学位論文要旨



No 127378
著者(漢字) 近江,正
著者(英字)
著者(カナ) オウミ,タダシ
標題(和) 原子力発電所の被ばく線量低減を進めるための最適化に関する研究
標題(洋)
報告番号 127378
報告番号 甲27378
学位授与日 2011.07.07
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7526号
研究科 工学系研究科
専攻 原子力国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小佐古,敏荘
 東京大学 教授 上坂,充
 東京大学 教授 高橋,浩之
 東京大学 教授 堀井,秀之
 東京大学 准教授 木村,浩
 近畿大学 教授 杉浦,紳之
内容要旨 要旨を表示する

第1章では、序章―被ばく線量低減活動の現状と今後の線量見通し-を述べている。本章では、日本の原子力発電所の集団線量の推移を検証した。我が国の原子力発電所の集団線量は、1978年度を最大として1991年度まで、原子炉基数の増加にも係わらず低下をしてきた。これは、初期のプラントにおける改良工事が減少するとともに、作業現場の放射線レベルの低減、及び作業の合理化に資する自動化設備の導入等、積極的な線量低減対策を推進した成果である。1991年度以降は、原子炉基数の増加に伴うものと大規模な改良工事等の影響での変動が複合してやや増加している。

ミクロな分析として、わが国の原子力発電所の1基当たりの線量は、主要国の1基当たりの線量の推移と比較してやや高いレベルで推移しており、被ばく低減が進んでいない。

続いて被ばくの要因について分析した。線量が発生するタイミングとしては運転中の線量と定期検査時など停止時の線量がある。わが国では停止時の線量がPWR、BWR共に集団線量の約90%を占めている。停止時には燃料交換のほか定期的な機器の保守作業、設備改造工事などが実施される。設備に係る多くの作業・工事を原子炉停止時の低放射線環境下に集中させることにより被ばく低減を図っている。また、原子炉運転中には分解等の保守作業ができない安全系の機器の保守作業も実施している。

また、今後の集団線量の見通しを示した。我が国の軽水炉の1基あたり線量は、各プラントで耐震裕度向上工事等が実施されていることから一時的な上昇を経て対策終了後に以前の水準に戻った後、運転期間長期化の導入により減少し、かつ新設プラントの増設の重畳効果により将来的に1人・Sv/基を下回る水準になるものと推定した。

第2章では、被ばく線量低減を進めるための研究の必要性を述べている。本章では、本論文で検討対象としている原子力発電所の集団線量を個人線量のレベルで分析し、研究の対象とする線量の領域を確認した。わが国の原子力発電所において2009年度に線量を受けた作業者の線量区分別を示し、わが国の原子力発電所で作業に伴って受けた線量の平均値は、約1.1mSv/年となり、自然放射線レベル(2.4mSv/年)の半分以下であることを確認した。累積分布についても分析し、約87%の作業者が自然放射線と同等レベルの年間2.5mSv以下と十分に低いレベルであった。しかしながら、放射線防護の基本理念であるALARA(As Low As Reasonably Achievable)の精神に基づき、線量低減活動は弛まず継続すべき活動であるとした。

第3章では、被ばく線量低減活動の実態とその分類を述べている。本章では、被ばく低減方策の現状分析として、原子力発電所においてどのような線量低減対策が実施されているか整理した。線源除去のための水化学対策として水質管理を実施している。具体的には、冷却材に含まれる鉄除去、冷却材中のクラッドを効率的に回収するイオン交換樹脂フィルターおよび中空糸膜フィルターが採用されていることを紹介している。このほかの対策として、低コバルト材を用いた配管材料の選定、化学除染による配管内面のクラッド除去、しゃへい対策、自動化、遠隔化設備の導入等のハード対策の事例を整理した。更に、作業者の力量に関連するものとして線量低減教育、モックアップ訓練、同種作業経験者の誘致などのソフト対策についても目的別に整理した。

第4章では、被ばく線量低減活動の要因分析を述べている。本章では、国内および米国の事例を用いて被ばく低減方策を要因別に分類した。要因は大きく2種類に分類でき、一つは設備改造のような放射線防護上のハード要因である、もう一方は、作業者の力量や教育に関連する放射線防護上のソフト要因である。

前者を更に詳細に分類すると、自動化・遠隔化、作業環境の放射線レベル低減方策、作業時間短縮、放射線防護対策の向上、作業区域の広さ確保、工事の分割実施、作業員配置適性化等に分類できる。各要因について対策の程度についても区分し、大規模対策から小規模対策、対策なしまで分類した。各ランク別の線量低減量の平均値を算出することにより、要因別に対策の効果がどのような効果を有するか分析し、標準的な関数型に分類することができた。標準的な関数型は、凸型増加型、凹型増加型、線形増加型およびこれらの減少型の6種類の単一属性関数型である。ソフト要因についても、同様に対策別に効果を分析し、前述の関数型に分類することができた。

ハード要因、ソフト要因の各々について関数型の分類に続き、対策の効果の程度について線量低減量をパラメータに重み付けをし、モデル化する際の荷重係数として用いることとした。

第5章では、放射線防護指数の導入と被ばく線量低減への応用を述べている。本章では、線量低減方策の検討段階において必要な、放射線防護上のハード要因、ソフト要因、単一属性効用関数、効用の荷重係数、作業員区分を用いたモデル化を構築した。

線量低減効果を客観的に定量化するために新たに放射線防護指数を導入した。放射線防護指数を求める式は、各要因別に「放射線防護上のハードまたはソフト要因」、「各要因別の荷重係数」、「要因が影響する作業者区分」を乗じて総和を求めることにより算出される。

次に放射線防護指数の適用性について検証した。設備設置状況など公開情報に基づいてプラント毎に算出された放射線防護指数と各プラントの実際の定検時の集団線量の平均値について、BWR、PWR別に分析した。分析の結果、両者の相関係数はBWRの場合-0.94、PWRの場合は-0.91となり何れも放射線防護指数と平均線量の相関係数は強い負の相関関係を示し、本モデルの実プラントへの適用性が十分であることを示した。

放射線防護指数を用いて被ばく線量低減方策計画段階における検討の事例として、手法が全く異なる二つの対策の効果を比較することにより、被ばく低減の効果の程度を検証した。

放射線防護指数を用いることにより、従来は比較検討が困難であったハード対策と教育や作業経験などのソフト対策の各々の効果の程度が数値化され比較可能となり、何れの対策がより効果的かという客観的な判断が可能となった。

シミュレーション例では、BWRプラントを想定し、本モデルの特徴のひとつである放射線防護上の要因の中から2種類のハード的な対策と、ソフト的な対策、1種類を採用した場合の効果を放射線防護指数により検証した。この例では、改善前の放射線防護指数(22.24)がハード対策2種類により向上(22.67(+1.43))、ソフト対策1種類の場合の向上(24.55(+2.31))を比較すると、ソフト対策が被ばく低減効果上、有利であることが示された。従来困難であったハード対策とソフト対策の効用を比較することが可能となった。

原子力発電所の事故対応時の放射線被ばく線量低減方策の検討に際しても、本手法の適用の可否に触れたが、方策毎のパラメータ設定の経験が少ない点に課題があり、工夫が必要である。

第6章は結論である。本論文で提案した放射線防護指数と各プラントの実際の集団線量の比較において、BWR、PWR共に強い相関関係があることが確認できた。放射線防護指数を用いることにより、これまで困難であった各プラントの集団線量の違いの原因を客観的に説明することが可能となった。放射線防護指数のモデル化に当たっては、設備導入のようなハード対策に加えて、従来、定量化が困難であった教育訓練、モックアップ訓練の効果などソフト的な要因も取り込んでいる点が新しく、革新的な要素である。

放射線防護指数を利用することにより原子力発電所の被ばく低減を進めるための放射線防護計画立案段階において、複数の方策による放射線防護指数の変化をシミュレーション例で検討し、最適な方策を客観的に提示することが可能であることを示すことができた。

本論文で提案した放射線防護指数が運転時の原子力発電所の集団線量低減を進め、最適化を図る上で有効であるとしてまとめた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、運転中の原子力発電所での放射線業務従事者の被ばく線量の低減を進める方策の最適化を論ずるもので、ここで提案する放射線防護指数を用いて、定量的に評価することを目的とした論文である。ここでの新しい手法を用いることにより、従来の、効果と費用のみにより経験則的に実施されていた被ばく線量低減方策が、防護策のハード面、ソフト面の双方を含め定量的に検討可能となった。これにより、被ばく線量低減方策間の客観的な分析が可能となり、各々の原子力発電所が持つ現状の被ばく線量低減の取り組み状況の強み、弱みも、放射線防護指数という形で定量的に表現できるのみならず、これから提案される被ばく線量低減方策の良否の判定も効果的に進められる見通しがついた。

第1章では、国内の原子力発電所における被ばく線量低減活動の現状と今後の線量見通しについて述べた。ここでは、わが国の原子力発電所の放射線業務従事者が受ける線量を合計した集団線量の実態調査を行い、被ばくの主要因、諸外国事例での要因、等について現状調査を実施した。その結果、国内の原子力発電所の集団線量は増加傾向にあることが分かった。この集団線量の推移の分析から、その増加要因と低減要因を抽出したが、前者には各プラントでの耐震裕度向上工事による上昇等があった。後者には、機器保全の高度化等により低減化がなされている。また、運転期間の長期化や、新規プラントの運転開始により、数年後には全体的に低減傾向になると評価した。

第2章では、原子力発電所の被ばく線量低減を進めるための研究の必要性を述べた。集団線量における個人線量レベルでの観察により、低線量領域での大きな分布から、少数ではあるが線量限度に近い高線量領域の分布を確認している。被ばく線量低減方策は高線量の作業者のみならず、集団線量に大きな比重をもつ低線量作業者まで含めた全作業者に適用可能な手法の確立が必要であるとしている。

第3章では、原子力発電所の被ばく線量低減活動の実態とその要因分析を述べた。従来の手法である、効果と費用を中心に経験則的に実施されている被ばく線量低減方策では、個別プラントの長所・短所の詳細な分析を経ず、対策案の検討がなされることが多い。このため、対策の効果の推定に大きな誤差を生じる可能性がある。

第4章では、被ばく線量低減活動の要因分析を行った。ここでは集団線量低減方策のモデル構築に必要なデータの分析を実施した。国内外で既に実施されている設備改良を伴うハード的な被ばく線量低減方策の内容と、その低減効果を機能別、要因別にグループ化することにより、放射線防護上の要因として標準的な8種類の型に分類した。更にこれまであまり定量化が行なわれることの少なかった教育、作業者の技量向上などに係るソフト的な要因については、現場での実施例をもとに5種類に分類した。これらのハード対策およびソフト対策について分析を重ね、その対策の規模の程度に応じた効果の現れ方を、凸型増加あるいは線形等の標準的な単一属性効用関数として表現することができた。また、被ばく線量低減効果の絶対値はこの関数に乗じる荷重係数として整理した。

第5章では、放射線防護指数の導入と被ばく線量低減への応用を行った。第4章で議論した放射線防護の要因別の関数形、荷重係数および効果対象作業者割合を組み合わせることにより、多属性効用関数の形でまとめ、その積分値を放射線防護指数として新規に提案し、被ばく線量低減の現状レベルを表現した。この放射線防護指数での表現の有効性を確認するため、各原子力発電所プラントの現状での放射線防護指数求め、これと至近の5回の定期検査の集団線量との比較を行った。その結果、BWR、PWRプラントにおいて集団線量とこの指数の相互に強い相関関係があることがわかった。これにより、本研究で提案した放射線防護指数が、各プラントの被ばく線量低減上の現状レベルの実力値を表す指標としてその有効性が確認できた。

本手法の実際的な検討例として、ハード対策とソフト対策の各々の効果やその組み合わせの効果を放射線防護指数の変化で比較し、最適な方策を探ることが可能であることを示した。また、原子力発電所の事故対応時の放射線被ばく線量低減方策の検討に際しても、本手法の適用の可否に触れたが、方策毎のパラメータ設定の経験が少ない点に課題があり、工夫が必要である。

第6章は結論である。本論文で提案した多属性効用関数を用いた放射線防護指数は、原子力発電所のハード及びソフト要因による放射線防護策の有用性を客観的に表示することが可能であり、被ばく線量低減活動を進める上での改善要因を明示できると結論付けている。わが国の原子力発電所の被ばく線量低減を進め、最適化を図る上で有効であるとしてまとめた。

本論文では放射線防護指数を用いた原子力発電所の被ばく線量低減を進めるための方法論を提示し、その有効性を示した。そのことは、本論文の重要な成果であり、原子力発電所における被ばく線量低減の最適化に有効で、工学の進展に寄与するところが少なくない。

以上のことから、本論文は新規性、有用性、学術的価値及び進捗度の観点から審査した結果、本審査は合格と認められる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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