学位論文要旨



No 127419
著者(漢字) 本間,健太郎
著者(英字)
著者(カナ) ホンマ,ケンタロウ
標題(和) 消費者の購買地選択行動モデルに関する研究
標題(洋)
報告番号 127419
報告番号 甲27419
学位授与日 2011.09.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7527号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤井,明
 東京大学 教授 加藤,道夫
 東京大学 准教授 今井,公太郎
 東京大学 講師 太田,浩史
 東京理科大学 教授 宇野,求
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、消費者による購買地の選択を、新しい行動論的な方法でモデル化し、それを用いて小売業の立地パターンや都市の発展などを議論するものである。

消費者がどの購買地を選択するか、という設問は、建築や都市の計画を策定する上で重要な問題である。なぜなら、購買行動の適切な予測ができれば、新たな施設を配置した時や交通状態が変化した時の集客数を推定することができ、さらには最適な施設配置や商業地の発展などを誘導することができるからである。購買行動は都市活動の極めて重要な側面であるため、その性質を明らかにすることは、人やモノ、金銭の動きを把握できるようになるのみならず、それらの動きが反映された都市空間そのものの理解を深めることになる。また本論文で議論するモデルは、購買地に限らない勤務地や観光地などの一般の目的地選択行動にも拡張可能であるため、都市空間の理解への寄与は大きい。

本論文では、購買地の選択行動を推定する代表的なモデルであるハフモデルに着目する。まずハフモデルを、新しい行動論的な方法で導出する。これは従来の導出に比べ、モデルの含意をより明確にするものである。次いでその導出において、消費者行動に新しい属性を加味し、ハフモデルの拡張をはかる。

そして拡張されたハフモデルを用いて、「小規模の購買地が多数ある方が消費者にとって好ましいのか、大規模の購買地が少数ある方が好ましいのか」という問題を解き、最適規模と各パラメーターとの関係を明らかにする。また各店舗が利潤最大化行動をしたときの均衡規模についても議論する。

加えてこのような選択行動の結果として、「都市がどのように発展・衰退するのか」という問題を考える。そのために都市規模の推移を記述するモデルを構築し、それを利用して単純なケースを分析することで一般的教訓を引き出す。

また今まで、購買地の品目別売場面積の情報を考慮したような購買地選択モデルは構築されてこなかった。そこで本論文では、消費者行動を考えることで、購買地の属性を扱えるような新しい購買地選択モデルを導出する。それを実際の都市に応用し、モデルの評価を行う。

本論文は全8章で構成される。2章および5章の一部で既往研究を紹介するほかは、全て独自の研究である。3章で一般化ハフモデルを新しい方法で理論づける。4章および5章では、3章のモデルを用いた解析をそれぞれ行う。6章で3章のモデルを拡張し、7章でそのモデルを実際の都市に適用する。

1章:研究の背景と目的、論文構成を述べた後、用語の定義と記法を明確にして、頻出する変数をまとめる。

2章:購買地の選択確率を推定するための既往のモデルを解説する。その代表的なモデルはハフモデルであり、数多くの研究がなされ、実務上もよく使われていている。ハフモデルは、行動論的には離散選択モデルとロジットモデルを経由することによって理論づけされており、その流れで解説を行う。またその他の購買地選択モデルとして、GEVモデルとプロビットモデルも紹介する。

3章:ハフモデルの従来の理論づけは、「消費者の効用は、購買地規模の対数項とガンベル分布に従う誤差項を含む」という仮定を必要としている。そこで本章で、消費者行動をさらに掘り下げて考え、財1単位あたりの効用という概念を新しく導入する。そしてその効用がロジスティック分布に従うとして、その最大値分布を考えることで、上記の仮定が導けることを証明する。これによって、仮定の恣意性を低くすることができる。また消費者行動と購買地の選択確率とを直接的に関連づけることができ、ハフモデルの含意がより明確になる。そのうえで、消費者の「財に関する情報の不完全性」および「欲する財の種類数」という属性を導入し、ハフモデルの拡張をはかる。若干の近似のプロセスが必要であるが、選択確率は簡潔な式で表現でき、一般化ハフモデルと同式になる。以上より、交通機関が発達するか財の嗜好性が高くなれば、選択確率に対する距離の影響が小さくなること、情報が不確実なほど選択の個人間のばらつきが小さくなること、欲しい財の種類が多いほど、選択確率に対する規模の影響が大きくなることなどが明らかになる。また「購買地を分割して認識してもその選択確率の和は変わらない」という選択状況であることと、選択確率がハフモデルで規定されることは同値であることを示す。

4章:3章で理論づけられた一般化ハフモデルを用いて、本論文独自の解析を2種類行う。ひとつは、平面」二に等規模の購買地が一様ランダムに分布していて、購買地の規模の総和が所与のときに、消費者にとって最適な規模(数)はどの程度か、という問題を解くことである。これは、確率変数の変換に関してテイラー近似を行うことで陽に求まる。その結果、3章で意味が明確になった各種パラメーターと、最適規模との関係(財の嗜好性が高いか欲しい財の種類が多いほど、最適規模が大きくなる。交通機関の発達などにより移動コストが半減したら、最適規模が4倍になる。など)が明らかになる。また購買地の規模の総和が所与のときに、消費者にとって最適な状況であるためには、全ての購買地の規模が等しい必要があることを、ヘルダーの不等式を用いて証明する。もうひとつの解析は、各店舗が単位規模あたり来客数を最大化しようと各規模を拡縮するときに、等規模の購買地が一様ランダムに分布している状態が安定して成立するような条件を求めることである。結果この条件は、購買地規模には依存せず、3章で意味が明確になったパラメーターどうしの関係として記述される。またコンピューター・シミュレーションによって、パラメーターの値を動かしながら購買地規模の推移と均衡分布を観察し、解析的に求めた条件から得られた含意の拡充を行う。

5章:「購買地」を広く「都市」だと解釈し、都市選択の結果として都市が時間発展するという動学モデルを扱う。都市選択は一般化ハフモデルに従ってなされるとし、選択行動の結果「アクティビティ」(人口や売上や収入)が都市間でやり取りされ、それによるアクティビティ分布の変化が都市選択に影響を与える、というモデルである。このような状況を扱う既往モデル(バランス・メカニズムやBLVモデル)を基本としながら、外生変数を最小限にするような新しいモデルを構築する。それを単純な形態の都市領域に適用し、均衡状態を考えることで、立地とアクティビティの関係(領域の中央部および結節点付近のアクティビティが大きくなり、アクティビティの幕指数αの増加にともなってその程度が拡大される。交通システムが発達していくと、アクティビティの都市間格差が徐々に拡大していった後、再び急速に縮小する。など)が明らかになる。

6章:従来の購i買地選択モデルは、選択確率が、購買地規模や購買地までの距離の関数であるのみで、購買地の属性(各業種や各店舗の、売上高や売場面積の情報等)の関数でもあるようなものは少なかった。そこで本章では、消費者行動を考えることで、購買地の属性を扱えるような新しい購買地選択モデルを構築する。このモデルは、3章でハフモデルを新しく導出した方法の拡張である。

7章:6章で構築したモデルを実際の都市に適用し、モデルの評価を行う。東京区部の「商業集積地区」427地区を、それぞれひとつの購買地だと定義し、各地区の商業統計の産業分類データおよび、パーソントリップ調査のデータを利用し、モデルのパラメーターをEMアルゴリズムを用いて推定する。

8章:本論文の成果をまとめ、今後の展望について述べる。

審査要旨 要旨を表示する

消費者がどのように購買地を選択しているかという研究は、D.L.Huffが1963年に提案したハフモデルを嚆矢とする。それ以来、いくつもの改良型モデルが作られているが、基本的な考え方は、購買地の選択確率はその規模に比例し、移動コストに反比例するというものである。このモデルを理論的に説明するために、行動学的な視点から様々な解釈がなされている。その代表的なものが、離散選択モデルとロジットモデルである。これらのモデルからハフモデルを導くには、「効用の誤差項がガンベル分布に従う」、「効用に購買地規模の対数項が含まれる」というふたつの仮定を必要とする。これらの仮定を正当化するために様々な説明がなされてきたが、その内容は必ずしも明快ではない。本論文は、消費者が「財」を直接購入するという前提の下に、財の効用が最大になるような選択をするという仮定からハフモデルが導出できることを証明したものである。この理論は、「財の効用はロジスティック分布に従う」という仮定のみで論を展開することが可能で、ハフモデルに現れるパラメーターを「財の多様性」、「財に関する情報の不確実性」、「欲する財の種類数」に還元でき、その意味をより分かり易いものにしている。

論文は、全7章と付録3編からなる。

第1章では、研究の目的と論文の概要について述べ、次いで、使用する用語と表記法をまとめている。

第2章では、ハフモデルに始まる購買地選択モデルの発展の経緯を説明し、同モデルと離散選択モデル、ロジットモデルの理論的な関係性について言及している。また、その他の既往モデルについても、その概要を解説している。

第3章では、消費者が「購買地」ではなく、「財」を直接選択するという前提の下に、「財」の効用(ロジスティック分布に従うとする)が最大になるような選択をすると仮定し、独自の方法でハフモデルが導出できることを証明している。これにより、従来の説明で必要とされた、「ガンベル誤差項」と「スケールパラメーターを含む規模対数項」に関する仮定を、「財の効用はロジスティック分布に従う」という恣意性の低い仮定に置き換えられる。こうすることにより、ハフモデルのパラメーターは「財の多様性」、「財に関する情報の不確実性」、「欲する財の種類数」を反映したものと解釈でき、モデルの拡張が容易になる。その一例として、「不完全情報下の財の効用」と「複数財要求時の選択行動」について、より詳細な考察を行ない、論の有効性を示している。

第4章では、従来の距離に依存した購買地選択モデルではなく、購買地の属性および購買地間の類似度を扱える新たな購買地選択モデルを提案している。これらは、前章のハフモデルの導出法の応用である。

第5章では、消費者にとっての最適な購買地の規模について考察し、次いで、購買地が利潤を追求するために増床や減床を行った場合に、規模の定常分布がどのように変化するかをコンピュータを用いてシミュレーションしている。

第6章では、「購買地」をより広く「都市」と解釈し、都市選択とその時間的な発展の関係性について考察している。先ず、この分野における既往研究をレビューした後に、都市間における「アクティビティ」の動的な変化を都市規模推移過程の観点から分析している。この論理を単純な平面形態の都市モデルに適用し、時間と共にどのように変化してゆくかを調べている。

第7章では、結論として各章で得られた知見をまとめた後に、今後の展望を理論面と応用面に分けて述べている。

付録は、本論の補足的な説明で、1.ハフモデルの規模分割不変性、2.ロジットモデルにおけるガンベル近似の正当性、3.多数のロジスティック変数の和がログサム項とガンベル変数の和になることの証明についてまとめている。

以上要するに、本論文は、消費者の購買行動に「財」の効用という概念を導入することにより、従来の仮定とは異なる前提の下でハフモデルが導けることを証明したもので、これにより、モデルのパラメーターの意味をより明解にすることに成功している。また、この考え方の展開として、様々な購買地選択モデルや購買地の適正規模等に関する研究を統一した見解の下に行うことができることを示している。これらを更に発展させると、消費者と購買地という関係性だけでなく、住民と都市という、より大きなスケールにおける動態的な変容過程に適用できる可能性がある。

都市における商業活動には、購買地の将来予測や新たな商業施設の建設に伴う商圏の変化など現実的な課題が多いが、本論文はその理論的な枠組みと応用の可能性を示すものとして高く評価できる。これらは都市・建築計画学の分野に新たな分析方法を導入するもので、その意義は極めて大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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