学位論文要旨



No 127420
著者(漢字) 仲谷,剛史
著者(英字)
著者(カナ) ナカタニ,タケシ
標題(和) 住宅内における親子のコミュニケーション領域に関する研究
標題(洋)
報告番号 127420
報告番号 甲27420
学位授与日 2011.09.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7528号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西出,和彦
 東京大学 教授 平手,小太郎
 東京大学 准教授 千葉,学
 東京大学 准教授 大月,敏雄
 東京大学 准教授 羽藤,英二
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、家族の気配感や、自然に会話ができることが、良好な家族のコミュニケーションを構築するとの考えから、近年では住宅内での家族のコミュニケーションを重要視する多くの提案がなされているとの背景をうけ、コミュニケーション領域を実験研究で把握し、コミュニケーションを重要視する住宅設計の間取り計画への基礎的知見を提供することを目的として検討を行った。なお、本研究では以下の点を主な特徴としている。

1) 実際の親子を被験者として実大実験を行った点 2) 作業をしながらのコミュニケーション領域を扱った点 3) コミュニケーションの段階としての気配領域(見守り領域)の把握に着手した点4) コミュニケーションの段階としての会話を呼びかけ・日常会話・相談会話に分類しその領域を求めた点

本論文は全8章で構成される。以下、本論文の構成とその成果の概要を示す。

第1章では、本論文の序論として、背景、既往研究、研究の目的、研究の位置づけを明らかにした。

第2章では、筆者らが実施した親と子の住まい方の実態調査結果及び既往研究から、居住する住まいの特徴やニーズと、親子のコミュニケーションとの関連を検証することにより、母親・父親・子どもにとってのコミュニケーションに対する認識の違い、子どもの年代による求めるコミュニケーションの変化を検証した。その結果、住宅内での重要視される項目として「リビングやキッチンから家族の様子がわかること」、「キッチンから家族と会話できること」が、どの年代の子どもを持つ母親も父親より高い割合で重要視するとされており、母親が家族の気配がわかること・家族との会話できることを住宅提案に求めていることが確認できた。更に、「リビングやキッチンから家族の様子がわかること」「キッチンから家族と会話できること」と、「家族のコミュニケーションに関する質問」「家族の凝集性に関する質問」とのクロス分析の結果から、家族の気配がわかること・家族との会話できるが家族のコミュニケーションや凝集性に少なからず関係することが確認できた。以上から、近年住宅提案として行われている、気配を感じたり会話がしやすくしたりする住宅提案は、少なくとも家族のコミュニケーションの形成を促す環境改善に寄与しうる提案であることが確認できた。

<見守り領域の検討>

第3章では、住宅内での親子の気配としての見守り領域を把握するために、実際の親と子による実物大実験を行い、キッチン作業中での平面方向(正面・側面)の見守り領域の拡がりを検討した。その結果、キッチンにおいて親が作業をする場合、親子の向きが側面の場合の方が正面の場合よりも、親が子の足元を見やすく、駆けつけやすいことがわかった。つまり、キッチン作業を行っている場合には、通常良く見えていると思われがちな正面方向よりも、側面方向の方が見えやすいことがわかった。また、キッチン作業では視線が下を向くため、子の床に近い部位の方が見やすいことがわかった。

第4章では、家族間のコミュニケーションをコンセプトとした住宅提案に、吹抜け・ロフト・スキップフロア等による高さ方向を含めたコミュニケーション領域の提案が多くみられることから、気配:見守りの領域について実際の親子による実物大実験を行い、1F高さ・1.5F高さ・2F高さの3つ高さでのコミュニケーション領域の拡がりを検討した。その結果、親がキッチン作業しながら、子の足元や手を振るが見え、駆けつけることができると感じるのは子が1F高さの場合のみで、1.5F高さ、2F高さといった高低差がある条件では出来ないことがわかった。

第5章では、実際の住宅の間取りでは親と子の位置関係は斜方向、背面方向となるキッチン配置の提案も多くみられることから、第3章の正面・側面方向に加え斜正面・斜背面・背面方向をも考慮した見守り領域の拡がりを検討した。その結果、児童の見守りでは正面の場合よりも側面・斜正面の場合の方が、親から子の足元が見やすく、足や手を振るのがわかりやすく、駆けつけやすいことがわかった。また、側面方向では、足を振ることで見えやすくなることがわかった。なお、斜背面・背面では子の足元、足や手を振る様子はわからないが駆けつけはできると感じていることがわかった。

以上の結果から、キッチン作業をしながらの子の見守り領域は1.5F高さ、2F高さでは存在せず、同一床高さにおいて少なくとも子の体の一部(足元)が見える領域は、正面で3m以内で、斜正面・側面では4mと側面方向に拡がる領域で、斜背面・背面では見えない。また、子に駆けつけられる領域は、2m以内であればどの方向でも駆けつけられると感じ、斜正面・側面では3m以内までと側面方向に拡がる領域である。以上のように、「少なくとも子の一部が見える領域」よりも一回り小さい領域が「子に駆けつけられると感じる」領域となっていることがわかった。

更に第6章では、児童の見守りに加えマネキンを使用して床及びベビーラックに居る乳児への見守りについても検討を行った。その結果、少なくとも乳児が居るのがわかる領域は、児童前期・児童後期の子の体の一部(足元)が見える領域に較べ側面方向に拡がり5mであり、乳児に駆けつけられる領域も斜正面以外で1mずつ拡がった領域となる。つまり、児童前期・児童後期の見守り領域と比較し乳児の見守り領域の方が広い領域となり、正面~側面では出来る限り居ることがわかる領域ぎりぎりまで駆けつけようとし、側面~後方も正面~側面と同様の領域まで駆けつけようとしていることがわかった。

<会話領域の検討>

第3章では、住宅内での親子のけはい会話:呼びかけ・日常会話・相談会話の領域を把握するために、実際の親子による実物大実験を行い、キッチン作業中での平面方向(正面・側面)の会話領域の拡がりを検討した。その結果、会話領域は呼びかけ・日常会話・相談会話ごとに適正な親子の領域が異なり、親子が作業の有無に係わらず各会話が可能な領域は、呼びかけ領域:正面4m・側面5m、日常会話領域:正面3m・側面3.5m、相談会話:正面:2m・側面:1.5mである。なお、親より子の方が各会話の領域が狭い傾向にあり、作業の有無による各会話領域への影響は少ないことが分かった

第4章では、家族間のコミュニケーションをコンセプトとした住宅提案は、吹抜け・ロフト・スキップフロア等による高さ方向を含めたコミュニケーション領域の提案が多くみられることから、会話:呼びかけ・日常会話・相談会話の領域について実際の親子による実物大実験を行い、高さ方向のコミュニケーション領域の拡がりを検討した。その結果、親と子、ともに1階高さでは呼びかけ・日常会話・相談会話の全ての会話が可能だが、子が1.5F高さでは呼びかけと日常会話、子が2F高さでは呼びかけのみが可能である。なお、1.5F高さが1.4mの高低差があるものの、日常会話が可能であるとの結果は、1.5F高さが上階・下階の中間に位置するといった特徴を考えると、上・下の両階から日常会話が行える空間と考えることが可能であり、1.5F高さの空間が今後の住宅設計への利用として期待できる。

第5章では、実際の住宅の間取りでは親と子の位置関係は斜方向、背面方向となるキッチン配置の提案も多くみられることから、第3章の正面・側面方向に加え斜正面・斜背面・背面方向をも考慮した会話領域の拡がりを検討した。その結果、呼びかけ・日常会話・相談会話については、呼びかけ・日常会話では子の方が親よりも狭い領域となる傾向にある。親子双方向での各会話が可能な領域は呼びかけが4m、日常会話が3mでどの方向にも同様な領域であるが、相談会話では正面、斜正面が3m、その他の方向では2mである。

以上の結果から、親がキッチン作業をしながら、子の姿勢、親子の向きによらず各会話が可能な領域は1F高さでは、呼びかけが4m、日常会話が3m、相談会話が1.5mの領域となる。1.5F高さでは呼びかけ4m、日常会話3mの領域となり、相談会話は出来ない。2F高さでは、呼びかけが3mの領域になり、日常会話、相談会話は出来ない。なお、呼びかけ・日常会話では親の方が子より広い領域で会話が可能と感じる傾向にあるため設計に際し、上記領域を意識した計画が必要である。

更に第7章では、呼びかけ・日常会話・相談会話の要素を含んだ複合会話としての勉強会話(子がわからない問題を親に聞くなど)の検討を行った。その結果、勉強会話が可能な領域は、ほぼ3mであり背面のみが2mである。なお、勉強会話ができ、親から見られていると感じない領域は斜正面~斜背面の2m~3mである。

以上から、本研究で導いたコミュニケーション領域は、親がキッチン作業をしながら、子の姿勢、親子の向きによらず各会話が可能な領域は、1階高さで呼びかけ4m・日常会話3m・相談会話1.5m、1.5階高さで呼びかけ4m・日常会話2m、2階高さで呼びかけ3mとなっている。見守り領域は、子に駆けつけられる2m、乳児に駆けつけられる3mとなっている。

この成果を利用することで、例えばリビング内階段を設置する際も、日常会話まで出来なくてもいいが子どもの帰宅の際にあいさつしやすい位置に配置するなど、求めるコミュニケーション段階に応じての配置計画が可能となる。

なお、本研究で求めた見守り領域は、気配領域の極一部を扱ったに過ぎない。よって、本研究とは異なる要因(音・声・明かり・影等)、複数の要因が重なって得られる気配領域についても把握することが今後の必要となると考える。また、会話領域については各会話に付随した領域(例えば、第7章の親から見られていると感じない領域等)との組み合わせについての検討も必要と考える。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、親子のコミュニケーション領域を把握し、コミュニケーションを重要視する住宅設計の間取り計画への基礎的知見を提供するものである。

家族の気配感や、自然に会話ができることが、良好な家族のコミュニケーションを構築するとの考えから、近年では住宅内での家族のコミュニケーションを重要視する多くの提案がなされていることが背景となっている。

本論文では以下の点を顕著な特徴としている。

1) 実際の親子を被験者として実大実験を行った点 2) キッチン作業をしながらのコミュニケーション領域を扱った点 3) コミュニケーションの段階として気配領域(見守り領域)の把握に着手した点 4) コミュニケーションの段階として会話領域を呼びかけ・日常会話・相談会話に分類しその領域を求めた点

本論文は全9章で構成される。

第1章では、背景、既往研究の調査、研究の目的、研究の位置づけ、本論文の構成を明らかとした。

第2章では、アンケート調査を実施し、「家族の様子がわかること」や「家族と会話しやすいこと」が、どの年代の子どもを持つ母親においても重要視されており、更に家族のコミュニケーションや凝集性に少なからず関係することを明らかにした。

第3章では、実際の親と子による実物大実験を行い、キッチン作業中での平面方向(正面・側面)の領域の拡がりを検討している。その結果、キッチン作業中は、通常良く見えていると思われがちな正面方向よりも、側面方向の方が見えやすいことを明らかにした。また、キッチン作業では視線が下を向くため、子の床に近い部位の方が見やすいことを明らかにした。会話領域では、親子が作業の有無に係わらず各会話が可能な領域は、呼びかけ領域:正面4m・側面5m、日常会話領域:正面3m・側面3.5m、相談会話:正面:2m・側面:1.5mであることを明らかとした。なお、親より子の方が各会話の領域が狭い傾向にあり、作業の有無による各会話領域への影響は少ないことを明らかにした。

第4章では、住宅提案に吹抜け・ロフト等の高さ方向への提案が多くみられることから、コミュニケーション領域の高さ方向の拡がりを検討している。その結果、見守り領域は子が1F高さの場合のみで、1.5F高さ、2F高さといった高低差がある条件では見守りが困難であることを明らかにした。また、子が1階高さでは呼びかけ・日常会話・相談会話の全ての会話が可能だが、子が1.5F高さの場合では呼びかけと日常会話、子が2F高さの場合では呼びかけのみが可能であることを明らかにした。

第5章では、実際の住宅内での生活に近い条件として、第3章の正面・側面方向に加え斜正面・斜背面・背面方向を追加し、子の姿勢も椅子座位として検討を行っている。その結果、正面よりも側面・斜正面の場合の方が見守りしやすいことを明らかにした。また、側面方向では、子が足を振ることで見えやすくなることを明らかにした。また、親子双方向での各会話が可能な領域は呼びかけが4m、日常会話が3mでどの方向にも同様な領域であるが、相談会話では正面、斜正面が3m、その他の方向では2mであることを明らかにした。また、呼びかけ・日常会話では子の方が親よりも狭い領域となる傾向にあることを明らかにした。

第6章では、より見守り意識の高い乳児の見守りを検討している。その結果、少なくとも乳児が居るのがわかる領域は、第5章の子の体の一部(足元)が見える領域に較べ側面方向に拡がり、乳児に駆けつけられる領域も斜正面以外で1mずつ拡がった領域となることを明らかにした。

第7章では、近年注目されているのがスタディコーナーに着目し、呼びかけ・日常会話・相談会話の要素を含んだ複合会話として勉強会話を検討している。その結果、勉強会話が可能な領域は、ほぼ3mであり背面のみが2mであることを明らかにしている。また、勉強会話ができ、親から見られていると感じない領域は斜正面~斜背面の2m~3mであることを明らかにした。

第8章では、本研究での見守り領域と会話領域を、既往研究と比較検討を行い本研究の領域の位置づけについて検討をしている。

第9章では、結論として、見守り領域と会話領域成果を利用することで、例えばリビング内階段を設置する際も、日常会話まで出来なくてもいいが子どもの帰宅の際にあいさつしやすい位置に配置するなど、求めるコミュニケーション段階に応じての配置計画が可能となる領域を提案している。

以上のように本論文は、住宅内での親子のコミュニケーション領域としての気配領域(見守り)、会話領域(呼びかけ・日常会話・相談会話)を明らかにし、住宅設計への活用の可能性を示した。

今後の住宅設計の計画に、特に重要な知見を提示するものであり、建築計画学の発展に大いなる寄与となりうるものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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