学位論文要旨



No 127430
著者(漢字) 三宅,新
著者(英字)
著者(カナ) ミヤケ,ハジメ
標題(和) 会社における当事者自治の可能性と限界 : ドイツにおける人的結びつきの強い会社を中心として
標題(洋)
報告番号 127430
報告番号 甲27430
学位授与日 2011.09.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 博法第260号
研究科 法学政治学研究科
専攻 総合法政
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神作,裕之
 東京大学 教授 藤田,友敬
 東京大学 教授 河上,正二
 東京大学 教授 石川,健治
 東京大学 教授 水町,勇一郎
内容要旨 要旨を表示する

本稿は、人的結びつきの強い会社において、どの程度まで当事者自治が可能であり、どのような点に制限や限界が課されるかということを比較法的見地から検討し、それによって得られた視点から日本法に対する提言を行なうものである。従来、わが国の会社法の研究対象は、公開会社を念頭に置いた株式会社が中心であったが、本稿は、比較的小規模が想定される会社の当事者自治について検討した初めての本格的論文といえる。

近年、わが国では、会社における定款自治が主張されるようになり、平成17年成立会社法も、そのような定款自治の拡大を反映するものであった。しかし、会社には、法形式の選択や、議決権の行使など、定款に定めない事柄であっても、社員が自らの選択によって会社や社員同士に対する関係を決定していく事柄がある。本稿では、そのような事柄をまとめて「当事者自治」として扱っていく。

そのような検討をしていくにあたり、ドイツにおける人的結びつきの強い会社を比較対象とする。その理由として、わが国で人的結びつきが強いとされる合名会社や合資会社が、なおドイツ法系の影響を受けていることや、平成17年成立会社法が非公開会社を原則としているが、それはドイツで多数を占める有限会社と実質的に同一視できることなどが挙げられる。

そこで、以下、ドイツにおける人的結びつきの強い会社での当事者自治を、大きく分けて4つの点から考える。

第一に、会社の設立に際して、法形式を決定することで、それに適用されるルールを選択するという当事者自治が考えられる。ドイツにおいては、株式会社に適用される株式法は、その法制史上、規制緩和のいわば対価のような形で、強行法規性が強まり、現在では、株式法23条5項によって強行法規性を担保している。そのため、株式法が適用されることを避けるため、公開人的会社という形態を採るケースが増えている。そのような脱法的な選択に対して、司法は、明文の規定なしに株式法を準用することによって、適用されるルールを選択するという当事者自治を制限している。同様に、司法は、有限会社に対してルールの不備があった場合にも、法的安定性を根拠に、株式法を準用している。このような明文の規定なしでの準用のほかに、司法は、当事者が選択した法形式とは異なる法形式を強制的に割り当てることによって、当事者の選択を制限している(法形式強制)。以上のように、法形式の決定によって、適用されるルールを選択するという当事者自治は、制限を受けている。

第二に、当事者が会社契約等の内容を自由に定めるという意味での当事者自治が考えられる。ドイツでは、公開人的会社や民法上の社団に対して、会社側が優勢な地位を占めており、加入者が会社契約等の内容を交渉する余地がない場合などに、信義則を利用して会社契約等の内容を規整することが、司法によってなされている(内容規整)。これは、交渉の可能性がないという点で、会社と加入者との関係を普通取引約款における会社と顧客との関係に当てはめることに基づいている。また、公序良俗違反の法理も、会社契約等の内容を制限する際に用いられている。ドイツでは、公序良俗違反は、例外的な法理であり、従来は会社契約等の内容に対して用いられることは少なかったが、近年は、適用するケースが増加している。逆に、会社の本質に反するような会社契約等の内容を無効にする法理がかつては利用されていたが、近年は、ほとんど利用されず、学説でも主張されなくなってきている。以上のような会社契約等における内容に関して、ドイツでは、実定法上の具体的な権利を排除したり制限したりすることができるか、ということが問題となっている。まず、監視権について、有限会社の社員が強行法規的に広範な監視権が認められているのに対し、合資会社の有限責任社員の監視権は、その効果が限定されている。そのため、同様に有限責任しか負わないという点からの整合性を主張する見解によって、合資会社の有限責任社員に対して、有限会社の監視権を類推適用することが主張されている。次に、解散告知権に関して、判例では、それが強行法規性を有するとして、会社契約等によって排除することを認めていないが、除名条項や補償条項を認めることによって、事実上解散告知権を制限している。また、そのような除名条項や補償条項の内容も、一定の制約が示されており、その点で当事者自治が制限を受けている。

第三に、会社契約等の内容に基づいて権利を行使するという意味での当事者自治が考えられる。まず、そのような権利行使に対して、社員の利益を妨げないという誠実義務の観点から、司法が干渉していく法理が存在する(行使規整)。誠実義務は、従来、人的会社において会社に対してしか認められていなかった法理であるが、判例の展開によって、現在では、資本会社において、また、社員同士の関係でも、認められるようになった。このような行使規整という法理から派生して、ある不作為を誠実義務違反として、社員に同意する義務があることを認定する同意義務の法理が存在する。この法理は、主に会社の存続を図る判例において示されることによって、発展してきた。次に、人的会社における多数決時の権利行使を制限するものとして、多数決の対象が会社契約等にあらかじめ記載されていなければならないという特定性の原理なる法理が存在する。この法理は、少数派保護を図るものとされており、近年増加してきた公開人的会社においては、その社員の特性から、特定性の原理が適用されないという判例が登場している。さらに、ある社員の核心領域に触れる権利行使は無効であるという核心理論の法理が、比較的最近になって登場してきた。もっとも、その社員の核心領域とは何かという点について、判例や学説で確立しているものは存在しない。

最後に、社員に対して固有に存在する自己決定権に抵触する場合でも、当事者自治が認められるか、という問題がある。ドイツでは、議決権の代理について、本来の議決権者が議決権を放棄して第三者に代理を依頼することは、無効であると解されている。この点は、自己決定権全般に当てはまり、社員にはある水準で固有の自己決定権が与えられているため、それを侵害するような当事者の取り決めは、許されないとされる。それとは対照的に、わが国では人的会社に当然付随すると考えられている自己機関制度は、ドイツにおいては、必ずしも絶対的に維持されるものではないことが、判例によって示されている。そのため、第三者に業務を委ねるという当事者自治は、認められることになる。

以上の比較法から、日本法に対して、以下の提言をすることができる。

(1)会社法の強行法規性の基準について、以前より、通説となるものは存在しなかった。しかし、ドイツの株式法で見られたように、規制緩和・規制強化と強行法規性・任意法規性との関係を一つの判断材料とし、その上で、逐条的にどこまでが許されるかという点を明確にしてくべきである。

(2)脱法的に強行法規性の弱い法形式を選択するという事態は生じていないが、そのような事態が生じれば、明文の規定なしに他の法形式のルールを適用することを検討するべきである。また、ある法形式に対するルールが備わってない場合、制度や趣旨の点から、他の法形式に対するルールを準用することを検討するべきである。

(3)従来、約款法理を定款に及ぼすことは、あまり考えられてこなかった。しかし、ドイツ法の内容規整において見られたように、定款に約款法理を及ぼし、当事者間に特有の事情を定款解釈に反映していくべき場合がある。

(4)民法上の組合に対する退社権に関して、やむを得ない事由がある場合に脱退は可能、という部分が強行法規性を有するということが、判例で示されている。しかし、そのような強行法規であっても、ドイツの解散告知権に見られたように、当事者の取り決めを解釈に採り入れていくべき余地はあると考えるべきである。

(5)従来、合名会社や合資会社の無限責任社員の監視権は、民法上の組合の規定を準用することが明文で定められていた。その後、平成17年成立会社法により、合名会社や合資会社には、定款で別段の定めが認められる監視権が付与された。しかし、ドイツの監視権の議論で見られたように、その整合性を考慮して、民法上の組合にも同様の監視権の範囲を考えていくべきである。

(6)多数派による利益の搾取やデッドロックが存在する場合、解散判決を請求して解決を図ることが考えられる。しかし、解散判決には弊害が多いことから、解散判決に至る前に、一派の権利行使を制限することによって、事態の解決を図るという立法論が考えられる。

(7)会社の決議に際して、従来、多数決の濫用という点から、少数派を保護することが考えられてきた。そのような少数派保護を考える場合、入社する際に、ある社員を不利な状況に陥れる特定の条項が認識可能であったかという点を、定款の客観的解釈から、明らかにしていくべきである。

(8)議決権信託について、従来は、株主を保護するという視点のみから考えられており、それに反しない議決権信託は有効と解されてきた。しかし、固有の自己決定権があるという視点から、第三者に議決権を行使させない義務があると考え、そのような義務を放棄するような議決権信託は、無効であると考えるべきである。

(9)自己機関制度は、人的会社に付随する特徴と考えられている。しかし、専門性や効率化の観点から、第三者機関を認める立法論を考えていく余地がある。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、社員間の人的結びつきの強い会社において、 どこまで当事者自治が認められ、どのような点に当事者自治の制限や限界が課されるかということを、ドイツ法との比較法的検討から得られた視点をもとに分析し、解釈論・立法論を提言するものである。

近年、わが国の会社法制においては、平成17年の会社法改正に象徴的に見られるように、定款自治の拡大が大きな特徴となってきている。このため会社法の強行法規性は会社法研究者の重要な関心事となってきている。しかしこれまでの学説の議論は、上場会社に代表されるような相互の人的関係が希薄な社員を多数かかえる株式会社を念頭においた定款自治の限界の検討に集中していた。これに対して、本論文は、比較的小規模で社員相互間の結びつきが強い会社を対象とする点と、単なる定款自治を超えたより広い社員の当事者自治という視点から検討を加える点に新しさがある。本論文は、社員が会社の基本的なルールとしてどのような定めをすることができるかという意味での自由(定款自治)のみならず、会社の設立や運営の過程で構成員が自律的に決定できる自由をとりあげ、これを「当事者自治」という概念のもとで統一的な分析の対象とする。

本論文は、第1章において問題の設定を行った上で、第2章から第6章にかけて、ドイツにおける人的結びつきの強い会社に関する当事者自治とその限界について、詳細な検討を行う。ドイツ法を比較の対象とする理由は、わが国で人的結びつきが強いとされる合名会社や合資会社が、今日なおドイツ法系の影響を受けていることや、平成17年成立会社法が非公開株式会社を原則としているが、それはドイツで多数を占める有限会社と実質的に同一視できることに求められている。

ドイツ法の検討は、次の4つに分けられる。

まず第2章において、会社の設立に際し、会社の組織形態(法形式)を選択することを通じて、会社に適用されるルールを自ら選択するという意味での当事者自治がどこまで保障されているかが検討される。ドイツにおいては、株式法23条5項が、株式会社に関して広く強行法規性を規定しているため、この規律を避ける目的で、公開人的会社という形態を採るケースがまま見られる。このような選択に対して、裁判所は明文の規定なしに株式法を準用することがある。また有限会社に対して、裁判所が、株式法の規制を準用することもある。さらに他の法形式に関するルールを一部準用するにとどまらず、裁判所が、当事者が選択した法形式とは異なる法形式を強制的に割り当て、当事者の選択を否定することもある。これらの例は、いずれも法形式の選択を通じ適用されるルールを自ら自由に選択するという当事者自治が無制限に尊重されるわけではなく、主として社員保護という特定の目的のために制限されるという現象と理解できる。

第3章前半では、当事者が会社契約等の内容を自由に定めるという意味での当事者自治(定款自治)が検討される。会社法の強行法規性についてはわが国でも議論がなされてきたが、ドイツでは、わが国には見られない、いくつかの特徴的手法が用いられていることが分かる。まず、加入者が会社契約等の内容を交渉する余地がない場合などに、裁判所は、信義則を利用して、定款等の内容に規整を加える(内容規整)。ドイツにおいては、会社と加入者との関係についても、普通取引約款におけるのと類似の手法が取り込まれているのである。公序良俗違反の法理も、定款等の内容を制限する際に用いられ、近年は、その適用例が増加している。他方、会社の本質に反するような定款等の内容を無効にする法理(本質法理)のように、かつて利用されていたが、廃れてしまったものもある。

第3章後半では、具体的な例として、ドイツで特に問題とされる、社員の監視権・解散告知権を排除・制限することができるかという問題が検討されている。監視権については、有限会社の社員が強行法規的に広範な監視権が認められているのに対し、合資会社の有限責任社員の監視権はその範囲が限定されている。このため同じ有限責任しか負わない社員の権利について整合性を確保すべきであるとの観点から、合資会社の有限責任社員に対して、有限会社の監視権を類推適用することが主張されており、この場合には、当事者自治が制限されることになる。解散告知権に関しては、判例では、それが強行法規性を有するとして、定款等により排除することを認めていないが、解散告知権の代替的な機能を有しうる除名条項や補償条項を認めることによって、事実上解散告知権を制限している。もっとも、除名条項や補償条項の内容も一定の制約が示されており、その点で当事者自治は制限を受けている。

第4章においては、社員が、事前に自らの意思で定めた意思決定ルールに従って、自律的に会社の意思決定を行うという当事者自治が検討される。このような当事者自治の限界はいろいろな形で問題とされる。まず法や定款によって、構成員の多数決による意思決定が予定されている場面において、多数決の限界という形で制限が課されるケースがある。ドイツでは、誠実義務の観点から、司法が干渉していく法理が存在することが知られている。誠実義務は、従来、人的会社における社員に対してしか認められていなかった法理であるが、判例の展開によって、現在では、資本会社において、また、少数派の社員についても、認められるようになった。逆に、社員の全員の同意が要求され、いわば社員が拒否権を持つような状況において、裁判所が、特定の社員に同意する義務があるという形で介入することもある(同意義務の法理)。この法理は、主に裁判所が会社の存続を図ろうとするケースにおいて活用され発展してきた。また人的会社における多数決時の権利行使を制限するものとして、多数決の対象が会社契約等にあらかじめ記載されていなければならないという法理が存在する(特定性の原理)。この法理は、少数派保護を図るものとされており、近年増加してきた公開人的会社においては、その社員の特性から、特定性の原理が適用されないとする判例が登場している。さらに、ある社員の核心領域に触れる権利行使は無効であるという核心理論の法理が、比較的最近になって登場してきた。もっとも、その社員の核心領域とは何かという点について、判例や学説で確立している見解があるとはいいがたい。

第2章から第4章において、当事者自治の限界が問題となる諸局面が論じられたが、第5章においては、当事者自治の背後にある社員の自己決定権との関係が論じられ、社員の自己決定権という観点からもたらされる当事者自治の限界が論じられる。たとえば、ドイツでは、議決権の代理について、放棄することのできない自己決定権という観点から、社員が議決権を譲渡したり、第三者に代理行使を依頼したりすることは、無効であると解されている。人的会社における自己機関制度についても、自己決定権という観点から議論されるが、必ずしも絶対的に維持されるものではないことが、判例によって示されている。いずれにせよ、放棄することができない社員の自己決定権の保証という、わが国の会社法ではほとんど意識されない視点が、当事者自治に対する重要な制約をもたらす根拠とされていることが特徴的である。

第6章において、以上の比較法から得られた視点を総括した上で、第7章では、これまで日本法に見られなかったいくつかの発想に示唆を得て、本論文は日本法における以下のような解釈論・立法論的な提言を行う。

まず、会社法の強行法規性について、これまでに唱えられてきたさまざまな視点の他に、ドイツ株式法の歴史的な発展から示唆を得て、会社組織に関するある事項に関する規制緩和と補完的な形でなされる他の事項に関する強行法規性の強化・拡張という視点から説明され、立法・解釈が試みられるべき事象がある旨を指摘し、近時の法改正の繰り返しにより自由化が進んだ組織再編をその例としてあげる。

次に、組織形態(法形式)の選択を通じたルールの選択に関する当事者自治についても、強行法的規制の潜脱という事態があるかという観点から、明文の規定なしに他の法形式のルールを適用することを検討するべきである、またある組織形態(法形式)について十分なルールが備わっていない場合には、他の法形式に対するルールを準用することも検討するべきであるとする。

第3に、定款自治の自由との関係では、ドイツ法の内容規整において見られたように、定款の解釈についても約款解釈の手法を応用し、当事者間に特有の事情をその解釈に反映するという形で裁判所が規制を加えることが検討されてよいとする。他方で、組織的な行為が問題となる定款の解釈においては、約款の場合以上に組織的な決定について統一的な解釈が要請されることがあることも指摘する。

定款自治の自由をめぐり、具体的・個別的な問題として、本論文は構成員の退社権、監視権を検討する。そして、民法上の組合に対する退社権に関して、やむを得ない事由がある場合の脱退を強行法的に保護する判例の見解に対して、そのような強行法規であっても、ドイツの解散告知権に見られたように、当事者の取り決めを解釈に採り入れていくべき余地はあると主張する。また平成17年成立会社法により合名会社や合資会社には、監視権について定款自治が認められたが、そのことの整合性から、民法上の組合についても同様に監視権を排除する自由が認められるべきであるとする。

会社の社員が、自らの意思で定めたルールに従って、会社の設立後に自律的に会社の意思決定を行うという当事者自治に関しては、2つの提言を行う。まず多数派による利益の搾取やデッドロックが存在する場合、従来わが国では、解散判決による解決が想定されてきたが、企業維持の観点から無駄の多い解散判決より、むしろ、ドイツ法に見られた同意原則のように、対立する当事者のいずれか一方の権利行使を制限することによって、事態の解決を図るべきであるとする。次に、資本多数決に関しては、多数決の濫用という点から少数派を保護することが考えられてきたが、このような手法に加え、ドイツ法にみられた特定性の原理のように、各社員が入社する際に、多数決による解決を定める定款において、多数決により特定の社員が不利な状況に陥る可能性が客観的に認識可能であったかという点を勘案することで解決すべき場合もあるとする。

最後に、社員の譲渡できない権利としての自己決定権という観点から、2つの問題を考察している。まずいわゆる議決権信託について、従来、株主を保護するという視点のみから学説が議論してきたのに対し、むしろ社員は放棄できない自己決定権があるという視点から、第三者に議決権を行使させない義務があると考え、そのような義務を放棄するような議決権信託を無効する。次に、人的会社については、社員自らが会社機関とならなくてはならないといういわゆる自己機関制度も、社員固有の自己決定権の範囲という観点から考えることができる。その上で、わが国では、人的会社について自己機関制度は当然視されてきたきらいがあるが、自己決定権の範囲の観点からおよそ許されないと考える必要はなく、専門性や効率化の観点から、第三者機関を認める立法論を考えていく余地があるとする。

以上が本論文の要旨である。

本論文の長所としては、次の点があげられる。

従来、会社法の強行法規性の問題は、もっぱら定款自治の範囲という角度から研究されてきた。これに対して本論文は、「当事者自治」(定款自治はその一部をなす)という独自の広い枠組みから問題をとらえている。その結果、「会社の形式の選択を通じて当事者が自由にルールを選択することの自由」、「自ら設定した当初のルールに沿って意思決定を行うことの限界」といった、これまで視野に入ってこなかった問題が、定款自治の問題と連続的に捉えられることになる。

次に、会社法の強行法規性の問題は、ほぼ例外なく株式会社に限定して議論され、人的会社についてはほとんど視野に入っていなかった。そこでは、分散した投資家を保護するためのあるべきガバナンス・メカニズムであるとか、資本市場の機能を維持するための規整といった観点が強調されることになるが、本論文は、そういう考慮が必要ではないタイプの会社にあえて焦点を当て、さらには民法上の組合まで射程にとらえ、人的結びつきの強い団体における「当事者自治」の限界を横断的・体系的に論じている点に新しさが認められる。

かつては相当の研究がなされた領域でありながら、近年は必ずしも十分研究されてこなかった、人的結びつきの強い会社をめぐるドイツ法の近時の判例・学説を詳細に検討した結果、現在の会社法には見られなかった視点が、いくつも得られることとなった。たとえば、株主の議決権の拘束(譲渡、代理行使等による)や自己機関性を「自己決定権」という観点から議論する視点であるとか、資本多数決の限界との関係で問題とされる「特定性の原理」、「本質法理」「核心理論」等といった法理も、これまで本格的に論じられることはなかった。これらが最終的に日本法の解釈論・立法論として採用されるか否かは別論であるとしても、このような考え方の紹介には意味があると考えられる。

また、平成17年会社法により、日本でも、それまで禁止されていたドイツのような「公開人的会社」を組成することが可能となり、また、持分会社の一種として新たに「合同会社」が認められることとなった。日本でも、人的会社の利用とそれに対する適切な規律付けが問題になる可能性が高まっており、当事者自治の制限や限界を論じた本論文は、この分野における重要な先駆的研究になるであろう。

もとより、本論文にも問題点がないわけではない。

まず筆者のいう「当事者自治」という言葉が、集団的な意思決定との関係および個々の投資家の意思決定との双方の関係で用いられているように思われ、その外延が必ずしも明確ではないうらみがある。このため、本論文が当事者自治としてとらえている問題が相互に独立・排他的なものであるのかどうかといった相互関係や体系にも、若干不明確な点が残る。

また新しい視点を示したものの、各問題に対するその視点からの掘り下げ方が弱い面がみられる。たとえば株主の議決権の譲渡、代理行使等について、社員の放棄できない自己決定権という角度から論じるのは、新しい視点ではあるが、「自己決定権」を自ら放棄することが禁止されるのか、このルールによって具体的にどういう利益が守られていると理解すべきなのかといった点に、十分な分析が及んでいない。またドイツ法に見られる法理や規整手法を、やや無批判に日本法に導入する傾向も見られる。

本論文には、以上のような問題点がないわけではないが、これらは長所として述べた本論文の価値を大きく損なうものではない。以上から、本論文は、その筆者が自立した研究者としての高度な研究能力を有することを示すものであることはもとより、学界の発展に大きく貢献する特に優秀な論文であり、本論文は博士(法学)の学位を授与するにふさわしいと判定する。

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