学位論文要旨



No 127377
著者(漢字) 呉,東建
著者(英字)
著者(カナ) オウ,ドンゴン
標題(和) 住み替えと改善によって住宅ストックの活用を促進する事業形態に関する研究 : 東急多摩田園都市におけるアライエ事業をケーススタディとして
標題(洋)
報告番号 127377
報告番号 甲27377
学位授与日 2011.07.07
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7525号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 御厨,貴
 東京大学 教授 西村,幸夫
 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 准教授 城所,哲夫
内容要旨 要旨を表示する

住宅政策がフローからストック重視へと転換しようとしており、本格的に住宅を長期利用するための社会的な機運が高まっているように見られるが、購入者の意識は大きく変わっておらず、実際には住宅ストックの活用はそれほど進んでいない。今まで住宅ストックを活用するシステムが上手に機能していなかった理由には、制度の問題と住宅に対する意識の問題があり、制度だけができても、生活者である住民自身の考え方が変わらなければ市場は形成されない。しかし現実問題として、専門知識の乏しい住民、一個人が、自分自身で住宅ストックへの考え方を、既成概念を超えて進化させていくことは難しい。そのためには経験と技術を持った専門家である事業者の助けが必要で、住民と既存の住宅ストックをつなぐための買主への魅力的な商品の供給と、売主への安心できる住み替えの仕組みを提供しつつ、同時に都市計画的な視点からストック活用の啓蒙活動を進めることが不可欠である。

第一章:本研究の目的と位置づけ

直面する人口減少時代において、既存住宅ストックを活用して人々が住宅を中心に循環し、世代交代が行われることが郊外居住地域に必要とされる持続的な街づくりである。この実現のためにストック活用の実態を探ると共に、事業者が介在する具体的なストック活用事業を検証し、実現可能なビジネスモデルを提案する。

既存研究においては、過去の住み替えやストック活用および住まい全般に関する意識についても研究がなされ、問題点は整理されている。こうした既存研究と比較した本研究の違いは、過去の住宅における履歴ではなく、これからの将来に渡る住宅計画(住み替え、建て替え、修繕)に重点を置いてストック活用の実態を把握し、実際の実例においてその活用方法を検証している点である。また既存住宅ストック活用における課題に対する仮説が具体的事例で検証されており、具体的な提案を行うことに研究の独自性がある。

第二章:ストック活用の現状と方向性について

欧米と比較して、日本の住宅の流通量に占める既存住宅ストックの割合は非常に低く、多くの家が短期間で建て替えられるため、住宅寿命は短い。これによって個人の資産価値の低下と国富に占める住宅の価値が低く、廃棄物の増加、住環境のミスマッチなどの問題が起きている。

住宅ストックの活性化のためには、「住み替え」は不可欠な要素である。この「住み替え」を促進するためには(1)優良なストックを流通させるシステムと同時に(2)住み替えの原資となる既存住宅を優良なストックとして残すシステムが必要である。

早期に、2つのシステムを市場に定着させて、住宅文化として浸透させていくためには、成功事例を増やして、一般化していく必要がある。

第三章:一戸建てにおける住み替えについて

郊外居住地域の一戸建て居住者は住み続けると考えている人が多く、住み替えを考えている人は、まだ少ない。しかし実際には「住替え派」で今の住まいに不満を持ちながらも行動に移せない人、「定住派」でも住まいへの不満から住み替えを希望しているが行動に移せない人が多く、住み替えに対する潜在的ニーズは多いものの顕在化していない。実際に住み替えを希望し、経済的に余裕がある人でさえも、現状の住宅に不満を持ちながら、老後への漠然とした不安から行動できていない。

第四章:一戸建てにおける改善行為について

一戸建て居住者の多くは、家が使い物にならない状態まで、そのまま住み続けることが多い。この住宅ストックの流れを「使い捨てモデル」から「循環モデル」に変えていくためには、住み替えの促進だけでなく、長期利用できる優良住宅ストック自体を増やす必要があり、今ある家での大規模修繕等の改善行為を促進することが不可欠である。一戸建て居住者は住宅に関する関心が高く、コストを掛けて修繕をしても良いと考えているが、転売を意識した資産価値という観点から修繕を捉えるまでには至っていない。一方で築30年を境に長期利用を意識した本質的な改善行為を考える人が多くなる。また住宅に対する不満の違いによって住宅計画が異なり、不満の解消手段として改善行為が行われている。

第五章:共同住宅における住宅計画と改善行為について

共同住宅も重要な住宅ストックであり、一戸建てとの間の住み替えも多いことから、ストック活用を考える上で必要な要素である。居住者の年齢は一戸建てに比べて若く、居住歴も短い傾向にあり、住み替え志向は一戸建てに比べて強い。共用部よりも専有部への不満が住み替えや改善行為に与える影響が大きく、共用部の安全性や老朽化に不満を感じつつも、デザインや利便性における不満が高くなければ住み替えには至らない。専有部への不満では、広さへの不満が強いと住み替え、設備への不満が強いと改善行為志向となる。特に70m2未満では不満が多く、住宅面積と家族数のミスマッチが不満に与える影響は大きい。

第六章:ストック活用事業の概要及び評価

一戸建てにおいて、ストックを活用した事例の一つとして東京急行電鉄株式会社が「アライエ」というブランドで、沿線(多摩田園都市)に展開している事業があり、2004年4月~2010年3月末日現在までに87件の実績がある。

実際にアライエによって、60歳以上のシニア層が住んでいた家が、30代、40代の若い子育て世代に住宅ストックとして引き継がれている。そして世帯当たりの家族数も増加していることから、まさに世代交代が確実に行われ、街における世代循環が既存の住宅ストックを介して行われている。また築20年~30年の住宅が新築同様にフルリフォームされ、10年保証付きの住宅として生まれ変わっており、今後の寿命が20年以上延びることは間違いないと言える。売主と買主の双方からの評価は高く、既存住宅への不安を払拭し、利用者の既存住宅への印象を改善することに成功している。

このように「アライエ」は住宅ストックを上手く活用して、居住者の住み替え、つまり住民の世代交代を促進している好事例と言え、住宅ストックの活用に売主と買主のニーズがあることを確認できた。またこれにより専門知識を持った事業者が住民間に介在し、安心できる商品を提供することで、日本における既存住宅ストックを活用する有用性を実証している。

第七章:ストック活用事業の事業性について

アライエは2004.4の事業開始から2010.3までの期間全体で、差益ベースではプラスとなっているが、2008年の販売不振の影響が大きく、大きな利益を生み出すには至っていない。

販売不振の理由としては、(1)ビジネスモデルの根本的な欠点、(2)商品企画ミス、仕入れ価額が高いなどの個別要因、(3)仕入れ時と販売時のタイムラグによる価額の見込み違い、販売期間の長期化などの事業判断のミス、(4)仕入れ時期、販売時期などの市況による影響が考えられる。

アライエは仕入れの拡大時期が2006年上期から始まり、販売のピークが市況悪化の傾向が見え始めた2007年下期から、市況が明確に悪化した2008年下期と重なっている。このため市況による大きな損失を真っ向から受けたことが不採算の最大の原因と言える。その証拠に販売時期が2007年下期~2008年下期以外ではプラスの収益となっている。これより不採算の主な理由は「(3)仕入れ時~販売期間の長期化などの事業判断のミス」と「(4)市況による影響」で、(3)においては事業期間が長期化する中で、市況の悪化のタイミングと重なったこと、(4)ではまさに市況の悪化に合わせた形で仕入れと販売が行われていた。売主と買主のリスクヘッジを可能にしつつ、今後の採算性を確保するためには、事業判断の中で事業内容よりも市況の影響を回避することが重要である。

第八章:まとめ

住み替えという住宅に対する価値観が定着していない日本の現状の中で、ストックを活用する欧米の価値観をそのまま持ち込んでも、ストック活用は促進されない。このためには、日本独自のストックを活用する方策が必要であると考え、事業者が介在するビジネスモデル「アライエ」について検証を行った。実際に事業者が介在するこのビジネスモデルは一定の成果を達成しており、さらに現在のモデルにおける問題点も解明している。今後はこの問題点の改善により、こうしたビジネスモデルが日本における住宅ストック活用の一助となることを大いに期待できる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、少子高齢化が進み、人口減少が激しくなると思われる郊外の居住地域を対象として、住宅ストックの活用を促進するために、居住者の住み替えと改善行為についての意識把握と、それを踏まえた具体的なビジネスモデルの検証と実現可能なビジネスモデルの提案を目的としている。具体的には居住者に対する3つのアンケート調査から住み替えに関する意向と改善行為に関する意向の把握、次に住宅ストックを活用したビジネスモデル「アライエ」に対するユーザーアンケート調査と実績データ調査からの検証、最後に先進的な住宅ストックを活用したビジネスモデルの調査から問題点と有用性を把握すると共に今後の住宅ストック活用の方向性についての提案の3つの内容を含み、以下の9章で構成されている。

1章では、本研究に至る問題意識と動機、研究の目的、研究の手法についてまとめている。また既存研究との比較により、将来の住み替え意向についての調査と、具体的なビジネスモデルに言及している点で、既存研究と異なる特徴があることを示している。

2章では、統計データより、日本の一戸建ての住宅寿命は短く、資産価値の低下、廃棄物の増加、住環境のミスマッチなどの社会問題の原因となっているとし、住み替えが根付いていない日本においては、日本独自のストック活用の方法として、「住み替え」と「住み続ける」の2つの側面から、ストック活用に取り組む必要があることを明らかにした。

3章では、一戸建て居住者に対して、独自の住み替え意向調査を行っている。全体として住み続けると考えている人が多く、住み替えを考えている人は、まだ少ない。しかし実際には住み替えを希望し、経済的に余裕がある人でさえも、現状の住宅に不満を持ちながら、老後への漠然とした不安から行動できていないことを把握した。

4章では、一戸建て居住者に対して、改善行為の意向調査を独自に行っている。一戸建て居住者は住宅に関する関心が高いが、転売を意識した資産価値という観点から修繕を捉えるまでには至っていない。また住宅に対する不満の違いによって住宅計画が異なり、不満の解消手段として改善行為が行われていることを把握した。

5章では、共同住宅居住者に対して、改善行為の意向調査を行っている。共用部よりも専有部への不満が住み替えや改善行為に与える影響が大きく、共用部の安全性や老朽化に不満を感じつつも、デザインや利便性における不満が高くなければ住み替えには至らないことを把握した。

6章では、事業者が介在する具体的なストック活用事業(アライエ)について、事業の内容分析(経緯、仕組み、作成過程、実績など)とアンケート調査による事業評価を行っている。これによりストックを活用した世代交代が確実に行われていた実態を明確にし、専門の事業者が介在することで、売主と買主の評価が非常に高いビジネスモデルが成立することを検証した。

7章では、ストック活用事業の事業性について、収益の面から分析を行っている。収益の低下に最も大きな影響を与え要因は、不動産市況下落時の商品仕入れであり、今後の採算性確保のためには事業判断の中で商品企画よりも市況変動によるリスクの軽減が必要で、投資を抑制する3つの対応策によってリスクを軽減できることを示した。

8章では、先進的なストック活用事業についてヒアリング調査を行っている。ビジネスモデル間の比較分析を行い、各ビジネスモデルのメリット・デメリットからアライエの優位性を論理的に分析すると共に、エリアが制限されるというビジネスモデル上の限界についても明らかにしている。さらにリスク分析から、各ビジネスモデルのリスク特性を捉え、リスクをメリットに転換するアライエの事業工夫について分析している。

9章では、今後既存住宅ストック市場を拡大するためには、今まで新築を購入していた層に対する訴求力が必要であり、このためにはエリア特性に応じて適切なモデルが異なることを示し、地域特性に応じた適正なビジネスモデルを提案している。最後に専門知識を持った事業者が、都市計画的な視点から長期的なスタンスで、売主と買主間に介在し、個人間の住み替えと個人の改善行為を促進することが、住宅ストックを活用する日本独自の循環システムの形成につながるとし、その必要性を示している。

本研究は住宅ストックに関する論文の中でも、調査による居住者の意向分析に留まることなく、具体的なビジネスモデルをその発生の背景から、作成過程、実際の運用、結果までの詳細についての分析が行われ、その他の先進的事例との比較から今後のビジネスモデルに必要な方向性を示している。都市計画的な見地と実務的な具体性が融合された優れた論文であり、都市工学において、学問と実務が融合して相乗効果を発揮することを促す役割を果たすと期待できる。また、学会等においても査読を受けた論文を公表しており、学問的価値も認められる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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