学位論文要旨



No 127418
著者(漢字) 白土,玄
著者(英字)
著者(カナ) シラツチ,ゲン
標題(和) 中心子構築の足場として働く新規クラミドモナス蛋白質の研究
標題(洋) Studies on a novel Chlamydomonas protein that serves as a scaffold for centriole assembly
報告番号 127418
報告番号 甲27418
学位授与日 2011.09.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5723号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 廣野,雅文
 東京大学 教授 太田,邦史
 東京大学 准教授 吉田,学
 東京大学 准教授 越田,澄人
 東京大学 教授 神谷,律
内容要旨 要旨を表示する

中心子(centriole)は、細胞内微小管構造の形成に司令塔のような役割を果たす細胞小器官である。中心体(centrosome)の中核構造として細胞質微小管の重合と配向を調節し、鞭毛基部体(basalbody)として軸糸周辺微小管の鋳型となる。3連微小管が9回対称に配置した特徴的な構造をもつが、この構造パターンは原生生物から哺乳動物まで高く保存されている。また、新しい中心子は既存の中心子の側面から出芽するように形成され、しかもそれが細胞周期に1度だけ起こるように調節を受けている。これらのめざましい機能、特徴的な構造、自己複製という奇妙な形成様式によって、中心子は古くから細胞生物学者の注目を集めていたが、その形成機構はほとんど解明されていない。

ゾウリムシやクラミドモナスなどを用いた微細形態学的な研究により、中心子の構築過程では、まず不定形のgenerative diskまたはamorphous ringが現れ、次いでそこに近接して、9本の繊維(スポーク)が中央の円筒(ハブ)から放射状に伸びるcartwheelが形成され、そして、各スポークの先端に中心子微小管が形成されることがわかっている。中澤ら(2007)はcartwheelの中央部分を欠失するクラミドモナス突然変異株bld12では、中心子微小管の本数が9本に固定されず、7~11本まで揺らぐことを見いだした。つまり、cartwheelは微小管形成の足場として働き、中心子の9回対称性構造の確立に重要な役割を担う構造であることが明らかとなった。しかし、cartwheelをほとんど欠失していてもbld12中心子の多くは9本の微小管をもつことから、9回対称性構造の確立にはcartwheel以外の因子も必要だと推定される。Cartwheelよりも早く出現するamorphous ringはその有力な候補だと考えられるが、中心子形成の場にcartwheelよりも先に局在する蛋白質はこれまで1つも同定されていない。

本研究では、クラミドモナスの未熟中心子に特異的に局在する新規蛋白質を同定し、その機能解析を行った。この蛋白質は中心子成熟に異常をもつuni1突然変異株の解析過程で着目したものだが、uni1におけるこの蛋白質遺伝子のコード領域に変異は存在しない。従ってこの蛋白質とuni1変異との関係は不明だが、後述するように中心子蛋白質であることが判明したため、詳細な機能解析を行った。第1部ではクラミドモナスを用いた解析、第II部ではマウス培養細胞を用いた解析の結果について述べる。

第1部

着目した蛋白質は、分子量約200kDaで全長の約70%がコイルドコイルを形成すると予測されたr詳細な相同性検索の結果、C末端付近の非コイルドコイル領域にヒト中心体蛋白質Cep70と高い相同性を示す約50残基のアミノ酸配列をもつことが判明した。そこで私はこの蛋白質をCRC70(Ch1amydonas protein Related to Cep70)、保存配列をCep70モチーフと名付けた。Cep70は中心体のプロテオーム解析によって同定された蛋白質で、ゼブラフィッシュ胚で発現を抑制すると繊毛形成が異常になることが報告されているが、中心体における機能や詳細な局在などはわかっていない。

Cep70モチーフを含む蛋白質は、無脊椎動物や藻類などの中心子を持つ多くの生物に保存されており、モチーフ以外の配列にも弱い相同性が見られる。これまでCep70のホモログは脊椎動物にしか同定されていなかったが、Cep70モチーフを見いだしたことによりCep70ファミリーと呼ぶべき新たな蛋白質ファミリーが存在することが明らかになった。これらの蛋白質のアミノ酸配列の比較から、CRC70のC末端側約半分は多くのCep70ファミリー蛋白質に相同性があり、N末端側の約半分は藻類のファミリー蛋白質に特異的であることがわかった。

CRC70に対する抗体を調製し、間接蛍光抗体法および免疫電子顕微鏡法によって細胞内の局在を検討した。G1期のクラミドモナス細胞は、成熟した中心子と未熟な中心子を2つずつもつが、CRC70は未熟中心子に特異的に局在した。さらに、cartwheel形成の段階で中心子構築が停止するbld10変異株の解析から、CRC70はcartwhee1形成よりも早い時期に中心子形成サイトに局在することが明らかになった。未熟中心子に特異的に局在するということは、成熟とともに中心子から消失しなければならない。この時期を探るため、細胞周期の様々な時期にある細胞のCRC70局在を観察したところ、新しい中心子が形成されるのと同じ時期に、それまで局在していた中心子から消失することが示唆された。また、CRC70の転写産物はG1期にはほとんど検出されないのに対し、中心子が複製されるM期が近づくと一過的に上昇することも判明した。これらの結果から、CRC70は中心子形成の初期に特異的に発現して機能する蛋白質であると結論された。

中心子の形成初期においてCRC70が担っている機能を探るために、RNA干渉法による発現抑制実験を試みた。amiRNA(artificial micro RNA)法を用い、CRC70の発現量が野生型の7%程度に低下した株を樹立してその表現型を検討したところ、10%の細胞しか鞭毛を形成せず、さらに細胞の増殖速度が中心子を欠失しているbld10変異株と同程度にまで低下していた。興味深いことに、cartwheel構成蛋白質であるSAS-6とBld10pの中心子形成サイトにおける局在量を、間接蛍光抗体法と細胞骨格分画のウェスタンブロットによって検討したところ、それぞれ15%と7%に減少していた.これらの結果はCRC70が中心子構成蛋白質を集積させる働きを持つことを示唆する。そこで、この可能性をさらに検討するために、CRC70を過剰発現する株を樹立してその細胞内局在を観察した。発現したCRC70は内在性CRC70と同様に未熟中心子に局在したが、それに加えて細胞質に凝集塊として局在する例も多く観察された。この凝集塊にはSAS-6、Bld10pが共局在し、一部からは微小管が放射状に伸長していた。これらの結果から、CRC70は中心子形成過程の初期に、他の中心子蛋白質を集積させる足場としての機能を持つ蛋白質だと考えられる。

第II部

第1部で、CRC70を過剰発現させると、中心子蛋白質を含む凝集塊が形成されることを示したが、そこで実際に中心子が形成されているかどうかを電子顕微鏡で確認することはできなかった。これは、導入した遺伝子を多くの細胞に安定して過剰に発現させる技術がクラミドモナスでは開発されていないため、樹立した細胞株における凝集塊の存在頻度が低いためである。そこで、第II部ではCRC70の中心子形成における足場としての機能を、哺乳類細胞を用いて検討した。

マウスN1H3T3細胞に、EGFPとCRC70の融合蛋白質を発現させたところ、CRC70はクラミドモナスの場合と同様に未熟中心子に特異的に局在することがわかった。CRC70のアミノ酸配列を6分割した各断片をEGFP標識して発現させることにより、この局在には藻類特異的なN末端側領域の一部、またはCep70に相同なC末端側領域の一部が必要であることがわかった。C末側領域は、ゼブラフィッシュを用いて明らかになったCep70の中心体局在シグナル領域に対応する。従って、CRC70は2重の中心子局在化機構をもち、そのうちの1つはCep70と共通することが明らかになった。

EGFP-CRC70を過剰発現しているN1H3T3細胞では、クラミドモナスの揚合と同様に、細胞質に融合蛋白質の凝集塊が観察され、そこにSAS-6、γ-tubulinなどの中心体蛋白質が集積していた。このような細胞を電子顕微鏡によって観察したところ、中心子様構造が細胞質に異所的に多数形成されていることが判明した。この結果は、明らかに、CRC70が中心子形成の足場として機能することを示している。

第I部、第II部で得られた結果を総合すると、中心体蛋白質Cep70と相同なクラミドモナス蛋白質CRC70は、中心子構築の極めて早い時期から構築の場に局在し、他の中心子蛋白質を集積させる足場としての機能を持つと考えられる。マウス細胞においても異所的な中心子形成を誘導できることから、中心子形成に関わる普遍的な蛋白質であると考えられる。CRC70の同定によって、これまでまったく不明であったcartwheel形成以前に働く蛋白質が初めて明らかになった。この蛋白質と相互作用する蛋白質の探索や、さらなる機能の解析などを行うことにより、中心子形成初期過程の分子機構に関する新たな知見が得られると期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は2部から構成される。第1部では中心子形成に働く新規蛋白質の同定と機能解析について、第2部では新規蛋白質機能の普遍性等を検討した結果について述べられている。

中心子は細胞内の微小管骨格構造の形成において中心的な役割を果たしているオルガネラで、9本の短い三連微小管が回転対称に配置した円筒状構造をもち、細胞周期ごとに既存のものから出芽するように形成される。その形成機構は古くから細胞生物学の大きな課題の1つとして追求されているが、詳細はまだ明らかになっていない。中心子構造の形成機構を理解する上で、形成過程の中でも特に、円筒構造の形成基部の構築機構を知ることが重要であり、その機構を担う蛋白質の同定が求められている。しかし、これまでそのような蛋白質の報告例はごくわずかしかない。本論文は、中心子基部構造の構成蛋白質を新規に同定し、中心子形成における機能を明らかにすることを目的として行われた研究の成果を述べている。

第1部では、クラミドモナスの新規中心子蛋白質CRC70を同定し、その機能を解析した結果が示されている。CRC70の構造的な特徴として、C末端近傍に哺乳動物の中心体蛋白質Cep70に部分的に高い相同性を示す約50残基のアミノ酸配列(Cep70モチーフ)をもつことが見いだされた。このモチーフの発見により、Cep70に部分的に相同な蛋白質が中心子を持つ多くの生物に保存され、新規の蛋白質ファミリーを形成していることが明らかにされた。この発見は、中心子構成蛋白質の普遍性を示す新規な例として重要である。また、申請者はCRC70の中心子構築過程における局在時期、発現抑制と過剰発現の効果を詳細に検討している。その結果、この蛋白質がこれまで知られている中心子蛋白質の中でもっとも早い時期に中心子の形成基部に局在し、他の中心子蛋白質が形成基部に集積する際の足場として機能することが示唆された。中心子の形成基部には中心子微小管の出現より早く、足場となるカートホイールという構造が形成されるが、先行研究により、その構成蛋白質が2種類同定されている。しかし、カートホイール形成以前に基部に局在して中心子形成に関与する蛋白質はこれまで1つも同定されていなかった。CRC70はその最初の例として、中心子形成初期過程の理解に大きな手がかりを与えるものと考えられる。

第2部ではCRC70を哺乳類細胞に発現させて機能解析した結果が述べられている。クラミドモナス細胞にCRC70を過剰発現させると中心子蛋白質を含む凝集塊が形成されることが第1部の研究で示されたが、そこで実際に中心子が形成されているかどうかは不明であった。そこで、その可能性を微細形態学的に検討するため、効率のよい過剰発現が可能なマウス細胞が用いられた。申請者はまずCRC70の様々な部分配列を発現させてその局在を解析している。その結果、中心子への局在には分子内の2つの領域のうちのどちらか1つが必要で、そのうちの1つはCep70と相同な領域であることが明らかになった。さらに、CRC70を過剰発現している細胞を電子顕微鏡で観察したところ、細胞質に中心子様構造が異所的に多数形成されていることが観察された。従って、CRC70は中心子形成における足場蛋白質としての機能をもち、それは哺乳動物細胞においても保持されていることが示された。

第1部と第2部で述べられた結果は、いずれもこれまで予期されていなかった斬新な内容を含む。中心子構築のもっとも早い時期に機能する足場蛋白質が同定されたことにより、今後、この時期の分子機構の理解に大きく貢献する可能性が認められる。

なお本論文は神谷律、廣野雅文との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を遂行したもので、論文提出者の寄与が充分であると判断する。従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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