学位論文要旨



No 127439
著者(漢字) 木曽,文彦
著者(英字)
著者(カナ) キソ,フミヒコ
標題(和) 地球環境保全のための高効率石炭ガス化技術に関する研究
標題(洋)
報告番号 127439
報告番号 甲27439
学位授与日 2011.09.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1106号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松尾,基之
 東京大学 教授 瀬川,浩司
 東京大学 准教授 佐藤,守俊
 東京大学 准教授 齋藤,晴雄
 東京大学 客員教授 秋元,圭吾
内容要旨 要旨を表示する

第1章 緒言

2007年の世界全体での一次エネルギー消費量のうち、石炭の割合は29%である。化石燃料の可採年数は石炭が最も大きく122年で、石油42年、天然ガス60年の2倍以上ある。また、石炭の埋蔵量は、欧州・ユーラシア、アジア・オセアニア、北米の3地域にほぼ均等に分布し、中東に60%が集中している石油と異なる。このため、石炭価格は石油に比べて変動が小さく、エネルギーの安定供給に、石炭は今後も欠かせない。

化石燃料の使用に伴うCO2排出量は約200億トン/年と推定されており、植物の光合成によるCO2固定量に対して約5%の大きさで、自然の炭素循環に対する人為の影響が無視できない大きさになっている。石炭は化石燃料の中で最も炭素を多く含む燃料であり、省エネルギーのための石炭利用機器の効率向上だけでなく、CO2排出抑制が求められる。本研究は、石炭利用技術のうち、エネルギーシステムの核となる可能性をもつ石炭ガス化技術に注目し、石炭を有効利用しながら地球環境保全を進める高効率システムの開発を目的とした。

第2章 最適な石炭利用システムを選定するための検討

石炭は主に発電と製鉄に用いられている。現在広く普及している石炭発電方法は、石炭をボイラで完全燃焼し、燃焼熱を水蒸気として回収して蒸気タービンで発電する方法(石炭ボイラ発電)である。この方法では、得られる水蒸気の温度と圧力の制約から、高効率化に限界がある。そこで、石炭を酸素で部分酸化(ガス化)し、COとH2を主成分とする生成ガスを燃料としてコンバインドサイクル発電する技術(石炭ガス化複合発電、IGCC)の開発が進められてきた。この方法では、生成ガスを燃焼後、直接ガスタービンに供給して発電し、その排ガスの顕熱も水蒸気として回収して蒸気タービンで発電することで、石炭ボイラ発電より高効率化が可能と考えられている。

石炭ボイラ発電からCO2を回収する場合、燃焼排ガスからCO2を分離するのが適しており、石炭ガス化複合発電では生成ガスに水蒸気を供給してシフト反応(CO+H2O→CO2+H2 )を進め、燃焼前に分離するのが適しているとされている。本研究では、石炭発電におけるCO2分離に伴う熱損失をシステム科学的に評価し、IGCCの方が石炭ボイラ発電より約4割小さく、有利であると評価した。ただし、IGCCではシフト反応のための水蒸気供給が必要であり、その量はシフト反応が平衡反応であることから量論比より大きい。この水蒸気使用に伴う熱損失の大きさは、上記CO2回収による熱損失の1/4と評価した。高効率化のためにはこの水蒸気使用量の低減が必要である。

石炭をガス化して得られたCOとH2を主成分とする生成ガスからは、メタノール、ジメチルエーテル(DME)などの燃料が合成できる。これら燃料の合成前に生成ガス中の硫黄分、窒素分などがppmオーダーまで除去されるので、これら燃料は石油を精製して得られた燃料よりもクリーンであり、石油代替燃料として期待される。しかし、石炭をガス化して得られるガスのH2/CO比が約0.4であるのに対し、メタノール合成に適したH2/CO比は2、DMEに対しては1である。CO2を回収する場合と同様にシフト反応によるH2/CO比調整が必要であり、本研究ではこの水蒸気使用量の低減方法を検討した。

第3章 石炭ガス化技術のエネルギーシステムモデルによる評価

石炭ガス化メタノール製造システムでは、シフト反応によるH2/CO比調整が必要で、石炭の発熱量のうちメタノールの発熱量に変換される割合は約60%である。本研究では、水素を多く含む天然ガスを原料に加えることで、変換効率が約80%まで向上されることを見出した。このハイブリッドメタノールシステムが普及する可能性を、日本全体のエネルギーシステムをモデル化したMARKAL(Market Allocation)モデルで評価した。このモデルにはエネルギー源、精製・変換技術、利用技術、最終需要などが組み込まれているが、新たにハイブリッドメタノールシステムなど、本研究で求めた技術を組み込みんだ。その上で、目的関数として総システムコストにCO2排出量を重み付けして加えたものを用い、NOx排出量等に対する制約条件を満たす最適なシステム構成を求めた。

この結果、CO2排出量を1990年レベルに抑制する場合でも、IGCCやハイブリッドメタノールシステムが導入され得ることがわかった。ハイブリッドメタノールシステムは効率が高いだけでなく、クリーンな燃料が製造でき、NOx排出量の低減に寄与する点で導入に有利である。このことから、石炭ガス化技術の普及には、クリーン燃料が製造できること、鉄鉱石の還元や石油精製に必要な水素が供給できることなど、エネルギーシステムの核となる特徴を生せば良いことがわかった。

第4章 石炭ガス化技術を核としたエネルギーシステムの高効率化

本研究では、ガス化プロセスでH2/CO比を向上し、下流のシフト反応プロセスの水蒸気使用量を低減する方法を、酸素吹き1室2段旋回型ガス化炉を対象として検討した。このガス化炉は、石炭と酸素をガス化炉の上段と下段に分けて供給し、下段の酸素/石炭比は高めにして石炭中の灰を溶融する高温を維持し、上段の酸素/石炭比は低めにしてガス化炉全体での酸素/石炭比を最適に制御する。このガス化炉内の温度制御が容易な特徴を生かし、本研究では炭層ガスや水蒸気をガス化炉に供給してH2/CO比を向上する方法を提案した(図1)。炭層ガスはCH4を主成分とする炭田で発生するガスで、一部はボイラ発電に使用されるが、大気に放出されるものもある。CH4の100年間の地球温暖化係数はCO2の25倍であり、本研究のアイデアは、炭層ガスを有効利用する点からも地球温暖化防止に寄与するものである。

この方法の成立性を平衡計算により検討した(図2)。炭層ガスのみでH2/CO比を1.0とするためには炭層ガスを68 wt%(石炭比)供給する必要があるが、これは炭層ガスの産出量に対し、大きすぎる値である。水蒸気のみを用いる場合、水蒸気は60 wt%(石炭比)必要であるが、冷ガス効率(石炭発熱量のうち、生成ガス発熱量に変換される割合)が絶対値で10%低下する。炭層ガスの使用量を抑えながら、かつ、冷ガス効率低下を抑えてH2/CO比を1.0とする条件としては、炭層ガスを約40 wt%(石炭比)、水蒸気を約20 wt%(石炭比)供給する条件が望ましいと考えられた。ここで、水蒸気自体のH2/CO比調整効果は炭層ガスと同等であることから、シフト反応が無触媒で進む温度領域で、かつ、ガス化炉内の温度に影響を与えない部位に水蒸気を供給すれば、冷ガス効率に影響を下げることなく、高いH2/CO比調整効果の得られる可能性があることがわかった。この結果に基づき、ガス化炉出口の高温を活用し、ガス化炉下流で水を噴霧して水蒸気とし、シフト反応を進行させることでH2/CO比を向上する方法を提案に加えた(図1)。

第5章 ガス化プロセスにおけるH2/CO比向上技術の開発

ガス化炉内の温度分布やガス流れは複雑であり、ガス化炉へ炭層ガス、水蒸気供給を供給しても、未反応のまま炉外へ流出する可能性がある。そこで、ガス化炉への炭層ガス、水蒸気供給によるH2/CO比向上効果は、内径0.7 m、高さ1.5 mの石炭処理量3 t/d常圧1室2段旋回型ガス化炉で検証した(図3)。CH4、H2Oの供給がない場合、H2/CO比は0.39~0.43であるが、CH4を石炭に対する質量比で0.27供給することにより、H2/CO比は0.73~0.89まで向上した。また、水蒸気を石炭に対する質量比で0.38まで供給することで、H2/CO比は0.62まで向上した。

CH4をガス化炉に供給すると、CH4とO2の部分酸化反応が進行するので温度低下がなく、特にCH4を高温の下段に供給した場合、一部のCH4は水蒸気改質されたと考えられる。また、水蒸気をガス化炉に供給すると、旋回型ガス化炉では旋回流の効果で水蒸気が速やかに拡散するため、局所的なガス温度低下がなく、シフト反応が平衡まで進行したと考えられる。

要素試験装置は、常圧で石炭処理量が少ないことから、ガス化炉出口でガス温度が急速に低下するため、ガス化炉下流での水噴霧によるH2/CO比向上効果は検証できない。そこで、これはシフト反応の反応速度を組み込んだモデルを新規に開発し、石炭処理量1000 t/dのガス化炉を対象として検討した。この結果、水は多段噴霧として水供給による温度低下を緩やかにすることで、CO転化率を高められることを明らかにした。段数とCO転化率の解析結果を図4に示す。各ケースとも水/生成ガス比はCO転化率最大を与える値である。1段供給ではCO転化率は8.5%だったが、5段供給では9.9%まで向上し、それ以上の段数では大きな差がなかった。段数は少ないほど設備コストを抑えることができるので、5段供給が適していることがわかった。

第6章 結言

石炭ガス化システムを産炭地、あるいは天然ガスのパイプラインが設けられている地域に建設する場合、ガス化炉へこれらを供給し、ガス化炉出口で水噴霧することで、H2/CO=1の生成ガスを得ることができると考えられる。石炭からメタノールやDMEを製造するシステムに対し、本研究の方法を適用することで、下流のシフト反応器に供給する水蒸気量を減らす、あるいはシフト反応器を削減することができ、ガス化プロセス側も伝熱管を用いた熱回収が不要になることから低コスト化される。また、炭素回収率90%のCO2回収型IGCCに対し、本研究のガス化炉出口に水を噴霧する方法を適用すると、この部位でシフト反応を進めることによりシフト反応器に供給する水蒸気が削減でき、その分、蒸気タービンによる発電出力が増加することから、発電効率が絶対値で0.35%向上する。本研究で開発した方法は、石炭を利用するシステムの効率向上、コスト低減を図ることで、今後のネルギー安定供給に寄与するものである。

図1 ガス化炉でのH2/CO比向上方法

図2 炭層ガス、水蒸気供給時のH2/CO比と冷ガス効率

図3 CH4/Steam供給によるH2/CO比向上効果

図4 水噴霧によるシフト反応促進効果

審査要旨 要旨を表示する

石炭は化石燃料の中で最も埋蔵量が多く、今後もエネルギーの安定供給のために欠かせないエネルギー源であるが、限りある資源を有効に使うこと、および自然の炭素循環に対する人為の影響を抑制するためのCO2排出削減が求められている。本研究は、このような観点から、石炭を有効利用しながら地球環境を保全するシステムの開発を目的としている。

現状の石炭利用技術としては、石炭をボイラで燃焼し、燃焼熱を水蒸気として回収してスチームタービンで発電する方法や、石炭をガス化して利用する方法がある。本研究ではこれらの石炭利用技術のうち、石炭ガス化技術に注目している。この技術は、COとH2を主成分とするガスを製造することができるため、ガスタービンと蒸気タービンを用いた高効率発電システムを構成したり、メタノールなどの液体燃料製造システムを構成したりできる他、鉄鋼業における鉄鉱石の還元剤を供給することが可能である。高効率石炭ガス化技術が開発できれば、上記の目的が達成できる。そこで、本研究では、石炭ガス化技術の高効率化方針を求めるために、石炭発電システムや石炭ガス化燃料製造システムのシステム科学的な解析、石炭ガス化技術の開発目標を明確にするためのエネルギーシステムモデルによる解析を実施している。これらの結果に基づき、石炭ガス化技術を高効率化する具体的な方法を提案している。

本論文は6章で構成されている。第1章では本論文の緒言として、上で述べたような研究背景と目的について述べられている。

第2章では、最適な石炭利用システムを選定するために、石炭を酸素で部分酸化(ガス化)し、COとH2を主成分とする生成ガスを燃料として発電する技術(石炭ガス化複合発電、IGCC)と、石炭ボイラ発電の効率を比較している。その際、石炭ボイラ発電からCO2を回収する場合は燃焼排ガスからCO2を分離するのが適しており、石炭ガス化複合発電では生成ガスに水蒸気を供給してシフト反応(CO+H2O→CO2+H2 )を進め、燃焼前に分離するのが適していることを考慮した上で、石炭発電におけるCO2分離に伴う熱損失をシステム科学的に評価し、IGCCの方が石炭ボイラ発電より約4割小さく、有利であると評価している。また、石炭ガス化燃料製造システムを最適化する指針を得るために、燃料合成プロセスにおいて、合成ガスの発熱量のうち燃料に変換される割合が、H2/CO比によってどのように変化するかを平衡計算によって評価している。

第3章では、石炭ガス化を用いたシステムの効率やコストなどの開発目標を明確にするためのエネルギーシステムモデルによる評価を実施している。石炭ガス化メタノール製造システムでは、シフト反応によるH2/CO比調整が必要で、石炭の発熱量のうちメタノールの発熱量に変換される割合は約60%であるが、本研究では、水素を多く含む天然ガスを原料に加えることで、変換効率が約80%まで向上されることを見出している。このハイブリッドメタノールシステムが普及する可能性を、日本全体のエネルギーシステムをモデル化したMARKAL(Market Allocation)モデルで評価した結果、CO2排出量を1990年レベルに抑制する場合でも、このシステムが導入され得ることを明らかにしている。ハイブリッドメタノールシステムは効率が高いだけでなく、クリーンな燃料が製造でき、NOx排出量の低減に寄与する点で導入に有利である点が特徴である。このようなエネルギーシステム全体を考慮したモデルによる評価は、システムを導入する上での重要な判断基準として、その意義は大きい。

第4章では、酸素吹き1室2段旋回型ガス化炉を対象として、石炭ガス化プロセスでH2/CO比を向上する方法を提示している。第一の方法は、CH4を主成分とする炭層ガスと水蒸気をガス化炉に供給する方法である。次章の要素試験に先立ち、この方法の成立性を平衡計算により検討し、炭層ガスを石炭比約40wt%、水蒸気を石炭比約20wt%供給することで、H2/CO比を1に向上できる可能性を示している。CH4の100年間の地球温暖化係数はCO2の25倍であり、CH4を主成分とする炭層ガスを活用するアイデアは、地球温暖化防止の観点から意義のあるものである。第二の方法は、ガス化炉下流に水を噴霧し、ガス化炉出口の高温を活用して無触媒でシフト反応を進め、H2/CO比を向上する方法である。これらの方法は、独創的なものとして高く評価できる。

第5章では、まず、ガス化炉へ炭層ガスと水蒸気を供給する方法を内径0.7m、高さ1.5m、石炭処理量3 ton/dayの要素試験装置により検証している。ここでは、供給した水蒸気が旋回流の効果で速やかに拡散することで局所的なガス温度低下がなく、シフト反応がほぼ平衡まで進行することなどの、1室2段旋回型ガス化炉の特徴を模擬するのに十分な大きさの装置で初めてできる検討がなされている。次に、ガス化炉下流に水を噴霧する方式については、石炭処理量の少ない要素試験装置は実機と温度プロファイルが異なることから、シフト反応速度を組み込んだモデルを開発し、石炭処理量1000 ton/dayのガス化炉を対象に、最適な水噴霧方式を求めている。その結果、段間距離を最適化した5段供給で、シフト反応をCO転化率9.9%まで進められることを示している。この方式を炭素回収率90%のCO2回収型IGCCに対して適用することで、シフト反応器に供給する水蒸気が削減でき、主に蒸気タービンによる発電出力が増加することで発電効率が絶対値で0.35%向上することを明らかにしている。本研究において、石炭ガス化プロセスでH2/CO比を調整する方式の確立を行った意義は大きい。

第6章では本論文の結言として、全体のまとめが述べられている。

以上のように、本研究は石炭を利用するシステムの効率向上、コスト低減を図ることで、今後のエネルギー安定供給に寄与する高効率石炭ガス化技術を開発したものとして、大きな学術的貢献があるものと認められる。

よって、本審査委員会は本論文が博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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