学位論文要旨



No 127372
著者(漢字) 藤田,正一
著者(英字)
著者(カナ) フジタ,ショウイチ
標題(和) α-グリコシルボラノホスフェート誘導体を経由するホスホグリカンの新規合成法
標題(洋)
報告番号 127372
報告番号 甲27372
学位授与日 2011.06.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第715号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 和田,猛
 東京大学 教授 上田,卓也
 東京大学 教授 野崎,京子
 東京大学 教授 津本,浩平
 東京大学 准教授 鈴木,穣
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

糖1-リン酸構造を繰り返しユニットとして有するホスホグリカンは、病原性細菌の莢膜多糖や、寄生性原虫の糖衣、分泌糖タンパク質などの構成成分として知られ、その多くは免疫学的性質を決定する部位を構成していると考えられている。このことから、これらの生体分子の機能解明や医薬品開発などへの応用のためには、その効率的な化学合成法の確立が求められる。

従来、このようなホスホグリカンの合成は、主としてScheme 1に示すH-ホスホネート法という合成法が用いられてきた。この合成法では、鎖長伸長ステップにおける脱水縮合反応により生じるH-ホスホネートジエステル中間体が加水分解され易く、不安定であるために、速やかに酸化し、安定なホスホジエステルに変換する必要がある。しかし、遊離のホスホジエステル結合は、続く縮合反応の際、副反応を起こすため、鎖長が長くなるほどこの副反応が顕著となり、目的物の精製を困難にし、著しい収率の低下を招く。このため、この合成法では複数の糖1-リン酸ユニットを有する長鎖のホスホグリカンの合成は困難である。

本研究ではこのような背景を踏まえ、長鎖あるいは複数の糖1-リン酸ユニットを含むホスホグリカンの合成により適した糖1-リン酸ユニットとして、Scheme 2に示すボラノホスフェート誘導体に着目した。リン原子に結合する非架橋酸素原子の一つをボラノ基(BH3)で置換したボラノホスフェートは化学的に高い安定性を示し、続く縮合反応の際にも、副反応はほとんど起こらないことが知られている。また、ボラノホスフェートは、トリチルカチオン(Ph3C+)と反応させることでH-ホスホネートジエステルへと変換が可能であることから、ボラノホスフェートは不安定なH-ホスホネートの保護体とみなすことができ、各伸長ステップにおいて、ホスホジエステルのような副反応の懸念が少なく、複数の糖1-リン酸ユニットを有するホスホグリカンの、効率的な合成を可能にすると考えられる。本研究では、このようなコンセプトに基づいたホスホグリカンの新規合成法の開発を目的とした。

【本論】

1.脱水縮合反応によるグリコシルボラノホスフェート二量体の合成

初めに、Scheme 3に示す脱水縮合反応によるグリコシルボラノホスフェート二量体の合成を試みた。糖供与体、受容体としてそれぞれ共通の前駆体から誘導した1と2を用いて脱水縮合反応を種々検討したが、いかなる条件においても目的とするグリコシルボラノホスフェート二量体3は得られず、主生成物としてグリコシルクロライド4、グリコシルアゾリド5が得られた。この結果は、縮合剤や活性化剤により活性化された1のリン酸部位が電子的に強く求引され、糖環内酸素原子のアノマー炭素への電子供与効果により脱離し、生成したアノマー位のオキソカルベニウムカチオンに対し、系中に存在する求核種が付加したことを示している。

また、一方で、糖水酸基の保護基としてベンジル(Bn)基ではなく、より電子求引性の高いベンゾイル(Bz)基を用いた場合には、オキソカルベニウムカチオンが不安定化されるために、リン酸基の脱離は起こりにくく、同様の縮合反応が効率よく進行することが確認されている。これらの結果から、糖水酸基の保護基がリン酸基の脱離に大きく寄与していることが示唆される。

以上の結果から、1および2を基質とした場合、脱水縮合によるグリコシルボラノホスフェート二量体の合成は困難であることがわかった。

2.ホスホロアミダイト法とボラノ化を組み合わせた鎖長伸長法

そこで、ボラノホスフェートへと誘導が可能であり、リン酸基の分極が小さく、脱離反応が起こりにくい、活性中間体を経由すること、中間体の化学的安定性などを考慮し、ホスホロアミダイト法を用いた合成を試みることとした(Scheme 4)。通常のホスホロアミダイト法では、1H-テトラゾールを用いた縮合の後に生じるホスファイト中間体を酸化し、ホスホトリエステルとする。しかし、このホスホトリエステルはリン酸部位に電荷を有さないために電子求引性が高く、リン酸基の脱離が起こり易いという欠点があり、糖1-リン酸誘導体の合成例は少ない。そこで、本研究では、酸化を行う代わりにボラノ化を行うことでボランをリン原子に結合させ、安定なボラノホスフェートへと誘導する合成法を考えた。そこで、グリコシルホスホロアミダイト6と4-ヒドロキシ体7を1H-テトラゾールを用いて縮合した後に、ボラノ化を行った結果、リン酸基の脱離もなく、高収率でグリコシルボラノホスフェート二量体9を合成することができた。さらに、二量体の末端保護基をテトラブチルアンモニウムフルオリド(TBAF)により選択的に除去し、これを受容体として同様に伸長を繰り返すことで、グリコシルボラノホスフェート三量体11もまた、同様に良好な収率で合成することができた。

3.ホスホジエステルへの変換・保護基の選択的除去

グリコシルボラノホスフェート二量体、三量体のホスホジエステルへの変換および保護基の選択的除去を試みた(Scheme 5)。始めにボラノホスフェート上のメチル基をPhSHとEt3Nを用いて除去し、DMTrOMe(トリチルカチオン源)とDCA(ジクロロ酢酸)を用いたH-ホスホネートジエステルへの変換、I2, H2Oを用いた酸化を順次行った。いずれの反応も良好な収率で進行し、H-ホスホネートジエステル中間体からS8を用いた硫化を行うことにより、天然型のホスホジエステルだけではなく、リン酸アナログであるホスホロチオエートもまた良好な収率で合成することができた。次に、糖水酸基の保護基であるTBDMS基、Ac基、Bn基の選択的な除去を試みたところ、二量体については、いずれの反応も良好な収率で進行した。

三量体では、Ac基の除去の際に副反応としてグリコシルアミン24の生成が確認された。そこで、酢酸アンモニウム緩衝液(pH=4.6)を用いて加水分解を試み、目的とする22を良好な収率で合成した。さらに、ベンジル基を除去して完全脱保護体25を得た。

4.D-Mannopyranose 6-(α-D-glucopyranosyl phosphate)の合成

D-Mannopyranose 6-(α-D-glucopyranosyl phosphate) 30はリーシュマニア原虫の糖衣を構成している糖1-リン酸二量体であり、本合成法の応用として、その合成を試みた(Scheme 7)。

D-Glucopyranose 4-(α-D-glucopyranosyl phosphate) 21の合成と同様に、いずれの反応も良好な収率で30を合成することができた。

【総括】

本研究では、ホスホロアミダイト法とボラノ化を組み合わせた合成法を用いることにより、グリコシルボラノホスフェートを繰り返しユニットとして有する糖1-リン酸誘導体の効率的な合成法を確立した。また、ボラノホスフェートからホスホジエステルへの変換、保護基の選択的除去などその基本的な合成法を確立した。今後、本合成法が複数の糖1-リン酸ユニットを有する複雑なホスホグリカンのための有用な合成法となることが期待される。

Sheme1. H-ホスホネート法による鎖長伸長法

Sheme2. グリコシルボラノホスフェートを経由する鎖長伸長法

Sheme3. 脱水縮合反応によるグリコシルボラノホスフェート二量体の合成

Sheme4.ホスホロアミダイト法とボラノ化を組み合わせた鎖長伸長法

Sheme5.H-ホスホネートへの変換および保護基の選択的除去

Sheme6.グリコシルアミンの加水分解およびベンジル基的除去

Sheme7.D-Mannopyranose 6-(α-D-glucopyranosyl phosphate)の合成

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、複数の糖1-リン酸構造を有するホスホグリカンの有用な合成中間体となる、α-グリコシルボラノホスフェートの繰り返し構造を構築するための新規合成手法を開発したこと、及びこの合成法を用いたホスホグリカンの合成について述べたものであり、序論及び五章からなる本論より構成されている。

序論では、ホスホグリカン合成に用いられる、既存の糖1-リン酸構造の構築法について概観し、複数の糖1-リン酸構造を効率的に構築する上で考慮すべき留意点を明確にした上で、本研究で用いるα-グリコシルボラノホスフェート誘導体の特長及びホスホグリカン合成への適用について述べることで本研究の目的と意義を述べている。

第一章では、ボラノホスホトリエステル法を用いたα-グリコシルボラノホスフェート二量体の合成について検討した結果について述べている。まず、α選択的に合成したα-グリコシルボラノホスフェートジエステルを糖供与体とし、4位水酸基を有する糖を受容体として用いた脱水縮合反応を試みた結果、この合成法では、ボラノホスホリル基が脱離する副反応が、糖受容体との縮合よりも優先して起こることを明らかにしている。そして、この結果を、水酸基の保護基が異なる糖1-リン酸供与体の結果と比較することにより、使用する糖1-リン酸供与体の、糖水酸基の保護基の電子的性質がボラノホスホリル基の脱離に大きな影響を与えていることを明らかにしている。

第二章では、α-グリコシルボラノホスフェートの繰り返し構造を構築するための新規合成手法の開発について述べている。第一章の結果を受け、活性中間体の安定性を考慮し、ホスホロアミダイト法とボラノ化を組み合わせたグリコシルボラノホスフェート構造を構築する合成法を新たに考案した。α選択的に合成したα-グリコシルホスホロアミダイトを糖水酸基と縮合し、生成したグリコシルホスファイト中間体を、ボラノ化することにより、α-グリコシルボラノホスフェート二量体を合成した。さらに、二量体の末端保護基を除去し、これを糖受容体として縮合、ボラノ化を繰り返すことにより三量体の合成を達成した。

第三章では、第二章で合成したα-グリコシルボラノホスフェート誘導体の天然型のリン酸ジエステル及びホスホロチオエートへの変換反応について述べている。α-グリコシルボラノホスフェート二量体だけではなく、三量体についても同様に、天然型のリン酸ジエステルへの変換を達成し、グリコシルボラノホスフェートの安定な合成中間体としての有用性を示している。さらに、α-グリコシルボラノホスフェート二量体のホスホロチオエートへの変換を達成し、非天然型リン酸アナログへの応用の可能性も示している。

第四章では、第三章で合成したα-グリコシルホスフェート誘導体の保護基の選択的除去について述べている。TBDMS基、Ac基、Bn基の選択的な除去を試みた結果、二量体では、いずれの保護基も選択的かつ効率的な除去を達成した。三量体についてはTBDMS基、Bn基の除去は二量体と同様の結果が得られたが、Me2NHを用いたAc基の除去反応では、副生成物として、目的物との分離が困難であるグリコシルアミンが生成した。しかし、条件検討の結果、適切なpHに調製した加水分解反応により、純粋な目的物を得ることに成功している。

第五章では、応用として、Leishmania原虫の糖衣リポ多糖に含まれる部分構造の合成について述べている。第四章までの検討の結果確立された合成法を用いて、受容体の糖骨格が異なるα-グリコシルホスフェート二量体の合成を試みた結果、α-グリコシルボラノホスフェート二量体の合成、リン酸ジエステルへの変換、保護基の選択的除去などいずれの反応も効率的な合成を達成した。この結果により、使用する糖骨格の異なる、生体分子の部分構造に対しても本合成法が有用であることを示している。

以上のように、α-グリコシルボラノホスフェートの繰り返し構造を構築するための新規合成手法を開発し、リン酸ジエステルへの変換、保護基の選択的除去など、オリゴ(α-グリコシルホスフェート)の基本的な合成法を確立し、生体分子の部分構造合成への応用も可能であることを示した。これらの成果は、有機合成化学、糖質化学、糖鎖生物学、医学、薬学など諸分野の発展に大きく寄与することが期待される。

よって本論文は、博士(生命科学)の学位請求論文として合格と認められる。

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