて蛍光NGF(蛍光標識した神経成長因子)とその受容体TrkAの同時観察からNGF投与に伴う細胞内での受容体TrkAの振る舞い変化を、そして第4章はNGF投与に伴う受容体TrkAの振る舞いの変化におけるメカニズムについて述べられている。

まず第1章では、細胞内輸送とはどのような現象か、どのような仕組みで起こっているのか、さらに論文提出者の研究に至るまでの背景が書かれている。

細胞がその形態や機能を維持し続けるためには、細胞内で新たに合成された様々なタンパク質が、細胞膜や核、ミトコンドリアなど、各々の目的地へ適切に輸送されることが必要である。このような必要性に応じて、キネシンやダイニン、ミオシンなどのモータータンパク質は、荷物であるタンパク質を伴って、細胞骨格であるマイクロフィラメントや微小管の上を移動する。運ばれる荷物の輸送先は、荷物がどのモータータンパク質と結合するかによって決定されると考えられているが、どのような選択性によって結合が行われているのかはほとんど不明である。

神経細胞の軸索でも、細胞内輸送は重要な働きをしている。細胞体で新たに合成したタンパク質や細胞内小器官を順行性輸送によって軸索先端へ輸送するとともに、軸索の先端部で取り込んだ神経栄養因子などを逆行性輸送によって細胞体へ輸送することが知られている。神経細胞の標的組織や中継組織から分泌される神経栄養因子の一つに、神経成長因子(Nerve Growth Factor: NGF)があり、神経細胞膜上で受容体TrkAと結合する。TrkAと結合することによって、TrkA-NGF複合体として軸索先端部で細胞内へ取り込まれ、細胞体へ輸送される。一方で、NGFとの結合のために細胞体から軸索先端へTrkAが供給されているので、神経軸索内では順方向と逆方向の双方向のTrkA輸送が同時に存在しているが、その制御機構はほとんどわかっていない。そこで、論文提出者は、受容体TrkAとリガンドNGFをそれぞれ異なる色で蛍光標識し、細胞内でのそれぞれの振る舞いの同時観察を行った。これにより、NGFと結合しているTrkAと結合していないTrkAを区別してTrkAの挙動を解析し、細胞内におけるTrkAの輸送制御について検討した。

第2章では、実験で用いた材料と方法について述べており、細胞培養、蛍光標識の方法、培養細胞への遺伝子導入、顕微鏡を用いた観察、データの解析方法で構成されている。

第3章ではまず、培養細胞を用いて蛍光標識した受容体TrkAの発現とその機能を蛍光標識したNGFとの1細胞あたりの結合量により検討した結果が述べられている。

蛍光標識したTrkAを培養細胞へ発現させると、これまでに報告されているように細胞膜全体に一様に発現がみられた。そこで、未標識のNGFと同等の生理活性を有することを確認した蛍光標識NGF(Cy3.5-NGF)と培養細胞に発現している蛍光TrkAとの1細胞あたりの結合量の定量を試みた。その結果、1細胞あたりの蛍光TrkA発現量が多い細胞ほど、結合するCy3.5-NGF由来の蛍光量も多い傾向がみられた。

次に、PC12細胞に内在するTrkAの細胞内輸送を、Cy3.5-NGFのふるまいから観察した。順行方向(軸索末端に向かう方向)に輸送されるNGF-TrkA複合体量が比較的多く、逆行輸送されるものは全体の約3割であった。複合体の輸送速度は逆行方向、順行方向でほとんど差が見られなかった。またいずれの輸送方向においても、いくつかの峰をもつ速度分布がみられた。

また、TrkA-GFPの振る舞いをNGF投与前から観察し、NGF投与にともなう変化を観察した。細胞内へ取り込まれたCy3.5-NGFで観察された結果と同様に、いくつかの峰をもつ分布を示し、方向別で輸送速度の差はほとんど見られなかった。興味深いことに、NGF投与後の輸送速度は、順行、逆行いずれの方向も、NGF投与前の輸送速度よりも有意に速くなっていることが本研究により初めて示された。

TrkAはNGFとの結合に伴い、その細胞質ドメインに存在するチロシンがリン酸化されることから、NGF投与に伴うTrkA輸送速度の増大へのTrkAリン酸化の関与を、リン酸化阻害剤(K252a)を用いることで検討した。その結果、リン酸化阻害剤存在下ではNGF投与に伴う蛍光TrkAの軸索輸送速度の促進は認められないことが明らかとなった。

これらの結果から、NGFが受容体と結合することによって細胞内全体に伝播する細胞内情報伝達の結果である可能性と、NGFの結合が、個々の受容体の輸送を制御する可能性が考えられる。これらの可能性は、受容体をNGFと結合するものとしないものに弁別し、その輸送速度を比較することによって検証可能である。そこで本研究ではCy3.5-NGFを、蛍光TrkAを発現するPC12細胞へ投与し、Cy3.5-NGFとともに存在する蛍光TrkAと、Cy3.5-NGFを伴わない蛍光TrkAを区別して観察を行った。この結果、順行方向、逆行方向のいずれの方向に向かう細胞内輸送においても、NGFを伴うTrkAの輸送速度が、NGFを伴わないTrkAの輸送速度よりも顕著に速いことが明らかとなった。この結果をさらに確認する目的で、個々の蛍光TrkA由来の蛍光輝点について、NGFと共局在するものと共局在しないものについて、その細胞内輸送の軌跡を追跡した。その結果、順行性、逆行性いずれの移動方向においても、NGFと共局在する蛍光TrkAの蛍光輝点がより速く輸送されること、さらにこの傾向は順行性よりも逆行性の細胞内輸送で顕著に見られることが明らかとなった。

本論文において、NGF受容体TrkAは、NGFの投与によって細胞内輸送速度が増大すること、さらにこの輸送速度の増大は、NGFとの結合によって個々のTrkAにおいて個別に制御された結果である可能性が示唆された。リガンドとの結合によって受容体自体の細胞内輸送が制御を受けるという結果はきわめて新しい。

第4章では、論文提出者の全体を通しての考察と今後の展望が書かれている。これまでに蛍光タンパク質で標識したTrkAの軸索輸送を観察したいくつかの報告があるが、TrkAの軸索輸送速度がNGF依存的に変化することは、本研究において初めて見出されたことである。そして、TrkAリン酸化阻害剤K252a存在下ではNGF投与前後で蛍光TrkAの軸索輸送速度に変化が見られなかったことから、本研究では、TrkA軸索輸送速度の増加にはTrkAのリン酸化が重要であるという結論に至った。

これまでの受容体TrkAやリガンドNGFの蛍光観察ではどちらか一方のみの細胞内での振る舞いを観察している研究のみであった。しかし本研究では、1細胞における受容体TrkAとリガンドNGFの同時観察実験系を構築したことで、従来の方法では成し得なかったNGFと結合したTrkAと結合していないTrkAとを区別して観察することに成功した。この観察系により、TrkAの軸索輸送速度がNGFを伴うTrkAで有意に増加していることが明らかになった。この結果から、NGFと結合するTrkAの輸送速度の増大は、NGFと結合した個々の受容体TrkAにおいてローカルに制御されていることが示唆された。

NGFと結合したTrkAを含む膜小胞の細胞内輸送は、細胞内の微小管上を移動するモータータンパク質によって行われている。TrkAを含む膜小胞には、ダイニンやキネシン等のモータータンパク質が、いくつかのアダプタータンパク質を介して結合している。NGFと結合した受容体TrkAの細胞内ドメインを特異的に認識するアダプタータンパク質としてRab5が知られている。しかし、個々の膜小胞がどのモータータンパク質と結合するか、またモータータンパク質の活性をどのように制御しているかはほとんどわかっていない。いまだ明らかとなっていないアダプター分子がこのようなモータータンパク質の活性制御に関与している可能性がすでに示唆されている。このことから、受容体のリン酸化に依存して、微小管モータータンパク質の運動活性を制御する機構の解明が期待される。

なお、本論文における受容体TrkAの蛍光標識、細胞の蛍光顕微鏡観察は北海道大学 永井健治教授、谷知己准教授(現Marine Biological Laboratory)との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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