学位論文要旨



No 127394
著者(漢字) 沼田,直己
著者(英字)
著者(カナ) ヌマタ,ナオキ
標題(和) 細胞質ダイニンの構造および機能の解析
標題(洋) Molecular dissection and functional characterization of cytoplasmic dynein
報告番号 127394
報告番号 甲27394
学位授与日 2011.07.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1094号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 豊島,陽子
 東京大学 教授 池内,昌彦
 東京大学 准教授 奥野,誠
 東京大学 准教授 佐藤,健
 東京大学 名誉教授 須藤,和夫
内容要旨 要旨を表示する

細胞質ダイニンはATP加水分解により生じる化学エネルギーを力学エネルギーに変換し、微小管上をマイナス端方向に連続的に運動するリニアモータータンパク質であり、細胞内における小胞輸送、細胞分裂時における染色体分離など、多様な役割を果たしている。近年、他のモータータンパク質であるミオシンやキネシンの分子機構は詳細な点まで明らかにされてきているが、ダイニンの構造や機能発現機構についてはほとんど分かっていない。

細胞内において細胞質ダイニンは、モーター活性を担う重鎖がホモ二量体を形成している。重鎖は、AAA+スーパーファミリー(AAA、ATPases associated with various cellular activities)に属するタンパク質である。AAA+スーパーファミリータンパク質に共通した構造的特徴は、ATP結合・加水分解活性を持つ、よく保存された200~250 a.a.のAAA+モジュールである。もう一つの特徴は、これらのタンパク質が、機能を発現するために、AAAリングと呼ばれる多量体(主に六量体)のリングをしばしば形成するということである。AAA+ファミリータンパク質の中では珍しく、ダイニンは一つのポリペプチド鎖上に複数のAAA+モジュールを持ち一分子でAAAリングを形成する。ダイニン重鎖は、大きく分けて三つの構造的に異なるドメインから構成される:数珠つなぎに並んだ六つのAAA+モジュール(AAA1-AAA6)を含むリング状の頭部、N末端に位置し重鎖の二量体化および他のポリペプチドとの複合体形成や荷物との結合に携わる尾部、そして頭部から突き出た逆平行のコイルドコイルおよび先端の微小管結合部位からなるストークである。ネガティブ染色電子顕微鏡を用いた構造解析の結果、ダイニンにおいては、尾部のC末端側1/3を占めるリンカーと呼ばれる約60 kDaのドメインが、ATP加水分解部位の小さな構造変化を大きな運動へと増幅させるレバーアームとして機能していて、このリンカーのスイング運動によってダイニンの運動が駆動されているというモデルが提唱されている。また、尾部を欠失し、N末端がリンカーから始まる380 kDa断片がダイニンのモータードメインであることが分かっている。

第一章では、N末端領域およびC末端領域を段階的に欠失した様々な長さの組み換えダイニンコンストラクトの生化学的解析および電子顕微鏡観察によって、ダイニンのAAAリングのドメイン構造を明らかにした。その結果、図1のようにダイニンのリング構造が六つのAAA+モジュールのみから形成されていることが分かった。この発見は、C末端ドメインがリング形成に必須であるとするこれまで最も有力だった説を覆すものであり、ダイニンの構造の理解のみならず、AAA+スーパーファミリーの統一的な構造、動作原理を探る上でも非常に重要な意義をもつものである。

また、AAA+モジュールの先に位置するC末端ドメインは、詳しく見るとN末端側の15 kDaのサブドメイン、C末端側の32 kDaのサブドメインの二つの独立したサブドメインと、それらをつなぐ柔軟なヒンジ状の構造によって構成されているが、本研究によって二つのサブドメインが異なった機能を持つことが分かった。まず、N末端側の15 kDaの領域はリングを裏打ちする構造で、ATP加水分解サイトと微小管結合部位の間の情報伝達に必須である。また、C末端ドメインのC末端側32 kDaの領域は単量体での基本的な運動活性・酵素活性には必須ではない。

第二章では、さらにC末端ドメインの機能をダイニンの連続運動性の観点から検証した。二量体の細胞質ダイニンは、連続して歩行運動することができるが、この連続運動性に必要な構造はまだ明らかにされていない。そこで、GSTによる二量体化システムを利用し、380 kDaモーター断片を二量体化したコンストラクトGST380の連続運動活性を決定したうえで、C末端32kDaの領域を欠失した二量体コンストラクトや、ヒンジの一部を欠失した二量体コンストラクトなどの運動特性を検証することで、C末端領域の機能をより詳細に調べることにした。

GST380は一分子で連続的に歩行運動した。次に、C末端側の32 kDaの領域を欠失した二量体コンストラクトを観察したところ連続的に運動しなかったため、この領域が連続運動性には必須であることが分かった。また、この領域を欠失したコンストラクトはATPの有無に関わらず、微小管との親和性が非常に低いことが分かった。そこで、バッファーのイオン強度を下げたり、微小管結合部位に変異を導入したりすることによって人為的に微小管との親和性を上げると、連続運動性を回復した。したがって、C末端側の32 kDaの領域の欠失による連続運動性の損失が微小管との親和性の低さに起因すること、この領域を欠失しても二つのモータードメインが同時に解離することを防ぐgating機構を保持していたことが分かった。このことから、微小管との親和性とgating機構が独立した要素であること、またgating機構を維持したまま微小管との親和性を変えることによって連続運動性のON/OFFを制御する機構が存在することが分かった。

さらに、15 kDa領域と32 kDa領域をつなぐヒンジを部分的に削り、二つのサブドメインの相対的位置関係を変えると、微小管との親和性が向上し、連続運動性が野生型よりも高くなることが分かった。したがって、以上の結果を踏まえると、C末端ドメインが図2のように連続運動性のON/OFFを切り替えるスイッチの働きをしている可能性が考えられる。また、その構造的特徴から、このC末端ドメイン内の構造変化は、ヒンジを挟んだサブドメイン間の相対的位置の変化(矢印)によるものであるかもしれない。

ほぼすべての生物の細胞質ダイニンは、キネシンとともに、細胞内の小胞輸送に携わっている。細胞質ダイニンとキネシンは逆方向に運動するため、生産的な小胞輸送を行うためには、キネシン・ダイニンが一つの小胞を奪い合って経時的な綱引きを行う事態を避けなければならない。そのためには、ダイニンとキネシンの連続運動性のON/OFFを制御することが不可欠であり、本論文で示したような連続運動性のON/OFFの制御が生理的にも意味を持つ可能性がある。

図1. ダイニンのリング構造。ダイニンのAAAリングは六つのAAA+モジュールのみから形成され、リンカー(黄色)とC末端ドメイン(青色)はリングの一部ではなく、リングを覆う構造である。リンカーのスイング運動(矢印)によってダイニンの運動が駆動されると考えられている。

図2. 連続運動性のON/OFFの制御。C末端ドメイン(青色)は二つの独立したサブドメインとそれらをつなぐヒンジ(黒の曲線)からなる。C末端ドメイン内の構造変化(矢印)によってダイニンの連続運動性が制御されている可能性がある。

審査要旨 要旨を表示する

ダイニンは,ATP加水分解で得られるエネルギーを利用して微小管上を運動する巨大なタンパク質複合体である.ダイニン複合体のなかでモーター機能を担う重鎖は分子量50万を超えるポリペプチド鎖で、AAA(ATPase associated with various cellular activities)ファミリーに特徴的な配列をもつ~30 kDa AAA-ATPase様モジュールを6個ふくむ.これらAAAモジュールはリング構造(AAAリング)を構成し、そこでのATP加水分解がダイニンの力発生を駆動する.AAAリングからは、ストークとリンカーという2つの機能部位が突出している.リンカーはダイニンの力発生にあたってレバーアームとしてはたらくと考えられており、ストークは微小管結合部位である.これまでの電子顕微鏡解析から、AAAリング、リンカー、ストークをふくむ重鎖のほぼ三分の二(380 kDa)が、ダイニンのモータードメインに相当することが知られている.

本論文の第一章では、こうしたダイニンの構造とモーター活性との相関を明らかにするために、細胞性粘菌(Dictyostelium discoideum)由来の細胞質ダイニン重鎖遺伝子を用いて、これまでに知られているモータードメインのN末端領域およびC末端領域をさらに段階的に欠失させた組み換え体を構築し、そのATP加水分解活性や微小管滑り運動活性を調べた.

まず、6個のAAAモジュールの上流に位置するリンカーのN末端側の限られた領域(8 kDa)を欠失させると、ATP加水分解活性や微小管滑り運動活性が百分の一にまで激減した.このことから、ここがモーター活性に必須ではないものの、モーター機能にとってきわめて重要な領域であることが分かった.この結果は、8 kDa領域のよく保存された残基への点変異導入実験でも支持された.ダイニンAAAリングでのATP加水分解にともない、リンカーのN末端領域がふたつのAAAモジュール(AAA2とAAA4)の間を行き来する.このリンカースイングがダイニンのパワーストロークに相当するというモデル("リンカースイング・モデル")が提唱されている.リンカーN末端の限られた領域の欠失や点変異導入でATP加水分解活性や微小管滑り運動活性が著しく低下したことは、このリンカースイング・モデルを支持するものである.

6個のAAAモジュールの下流には大きな非AAA型C端ドメイン(47 kDa)が位置している.このドメインは、N末端側の15 kDaのサブドメインとC末端側の32 kDaサブドメインに分かれる.この47 kDaドメインは、AAAリングの一員としてリング形成に必須とこれまで考えられていたが、その当否を検証するため、この47 kDaドメイン全体の欠失変異体や32 kDaサブドメイン欠失変異体を作成し、これら変異体についてATP加水分解活性や微小管すべり運動活性を調べた.その結果、47 kDaドメインはATP加水分解活性には必須ではないこと、さらに32 kDaサブドメインは微小管すべり運動活性にもATP加水分解活性にも必要がないことが分かった.このことは、47 kDaドメインがATP加水分解活性を担うAAAリング構造に必須であるというこれまでの予想を覆すものであった.さらに電子顕微鏡による解析の結果、47 kDaドメイン欠失変異体もAAAリング構造を維持していることが分かり、このドメインがAAAリングの構成要素ではないことが明らかとなった.

細胞質ダイニンはダイニン重鎖2本を主な構成成分としており、ふたつのモータードメインをもつ. ATP加水分解にともない、細胞質ダイニンは微小管上を長距離にわたってすべり運動を続ける(連続運動性).この連続運動性は、ダイニン分子内のふたつのモータードメインが2足歩行のように交互に微小管と相互作用することで保障されている.第二章では、連続運動性に必要なモータードメインの構造に関する知見を得るために、47 kDaドメインの役割を検討した.まず、細胞質ダイニンの二量体構造を模倣するため、二量体化タグをもちいて二量体380 kDaモータードメインを構築した.そして、二量体380 kDaモータードメインや 32 kDaサブドメインを欠失させた二量体などの運動特性を定量的に解析した.

この結果、一分子の二量体380 kDaモータードメインは微小管上を長距離にわたり連続的に滑り運動するが、32 kDaサブドメインを欠失した二量体では連続的運動は観察できなかった、このことから、この領域が連続運動性には必須であることが分かった.しかし、微小管結合部位に変異を導入し人為的に微小管との親和性を上げると、この欠失変異体は連続運動性を回復した.したがって、この欠失変異体が微小管上での連続運動性を失ったのは、微小管との親和性が低下したためであり、二つのモータードメインが同時に解離することを防ぐゲート機構が失われたためではないことが分かった.さらに、15 kDaサブドメインと32 kDaサブドメインをつなぐヒンジ領域に変異を導入し、その相対的位置関係を変えると、微小管との親和性が上下し、それに応じて連続運動性が変わることが分かった.このことは、47 kDaドメインがATP加水分解部位とストーク先端部にある微小管結合部位をつなぐ働きをしており、そのうち32 kDaサブドメインが連続運動性を保障していることを示唆している.

本論文で述べられた研究から、細胞質ダイニンについて、1)リンカーの先端領域がリンカースイングに重要な役割を果たす、2)重鎖C端にある47 kDaドメインはAAAリング構築には関わっていない、そして3)47 kDaドメイン後半にある32 kDaサブドメインはダイニンの力発生には必須ではないが、微小管上での連続運動性を左右する、という重要な知見が得られた.

したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する

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