学位論文要旨



No 127427
著者(漢字) 秋山,直美
著者(英字)
著者(カナ) アキヤマ,ナオミ
標題(和) 要介護認定高齢者の医療と介護の消費に対する季節要因の影響 : 医療と介護の突合データを用いて
標題(洋)
報告番号 127427
報告番号 甲27427
学位授与日 2011.09.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3770号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 菅田,勝也
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 辻,哲夫
 東京大学 准教授 東,尚弘
内容要旨 要旨を表示する

I.緒言

2005年のOrganisation for Economic Co-operation and Developmentの高齢者介護に関する報告(Long-term Care for Older People)は、高齢者に集中する医療と介護ケアを効率的に消費する必要性があることを指摘している。

日本の高齢者のヘルスケアに関する制度には、医療保険制度と介護保険制度がある。これら二つの制度は世界に誇るべき制度であるが、医療費や介護費の高騰から、医療保険制度や介護保険制度の持続可能性自体が危ぶまれている。また、介護保険法の施行後も介護者の介護負担は軽減されていないことが多くの先行研究で示唆されており、現行の制度が受け手のニーズに合致していない可能性が指摘されている。

高齢者の医療・介護・福祉領域のサービス利用に関する概念枠組みとして、Andersenの行動モデルがよく用いられる。この概念枠組みを参考にヘルスケアサービスの利用に関する文献レビューを行った結果、次の三つのことが明らかになった。一つ目は、ヘルスケアに関する国内の知見と海外の知見は、年齢や婚姻状況、教育歴、家族の大きさ、所得、健康状態がヘルスケアサービスの利用とコストに関連するという共通の結論が得られていることである。二つ目は、環境要因のうち季節要因(Seasonal Effect)による健康状態への影響に関しては明らかにされているが、ヘルスケアサービスへの影響について検討された研究は数少ないことである。三つ目は、世帯構成のうち独居世帯は、フォーマルケア・インフォーマルケアのあり方に影響を与える可能性があることである。

II.目的

日本は南北に長く、自然条件は都道府県によっても、市町村によっても一定ではない。公的な医療保険制度および介護保険制度は、地域の実情に合わせたサービス供給を目指すとは言われているが、ほぼ一律の制度運営がなされており、地域差によって受け手のニーズと現行の制度が合致していない可能性がある。

国内の研究では、医療サービスまたは介護サービスどちらか一方に関する、都道府県単位、市町村単位でのクロスセクショナルデータを用いた研究が多い。このような方法では、医療サービスと介護サービスの代替性や、個体の多様性、季節による個人内変動については考慮できない。

そこで、本研究は、要介護認定高齢者を対象に、医療保険と介護保険の保険者が所有する情報に関する調査と質問紙調査を行い、ヘルスケアサービスの消費に対する季節要因の影響について検討することを目的とする。

III.方法

1.調査地域選定条件

本調査では、1人当たり医療費・介護費が高く、夏季と冬季の気象条件が大きく異なる地域として、「北海道」から選定することとした。また、サービス供給量や過疎地か都市部かという条件を制御できるように、地域単位を「市町村」とし、研究協力の得られた北海道A市を調査地域に選定した。

2.調査地域概要

A市は過疎地域自立促進特別措置法と豪雪地帯対策特別措置法に該当する1自治体である。人口は約3万人、高齢化率25%であり、夏季と冬季の寒暖の差は60℃と大きく、厳しい自然条件の地域である。

3.調査方法

調査は、「医療保険と介護保険のレセプト等に関する調査」と「質問紙調査」の2つを実施した。

「医療保険と介護保険のレセプト等に関する調査」では、対象者を、2007年~2009年の各7月・12月の合計6時点において、要介護認定(経過的要介護、要支援1/2、要介護1~5)を受けている65歳以上高齢者のうち、国民健康保険被保険者と、老人保健制度の対象である国民健康保険被保険者、又は、後期高齢者医療制度の被保険者とした。そして、医療保険に関しては、2007年~2009年の各7月・12月の診療報酬明細書(以下、レセプトとする)を収集した。介護保険に関しては、2007年~2009年の各7月・12月分の要介護認定者に関する情報と介護保険料段階の情報、要介護認定調査結果、介護給付費請求書(以下、レセプトとする)を収集した。

「質問紙調査」は、レセプト等では把握することのできない詳細な個人属性や介護状況等を把握するために実施した。対象は、要介護認定高齢者の中でも介護の必要性の高い者として、2009年12月に介護保険サービスを利用した者とし、A市内の居宅介護(予防)支援事業所や介護保険施設等全15か所に配布した。質問紙は、対象者を担当する居宅介護支援専門員または施設スタッフが回答する形式とした。回収した調査票から得られたデータと、「医療保険と介護保険のレセプト等に関する調査」で得られたデータとを個人毎に突合した。

4.分析

ヘルスケアサービスの利用とコストへの季節要因の影響を検討するため、「医療保険と介護保険のレセプト等に関する調査」の対象者のパネルデータを用いて、プロビット分析(Random Effect Model)、または、トービットモデル(Random Effect Model)を用いて分析した。その際、従属変数はヘルスケアサービスの利用の有無、または、ヘルスケアコストとし、独立変数は季節ダミー、年齢、性別、所得段階、認知度、寝たきり度、医療処置の合計数とした。

さらに、「医療保険と介護保険のレセプト等に関する調査」のデータに「質問紙調査」から得られた「世帯構成」に関するデータを突合し、季節要因と世帯構成の交互作用を検討した。その際、従属変数をヘルスケアサービスの利用の有無またはコスト、独立変数を年齢、性別、所得段階、認知度、寝たきり度、医療処置の合計数、季節ダミーと独居ダミーの交互作用項を投入した。

療養場所の移動に対する季節要因の影響を検討する際にも、「医療保険と介護保険のレセプト等に関する調査」から得られるパネルデータを用いた。半年間の療養場所の移動の有無を1,0のダミー変数を用いて従属変数とし、季節要因、移動前の年齢、性別、移動前の所得段階、移動前後の認知度・寝たきり度・医療処置の合計数の変化を独立変数として、ロジスティック回帰分析を用いてオッズ比を算出した。

データ処理には統計解析パッケージJMP 8.02とStata/IC 11.0を用い、有意水準は5%とした。

IV.結果

1.データの収集状況

「医療保険と介護保険のレセプト等に関する調査」では、2007年から2009年の計6時点の観測期間中に延べ1793名のデータを収集した。そのうち、3カ年6時点の全てにおいて観測されたのは733名(40.9%)であった。

2.対象者概要

「医療保険と介護保険のレセプト等に関する調査」の対象者は、平均年齢は83~84歳、女性が約7割を占めた。

3.ヘルスケアサービス利用とコストに対する季節要因の影響

季節要因とヘルスケアサービスの利用とは有意な関連はなかったが、介護費については季節要因と関連がみられ、介護費は夏季よりも冬季に3.8千円増加した。

4.季節要因と世帯構成の交互作用

冬季に独居であると医療保険サービスの利用確率が有意に減少し、医療費は21.6千円減少した。反対に、冬季に独居であると介護保険サービスの利用確率が有意に高まり、介護費も26.5千円増加した。

5.サービス種類別ヘルスケアサービスの利用とコストに対する季節要因の影響

施設サービス利用確率は夏季に比べて冬季に高まることが明らかになった。また、医科入院外医療費は、夏季に比べて冬季であると1.7千円減少し、施設サービス費は14.1千円増加した。

6.季節要因による療養場所の移動への影響

季節要因と療養場所の移動については、関連が認められなかった。

7.施設入居/入所継続の理由

季節に関することについての回答は居住系施設・介護保険施設の入居/入所者8名で、そのうち、冬季の除雪や生活の不安を挙げている者は258名中6名(2.3%)であった。

V.考察

本研究は、1自治体で行った研究であり、他地域への結果の適用には限界があるものの、季節要因による要介護認定高齢者のヘルスケアへの影響を検討した初めての実証研究であり、高齢者の医療と介護の効率的な消費を検討する際の資料として有用な結果が得られたと言える。

本研究の結果から、季節要因は特に施設サービスの利用とコストに影響を与えることが確認された。また、冬季の生活不安から施設に入所している者が多く、冬季の生活不安を解消することによって、施設入所を予防できる可能性があることが示唆された。A市では、越冬を目的とした入所は、介護老人保健施設で行われていた。本来、介護老人保健施設は、在宅復帰を前提とするリハビリを目的とした施設であり、越冬することを目的とするならばショートステイや小規模多機能居宅介護事業所を利用することが適切だと考えられる。しかし、A市ではショートステイが不足する傾向にあることや小規模多機能居宅介護事業所がないことから介護老人保健施設への越冬入所が存在していたものと考えられる。ショートステイや小規模多機能居宅介護事業所などの居宅サービスを増やすことや、除雪サービス、配食サービスを拡充することは、一時的な施設サービスの利用を抑制する上で有用であると考える。

本研究の結果から、高齢者のヘルスケアサービスの消費は季節の影響を受ける可能性が高く、保健医療計画や介護保険事業計画の策定にあたっては、季節要因と季節要因による独居世帯者への影響を考慮して高齢者政策を立案することが、医療と介護の効率的な消費に繋がると考える。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、日本では難しいとされてきた医療保険と介護保険の両保険制度が所有するデータを突合するための方法論を提示し、要介護認定高齢者のヘルスケアサービス利用およびコストへの季節要因による影響を検討した実証研究であり、下記の結果を得ている。

1.日本では、医療保険と介護保険の保険者が異なり、両保険に共通した被保険者番号は存在せず、医療保険の診療報酬請求は完全には電子媒体になっていないため、医療保険と介護保険のデータを個人毎に突合することは難しいとされていた。しかし、本研究では、調査場所を一市町村に設定し、医療保険と介護保険の両保険制度が所有するデータ、および、質問紙のデータを個人毎に突合するための方法論を提示した。

2.要介護認定高齢者のヘルスケアサービスの利用およびコストへの季節要因による影響について、次の4点について明らかにした。

(1)在宅療養者の医科入院外サービスの利用および医科入院外医療費、調剤サービスの利用に、季節の影響があること

(2)施設サービスの利用および施設サービス費に、季節の影響があること

(3)医療保険サービス・介護保険サービスの利用およびコストに対する季節要因と世帯構成の交互作用が確認されたこと

(4)在宅療養者の主な介護者の就労状況は、季節によって変動していたこと

以上、本論文は日本では制度設計上難しいとされていた、医療保険と介護保険の両保険制度が所有するデータを個人毎に突合する方法論を提示し、また、その方法論によって得られたデータが実証研究において活用するに十分耐えられることを確認した。本研究はこれまで研究が進んでいなかったPublic Health分野のアウトカムリサーチに対して、医療と介護が共有できるデータベースを構築するために重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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