学位論文要旨



No 127397
著者(漢字) 多田,健志
著者(英字)
著者(カナ) タダ,ケンジ
標題(和) 染色体凝集因子コンデンシンのクロマチン局在機構の研究
標題(洋) Study of loading machinery of chromosome condensation factor condensin
報告番号 127397
報告番号 甲27397
学位授与日 2011.07.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5717号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,正幸
 東京大学 教授 飯野,雄一
 東京大学 教授 白髭,克彦
 東京大学 教授 渡邊,嘉典
 東京大学 准教授 大杉,美穂
内容要旨 要旨を表示する

コンデンシンは分裂期の染色体を構成する主要なタンパク質の一つであり、凝縮した分裂期染色体の形成と分裂後期における染色体の分配に重要な機能を果たすことが知られていた。また、コンデンシンの機能を阻害するとセントロメア領域の構造異常や動原体の機能低下を招くことより、セントロメア領域においても重要な機能を担っていることが示唆されていた。本研究ではまず、分裂酵母を用いて動原体領域特異的にコンデンシンを不活性化し、同領域のコンデンシンが動原体とスピンドル微小管の結合の異常を防ぐ上で重要であることを明らかにした。動原体領域のコンデンシンが一本の染色体の同領域に複数存在するスピンドル微小管の結合部位を束ねることでコンパクトな動原体を形成し、一本の染色体が両極からのスピンドル微小管に引っ張られる結合異常(merotelic結合)が起こるのを防いでいると考えられる。

また私は、動原体領域に濃縮したコンデンシンの局在が動原体タンパク質Pcs1-Mde4複合体に依存することを見出した。これまでに上記のような、一本の染色体の動原体領域に複数存在するスピンドル微小管の結合部位を束ねる機能はPcs1-Mde4複合体でも報告されていた。またこの"束ねる"機能はPcs1-Mde4複合体自身が二量体化する性質を有していることに起因していると考えられていた。しかし本研究において、Pcs1-Mde4複合体非依存的にコンデンシン複合体を動原体領域に局在させてやっても、この機能を代替出来ることが明らかとなった。このことより、少なくとも分裂酵母の体細胞分裂期においては、Pcs1-Mde4複合体の下流でコンデンシンが実行因子としてスピンドル微小管の結合部位を束ね、動原体とスピンドル微小管の結合の異常(merotelic結合)を防いでいるものと考えられる。今後の展望として、動原体領域のコンデンシン局在量が低下した際の、動原体構造及びスピンドル微小管の結合様式の電子顕微鏡による解析は興味深いことであると思われる。

Pcs1-Mde4複合体によるコンデンシンの局在制御は動原体領域とrDNA領域に特異的なものであったが、これまでの知見から染色体腕部のコンデンシンの局在はRNA ポリメラーゼIII (PolIII)の転写因子TFIIICによる制御が示唆されていた。これらを総合することで、動原体領域と染色体腕部のコンデンシンの局在は2つの異なるリクルーター、それぞれPcs1-Mde4複合体とTFIIICによって制御されていることが明らかとなった。

分裂期キナーゼAurora Bがコンデンシンの染色体局在に関与していることは、分裂酵母を含む多くの生物種で報告されていた。しかし、その分子メカニズムについてはこれまでのところ明らかにされていなかった。特に、コンデンシンの染色体局在に関するAurora Bの基質の同定は重要な課題の一つであった。本研究において、コンデンシン複合体のkleisinサブユニットCnd2が、コンデンシンの染色体局在に関するAurora Bの重要な基質であることが明らかとなった。同様のAurora Bによるコンデンシンkleisinサブユニットのリン酸化制御は、当研究室の進による、ヒト培養細胞を用いた解析からも示された。このことと合わせて、今回の発見が生物種を越えて保存された重要なものであることが示唆された。

また本研究により、Aurora BによるコンデンシンkleisinサブユニットCnd2のリン酸化は、Cnd2とクロマチン因子であるヒストンH2A及びヒストンH2A.Zとの間の物理的相互作用に重要であることが明らかとなった。このCnd2とヒストンH2A及びヒストンH2A.Zとの相互作用によるコンデンシンの局在制御は、先ほどのPcs1-Mde4複合体あるいはTFIIICによる領域特異的な制御と異なり、染色体の全体に渡って機能しているものであると考えられる。このことより、コンデンシンの染色体局在はいくつかの階層に分かれて制御されていることが考えられる。つまり、Aurora Bによるリン酸化に依存したCnd2とヒストンH2A及びH2A.Zの相互作用はコンデンシンの染色体局在の根幹を成すものであり、染色体全体に渡って機能している。一方Pcs1-Mde4複合体あるいはTFIIICは領域特異的なコンデンシンの呼び込みに関わっていることが考えられる。実際、非リン酸化型Cnd2-3Aでもみられた動原体領域のコンデンシンの濃縮がpcs1Δ変異と組み合わせることで失われたこと。あるいは、Cnd2を強制的に動原体に局在させることでみられたpcs1Δ変異株の表現型の抑圧が、非リン酸化型Cnd2-3A(ヒストンH2A及びH2A.Zと相互作用出来ない)を用いた場合にはみられなかったことは、上述のような異なる階層によるコンデンシンの局在制御のモデルを支持しているものと考えられる。ここで、コンデンシンkleisinサブユニットCnd2との相互作用に重要であったヒストンH2A及びヒストンH2A.ZのN末端tail領域は、多数の翻訳後修飾を受けうることが報告されている。そこでこれらの翻訳後修飾の、コンデンシン局在に与える影響を調べることは今後の展望として興味深い。またヒストンH2A.Z自身あるいはコンデンシンkleisinサブユニットCnd2との相互作用に重要であったヒストンH2Aの18番目のアルギニンは、転写抑制やDNA損傷の修復における機能が報告されている。そこでコンデンシンがこれらの転写抑制やDNA損傷の修復の過程に関わっている可能性が考えられるが、そういった可能性を検討することも今後の展望として重要であると考えている。

またAurora BによるコンデンシンサブユニットCnd2のリン酸化でコンデンシンの染色体局在が制御されていることは、Aurora Bが分裂期中にその局在を刻々と変化させていくことと考え合わせて興味深い。Aurora Bは分裂中期まではセントロメア領域に局在し、分裂後期に進行するとその局在をスピンドル中央部に移すことが知られている。つまりAurora Bは、スピンドル微小管と動原体の結合が確立される分裂中期まではセントロメア領域に濃縮して動原体領域のコンデンシン局在を促進し、スピンドル微小管と動原体の間違った結合が起こるのを防ぎ、次に分裂後期になるとスピンドル中央部に局在を移して染色体腕部のコンデンシン局在を促進し、染色体の分離を促進していることが考えられる。このように本研究により、分裂期の染色体構造の時空間的な制御機構の中核を明らかにすることができたと考えられる。

図. コンデンシンの染色体局在機構

審査要旨 要旨を表示する

染色体は細胞周期に応じてその形態を変化させる。間期の弛緩した染色体は、分裂期に進行すると高度に凝縮し、このことは分裂後期における染色体の分配を容易にしていると考えられる。本論文は、分裂酵母S. pombeをモデル生物として用い、分裂期の染色体の凝縮に関わる因子であるコンデンシンの染色体局在に関する新たな知見を得るための研究を記載したものである。遺伝学的手法および生化学的手法を駆使し、コンデンシンの染色体局在を制御する因子および染色体上での足場となる因子が明らかにされている。

本論文は、序章および本編8章からなる。序章はイントロダクションであり、生物種を越えて保存されたコンデンシンの、発見の経緯や染色体局在に関してこれまでに得られている知見が幅広く記述されている。特に、コンデンシンの分裂期特異的なリン酸化制御について、得られている知見と明らかにされなければならない問題が明確に記述されている。

第1章では、動原体領域特異的にコンデンシンの機能を低下させる試みが述べられている。細胞内全体のコンデンシンの機能を低下させると動原体の機能にも異常を生じることより、コンデンシンが動原体領域においても重要な機能を果たしていることが示唆されていたが、動原体領域における厳密な機能は未だ明らかにされていなかった。本論文では動原体領域特異的にコンデンシンの機能を低下させることで、動原体領域のコンデンシンが同領域をコンパクトにしてスピンドル微小管との結合部位を固定し、動原体とスピンドル微小管の誤った結合を防ぐ上で重要であることが明らかにされている。

第2章では、動原体領域に濃縮したコンデンシンの局在が動原体タンパク質Pcs1-Mde4複合体に依存していることが明らかにされている。これまではPcs1-Mde4複合体自身が動原体とスピンドル微小管との誤った結合を防いでいると考えられていたが、実際にはコンデンシンが下流の実行因子としてこのような機能を担っていることを明らかにした点で重要な発見である。また第3章ではこれまでの知見と合わせ、染色体上のコンデンシンの局在が領域特異的な2つのリクルーターによって制御されていることが記載されている。

第4章および第5章では、染色体上のコンデンシンの局在が分裂期キナーゼAurora Bによって制御されていること、コンデンシンのサブユニットのひとつCnd2がAurora Bの基質となっていることが記述されている。特に、Aurora Bによるコンデンシンのリン酸化がコンデンシンの染色体局在を制御していることを明らかにしている。

第6章および第7章では、Aurora Bによるコンデンシンのリン酸化が、クロマチン因子であるヒストンH2Aとの物理的相互作用を制御していることが記述されている。コンデンシンのH2Aとの相互作用が、コンデンシンの染色体局在に必須であることを、遺伝学的解析を駆使して証明しており、最終的にAurora Bによるコンデンシンの染色体局在制御機構の全容を明らかにしている。

第8章では、分裂期中のAurora Bの局在変化に相関した、染色体上のコンデンシン局在の変化が述べられている。分裂期中において、コンデンシンがより必要とされる領域に積極的に局在させるという、染色体構造の時空間的な制御機構が示唆されている。

以上、本論文は動原体領域におけるコンデンシンの機能を明らかにするとともに、染色体上におけるコンデンシンの局在メカニズムの一端を明らかにしたものである。本審査委員会では、これまで謎とされてきたコンデンシンの染色体局在に関するAurora Bの基質を同定するとともに、コンデンシン局在の染色体上の足場がヒストンH2Aであることを明らかにした一連の研究成果は極めて意義深いものであると評価した。

なお、本論文第1章から第8章は、進寛明氏・作野剛士氏・渡邊嘉典氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。第1章から第8章の内容からなる論文は、権威ある英科学誌Natureに掲載された。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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