学位論文要旨



No 127371
著者(漢字) 大島,大輔
著者(英字)
著者(カナ) オオシマ,ダイスケ
標題(和) 胸腺髄質上皮細胞において異所的に発現する癌関連抗原の抑制による癌免疫強化
標題(洋)
報告番号 127371
報告番号 甲27371
学位授与日 2011.06.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第714号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 教授 清野,宏
 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 教授 村上,義則
 東京大学 教授 渡邉,俊樹
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

癌は現在の日本における死因の第1位に挙げられており,この疾患を克服するため外科療法,化学療法,放射線療法,そして免疫療法が開発されてきた.この中で,癌免疫療法はヒトの体が持つ免疫系を惹起して癌を克服する新しい手法として注目されている.しかしながら,これまで免疫賦活剤をはじめ,サイトカイン療法などさまざまな癌免疫療法の手法が開発されてきたにも関わらず,有効な治療成果を挙げた例はほとんど無い.

癌細胞に対して免疫系が惹起されるためには,癌細胞で特異的な発現を示すタンパク質である癌関連抗原をT細胞が認識しなければならない.つまり個体が有するT細胞レパトアの中に癌関連抗原を認識できるT細胞クローンが存在する必要がある.個体のT細胞レパトアの多様性を決定する現象の1つとして,胸腺における負の選択が知られている.負の選択とは,自己に対する免疫応答を防ぐために,自己抗原を認識するT細胞を除去する仕組みである.この負の選択には胸腺の髄質領域が重要な働きをしている.胸腺の髄質上皮細胞は,本来特定の末梢組織にのみ発現する組織特異抗原を異所的に発現しており,自己を認識するT細胞クローンを直接的に,あるいは髄質領域に存在する樹状細胞を介して間接的に除去していると考えられている.

一方で,ヒト胸腺の髄質上皮細胞では組織特異抗原とともに,癌関連抗原が発現していることが明らかになってきている.すなわち胸腺では髄質上皮細胞が癌関連抗原を発現することで,その抗原を認識するT細胞クローンを除去していると考えられる.したがって胸腺において癌応答性のT細胞が除去されるために,末梢の癌細胞の増殖を抑制することができない可能性が考えられる.

そこで末梢の癌を抑制するためには癌関連抗原に対応したT細胞クローンを増大し,癌免疫を強化する必要があると考えた.その手法として胸腺の髄質上皮細胞において異所的に発現する癌関連抗原の遺伝子発現を抑制することを考案し,本研究ではその基礎的な検討を行った.(図1)

【方法と結果】

本研究では,胸腺髄質の分化に関わるシグナル伝達分子TRAF6の欠損マウスを用いた.このマウスの胸腺は髄質上皮細胞の分化に異常があり,またほとんどの組織特異抗原の遺伝子発現が低下していることが報告されている.そこで,1)TRAF6欠損胸腺において組織特異抗原と共に癌関連抗原の発現が低下しているのか検討し,さらに2)胸腺上皮でTRAF6が欠損することで,癌を抑制する効果があるのか,そして,3)T細胞による癌免疫応答が上昇しているのか検証した.

野生型とTRAF6欠損マウスの胸腺において様々な癌関連抗原のmRNA発現量を半定量RT-PCR法で比較した.その結果,sart3などでは発現量に変化がなかったものの,trp-2, oy-ms-4, gp100の3つの遺伝子の発現量が減少していた(図2).この結果は,TRAF6欠損胸腺で,一部ではあるが癌関連抗原に応答するT細胞レパトアが増大している可能性を示している.

次に,胸腺上皮でTRAF6が欠損することにより,癌の形成が抑制できるのか調べた.マウス胎仔胸腺を器官培養することで,リンパ球など造血幹細胞由来の細胞を除いた胸腺ストローマを調製することができる.そこで野生型とTRAF6欠損マウス(Balb/c)の胎仔胸腺から調製した胸腺ストローマを,胸腺を持たないBalb/cヌードマウスに移植した(以下,キメラマウスと呼ぶ).このキメラマウスに,Balb/cマウス由来繊維芽肉腫の一種であるMeth-Aを皮下移植後,腫瘍塊の大きさを測定した.その結果,野生型キメラマウスと比較して,TRAF6欠損キメラマウスでは腫瘍塊の形成が有意に抑制された(図3).

続いて,癌細胞に対するT細胞の活性化について検討した.上記のキメラマウスの脾細胞を用いて細胞傷害性Tリンパ球(Cytotoxic T Lymphocyte: CTL)アッセイを行った.その結果,TRAF6欠損キメラマウスでは移植に用いたMeth-Aに対するCTLの活性が高いことが判明した(図4).また対照群の線維芽細胞に対するCTLの活性に差は見られなかった.さらに,Meth-Aに対する抗体がキメラマウスの血清中で上昇しているか調べるために,キメラマウスの血清を用いてMeth-Aを免疫染色した.その結果,TRAF6欠損キメラマウスの血清では野生型キメラマウスと比較してMeth-Aを強く染色した.したがってTRAF6欠損キメラマウスの方がMeth-Aに特異的なヘルパーT細胞の活性が亢進し,抗体産生量が上昇していると考えられる.

【結語】

これらの結果から,TRAF6欠損胸腺において癌関連抗原を認識するT細胞クローンの多様性が増大していることが示唆された.したがって胸腺の構築異常に依存的したT細胞の免疫応答を癌細胞に対して誘導することができるということを示している.

図1:本研究の概念図

胸腺の髄質上皮細胞において異所的に発現する癌関連抗原によって癌応答性のT細胞が負の選択を受けていると考えた.胸腺における癌関連抗原の発現を抑制することで,癌に対するT細胞クローンを増やし,癌免疫を強化できると考えた.

図2:胸腺における癌関連抗原の遺伝子発現の比較

14日齢の野生型とTRAF6欠損マウスの胸腺からRNAを抽出し,cDNAを調製した.cDNAを10倍段階希釈し,鋳型として半定量RT-PCRを行った.PCR産物はアガロースゲル電気泳動で分離し,撮影した.

図3:各キメラマウスにおける腫瘍サイズの比較

ヌードマウス(○),野生型キメラマウス(□),TRAF6欠損キメラマウス(×)にMeth-A細胞(5x106 cells)を左腹の皮下に移植した.移植後,3日おきに腫瘍の大きさを測定した.

図4:CTLアッセイの結果

野生型とTRAF6欠損キメラマウスでMeth-Aを移植した群と移植していない群でCTLの活性を比較した.マウスの脾臓細胞から調製したCTLと標的細胞であるMeth-Aを8:1の細胞数の割合で5時間培養し,培養液中のLDH放出量を測定した.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は2章からなり、第1章は胸腺髄質上皮細胞における組織特異抗原の発現を抑制した際の癌免疫への効果について、第2章は胸腺髄質上皮細胞の分化に必須なRANKL/RANKシグナルの下流の解析について述べられている。

第1章では、胸腺髄質上皮細胞において異所的に発現している組織特異抗原により自己免疫応答を引き起こすT細胞が除去される負の選択と呼ばれる機構に着目し、癌関連抗原の発現が低下しているようなモデルマウス胸腺を用い、末梢の腫瘍の形成が抑制できるのか実証して、その抑制機構の解明に取り組んだものであり、以下の結果を得ている。

1。胸腺の髄質上皮細胞において末梢の組織でのみ発現するタンパク質である組織特異抗原が異所的に発現し、自己応答性T細胞の発現を抑制している。組織特異抗原の一部に、癌細胞特異的な発現を示す癌関連抗原が含まれている。胸腺髄質の構築異常を有するTRAF6欠損マウスの胸腺において、一部ではあるが癌関連抗原の発現が低下していることを半定量RT-PCR法により見出した。このことから、TRAF6欠損マウス胸腺において癌応答性のT細胞が産生している可能性を示した。そしてTRAF6欠損胎仔マウス胸腺から胸腺ストローマを調製し、胸腺のないヌードマウスの腎臓皮下へ移植して、胸腺でのみTRAF6が欠損しているようなTRAF6欠損キメラマウスを作製した。同様に作製した野生型キメラマウスと比較して、TRAF6欠損キメラマウスの方が、皮下移植した癌細胞Meth-Aの腫瘍形成を抑制するということを見出した。

以上から、癌関連抗原の発現が低下しているような胸腺に依存して、末梢の腫瘍形成が抑制されることを見出した。

2。上記の実験系で、腫瘍の形成が抑制される機構についてT細胞を介する免疫系に着目して解析している。CTLアッセイを行い、Meth-Aの移植に依存してMeth-Aに対するCTLの活性が上昇し、特に野生型キメラマウスと比較してTRAF6欠損キメラマウスにおいて有意にCTLの活性が上昇していることを見出した。

第2章では、成熟した胸腺髄質上皮細胞の分化に必須なRANK/RANKLシグナルと転写因子NF-kBの活性化シグナルに着目し、NF-kBの活性化因子の遺伝子変異マウス胸腺で発現するmRNAに対するマイクロアレイ解析を行って、以下の結果を得ている。

3。TRAF6欠損マウス、及びaly/alyマウスの胎仔胸腺において、IFN誘導遺伝子の発現量が低下していたことから、NF-kBによりこれらの遺伝子発現が制御されている可能性を見出した。さらにin silico解析により、IFN誘導遺伝子の転写制御にはSTAT1が関わる可能性を見出した。

4。 上記の結果を実証するため、マウス胎仔胸腺ストローマにおいてRANKL/RANK刺激依存的にSTAT1のリン酸化が見られること、さらにIFN誘導遺伝子のmRNAの発現が亢進することを明らかにした。また、このIFN誘導遺伝子の発現には、I型インターフェロンのシグナルに非依存的であるということを見出した。

以上、本論文はTRAF6欠損胸腺に依存して、T細胞を介した免疫系が活性化し、腫瘍の形成を抑制するということを明らかにした。また、胸腺髄質領域の分化に関わるシグナル伝達経路として、RANKL/RANK刺激依存的にTRAF6とNIKの下流でIFN誘導遺伝子の発現を促進するような転写因子STAT1を介した新たな経路が存在する可能性を示した。したがって、本研究は胸腺に依存した新規癌治療法の開発に向けて重要な貢献を成すと考えられる。

なお、本論文第2章は、秋山泰身博士、秦俊文博士、金野弘靖博士、廣澤晶久氏、白石琢磨氏、箭内洋見氏、下茂佑輔博士、新澤美穂氏、秋山伸子博士、山下理宇博士、中井謙太博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となってデータの分析、及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

よって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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