学位論文要旨



No 127422
著者(漢字) 佐藤,強
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ツヨシ
標題(和) 圧電式インクジェットヘッドの吐出異常検知に関する研究
標題(洋)
報告番号 127422
報告番号 甲27422
学位授与日 2011.09.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7530号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 教授 石原,直
 東京大学 教授 鳥居,徹
 東京大学 教授 佐々木,健
 東京大学 准教授 山本,晃生
内容要旨 要旨を表示する

1.本研究の目的

本研究の目的は,産業向けの電気機械変換式(圧電式)IJヘッドを対象として,液滴吐出のために使用した圧電素子を圧力センサとしても使用し,ヘッド内部の気泡の存在をin-situ且つリアルタイムに検出可能な新しい吐出異常検知システムを具現化することである.これにより,IJ工程の信頼性が飛躍的に向上し,産業分野へのIJ技術の展開を加速することが期待できる.また,これまでに前例の無い機能として,吐出異常の発生場所を特定する機能の実用化も検討する.この機能により,吐出異常が発生して液滴が供給されない場所が発生しても別の正常なノズルで塗布し直すことが可能となり,IJ工程の歩留まりの改善にも貢献できる.また,超音波照射場における気泡の挙動と検出メカニズムを理解して吐出異常検知の高性能化を図る.

2.各章の内容

第1章では,IJ技術の動向,IJヘッドの分類について述べ,産業用IJヘッドに要求される項目を吐出量,吐出速度,着弾精度,吐出周波数,吐出安定性,耐薬品性の6つに整理し,それぞれに対する課題を示した.そして,これらの課題の中で吐出安定性の確保が最も難しいことを示し,その阻害要因を7項目(気泡,ダスト,ヘッドの故障,ノズルプレートの異常,圧力変動,インクの変質,環境の異常)にまとめ,それぞれの要因への一般的な対処方法について述べた.また,従来の吐出異常と気泡の検出技術についての調査結果をまとめた後に本研究の目的を明らかにした.

第2章では,産業用途のIJ塗布装置について,基本構成と現状の性能について概説した.主要部品であるIJヘッドに関しては,液体に熱を加えるバブルジェット式ではなく圧電式が主流であること,圧電式の中でも接着材が液体材料に接触するシェア型よりも,ダイヤフラムで液体と圧電体が分離されているプッシュ型の方が好ましいことを示した.また,現在の最高レベルのIJ塗布装置の着弾位置の制御方法と,液量を均一化するための方法について具体例を説明した.そして,吐出安定性を向上するために実施されている外段取りやメンテナンス作業(IJヘッド洗浄,材料充填など)と,ノズルプレートへの撥インク処理,基板への表面処理などの要素技術について概説した.

第3章では,IJヘッドとこれを駆動する電気回路を含めた電気/機械システムを,強力超音波系で使用される等価回路モデルの手法[1]を用いてモデル化し,検出原理を明らかにした.また,内野[2]の方法に基づき,圧電素子の残留振動に関する動力学的な考察を行い,残留振動の基本波形が圧電方程式と運動方程式から決定されることを示した.この結果から,パルス幅をどのように変化させても残留振動は発生し,吐出異常検知のための音源が確保されること,一般にIJヘッドでは機械振動振幅を最大化するために,指令電圧のパルス幅を機械振動系の固有周期の半分に設定しているが,この時残留振動波形の振幅も最大となることを指摘した.

第4章では,吐出動作に伴いIJヘッド内に形成される超音波照射場において,単一気泡が示す非線形挙動と移動現象について述べた.単一気泡の応答は4次のRunge-Kutta法を使ってRayleigh-Plesset方程式(以下RP方程式)を解くことにより求めた[3].また,気泡の呼吸運動が超音波照射場と相互作用することにより,気泡に並進運動を起こす力(Bjerknes Forces)が作用すること,周囲の圧力変動によって気泡が次第に大型化するRectified Mass Diffusionが発生する可能性があることを示した[4].

第5章では,レーザと超音波照射場において気泡間に作用するSecondary Bjerknes Forcesを使って,IJヘッドの様なサブミリメートル大の微小空間内に,半径数μm~数十μmの気泡を人為的に生成する手段について詳述した.気泡生成のためには,吸光度よりフォトンエネルギと結合エネルギの関係に着目し,フォトンエネルギが結合エネルギに匹敵するレーザ波長を選択するべきであることを指摘した.また,サイズとIJヘッド内での滞留位置がほぼ等しいレーザ発生気泡と大気残存気泡を比較し,両者の電圧波形に大きな差異が見られないことを実験的に示し,レーザ生成気泡を大気残存気泡の代わりに評価に使用できることを確認した.

第6章では,前章の気泡生成方法を使ってIJヘッド内にサイズと位置の異なる気泡を生成して,圧電素子からの検出電圧との関係を評価した.そして気泡の滞留位置によって4つのモードに分け,それぞれのモードの検出波形の特徴を示し,インク室上面に気泡が付着したモード2とインク室の側壁に気泡が付着したモード3では,気泡の存在は検知可能であることを明らかにした.また,気泡サイズが変わっても検出波形に殆んど変化が現れない興味深い現象が存在する事を実験により明らかにした.気泡の位置検出に関しては,IJヘッド内の流路長に対して圧力波の波長が相対的に長く,気泡位置の情報を取り出す事が難しくなることを示した.最後に,IJヘッドにおいて,気泡が浮力に逆らって移動する現象を映像で捉え,この原因がBjerknes Forcesであることを,IJヘッド内の圧力分布の解析とポリスチレン微粒子を使った音響流の可視化実験により明確にした.

第7章では,Atkissonの手法[5]に従って,圧縮性と周辺気泡からの放射音圧を考慮したRP方程式に,鏡像法を用いて壁面での反射に起因する音響インピーダンスを追加し,拘束空間における気泡の動的振動モデルを導出した.また,IJヘッドを模した4面を壁で囲まれた正方形断面管についてこのモデルを適用し,拘束空間では自由空間に比べ,気泡の非線形振動が抑制されるために放射圧力がほぼ一定になる半径領域がより小さな半径から始まる事を示した.これにより,気泡サイズに関する不感帯現象の原因が明らかになった.

第8章では,吐出異常をリアルタイムで検出できる機能と,吐出不良の発生個所を特定できる機能を持つ標準型吐出異常検知ユニットと,標準型からリアルタイム判定機能を省いて小型軽量化,低コスト化を実現した簡易型吐出異常検知ユニットについて述べた.検出時間に関しては,目標処理時間400μsに対し264μsで処理が完了しており目標を達成していることを確認した(3.7kHz程度までは高速化可能).また,測定条件の変更や吐出異常判定条件の検討に使用する汎用性の高いアプリケーションソフトについて概説した.このソフトは判定基準値の自動設定機能など,量産適用を考慮した機能を有している.

第9章では,前章で試作した吐出異常検知ユニットをIJ評価装置に接続して,判定アルゴリズムと吐出異常の検出タイミングの評価を行った.その結果,電気的なノイズへのロバスト性から時間領域よりも周波数領域での判定アルゴリズムの方が適していることが分かった.また,大量の気泡混入の場合は,不吐出の発生タイミングを正確に検知でき,塗布中に吐出状態が回復する様な軽度の気泡混入の場合は,不吐出が発生しても検出できないことがある事が分かった.これは,第6章で示した気泡位置とサイズによって検出できない状態が存在するという結果と一致した.また気泡以外にも,IJヘッド内のダスト,電圧供給経路の断線,微粒子入りインクでの気泡検出も可能で有ることが分かった.

第10章では,音波の伝播過程の断熱性と,近距離音場(振動板近傍において圧力が極大と極小を繰り返す音場)にならない条件の導出,一次元の波動方程式によるヘッド内圧力分布の算出, C型CIP法による2次元の圧力解析などから,吐出異常検知に適した流路形状について考察した.また,固有振動数が標準型の46kHzに対し,140kHzと約3倍のショート型アクチュエータを用いて,気泡検出能力の周波数依存性について検証した.

第11章では,FLOW3Dを用いてIJヘッド内にサイズと位置の異なる気泡を配置して解析を行い,吐出性への影響を調査した.その結果,気泡半径25μmで明らかな吐出異常が発生し,半径12.5μmでは吐出性能への影響は小さかった.おおよそ半径20μm程度の気泡を早期に検出できれば,気泡起因の吐出異常を未然に防ぐ事が出来ると予想される.

第12章では,本論文の内容をまとめ,本研究の成果を明らかにし,今後の研究課題を示した.

3.結論

超音波照射場となるIJヘッド内には,気泡のサイズと位置を変化させるメカニズムが存在している.したがって,気泡のサイズや位置を正確に測定するよりも,吐出性に影響を及ぼす可能性が高くなる半径20μm程度の気泡を確実に検出できる方が重要である(本ユニットでは半径17μmの気泡を検出可能).

本研究では,この分野で初となるリアルタイムの吐出異常検出機能と吐出異常発生個所の特定機能を有する吐出異常検知ユニットを開発し,その有効性を確認した.本研究で明らかとなった現行システムの検出限界(ノズル内気泡の検知と半径17μm未満の気泡の検知)を補う,例えば塗布直前の着弾液滴確認などの他の検査方法と本ユニットを併用することで,IJ工程の信頼性と歩留まりの飛躍的な向上が期待できる.

[1] (社)日本電子機械工業会 : 超音波工学, コロナ社, (1993).[2] 内野研二 : 圧電/電歪アクチュエータ, 森北出版, (1986).[3] 超音波便覧編集委員会 : 超音波便覧 丸善株式会社, (1999).[4] Leighton, T.G. : The Acoustic Bubble, Academic Press, (1994)[5] Jianying Cui Atkisson : Models for Acoustically Driven Bubbles in Channels, Ph.D. Thesis, The University of Texas at Austin, August, (2008).
審査要旨 要旨を表示する

本論文は「圧電式インクジェットヘッドの吐出異常検知に関する研究」と題し,産業向けの圧電式インクジェットヘッドを対象とし,アクチュエータである圧電素子を圧力センサとしても使用して,ヘッド内部の気泡の存在をin-situかつリアルタイムに検出できる画期的な吐出異常検知システムを開発することを目的とした一連の研究内容とその成果を纏めたものである.本文は以下に示す12章で構成されている.

第1章「序論」では,インクジェット技術の動向,インクジェットヘッドの分類について概説し,インクジェットヘッドへの要求を6項目に整理して,産業用途に適したインクジェットヘッドの形態を明らかにしている.この要求の中で吐出安定性の確保が最大の課題であることを示し,阻害要因のうち,気泡対策が最も困難であることを説明している.また,従来の吐出異常と気泡の検出方法について調査し,塗布中にin-situかつリアルタイムに気泡の存在を判定できる検出システムの重要性を明らかにし,これを本研究の目的とすることを述べている.

第2章「インクジェット塗布装置の概要」では,産業用途のインクジェット塗布装置の基本構成と,高精度に着弾位置と液量を制御するための仕組みについて述べている.また,吐出安定性を向上するために実施されている外段取り作業やメンテナンス,ノズルプレートへの撥インク処理,基板への表面処理などの要素技術についても概説している.

第3章「吐出解析」では,検出すべき気泡サイズの目安を得るために,流体解析ソフトウェア(FLOW3D)を用いて,インクジェットヘッド内に気泡を配置した解析を行い,吐出性に深刻な影響を与える気泡サイズと位置を明らかにしている.今回のダミーインクを用いた解析結果から,おおよそ半径25μmの気泡を検出目標としている.

第4章「吐出異常検知システムのモデル化」では,インクジェットヘッドとこれを駆動する電気回路を含めた電気/機械システムを,等価回路を用いてモデル化している.また,圧電素子の残留振動に関する動力学的な考察を行い,残留振動の基本波形が圧電方程式と運動方程式から決定されることを示している.そして,この考察に基づき,指令電圧のパルス幅をどのように変化させても残留振動が発生し,吐出異常検知のための音源が確保されることを明らかにしている.

第5章「超音波照射場における気泡の挙動」では,気泡の呼吸運動が超音波照射場と相互作用することで気泡に並進運動を起こす力(Bjerknes forces)が作用すること,周囲の圧力変動によって気泡が次第に大型化する現象(Rectified mass diffusion)が発生することについて述べている.

第6章「気泡検出のための解析設計」では,電気,機械,音響,気泡振動と複数の系にまたがる吐出異常検知システムに対し,各種の解析を用いて気泡検出のための設計指針を得ている.その中で,2次元のC型CIP法を用いた音響と機械の連成解析プログラムを開発し,ダイヤフラムからの音圧と気泡からの音圧の両方を合わせた圧力伝播状態を求めることで,気泡発生音圧とダイヤフラム到達音圧を試算し,これを基に吐出異常検知ユニットの入力部を設計している.また,気泡からの放射圧の吸収減衰について検討し,吸収減衰は無視できることを明らかにしている.

第7章「吐出異常検知ユニットの開発」では,リアルタイム判定機能と,吐出不良の発生個所を特定できる機能の実現方法について説明している.また,標準型検知ユニットからリアルタイム判定機能を省いて小型軽量化,低コスト化した簡易型検知ユニットについてと,測定や判定条件の設定,判定結果の論理演算,判定基準値の自動設定などに使用するアプリケーションソフトについて述べている.

第8章「レーザによる気泡生成」では,レーザと超音波照射場において気泡間に作用するsecondary Bjerknes forcesを利用して,インクジェットヘッド内に半径数μm~数十μmの気泡を人為的に生成する手段について述べている.この方法はインクジェット分野に限らず,キャビテーションの研究など,気泡サイズの制御が必要な他の分野でも応用することが出来ると考えられる.

第9章「インクジェットヘッド内の気泡検出評価」では,前章の方法でインクジェットヘッド内に気泡を生成し,気泡の位置によって混入モードを4つに分けた評価結果を詳述している.その中で,Mode2(インク室上面に気泡が付着)とMode3(インク室の側壁に気泡が付着)では,気泡の有無により検出波形が明確に異なる一方で,気泡サイズが変わっても殆んど検出波形に変化が現れない一種の不感帯が存在することを実験により明らかにしている.また,上向きに設置したヘッド内において,気泡が浮力に逆らって下降する現象を映像で捉え,この原因がBjerknes forcesであることを,圧力分布解析とポリスチレン微粒子を使った音響流の可視化実験により明確にしている.

第10章「拘束空間における気泡の挙動」では,先ず鏡像法を用いて壁面での反射に起因する音響インピーダンスの項をRP方程式に追加し,拘束空間における気泡の動的振動モデルを導出している.次に,インクジェットヘッドを模した正方形断面管について,気泡半径が増加しても散乱断面積がほぼ一定となる半径領域が存在することを示し,前章の不感帯現象の発生原因として説明している.

第11章「吐出異常検出機能の評価」では,電気的なノイズを考慮すると,周波数領域の判定アルゴリズムの方が適していることを示している.また,塗布中に意図的に配管に振動を与え吐出異常を発生させた評価を実施し,検知ユニットのOK/NG判定結果と,CCDカメラで撮影したガラス基板上の液滴の状態とを比較して,判定結果の妥当性を検証している.また,同様の判定アルゴリズムによって,通常より探索音波の波長が3倍高いヘッド内の気泡,ダスト,圧電素子への電圧供給経路の断線,微粒子入りインクでの気泡に対しても検出可能で有ることを実証している.また,インクジェット塗布装置との接続実験において明らかとなったノイズ問題への対策を考案し,その有効性をシミュレーションにより確認している.

第12章「結論」では,本論文の本研究の成果を総括すると伴に,今後の研究課題について述べている.

このように,本研究では,インクジェット分野では世界で初めてとなる,リアルタイムの吐出異常検出機能と吐出異常発生個所の特定機能を有する吐出異常検知ユニットを開発し,その有効性を確認した. 本論文での研究成果は精密工学の発展に貢献するものであり,インクジェット工程の信頼性と歩留まりを飛躍的に向上させることが期待できることから,産業の基盤技術としての意義は大きい.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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