学位論文要旨



No 127373
著者(漢字) 田中,康之
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ヤスユキ
標題(和) コンテンツの資産評価手法の研究 : 映像を構成する評価要素の抽出と不確実性モデルの評価方法
標題(洋) The Research of Rating Method for the Movie Contents : Extraction of Value that Composes Movies and Method of Evaluating Uncertain Model
報告番号 127373
報告番号 甲27373
学位授与日 2011.06.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第716号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 人間環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 濱野,保樹
 東京大学 教授 岩田,修一
 東京大学 准教授 大宮司,啓文
 東京大学 准教授 広田,光一
 東京大学 准教授 鎗目,雅
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、映像コンテンツの評価要素を創成期から現代までの事業特徴を経年的に捉え、その要素からコンテンツの価値評価をするための評価モデル式を設計することが目的である。そのために、コンテンツ産業論から知的財産法、会計学、数理分析、評価手法分野におよぶ学際的な新領域の応用研究となった。

コンテンツの価値要素を数値化して、その数値が価値におよぼす影響を、どのような決定理論により定量分析可能な評価モデルとして設計するのかが研究課題である。コンテンツの価値評価の系統立った研究はこれまでなされておらず、コンテンツ流通において必須である価値評価を無体財としての資産価値として評価することにした。

本研究を通じて、気づいたことは、コンテンツ産業が可視化されていないのは、特許権などを扱う工業社会とは異なり、コンテンツ業界が産業化されていないことが挙げられる。コンテンツはそれぞれの分野で活躍しているプレーヤーの集団によって創作されており、産業の体をなしていないといっても過言ではない。その中でも、映画事業だけは歴史があり、産業化に向けて多くの経営者が施策を打ってきたので、研究資料も一部残されており、映画業界から情報を入手することができた。

コンテンツの価値評価要素の抽出は、伝統的な会計学的アプローチや、DCF法のように将来価値を現在価値に割り引いて価値判断をする手法があるが、コンテンツ自体が不動産のように安定した財産ではなく、情報財として消費される不安定なものなので不向きであることがわかった。但し、インカム・アプローチは積極的に価値評価をすることから、流通しながら付加価値を生むコンテンツには適切なアプローチであることが確認できた。

コンテンツの価値評価の先行研究について、海外では情報処理技術を使った映画のヒット予測が研究されており、予測レベルも実用段階にあった。日本における評価システムは民間企業がサービスを提供している関係で、その仕組みはブラックボックスとなっている。

コンテンツの付加価値を定量的に把握できる価値評価ロジックとして、アウトカムロジックが有効であった。これは、価値そのものを私的便益と社会的便益に整理する方法であり、外部と接触してアウトカム(与益)が生まれるというロジックがコンテンツの付加価値を整理するうえで役立った。

特許の評価方法の多くは、価値としてバリュー・ドライバーに注目しており、権利保有以外にも事業化の評価が加えられている。知的財産権は利用しないと価値を生まないので、事業の価値はドライバーとしての評価スコアでは大きなウエイトを占めている。

コンテンツの価値評価の場合、ヒットしたものは加速度的に付加価値が増加するが、事前の予測は難しいものである。その中でも、バリュー・ドライバーの連携によるバリュー・チェーンがコンテンツ利用の好循環を生むようにマネジメントすることで、アウトカムが生まれる確率が高くなる。何がバリューであるかは、コンテンツ市場の主流であるエンタテイメントビジネスから、著作権が事業価値に大きく寄与していることを再認識した。

また、映画などの複製藝術がコンテンツ産業にもたらした影響は、生産性の向上という形で、レコード業界から現代のデジタル技術によるインターネット配信まで、労働集約性の高いコンテンツ業界にとって画期的なことであった。また、ウインドウの拡大はコンテンツ流通経路の拡大となり、市場は拡大するが、そこには新旧メディアの興隆と衰退の歴史があり、日米のメディアを比較しても大衆娯楽の流れは同じ道を辿っている。特に、日本は国内マーケットが中心であり、米国はハリウッドのように海外マーケットに向けてコンテンツが発信されている点は大きな違いである。

本研究では、コンテンツ業界の複数の実務家に対して、コンテンツ流通についてヒアリングを実施したが、統一した見解を得ることはできなかった。これは、コンテンツ業界の価値観は一元的ではなく、複数の価値観を持つ多元的な集団によってコンテンツ産業が成り立っていることを示すものであり、それでだけコンテンツの価値要素も多く存在することになる。

筆者は、バリューレーティング・アプローチ(Value Rating Approach、以下「VRA」という。)というコンテンツの格付けによる評価概念を発案した。本研究では、コンテンツの価値要素を抽出し、バリュー・ドライバーとして価値モジュールにまとめ、その数値によって格付けを行い、コンテンツの価値を評価することを研究目的とした。

価値モジュールを確率推論のアルゴリズムからモデル化を試みた。コンテンツの多元的複合価値から多階層ネットワークモデルを参考にコンテンツの価値評価モデルを設計したが、実務的には人間の経験則による判断が確率推論としては必要であった。

コンテンツ評価モデルについては、主軸を何にするかが課題であるが、コンテンツビジネスにおいて、重要なものは利益であることからコンテンツ制作費をネットワークモデルの基盤として、それぞれの価値モジュールの分数の受け皿とした。また、権利関係の価値モジュールは重要であることから、単独でかつ全体に影響をおよぼすようにモデル設計を行った。

価値モジュールの数値評定については、共通した評点方法で行い、バリュー・ドライバーの種類も5つに絞り、評定においては、標準値をベンチマークとして設定して、評定のばらつきが大きくならないようにした。

VRAのポイントはVRA曲線という過去実績をデータベースとして最〓曲線を作ることにある。そのVRA曲線が格付けランクと連動し、評価したいコンテンツの格付けランクが決定するので、VRAモデル式から算出されるスコアを格付けランクに導く転換軸となる重要な役割を持つことになる。実際に評価対象とする3つのタイプの劇場映画コンテンツを検証評価したが、検証コンテンツのVRAスコアからVRA曲線で転換したVRAランクの格付けは、3事例ともに事業実態に相当する評価であり、価値評価手法の有効性が証明できた。

VRAの課題として、コンテンツの資産評価手法としてモデル式を設計しても、価値要素となる価値モジュールのバリュー・ドライバー評定においては、人的判断によって評点を付けることから主観的な観点を完全にすることは払拭できなかった。しかし、確率推論では経験則も推論方法のひとつであり、コンピューターを稼動させるベイジアンネットワークモデルも人工知能モデルであることから、複数の専門家(その業務に就いている方で十分)によってその人的評価の精度を高めることができればVRAの格付けの精度は高まり、より正確な価値評価が可能となる。

今後の課題として重要なことは、次の2点である。第一に、常に新しい変動情報をVRA曲線に付与し、経済環境や法改正、時代推移によってVRA曲線を変動させることが必要である。第二には、スコア評点の標準値や格付けランクのポジションを期間や情況によって調整することが今後の課題として残った。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は9章からなり、第1章は序論、第2章から第5章まではコンテンツに関する学術調査研究報告、第6章はコンテンツの価値評価方法、第7章はコンテンツ価値評価モデル、第8章はコンテンツの資産評価手法の考察、第9章は研究の結論について述べられている。

本論文は、映像コンテンツの評価要素を創成期から現代まで、事業特徴を経年的に捉え、その要素からコンテンツの価値評価をするための評価モデル式を設計することを目的とした研究である。そのために、コンテンツ産業論から知的財産法、会計学、数理分析、評価手法分野におよぶ学際的な新領域の応用研究となっている。

コンテンツの価値要素を数値化して、その数値が価値に及ぼす影響をどのような決定理論によって、定量分析可能な評価モデルを設計することが研究の課題である。これまで、コンテンツの価値評価の系統立った研究は、知的財産に関する学会である日本知財学会においても、コンテンツに関する研究成果がなく、本論文は無体財であるコンテンツの資産価値を定量化する新規性のある研究である。

本研究は、コンテンツ業界が特許権などを扱う工業社会とは異なり、研究データが入手困難であるが、唯一映画産業に統計が残っており、本研究データの柱として多方面から資料を収集する基礎研究から構成されている。

コンテンツの価値評価要素の抽出は、伝統的な会計学的アプローチや、将来価値を現在価値に割り引いて価値判断をする手法があるが、コンテンツ自体が情報財として消費される不安定なものであり、不向きであることから、第2章から第5章まで多分野にわたり学術研究アプローチを行っている。

コンテンツの付加価値を定量的に把握できる価値評価ロジックとして、本研究では、特許の価値評価で使われているアウトカム・ロジック採用している。これは、メディア環境学研究室の先行研究である「私的便益」と「社会的便益」に整理する研究を基に、外部と接触してアウトカム(与益)が生まれるというロジックを加えて、コンテンツの付加価値要素を論理的に整理している。

第6章以下の価値評価研究は、価値としてのバリュー・ドライバーを注目しており、権利保有以外にも事業化の評価が加えられている。コンテンツの価値評価の場合、ヒットしたものは加速度的に付加価値が増加するが、事前の予測は難しい。そこで、バリュー・ドライバーのマネジメントによるバリュー・チェーンがコンテンツ利用の好循環によるアウトカムが生まれる確率が高くなることから、バリューが何であるかをコンテンツ市場の主流であるエンタテイメントビジネスから抽出している。

また、本研究では、コンテンツ業界の複数の実務家に対してコンテンツ評価についてインタビューを実施し、社会人院生の取り組む研究として、実務にも応用できるように学術研究と実務応用のバランスを図っている。

本研究者は、バリューレーティング・アプローチ(Value Rating Approach、以下「VRA」という。)というコンテンツの格付けによる評価概念を既に修士研究段階で発案していたが、コンテンツの価値要素の抽出は、本学博士後期課程で4年間に亘り研究を行い、コンテンツのバリュー・ドライバーを価値モジュールにまとめ、多層型ネットワークモデルによる価値評価式設計により数値化し、格付けランクによってコンテンツの価値を定量化することを本研究成果として完成させた。

VRA曲線を過去3年間の邦画実績をデータベースから算出して、最〓曲線であるVRA曲線により対象コンテンツ算出スコアを格付けランクに転換し、評価したいコンテンツの格付けランクを決定するというユニークな研究は、過去の3事例を検証した結果、実際の事業評価に相当するものであり、コンテンツの(資産)価値評価手法の有用性が証明できた。

VRAの課題としては、価値要素となる価値モジュールのバリュー・ドライバー評定においては、人的判断によって評点を付けることから主観的な観点を完全にすることは払拭できなかった。しかし、確率推論では経験則も推論方法のひとつであり、複数の専門家によって精度を高めることができればVRAの精度は高くなり、より正確なコンテンツの資産評価が可能となると思われる。

映像コンテンツの歴史は浅いが、技術進歩によるコンテンツ利用はインターネット動画に見られるように、最も身近で多様な情報として利用されている。しかしながら、経済社会における「情報財」としての研究が追いついておらず、コンテンツの価値を資産として評価する本研究は、メディア環境の基礎研究として重要な研究成果である。

なお、本論文第5章5.2(研究5)は、〓野保樹、小泉(内田)真理子との共同研究であるが、論文提出者も分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(環境学)の学位を授与できる学位論文として認める。

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