学位論文要旨



No 127425
著者(漢字) 新美,晋一郎
著者(英字)
著者(カナ) ニイミ,シンイチロウ
標題(和) Cdc6はアポプトソームを介したカスパーゼ9の活性化を抑制する
標題(洋) Cdc6 Inhibits Apoptosome-mediated Caspase-9 Activation
報告番号 127425
報告番号 甲27425
学位授与日 2011.09.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3768号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 教授 宮崎,徹
 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 准教授 渡部,徹郎
 東京大学 准教授 金井,克光
内容要旨 要旨を表示する

造血細胞以外の全ての細胞は、増殖するのは細胞外マトリックス、すなわち足場への接着を必要とする。その接着を無くす(足場消失のシグナル)と、細胞は細胞周期のG1期に停止するか、アポトーシスを誘導する。しかし、癌化した細胞では、接着を無くしても増殖することができるようになる。この能力は腫瘍形成及び転移能とよく相関することから、発癌機構の根底をなすと考えられている。

最近、当研究室の竹内らは、足場消失のシグナルがmTORC1(mammalian target of rapamycin complex 1)の不活化を引き起こすことによって、G1期で停止することを見出した。増殖刺激を受けるとTsc2が不活性化されることによってRhebが活性化される。その後Rhebによって活性化されたmTORC1が翻訳効率を上昇させることによって増殖亢進する機能を持っている。この活性は癌細胞では高く、細胞癌化の一因と考えられている。その一方で、mTORC1はアポトーシスを誘導するという癌抑制能を果たす一面も持ち合わせている。Tsc2の変異もしくは活性型RhebによるmTORC1の恒常的活性化によって足場消失によって引き起こされるG1期細胞周期因子の発現停止をすべて抑制できるが、細胞周期のG1期停止、アポトーシスの誘導からは逃れることはできない。これらから逃れるためには、mTORC1の活性化以外にCdc6の発現が必要である。Cdc6の主な機能は、染色体上の複製開始点で複製前複合体を形成することである。私は、細胞癌化は、単なるmTORC1の活性化の持続が原因ではなく、mTORC1によるなんらかの影響を受けること、もしくはmTORC1の機能の部分的な不活化によって、アポトーシスなどの癌抑制機構が遮断された結果である可能性を考えた。そこで、(1)mTORC1の活性化によって足場消失時にアポトーシスが誘導されるか、(2)誘導されるならば、そこから先どのようにしてアポトーシスが抑制されるか、について解析し始めた。

mTORC1が活性化すると、E2F-DP1転写複合体が活性化される。その結果、cdc6、cyclinAのようなS期開始に必要な因子の遺伝子の転写が活性化される。しかし、E2FはApaf-1(Apoptotic protease-activating factor 1)というアポトーシスを制御する遺伝子の発現の誘導活性ももつ。Apaf-1は、アポトーシスの誘導活性をもつ蛋白質複合体(アポプトソーム)の構成因子の一つとして同定され、その後のいくつかのグループによる解析で、アポプトソームに取り込まれたApaf-1はカスパーゼファミリーの一つであるカスパーゼ-9を活性化することでアポトーシスが誘導されることが示された。ストレス非存在下では、Apaf-1は、"閉じた構造"すなわちN末端のカスパーゼ-9の結合部位がC末端側のドメインに覆われている状態をしている。ストレスに曝されると、ミトコンドリアに存在するシトクロムcがApaf-1のC末端に結合することによって、Apaf-1は"開いた構造"すなわちApaf-1がカスパーゼ9に結合できる状態に変換される。

mTORC1の恒常的活性化条件下の指標として、Tsc2変異をもつラット由来の細胞(Eker細胞)もしくは活性型Rhebを過剰したラット胎生線維芽細胞(REF細胞)を用いて足場消失時にアポトーシスが誘導されるかを調べた。その結果、これらの細胞では野生型REF細胞と比べて、Apaf-1の発現が転写レベル、蛋白質レベルで発現が高いまま維持されること、カスパーゼ9の活性化が著しく上昇することが観察された。さらに、このカスパーゼ9の活性化は、Cdc6の発現によって抑制されることを発見した。故に、mTOR活性化条件下における足場消失時に起こるアポトーシスの遮断は、Cdc6の発現の影響であることが示唆された。

次に、Cdc6がカスパーゼ9の抑制に直接的に働くかを突き止めるために、足場消失時におけるCdc6とアポプトソームの構成因子(Apaf-1、カスパーゼ9、シトクロムc)との結合の変動を調べた。その結果、Cdc6を過剰発現させると、Cdc6がシトクロムを含んだApaf-1に結合することによって、カスパーゼ9とApaf-1の結合すなわちアポトーシス複合体(アポプトソーム)の形成を阻害することが示唆された。さらに、このCdc6のApaf1への結合はATP加水分解を伴っていることを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

造血細胞以外の全ての細胞は、増殖する際に細胞外マトリックス、すなわち足場への接着を必要とする。その接着を無くすと細胞は細胞周期を停止させ、アポトーシスが誘導される。アポトーシスとは、細胞がDNA損傷などのさまざまなストレスを受けた際に細胞自身が自発的に誘導する細胞死である。特に、細胞が足場への接着を無くした際に誘導されるアポトーシスをアノイキスと呼ぶ。本研究では、Cdc6がカスパーゼ-9の活性化によって誘導されるアノイキスを抑制する新規のメカニズムの解明を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.本解析では、mTORC1の活性化した細胞として、Tsc2遺伝子が不活化されたラット線維芽細胞(Eker REF)もしくは、mTORC1の活性化因子であるRhebの活性化型変異体(active Rheb : aRheb)を過剰発現したラット線維芽細胞(REF-aRheb)を用いた。これらの細胞をメチルセルロース培地中で培養すると、カスパーゼ-3の活性化が起こり、アノイキスが誘導された。カスパーゼ-3の上流で働くカスパーゼファミリーを探索した結果、カスパーゼ-9がmTORC1の活性化によって誘導されることが明らかとなった。

2.さらにカスパーゼ-9の活性化に必要なアポトーシス促進因子Apaf-1(Apoptotic protease-activating factor 1)の発現の経過を見た所、mTORC1の活性化した細胞ではApaf-1の発現が蛋白質・mRNAレベル共に常に高く維持されていることを見出した。

3.Cdc6を過剰発現させると、カスパーゼ-9の活性化が強く抑制されることが観察された。Cdc6の発現は、Apaf-1、プロカスパーゼ-9の発現に対しては影響しなかった。これらの結果から、Cdc6はカスパーゼ-9の活性化を抑制する可能性が浮かび上がり、以降の解析を行った。

4. Cdc6とアポトーシス複合体の構成因子であるApaf-1、カスパーゼ-9、シトクロムCとの結合の経過を見た所、Cdc6がシトクロムCの付いたApaf-1に結合することによって、アポトーシス複合体の形成を抑制することが明らかとなった。

5.ATP加水分解活性の欠失したCdc6の変異体Cdc6WBを発現したEker REFではApaf-1の結合能が失われており、カスパーゼ-9の活性化を抑制することができなかった。さらに、Eker REFの細胞質抽出液を用いたin vitro再構成系においてもin vivoと同様の結果が確認できた。従って、Cdc6のATPアーゼドメインがApaf-1への結合に必要であることが判明した。

以上、本論文はCdc6がDNA複製の開始、DNA損傷によるS期停止の回復を制御する因子であるだけでなく、アポトーシスを抑制する因子であることを明らかにした。これは細胞の生存と死のバランスの制御機構の解明に新しい突破口を開くものと期待されて、重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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