学位論文要旨



No 127417
著者(漢字) 加々美,綾乃
著者(英字)
著者(カナ) カガミ,アヤノ
標題(和) コヒーシンのアセチル化が減数第一分裂における姉妹動原体の一方向性結合を制御する
標題(洋) Cohesin acetylation regulates monopolar attachment at meiosis I
報告番号 127417
報告番号 甲27417
学位授与日 2011.09.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5722号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,正幸
 東京大学 教授 渡邊,嘉典
 東京大学 教授 太田,邦史
 東京大学 教授 白髭,克彦
 東京大学 准教授 大杉,美穂
内容要旨 要旨を表示する

遺伝情報が母細胞から娘細胞へと正確に受け継がれるためには、遺伝情報の担い手である染色体DNAが正確に分配されることが必須である。従って染色体分配のメカニズムはきわめて精巧に制御されている。

S期に複製された染色体DNAのペア(姉妹染色分体)は直ちに接着される。体細胞分裂では、分裂中期に両極から伸びたスピンドル微小管によって姉妹染色分体それぞれの動原体が捉えられ(二方向性結合)、分裂後期に姉妹染色分体間の接着が解除されることで姉妹染色分体は二つの娘細胞へと均等に分配される(均等分配)。このときスピンドル微小管が姉妹動原体を引く力に姉妹染色分体間の接着力が拮抗することが正確な染色体分配に重要である。出芽酵母における遺伝学的解析から姉妹染色分体間の接着を担う因子としてコヒーシンが同定された。コヒーシンは酵母からヒトまで真核生物において広く保存されたタンパク質複合体(Smc1,Smc3,Scc1,Scc3)であり、そのサブユニットが構築するリング状の構造に複製された2本のDNA鎖を取り込むことで姉妹染色分体間の接着を行うモデルが提唱されている。S期に姉妹染色分体の接着が成立するメカニズムについてはまだ不明な点が多いが、近年の出芽酵母における研究から、アセチル基転移酵素Eco1がコヒーシンサブユニットSmc3の112,113番目のリジン残基をアセチル化することが、複製と共役した接着の確立に必須であることがわかっている。また、アセチル化されたSmc3は分裂後期からG1期にかけて、脱アセチル化酵素Hos1の作用によって速やかに脱アセチル化される。このように細胞周期の進行に伴って規則正しくアセチル化と脱アセチル化を繰り返すことが、姉妹染色分体間の接着を正しく成立させるために大切であると考えられている。

一方、生殖細胞では半数体の配偶子を形成するために減数分裂が行なわれている。DNA複製と染色体の分配が繰り返される体細胞分裂と異なり、減数分裂では一回のDNA複製の後に二回の連続した染色体分配が起こる。減数第一分裂では姉妹動原体は同一の極からのびたスピンドル微小管によって捕らえられるため、姉妹染色分体は分かれずに同じ極へ分配される(還元分配)。続く減数第二分裂では体細胞分裂と同様に姉妹染色分体は両極へ均等分配される。

このような均等分配と還元分配の違いを生み出す最も大きな要因は姉妹動原体の方向性の違いであり、体細胞分裂期と減数分裂期で異なるコヒーシンサブユニットを使い分けることがその制御に重要な意味を持っている。多くの真核生物で、減数分裂期には体細胞分裂型のScclサブユニットが減数分裂型のRec8サブユニットに置き換わることが知られている。分裂酵母のセントロメアは動原体を形成する中央領域と、ヘテロクロマチンを構成する外側領域に区分されるが、体細胞分裂型のRad21(Scc1の分裂酵母ホモログ)コヒーシンは主に外側領域に局在するのに対し、減数分裂型のRec8コヒーシンは外側領域と中央領域の両方に局在する。このため体細胞分裂期の姉妹染色分体のセントロメアは外側領域のみが接着されて中央の姉妹動原体部位は両側に開いた二方向性の構造を取るのに対し、減数第一分裂期では外側領域に加えて中央領域も接着されていることで姉妹動原体が一方向性の構造を取ると考えられている(図A)。しかしながら、Rec8コヒーシンがセントロメア中央領域の接着を確立するには減数分裂期特異的動原体因子Moa1(mono-polar attachment)の助けが必要である。Moa1はPlo1(Polo-likeキナーゼの分裂酵母ホモログ)と結合してその動原体局在を制御するが、Rec8コヒーシンによるセントロメア中央領域接着を制御する分子機構については明らかとなっていない。そこで本研究では、Moa1-Plo1複合体が一方向性結合確立に果たす役割について更に明らかにすることを目的として解析を進めた。

YeastTwo-hybrid法を用いてMoa1と相互作用する因子のスクリーニングを行ったところ、動原体因子CENP-Cの分裂酵母ホモログであるCnp3が得られた。更に詳細な解析を行い、Moa1はCnp3のC末端と直接相互作用する事によって動原体に局在することを明らかにした。次に、減数第一分裂期特異的にMoa1に依存して動原体に局在するPlo1が、実際に一方向性結合の確立に寄与しているかどうかを調べた。Plo1の機能を完全に抑えてしまうとスピンドル微小管に深刻な異常が生じるため、動原体に局在したPlo1のみを特異的に不活性化させて観察を行ったところ、多くの細胞において減数第一分裂が均等分配となった。このことから動原体に局在したPlo1の活性が一方向性結合の確立に重要であることが明らかとなった。

次にMoal-Plol複合体がどのようにして姉妹セントロメア中央領域の接着を制御するのかについて、コヒージンのアセチル化に注目して解析をおこなった。初めに分裂酵母の体細胞分裂期においても出芽酵母と同様なコヒーシンのアセチル化制御が存在するかどうかを確かめる実験を行った。その結果、1)アセチル基転移酵素Eso1(Eco1の分裂酵母ホモログ)がPsm3(Smc3の分裂酵母ホモログ)の105,106番目(出芽酵母の112,113番目に相当)のリジン残基をアセチル化すること、2)このアセチル化が姉妹染色分体の接着に重要であること、3)出芽酵母の場合と同様、分裂酵母Psm3はS期にアセチル化され、分裂後期に速やかに脱アセチル化されること、4)分裂後期の脱アセチル化を行うのはClr6であること、を明らかにした。興味深いことに、出芽酵母の場合とは異なり、Psm3の非アセチル化型変異(psm3-KIO5R,KIO6R(psm3-KKRR))を持っ細胞は生存可能であった。従って分裂酵母においては、Psm3のKIO5,KIO6以外にもEso1の必須の標的が存在することが示唆された。

これまでの出芽酵母における解析と今回私が行なった分裂酵母における解析から、コヒーシンのアセチル化が体細胞分裂期の姉妹染色分体接着に必須であることが示されたが、減数分裂期におけるアセチル化制御の重要性については不明であった。そこで、Eso1の活性が低下した株の減数第一分裂を観察したところ、ほとんどの細胞が均等分配を示すことが明らかとなった。また、psm3-KKRR変異株でもほとんどの細胞で第一分裂が均等分配となったことより、減数第一分裂における姉妹動原体の方向性制御にもEso1によるPsm3のアセチル化が重要な役割を果たすことが明らかとなった。

次に減数分裂期におけるMoa1とコヒーシンのアセチル化制御の関係を遺伝学的に解析した。Moa1の下流にアセチル化を介した接着制御があるならば、moa1遺伝子破壊株においてアセチル化を充進することで一方向性結合の異常を回復できると考えられた。そこでEso1をセントロメアに局在化、あるいはclr6変異を導入してコヒーシンのアセチル化を冗進させたところ、moa1遺伝子破壊株の還元分配を部分的に回復させることができた。最初この現象はPsm3のKIO5,1(106のアセチル化の充進によると考えたが、予想に反してPsm3のアセチル化がおこらないpsm3-KKRR変異株においても、clr6変異によるmoa1遺伝子破壊株の回復が観察された。従って、このときEso1の強制発現やClr6の活性低下によってアセチル化が充進され、moa1遺伝子破壊株の回復を担っているのはPsm3のK105,K106ではなく、未知の接着促進因子Xであると結論した(図B)。この考えはPsm3のアセチル化模倣型変異(psm3-KKQQ)がmoa1遺伝子破壊株の還元分配を全く回復させることができないことからも支持された。Xの正体は全く不明であるが、コヒーシン複合体のサブユニットあるいはコヒーシンに非常に近くで接着を制御している因子を想定している。

また、Eso1およびMoa1の機能が必要となる時期について検討したところ、Eso1は減数分裂前DNA複製の時期に必要とされるのに対し、Moalの機能はDNA複製が完了した後に必要となることが明らかとなった。これらの結果を合わせて考察した結果、Moa1はDNA複製終了後から減数第一分裂に至るまでの間、コヒーシン(接着促進因子X)のアセチル化を維持することで姉妹染色分体間の接着を保持しているのであろうと結論した。

近年、染色体分配の制御機構の解明をめざした研究は大きく発展を遂げている。しかしながら、減数第一分裂特異的に還元分配を引き起こす分子メカニズムについてはほとんど分かっていない。今回の分裂酵母の研究から、Moalに加えてRec8、Cnp3、Plo1、Eso1といった真核生物間でよく保存された因子が還元分配の確立に大きな役害ilを果たすことが示された。分裂酵母が他の高等真核生物に類似したセントロメア構造を持っことから、今後さらにこれらの因子の機能相関を詳細に解析することは、真核生物に保存された減数第一分裂特異的な姉妹動原体の制御機構を解明する上で非常に重要と考えられる。

図モデル

A)分裂酵母のセントロメアは外側領域と中央領域に区分されており、体細胞分裂期ではRad21コヒーシン複合体が外側領域を選択的に接着し、動原体形成部位であるセントロメア中央領域は二方向性となる。減数分裂期ではRec8コヒーシン複合体が外側領域と中央領域の両方に局在しMoa1-Plo1複合体と共同して一方向性の姉妹動原体を形成する。moa1遺伝子破壊株ではRec8は中央領域に局在するが接着がおこらないため、一方向性結合の確立にはRec8の局在に加えてMoa1・Plo1の機能が必要であると考えられる。

B)Eso1とMoa1-Plo1複合体による一方向性結合確立のモデル。Eso1はDNA複製期に接着を確立させ、Moa1-Plo1複合体がその後にコヒーシンのアセチル化状態を保護し、接着を維持することで姉妹動原体の一方向性結合を成立させている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は要旨(和文および英文)、序、材料と方法、結果と考察(第1~3章)、まとめと展望、参考文献および謝辞から構成される。

「序」では、コヒーシン複合体による姉妹染色分体間の接着の確立が正確な染色体分配の遂行に必須であること、減数第一分裂特異的な動原体因子Moa1が動原体の一方向性を確立する上で必須の役割をもつことが述べられている。さらに、本研究の目的が、Moa1によるセントロメア中央領域の染色体接着制御機構の解明であることを記述している。

「材料と方法」では、本研究に使用した大腸菌および分裂酵母の遺伝子型と培地、および実験手法について詳細に記されている。

「結果と考察」は3章から構成される。第1章では、Moa1が動原体タンパク質CENP-Cの分裂酵母ホモログCnp3と直接相互作用することで、減数第一分裂期にセントロメア中央領域に局在化することを明らかにした。第2章では、Moa1によってセントロメア中央領域への局在が促進されるPlo1(polo-likeキナーゼ分裂酵母ホモログ)の減数分裂期における機能を解析した。この結果、セントロメアにおけるPlo1のキナーゼ活性が一方向性結合の確立に必要であることが示された。第3章では、Moa1を介した一方向性結合の確立にコヒーシンのアセチル化が関与することを述べている。体細胞分裂と減数第一分裂を比較すると、減数第一分裂におけるセントロメア中央領域の接着の確立には体細胞分裂期より高いEso1の活性が必要であることが示された(第3章-1)。Eso1はコヒーシンサブユニットPsm3の105,106番目の保存されたリジン残基をアセチル化しているが、そのアセチル化は分裂後期からG1期にかけて脱アセチル化され、S期の進行にともなって亢進する(第3章-2)。体細胞分裂期では、Eso1はPsm3だけでなく未知の因子Xもアセチル化することで姉妹染色分体間の接着を確立していると考えられ、いずれか一方のアセチル化が成立すれば接着の確立に異常は示さない(第3章-3)。しかしながら、減数第一分裂期におけるセントロメア中央領域の接着を確立するためにはPsm3のアセチル化が必須の役割を持つことが示された(第3章-4)。また、脱アセチル化酵素Clr6がEso1によるコヒーシンのアセチル化と拮抗した作用を持つことが明らかとなった(第3章-5)。次に、減数分裂期におけるEso1とMoa1の作用時期を検討した結果、Eso1はDNA複製と共役した接着の確立に、Moa1はDNA複製完了後の接着の維持に機能することが明らかとなった(第3章-6)。そこでMoa1による接着の維持がアセチル化制御を介している可能性を検討したところ、Moa1はPsm3とは別の因子Xのアセチル化を維持することで一方向性結合を確立している可能性が示唆された(第3章-7)。

「まとめと展望」では、Moa1-Plo1複合体がリン酸化を介して未知の因子XのEso1によるアセチル化を制御する可能性や、Xの候補因子、およびMoa1を介した一方向性結合メカニズムの進化的保存性について論じられている。

本論文で示された、Cnp3に依存したMoa1-Plo1複合体のセントロメア中央領域への局在、およびMoa1-Plo1複合体によるコヒーシンのアセチル化制御が、進化的に保存されている可能性が高い。したがってこの成果は、減数第一分裂における姉妹動原体一方向性結合の確立メカニズムを解明する上で大変重要であると考えられる。

本論文に示されたデータは第2章の一部・第3章の一部を除きすべて論文提出者が主体となって行なったものである。したがって、審査委員会は全員一致で加々美綾乃に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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